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33 ・ 思 案

 結局、収穫は殿下がやっぱりアホだったってわかったくらいの話し合いが終わって、自宅へ戻る。

 

 中華料理人の様子はジャドーさんが時々見に行くことになった。

 八坂については、レイカちゃんも困り顔。確かに参るよな。ずっと周りをウロウロされてたら目障りだろう。なんといったって、俺にちょっかい出してくるんだから。って言うと、俺がすごくモテるみたいで変な気分。

 あいつがムラムラするっていうのはどういう理由なんだろうな。匂いだけでそんな風になるもんなのか。そんな設定、エロ漫画くらいじゃねえの? 全然リアリティがないと思う。


 でもとにかく、殿下が家に帰ってくれたのは良かった。しかしあのアパートが取り壊しになったらどうするんだろうなあ、なんて考えながら自室のドアを開けると、突然、口をふさがれるアクシデントが発生。

「しっ、静かに。声出したらぶっ飛ばす」

 やだー、八坂さん? 不法侵入じゃないですかー。


 口を押える力が強くて、痛いのなんの。こんな馬鹿力でぶっ飛ばされたらどうなるのやら、恐ろしい。とりあえず、ブンブンと顔を振って答えた。わかりました、言うとおりにしますって。


「なんの用かな」

「別に用なんかねえよ」

 口調が汚いよ、八坂。

「用もないのに来たら、悪いのか?」


 ……それってさ、付き合ってる彼女とかなら説得力のある台詞だと思うよ。だけど君と僕は、そういう関係ではないじゃない?

「いえ、悪くはありませんけどね」

 そう思いつつも、俺の答えはこんな激弱系。だって一対一じゃ勝ち目がない。


 なんとか、大人しく帰ってもらわなくては。

 助けを呼ぶか。でも……いい人材に心当たりがない。


 いや、いつまでそんな弱気でいるんだ、俺!

 ピンチはチャンス……、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。そうだよ、これをなんとか、チャンスに変えるんだ。レイカちゃんは困っている。俺も八坂についてはやっほーラッキーって思う部分がなくはないけど、基本的には参ってるんだから、元の世界へ戻ってもらうように説得したらいいんじゃないか。


 ここらで少し、男を上げようじゃないか――。

 両手に力を入れて、ぐっと握る。真正面から八坂を見つめ、うん、やっぱり美人だな、っていう気持ちは横に置いといて、交渉を始めよう。


「あのさ」

 既に目の前に迫り、シャツの裾に手をかけている八坂を制したかった。

 が、ヤサカビッチはおかまいなしに、俺の腹を丸出しにしている。

「ちょっと、ちょっとやめて」

「いいじゃねえか、減るもんでもなし」

 ぐいぐいとシャツを押し戻して抵抗しながら、声をあげる。

「なあ八坂、お前もう、イルデエアに戻ったらどうなんだ?」

 ぴたりと動きが止まる。ちなみに八坂の服は、いつの間にやら例のミニミニセーラーに戻っていて、そことかこことか、チラチラと、赤い下着が姿をのぞかせていたりする。

「なんだと?」


 うわあ。怖いよお。大きな目の美人に下からギロッって睨まれるの怖い。

 いや、ここでビビってたらなにも進まないじゃないか。自分の生活を守るために、ちょっとは戦え、俺。がんばれ、俺!

「レイカちゃんにはどう考えても敵わねえよ。あんなに強い竜と戦って、死んじゃうかもしれないだろ?」


 黒は最強。生まれ持った色で強さは決まっている。レイカちゃんは強い。それは決して動かない事実だ。

 口から出た衝撃波だけで吹っ飛んで、壁にめり込んだ挙句動けなくなったイニヒ・イニ・ヤーシャッキに勝ち目はない。今のレベルの差を考えたら、何年かかるかわからないと俺は思う。

