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32 ・ 小 姑

 おやつを食べ終わってから、急いでデュランダーナ大瀬へ向かう。

 一〇一号室の扉を叩くとレイカちゃんが笑顔で出迎えてくれた。殿下は既に座布団の上に座ってる。

 ニコニコ笑顔の王子様の向こうには、非常に雑な工事の跡が見て取れた。ベニヤ貼っておいたよ! ってくらいの修繕に、一体いくらかかったんだろう。

「なにこれ? これで工事したの?」

 呆れて突っ込むと、レイカちゃんが穏やかな笑顔で説明してくれた。

 オンボロアパートはそろそろ取り壊す予定だから、大規模な修理は必要ないんだって。

 

 床に穴が開いて生活できなくなった八坂は、二〇三号室に移動。レイカちゃんは一〇三号室へ。殿下は一〇四号室へ移るらしい。ちなみに水無ちゃんは二〇四号室にいるんだそうな。

「……よく考えたら、壁に穴が開いてるって不自然だよな。なにか言われたりしなかったの?」

『そこは誤魔化しましたー』

 ああ、そうなんだ。ジャドーさん意外と色々できるんじゃないの? 隠してるみたいだけど。


 一〇一号室から荷物を持って、新居へ移動。殿下の私物はほとんど駄目になっていたらしいけど、特に気にしていない様子。っていうか異世界の人たちの財政事情とか、プライベートなアイテムとかどうやって調達してるんだろう。ねえ、ジャドーさん。

『それは人それぞれですー。こちらへ飛ばしてくれた呪術師とのオプション契約によりましてー』

 へえ。異世界旅行、住居・家具付きとかなのか。身分証を用意しておいたりとか、そういうのも含む?

 

 一〇一号室と変わらない古びたドアを開けて、畳の上に三人で座る。真ん中にジャドーさんがふっと姿を現すと、レイカちゃんが顔をキリっと引き締めてこう言った。

「ではジャドー、頼みます」

「はいー」

「ん? なにするの?」

「誰にも話を聞かれない場所へ移ります」

 そっか。上の階まで声、聞こえそうだもんな。


 妖精さんのバンザイ、クネクネ。三回目のあの場所へ、景色が移り変わっていく。


 青いタイル、美しい飾り窓。隣には殿下が立っていた。馴れ馴れしく俺の肩に手を置き、笑顔を浮かべてお言葉を述べる。

「先日の勝負、素晴らしかったね。さすがレイクメルトゥール。見事な一撃だった」


 俺にとっては、あの時のあなたの顔の方がよっぽどインパクトがあったけどね。


 辺りを見回すと、前回八坂が叩きつけられた場所に穴がそのまま残っていた。なるほど、リセットされたりはしないんだな。この場所は幻ではなくて、この世界の何処かにある場所、なんだろうか。そこへジャドーさんのクネクネで移動している、と。ふんふんなるほど。

「夕飛さん」

 勝手な想像をしてる俺の前に、レイカちゃんが立つ。

「先にお話ししておきます。実は、イニヒ・イニ・ヤーシャッキに勝負を申し込んだのですが、断られてしまいました」

「えっ」

 なんで。断るってどうしてなんだ。

「勝てる見込みがないのに、戦うのは嫌だ、と」

 えー、なんなのそのへたれた理由は。戦士のくせに! だったら修行して来いよ。ん? 修行……。

「ああ、じゃあ、元の世界で修行して来いって話だよな。そう言えばいいかもしれない」

 レイカちゃんはちょっと渋い顔。

「駄目かな?」

「どうでしょう。異世界へ渡るためには、それなりの代償が必要です。イニヒ・イニ・ヤーシャッキがなにを支払ったかはわかりませんが、何度も行き来できるかどうか」

「それならかえっていいんじゃないの? 帰らせちゃえば二度と来られない可能性があるんでしょう?」

「それをわかっていれば、簡単には戻らないのではないかと思うのです」


 うむむ。

 ……つまり、レイカちゃんもそう簡単に俺との卵つくりを諦めないって話なんだな。どうしよう、この状況が下手したら何十年も続くかもしれないって、今気が付いたよ。わあ、どうしよう。


