30 ・ 過 去
「セレイブレーイヴンは、私の友人だったのだ」
熱いお茶を用意して持ってきて、秋の夜長に男子二人でトークタイム。
長い睫をアイスブルーの瞳の上にバサバサと被せて、王子様は憂いを帯びた雰囲気で話し始めた。
「熱田君、私はイルデエア、ケルバナック王国の第二王子だ」
「うん」
「父と母、兄と姉、そして弟が二人、妹が三人いるのだが」
うーわ、子だくさん。王妃様すっごい頑張り屋さん。
「私だけ、父と母に似ていないのだ」
「そうなの?」
「……そう。父も母も、私以外の兄弟も皆、体格がいい。レイクメルトゥールほどではないが、体は大きく厚く、力が強く、それはそれは素晴らしい姿をしているんだよ」
「へえ」
レイカちゃんほどじゃない、っていうたとえを出してくる辺り、みんな格闘家みたいなボディをしているのだろうか。
「こんな感じ?」
ずっと前に持って帰った週刊の少年漫画誌に手を伸ばして、殿下に見せる。去年の年末にあった格闘技大会の事前特集のあった号で、ちょうどマッスルなガイズがたくさん載っているものだ。
「そうだね。この彼は、私の姉によく似ている」
げえ。マジか。人類史上最強と謳われているシニョーラ・エクレーレそっくりとか、意味がわからない。
「お兄さんじゃなくて?」
「姉だよ」
俺の口、あんぐり。ぽかーんって開けたまま、しばらくクローズしなかった。
「私だけ、こんなに色も体も薄い」
色も体も薄い。初めて聞いた表現に、ちょっとだけ笑いそうになってしまった。しかし、吉野の顔は寂しげで、儚げな様子。
「薄いったって、こういう人たちに比べたらどんな人類も皆薄いだろ」
俺の言葉に、殿下は顔をあげて微笑んでみせた。とても、寂しげに。
「とにかく私は一族の中で異端だった。こんなにひょろっとした男子が長く生きるはずがない。兄弟になにかがあった場合でも、私が王になる可能性はないだろうと言われているんだ」
王子、可哀想ー。こんなにかっこいいのに。街歩いたら即スカウト、即デビューできそうなくらい男前なのにー!
「それで私は、家を出ようと決めたのだ。父と母、兄と姉、姿が違うのは偶然だと思っていたのだが、二代前の王妃に似ていると言ってくれる家臣もいたのだが、弟や妹が増えるたびに、私だけが余りにも家族と違いすぎて……」
やだもう、童話みたい。「かわいそうな王子」でいいかな、タイトルは。
一人だけ、余りにも容姿が違いすぎた王子様はお城を出て、誰もいない、自分を知っている人がいない場所を求めて彷徨ったんだそうな。
そして行き着いたのが、四つの国の狭間にある、竜の山の近く。
お腹がすいて行き倒れた幼い王子様を救ったのは、白い竜だったという。
「それが、セレイブレー……ブン?」
「セレイブレーイヴンだった。私を竜の巣に招き、水と食べ物を与えてくれた」
面倒見のいいドラゴン、ってジャドーさんが言ってたよな、確か。
「セレイブレーイヴンの白い鱗は、それはそれは美しかった。私と話すときは人の姿をしていたが、時折竜の姿に戻って吼える姿は雄々しくて勇壮なのだ。レイクメルトゥールよりも細く、スラリとした首のラインは優美で、遠くに見える湖を背に立つ姿は芸術そのものだった。鱗の一枚一枚が艶めいて、輝いていて――」
物語はここでまさかの中断。ドラゴンへの愛が溢れちゃってる王子様の語りは、竜の強さや美しさについての詳細に移ってしまっている。一応軽くツッコミ入れてみたんだよ。だけどね、全然聞いていないの、ラーナ殿下は。
「熱田君、熱田君!?」
ガクガクと揺さぶられて起きると、殿下の呆れた表情が目の前にあった。
「人が話しているのに寝てしまうなんて!」
「え? ……ああ、ごめん」
寝落ちしていた。だって、鱗がどうとかラインがどうとか、全然殿下の「事情」に関係ないんだもん。
「もう本題に入った?」
「本題とはなんだね?」
時計の針はもう十二時過ぎをさしている。二時間もドラゴン愛を語っていたのか、殿下。俺が寝ているのにも関わらず。
「セレイブレーイヴンの見た目とかキレイさの話はいいとして、殿下となにがあったのかだろ、問題なのは」
「ああ」
ああ、じゃねえよ。
「ファイ・ファエット・ファムルーとなにかがあったんでしょう?」
本当はあんまりズバっと聞きたくなかった。レイカちゃんの祖父竜はもう何年も前に死んだってジャドーさんは言い、殿下はあの料理人を許せないって言う。俺に話したいのって、その辺りの因縁話だと思うんだ。間違いなく悲劇的な内容だろうから。あんまり悲しい話なんて聞きたくないじゃない?
