28 ・ 配 達
屋上に二人きり。見つめ合う、俺と、覇王――。
変な期待持たせちゃったかな。
やっちまった感に、脳がフル回転を始める。俺のフル回転はあんまり成果が出ない、激しい空回りになりがち。
「あの、レイカちゃん、セレイブレーインブンってわかる?」
慌てたせいで、ちょっと噛んじゃった。
「セレイブレーインブン?」
「ジャドーさんに聞いたら、レイカちゃんのおじいさんだか従兄弟の奥さんかなんかだって」
「セレイブレーイヴンでしょうか? それならば、わたくしの祖父に当たる白竜です」
「うん、白い竜って言ってた。なんかね、殿下が俺をそう呼んでくるんだよ」
「ラーナ様が?」
表情を乙女からキリッとしたものに戻し、レイカちゃんは腕組みをした。
「なぜでしょう? 理由がわかりません」
「あのさ、ジャドーさんにも話したんだけど」
竜精の匂いについて、レイカちゃんにも意見を聞いておきたい。なにせあの妖精さんが非・協力的だから。
「八坂はハッキリ、ドラゴンの匂いがするって言ったんだ」
さっきあった出来事について話すと、レイカちゃんの眉間にすんごい皺が寄った。怒りのオーラを身にまとわせて、今にも地面がボコって凹んじゃいそうなくらいの迫力になっている。
「レイカちゃんは匂いって感じる? 竜精に反応して来たんだろ?」
「匂い、ですか」
「そうそう、匂い、匂い」
どうどう、って感じで、レイカちゃんの右腕を優しく叩く。少しずつオーラの放出がやんで、普通の覇王に戻ってきた。
「匂い、でしょうか? わたくしの感じ方とは少し違う気がします」
「そうなんだ」
「わたくしは、全身で夕飛様の持っておられる竜精を感じております。確かにいい香りがする気もしますが、光り輝いているように見えますし、声は天上の音楽のように響きます」
「それって俺の声とか姿が?」
「はい」
すっごく恥ずかしいわ。平凡山の凡太郎とか、そのくらいですよ、本来の俺は。
「もしも匂いがするとしたら、殿下もイニヒ・イニ・ヤーシャッキも、それを嗅ぎつけられるのですね」
レイカちゃんはちょっと首を傾げて、ふっと笑った。
「それだけドラゴンに対する執念があるのですね。ふふ、困りました」
なんだろ、ここで笑うって。おかしいのかな。
思いもよらぬ、異世界からのおっかけ軍団。そこまでしちゃう変人たちには、普通の人には感じられないものまで察知できちゃう……。
確かに、ちょっと呆れるかも。
そして、ブラックドラゴンから意外な一言が飛び出してきた。
「夕飛様、わたくしはもう一度、イニヒ・イニ・ヤーシャッキと対戦しようと思います」
「え?」
「今度は条件をつけて。負けたらイルデエアに戻るようにすれば良いでしょう」
そうだね、俺に近づくなとかじゃなくてね。
レイカちゃんはどこか清々しそうな、キリっとした表情。
堂々たる王者の風格だ。なんかとんでもない裏技でも使わない限り、勝つのはちょっと無理そうな感じ。
問題は一つ一つ解決していくしかない。
焦っても明日全部済んでましたなんて展開、ありえないんだから。
屋上でレイカちゃんと、つかの間のひなたぼっこ。
結局、問題は何にも解決していないんだけど、なんとなく気分転換はできたかも。
教室に溢れる嫉妬と疑問の視線に耐えて、放課後までの時間をしのぐ。
ホームルームが終わると同時に飛び出し、自宅へとまっしぐら。小走りの俺の隣には、ライトニング吉野。
「帰るのかい?」
居候だもんなあ。ついて来るんじゃねえとは言いづらい。
レイカちゃんは麻子と手芸部で活動しているらしい。八坂と水無がどう出るのかわからないけど、とりあえず今のところ姿はない。
王子様と二人でバスに乗る。