 気が滅入る前に話題を変えよう。

「殿下はどうやって来たの?」

「私は、生まれた時に与えられた第二王子の冠を代償に渡してきた。それくらいしか、私は持っていなかったから」

 まあまあ、貴重そうなものを……。

 そこまでしてレイカちゃんを追いたかったのか。どんだけドラゴン好きなんだよ、殿下は。

 なんて考えていたら、王子様は顔をキリっと引き締めて、レイカちゃんをまっすぐに見つめた。

「レイクメルトゥール、君がこの世界へ渡って来た理由は、竜精を持つ相手に会うためだ。そして、その相手ともう出会っている」


 空気がすうっと冷えていく。


 いい機会だ。今まではそれぞれがなにを思っているのかわからずに動いてきた。少なくとも、一人についてハッキリさせるチャンスがやってきたのだから、聞こうじゃないか。ライトニング吉野がなにを思い、なにを為そうとしているのか――!


「しかし、理由はそれだけではなかったのだな。ここにいる熱田君、彼からはセレイブレーイヴンの香りがする。今まで話したことはなかったが、セレイブレーイヴンは私の親友だった。だからわかる。熱田君は、セレイブレーイヴンの生まれ変わりなんだろう。竜精を持つ相手と卵をもうけることについて、祖父であるセレイブレーイヴンに認めてもらうためにこの世界に来た、そうだろう!」


 わあ。俺、生まれ変わりって設定になってる!


「そして竜精を持つ相手! それは」

 レイカちゃんがツッコミ入れない理由はなんだ。面白いからか?


「担任の葉山という男だな!?」


 超推理っ!


「……彼からはなにやら、不思議なものを感じるのだ」

 勘違いだよ、殿下。だって、俺だもん。


 レイカちゃんに目を向けると、小さく小さく頷いている。

 ――今はそういうことにしておきましょう。そんな感じのコクン。


 俺は正直、葉山っちがとばっちりすぎて気の毒なんだけど。

「あのさあ、殿下は竜精持ってる相手をどうしたいの?」

「どうもしない。レイクメルトゥールに卵ができたら、どれだけ可愛らしいドラゴンが生まれるか……、想像したら……、最高じゃないか……!」


 途中からだらだら涙を流しながらも、ライトニングの口調は熱い。

 絶滅危惧種の行く末を見守りたい気持ちもあるのかな。殿下の立ち位置、親戚のおばちゃんみたいな感じ?


「私にも新世代の誕生を見守らせてくれ、レイクメルトゥール!」

 

 王子様の熱い思いは正直、どうでもいい。レイカちゃんもハイハイ、って適当な感じで頷いている。

 殿下の思惑は、かなりしょうもないレベルに留まっていてくれたらしい。考えてみれば良かったかも。先生にはなんとか凌いでもらうとして、本題はこれからだ。

「それよりも、ファイ・ファエット・ファムルーです。彼がなにを狙っているのか、それをハッキリさせなければなりません」

 レイカちゃんの言葉が終わると同時に、ジャドーさんがヒラヒラっと前に飛び出してくる。

「今日、ジャドーに様子を見に行ってもらいました」

「はいー、行ってきましたー」


 スパイにはもってこいのミニマム美女は、えっへんと小さくとも豊かな胸を張り、こう報告した。


「朝から玄武苑へ向かいましてー、先ほどまで様子を窺っていたのですがー」

 うん。

「頭の中は食材と調味料、料理のことでいっぱいでしたー」


 もぉー、脱力!

 どいつもこいつも、ロクなもんじゃないな、異世界人たちは!


「それって、どういう状況? もうドラゴンとかは、どうでもよくなっちゃってるの?」

「わかりませんがー、その可能性はあると思いますー。心の中の大部分を、黒毛和牛という言葉が占めておりましたのでー」


 黒毛和牛、もしかしたら、ドラゴンよりもウマいのか。

 流石だな、和牛よ!

 

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