だけどこのまま自由にさせていたら、殿下がどれだけ関係ない話するかわかんないからね。もう、核心つくしかない。
「……私は、セレイブレーイヴンと友人になった。ドラゴンたちはとても優しくて、行き場のない私を受け入れてくれたんだ」
「王子が城を出て、ドラゴンのところに入り浸ってて心配されなかったの?」
「心配してくれる者は居た。だが、二人だけだ」
二人かあ。少ないなあ! しかもそれって多分、両親とか家族じゃあないんだよな。悲しいな、殿下。
「竜の山にいると、時折やってくる人間がいた。それは、竜殺しの栄誉を手にしようとする戦士だったり、竜を自分の意のままに操ろうとする者だったり、鱗や皮や肉など、希少な物を手に入れようとする者だったり……」
殿下の白い手に力が入る。それをそっと胸にあてて、目を閉じ、そして呟いた。
「その中に、奴がいたんだ」
史上最強のドラゴン料理人、ファイ・ファエット・ファムルー。
まだミルミーナ王国に仕え始めたばっかりで、人々に名が知られていなかった頃だったそうな。
「突然、戦場になった。巨大な包丁を持ったあの男がものすごい勢いで駆けてきて、まだ年若い竜が一瞬で犠牲になった。あまりに突然で、私にはなにが起きているのかよくわからなかった。危険だとセレイブレーイヴンが叫び、竜の姿になって私の前に立った」
いつもの強そうな態度はどこへやら、殿下はひどく頼りない、泣くのをこらえているような表情を浮かべている。
「それに、奴はすぐに気が付いた。白い竜が、その陰に隠れている少年を守るために立ちはだかったのだと。奴は素早い動きで私のところへくると……」
案の定、悲劇の予感。ヤバイ、なんか殿下が悲しそう過ぎて俺はもうもらい泣きしそうになっている。
「私を抱きかかえたまま、セレイブレーイヴンに斬りかかったのだ」
一切の反撃をしないまま屠られ、白竜は命を落とした。
ミルミーナ王国の宮廷料理部隊がやってきて、セレイブレーイヴンは運ばれていってしまったと言う。
「セレイブレーイヴンは、私のせいで、死んだ」
うぐうぐと変な音をたてて泣く殿下の隣で、俺もなんかしらないけど悲しくて泣いた。
「それから奴は次々とドラゴンを狩っていった。私は国に戻って、ドラゴンたちを守って欲しいと王に願い出たが、あそこはどの国にも属していない場所だから、それは出来ないと」
「ひでえ話だなあ」
ちびっこを盾にして戦うとか、どんだけ卑怯者なんだよあの中華料理人は。
「私は城で竜に関する知識や外交について学び、再び竜の山へ行くことにしたんだ」
「うんうん」
ラーナ殿下は、綺麗な白い頬をぽっと赤く染めて一言。
「そこで、レイクメルトゥールに出会った……。本当に美しい竜でね、……一目ぼれだったよ」
わあ。脱力ぅー。
なんだよそのオチ! 俺の涙と無駄なトークに費やした時間返せよ、この変態王子!




