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 2 ・ 来 訪 者

 夕方のアスファルトにうつる影は三つ。麻子のがSサイズ、俺のがまあ、Mサイズだとしたら、レイカちゃんのは3Lだな。はは。

 なに笑ってるんだって? でも笑うしかねえ。すれ違う人々の視線、すごいんだぜ? いや、すれ違える人の方が稀。レイカちゃんの巨体とオーラに気が付いた途端、みんな回れ右して逃げていくか、横道に逃げ込んでるんだから。もしくは小刻みに震えながらその場で固まるの。わかるよ、俺だってきっとそうなる。

 でも麻子はその例には入らず、いつも通りの朗らかさでレイカちゃんにあれこれ話しかけている。

 うちから学校まではバスで行けば十分という近距離。歩いても、ま、大体三十分かからないくらいか。今日は麻子の提案で、歩きでの通学路をしっかり覚えた方がいいよ、って。それになぜか俺も付き合ってる。麻子が言うんじゃしょうがない。家、隣だし。麻子といつだって一緒にいたいんだ。


「ねえ、レイカちゃんは何人家族なの?」

 ほんわかした優しい声に、ドスの効いた低音が答える。

「父と二人です」

「え、そうなんだ……。そっかあ。ねえ、困ったことがあったら、いつでも家に来て。今日、場所を教えるから。たとえばご飯とか、用意するの大変でしょう? 夕飛の家も教えておくから、お父さんの帰りが遅い日とかは、いつでも遠慮なく来てよ」


 うわあ、麻子、やーさしい! 

 それくらいしかコメントできねえよ。なに勝手に言っちゃってんの。お父さんの帰りが遅くったって、レイカちゃんなら平気でしょうよ! 泥棒が来てもその場で即ターンして帰るよ。謝りながら!


「ありがとうございます。実は、父はいつも帰りが遅くて」

 うーわ。うーわっ。乗っかって来たよ。ヤバイよ。先週のアレ、なんだったのさ。俺に卵を授けてとかなんとか。マジで狙ってんの? モテ期来た?

「もしかして、今日も? やだ、夕飛、女子高校生があまり知らない町で一人なんて危ないよね」

 危なくないって。

 そう思うんだけど。心底心配している風の麻子の潤んだ瞳に、俺はもう、きゅううんってなっちゃってる。夕焼けの光を浴びてキラッキラしてる目が可愛い。好き。エンジェル。

「あ、もうそこが家だよ。あの、青い屋根の家。隣の緑の屋根が夕飛の家なの」

「まあ、そうでしたか。うちは夕飛さんの家の裏のアパートです」

「えー、そうなんだ。お隣だったの! うわあ、うわあ、すごい偶然!」


 マジか。

 俺の思考は一度、ここで止まった。歩きながら必死で再起動。やだ。ホント、思考が先に進まない。先に進むのを拒否してる。

 偶然なわけがない。あの登場、そして転校生、同じクラス、隣のアパート……。


「ねえ、引っ越しの荷物はもう片付いたの?」

「まだ、少し残ってるんです。これからやろうと思って」

「じゃあ、夜ご飯用意して持って行ってあげる! 夕飛は片付け手伝ってあげなよ。そうしたら、すぐ終わるでしょう?」

「でも、悪いです」

「そんなそんな。だって、こんな素敵な偶然ある? お隣に引っ越してきて、同じ学校の同じクラスに入って来たんだよ。私、運命感じちゃうなあ。いい友達になれそう」

 

 ホント、だよね。こんな素敵な偶然あるかって? ねーよ。絶対ねーよ。間違いなくねーよ。ストーキング! これは、完全にストーキング!