斜め後ろの座席のおばちゃんが、ほう、ほうってため息をつきまくってるのが聞こえてきた。なんて素敵な青年なのかしら。美しすぎるザマス。そんな思いを乗せた微風が、バスの中を漂う。
いくつかある問題のうち、まず最初に解決できそうなのは八坂。ちゃんと条件付きの勝負をすれば追い返せそうな気配がある。
だからそれまで、殿下には大人しくしていて欲しい。そう考えると、俺をセレブなんとかだと思っている勘違いを訂正するのは後回しにした方がいいかなと思える。
でも、こんなキラキラした目で見つめられ続けて、俺、心がもつかな……。
今も隣で、もう愛おしげに俺を見ているし。キレイな顔してんなあ、畜生。もしも竜精を持っていたら、レイカちゃんとこの人がどうにかなっていたのかな。すごくシュール。異世界って本当にすごい。
二人で帰宅すると、母ちゃんが上機嫌で出迎えてくれた。
ウェルカムドリンクと、お茶請けのお菓子は駅前の人気の店のチョコレートケーキ。これ、殿下にだけね。俺は自分で麦茶注いで、白い目を母ちゃんに向けてみたがビックリするほど完璧に無視された。
「吉野クン、どうかなあ、これ」
「とても美味しいです」
細いデザート用のフォークがお似合いでいらっしゃいますこと。
「あのねえ、夜ご飯なんだけど、玄武苑の出前を取ろうと思うんだ」
「は? あそこの?」
玄武苑は駅前にある中華の店。安いし、デリバリーがあるのはいいんだが、味がくっそマズいことで有名。
「それがね、最近急に味がよくなったんだって」
「ホントに?」
「主婦の情報ネットワークなめんじゃないよ」
そんなの知らないよ、俺、主婦じゃねえし。
母ちゃんはメニュー表を出して、吉野にこれはなにが入っているとか、詳しい説明をしている。殿下は上品な顔でひとつひとつ、うむ、くるしゅうないみたいな感じ。
「夕飛はチャーハンでいい?」
「なんだよ勝手に決めるなよ」
殿下には春巻がいいとか、五目焼きそばがいいとかすすめておいてさ。
「早く決めないと」
「まだ時間早いじゃないか」
「だから、最近味が良くなったんだって。早めに頼まないと混むんだよ」
あの、玄武苑が。
嘘くせえなあと思ってたら、母ちゃんは注文の電話を終えた後胸を反らしてこう威張り散らした。
「今日の分はうちでおしまいだって」
すごいな。そこまで言われると期待しちゃうじゃないか。玄武苑、世代交代でもしたんだろうか。親父さん結構な歳だったもんなあ。
そして夜。秋の日はつるべ……なんだっけ。つるべなんとかって感じで、夕日があっというまに空の向こうに落ちていって、外は一気に黒く染まった。
出前が届いたのは七時過ぎ。
今まではバイクで来てたから、外から聞こえるドルドル音で来るのがわかったんだけど、今日はそれがなかった。
インターホンが鳴って、それが玄武苑だって思わなかったのはそのせいだった。
バイクの音がしなかったから違うだろうって母ちゃんも俺も思ったんだ。
もしかしたら麻子かもしれないなって。異世界からのお客さんを三人も抱え込んだ、ガールズハウスと化した菅原家からなにか伝言でもあるのかなって。俺はそう考えて、玄関へ向かった。吉野も忠犬よろしくついてきて、しょうがねえなあと思いながら扉を開けたんだ。
「玄武苑です、出前お届けに上がりましたーっ!」
頭に白いタオルを巻いた、ガタイのいい兄ちゃん。
威勢のいい挨拶をしたと思ったら、動きがぴたりと止まった。俺の顔を見て、眉間に力を入れている。
なんだこの人、って思ったら、後ろから腕を強く掴まれた。殿下だ。
振り返れば王子様はとんでもない形相。
この人になにかあるのか? って。
すぐに俺も気が付いたよ。
ファイ・ファエット・ファムルー。
あの日赤い魔法陣から出てきたドラゴン料理人が、出前を持ってきた――。
 