「あの時」

 俺のシャツの裾から手を離し、八坂が呟く。

「オマエが止めたんだろ、勝負」

 怒りは引っ込めたようで、今度は静かな声だ。

「うん」

「余計な真似しやがって!」


 引っ込めた、って思ったのは俺の勘違いだったみたい。左の頬に思いっきりグーでパンチを入れられ、部屋のドアにゴンってぶつかってしまった。痛い。クラクラする。顔をっていうか、殴られたのなんて初めて。前回は平手だった。あの時も衝撃だったけど、パーとグーの差を今、思い知る! みたいな感じ。


「でも、助かった。おかげで、生きてるからその……」


 勿体ない。多分、サンキュ、みたいな小さな小さな呟きがあったと思うんだこの後。だけど、頭がグワングワンしてて、聞こえなかったの。八坂のツンデレぶりは見られなかった。


「わかったよ。あの竜は諦める。狙うならもうちょっと弱いヤツじゃないと、アタシには荷が重そうだ」

 あれ。もしかして説得は成功したのか。ちょっと痛かったけど、それと引き換えに大きな成果があったわけだ。やったね夕飛! って誰か言ってくれないかな。麻子とか。


「でも帰らねえよ。イルデエアには、お前がいないもんな」


 殴られたところが熱い。だけど、背筋はヒヤーってして、その後またカーッと熱くなった。

 ニヤリと笑って窓から出ていく八坂の真っ赤なパンツが、目に焼き付いて離れない。

 レイカちゃんから危機は一つ去ったけど、俺を襲う非・日常に変化なし。


 そういうのっていいの? ドラゴン倒しに異世界へ渡ったんでしょう? もう一回トリップし直す必要とかないのかー!?


 どうしよう。もうレイカちゃんに勝負は挑まないみたいだよって、報告できねえよ。



 一日家に引きこもって、日曜日は体育祭。

 何度か窓に小石がぶつかった気がするけど、スルーしておいた。窓を閉めた部屋から、外まではさすがに体臭が漏れ出たりはしないと思うんだ。殿下だって、部屋に入るまで気が付かなかったわけだしな、俺の匂いには。いや、殿下を基準に考えない方がいいか。あの人、変だもの。


 とにかく一日こっそり過ごして、学校へ。

 やる気満々のジャージ姿をした異世界の皆さんが、家の前で待っていた。その光景は、疲れを感じる前になんとなくおかしかった。敵味方入り乱れた四人なんだけど、ちゃーんと学校指定のジャージ着てるんだもん。ライトニングにはあんまり似合ってなくて、レイカちゃんは何サイズか知らないけど中からはち切れそう。八坂はエロイ。水無ちゃんはアレだ、髪が長すぎる。

 おかしな四人と、ノーマルな麻子。特に示し合わせたわけじゃないんだけど、六人で学校へ向かった。弁当と水筒もって、バスに揺られて。


 しょっぱなにあった徒競走で出番を終えたら、あとはただの応援要員。ちなみに、ライトニングの足の速さは普通だった。コメントのしようのない普通さ。俺と同じくらいなんだもん。早くてキャアキャア言われるか、めっちゃ遅くてガッカリされるか、そういう展開があればいいのにな、王子よ。君には負けないとか言ってたけど、覚えているかな。全然覚えていなさそうなんだけど。


 ただ応援してるのも面白くはないし、八坂がギラギラした目で俺を見ていて、更にそれをレイカちゃんがゴゴゴってしながら見ているので席にいると落ち着かなくて、適当にブラブラ歩きまわってみた。


 校門に近づくにつれ、食欲をそそる香りが漂い始める。

 なんだろうと思ったら、門のそばで出張販売中だった。玄武苑だ。低価格がウリの玄武苑は学生に人気がある。だからなのかな、この急な出店は。学校の許可得てるんだろうかと思ったら、見た事のある顔が点心買ってた。一年の物理の先生だよな。女子生徒に、肉まん奢ってる。


「あ!」

 突然あがった声が向けられていたのは俺。嫌な予感がしたから知らんぷりしたかったんだけど、肩をバシンと叩かれてしまった。


 振り返ればそこには、黒毛和牛で心がいっぱいのアイツが、笑顔で立っていた。

 

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