「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか」

「うふふ。いいよ、レイカちゃん。私のことは麻子って呼んでね。じゃあ夕飛、かばんは家に持って帰ってあげるからすぐに手伝いに行ってあげて! おばさんにはちゃんと伝えておくから!」


 どうしてなのかなあ。

 麻子に背中を押されていたとはいえ、なぜレイカちゃんの部屋にあっさりと入ってしまったのか。体がふらふらって、動いてしまった。嫌だよ勝手に決めるなよって、言えなかった。


「申し訳ありません。事情を早いうちに説明しなくてはなりませんでしたから、部屋に来てもらいました」

 デュランダーナ大瀬の一〇一号室。中は1DKで、親子二人で暮らすにはちょい狭そう。とか冷静な分析をしている場合ではなかった。

「なんだって?」

「夕飛様、先週は失礼いたしました。突然あのように言われても、訳がわからないだろうとわたくしも反省いたしまして、今日はこの世界、この国での男女のごく自然な出会いとなる登場の仕方をしました」

 いや、先週のアレがあったら、逆に怪しまれて警戒されんだろ、普通は。俺も、もしかしてこの間のはなにかの間違いだろ~みたいなアホなノリになりかけたけどさ。

「お前、なんなの?」

「遥か遠き異世界、イルデエアより参りました黒き竜、レイクメルトゥールでございます」

「それは聞いた」

 人生でこんなセリフ、二回も聞くなんてなあって思った。この時。後から考えるとすげえ笑えるんだけど。

「竜ってなに。いわゆるファンタジー世界のモンスター的なアレ?」

「この世界にも竜はいると聞いておりましたが」

「いねえよ!」

「いますー」

 目が、くわっと開いた。幻覚かと思って。レイカちゃんの後ろから飛び出した、ちっちゃなちっちゃな人。半透明の羽根が生えてる可愛い女の子。うーわ。妖精だあ。みーちゃった、みーちゃった。妖精さんを、みーちゃった!

「初めましてー、夕飛様ー、ワタシ、レイクメルトゥールと共に遥か遠き世界イルデエアより来ました、ジャドーですー」

 人生初の絶句を体験。

 ジャドーと名乗った妖精はパタパタ羽根を動かして俺の目の前を飛び回り、存在をアピールしている。何度目をこすっても、まばたきしても消えない。むしろ、張り切ってアピール。羽根が動く度にキラキラしたラメみたいな粒が出てきて、うん、とってもきれい。

「夕飛様ー、しっかりしてくださいー。幻覚ではありません。これは、現実なんですー」

 可愛い声だ。アニメみたいな。そんでもって、小さいけどすっごい美女。小さくて、ファンシーな声してるのに、よく見たらすんげえナイスバディ。小さい女の子が着てそうな裾がふんわり広がった青いワンピース着てるんだけど、お胸の盛り上がりがハンパないし、腰はきゅきゅっとくびれてる。顔はシャンプーのCMに出てるハリウッド女優みたいなきりりとした印象の美女。つまり、色々とミスマッチで変な感じ。

「レイクメルトゥールー、夕飛様にちゃんと説明してー」

「わかっています、ジャドー」

 ゴッツイドラゴン女子高生と、ロリータ声のミニマム美女が俺の前に揃って正座して座る。

「夕飛様、信じられないとは思いますが、わたくしたちはここではない世界、イルデエアより参りました」


 シュールな光景だ。


「イルデエアの竜は今、滅びようとしております。わたくしの他にもう、五頭しかおりません。竜を倒す事は戦士の最高の名誉。また、肉が大変な美味であると美食家たちに狙われ、鱗は最高の防具を作り出すとして狩られ続けてこのような事態になってしまいました」


 ジャドーさんが頷く度に、キラキラが振りまかれて畳の上に落ちる。


「夕飛様の体の内には竜精がございます。これは、選ばれし生命だけが持つ特別なもの。どうかそれを、わたくしにお与えくださいませ」

「竜精?」

「竜に卵を産ませる、特別な……その、男性なのです。どうかわたくしと契り、イルデエアの竜に新しい命を」


 ちぎるって、ビリビリにするとかじゃなくて。

 契る。


 うわ。契る。契る? 卵を産ませる?


 レイカちゃんとジャドーさんがなにを言わんとしているのか。それがわかって、俺の目の前はブラックアウト。次の瞬間、どん、って畳に頭を打った音が聞こえた。

 

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