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27 ・ 個 室

 授業中の相談を終えて、休み時間にトイレへと向かう。

 

 入ったところで、唐突に後ろから押された。ドンっと押され、そのまま個室まで一直線。

 うわあって便器にぶつかったと同時に鍵をかける音がして、振り返るとそこには、カジュアルスタイルの八坂が。

「うわ」

「アツタ、話がある」


 話って、男子トイレの個室でしかできないものでしょうか。

 頭の後ろの方には、なんというエロいシチュエーションだろうかこれは、という考えも浮かんでフラッシュバック開始。昨日までに起きた二人の思い出が次々と脳裏に蘇る。


「オマエ、何者なんだ。なんで昨日立会人になった? 普通の人間じゃないんだろ。っていうかドラゴンなんだろ? おかしいと思った。いや、おかしい。普通のドラゴンじゃねえな?」

「なにを言ってるかわかんないんだけど」

「誤魔化そうったって無駄だ。そこ!」

 びしっと、ヘソの下辺りが指差される。

「ここからドラゴン臭がする! しかもそれを嗅いでるとすごくムラムラする!」


 きゃあ。

 ムラムラするって言われちゃった!


「なんで赤くなってんだよ、オマエは。フザけんじゃねえぞ?」

 俺に顔を近づけて凄んで、八坂の頬はみるみる赤く染まっていく。

「……ホント、いい匂いだよな」

 顔の目の前に顔。ビビる俺の鼻を、男子トイレにズカズカ入って来た痴女がペロリと舐める。

 ひゃーと悶えた瞬間、ドアを激しく叩く奴が現れた。


「出てこい、不道徳女!」


 ガンガンと拳を打ち付けつつ叫ぶ声は、ライトニング吉野のものだ。

 ううむ。もしかして俺の様子うかがってた? 助かった。けど、もうちょっとくらい猶予があっても良かった気がしないでもない。

「うるせえ! 用足してんだから黙ってろ、金髪野郎!」

「ここは男性用だぞ、八坂仁美!」

 周囲からざわざわと声が聞こえ始めていた。たくさんの男子生徒が、なぜここの個室に、あの、ミニミニセーラー服のパンチラブラチラサービスガールがいるというのか、想像しているんだろう。

 ああどうしよう、ライトニングやめて。俺が出て行けないじゃないか、外へ。

「八坂君、八坂君、ここは男性用のトワレだ。君は今すぐ出ていきたまえ!」

 なんだよトワレって。噛んだのか吉野。


 やまないノックの嵐に、舌打ちをしながら八坂が離れていく。俺に軽く歯を向いて威嚇すると、鍵を開けて個室から出て行ってしまった。


 とりあえず、助かった。そして次はここからどうやってこっそり出るか。それが俺に課せられたミッションだ――。

「熱田君、大丈夫だったか。なにかいかがわしい真似をされたのではないか? まったくあの女、ロクでもないな」

 入れ替わりに入って来たのは、素晴らしい笑顔のライトニング吉野。

 こっそりって思ってたのにー。っていうか、こうなるのちょっとわかってた気がする。

 殿下に手を引かれて出た男子トイレ、集まった生徒たちの、冷たい視線。

「君といるとムラムラするだなんて、しかもこんな狭い個室に連れ込むだなんて! なんとはしたない女なのだろうか、八坂君は」


 王子様のお言葉の破壊力は、すさまじいものがありました。

 周囲の視線が「冷たい」から、「呪い」に変化していきます。


「んもおおおっ!」


 もう、余計なことばっかり言って!

 叫びながら猛ダッシュで向かったのは、立ち入り禁止の札のかかった屋上。

 しかし、ドアには鍵がかかっている。俺以外にも誰か、勝手に出入りしていたのかもしれない。


 でっかいため息をつきつつ、ドアの前で小さくしゃがみこんだ。

 嫌だもう。確かに八坂は顔もスタイルもいいし、あんなに迫られたら嬉しいんだけど。王子様にいちいち睨まれなくて済むようになったのは助かるんだけど。

 でも、俺の生活はめちゃくちゃだ。どこからなにから手を付けたらいいのか、俺が対処していいのはどこまでなのか、俺が対処できるのはどのくらいなのか、全然わかんねえ。


 頭をくしゃくしゃして足をバタバタさせていると、ふっと辺りが暗くなった。

 見上げるとそこには、世紀末に降臨した覇王……もとい、レイカちゃんが立っている。

「夕飛様」

「ああ、レイカちゃん……」

 しゃがんだ状態から見上げる黒竜の体はデカい、分厚い、逞しい。ドアの前、階段の踊り場部分は一気に狭くなっている。

 レイカちゃんの視線はしばらく俺に留まり、やがて後ろの上の方にうつった。

「夕飛様、授業の時間ですが、一緒にサボりませんか」

「え?」

 チャイムが鳴っている。次の授業はなんだっけ。現国だったかな。

 きょとんとする俺にレイカちゃんはちょっとだけ微笑むと、一歩前に出て俺の頭の上のところ、ドアノブに手をかけて「ふんっ」と唸った。

 ガゴッ、と音が響く。

 振り返ると、ドア、外れてた。はは、すげえ。開いた扉の向こうには冴えない緑の金網と、真っ青な空。小さなちぎれ雲が二つ三つ浮いて、おいでよ若者、なんて言っている感じ。


 俺が屋上へ出ている間に、レイカちゃんはドアを枠にそっと戻していた。力持ちだなー。そうだろうとは思っていたけどさ。すごいね、ブラックドラゴンって。

「ああ、いい天気だな」

「ジャドーに頼んで、あの二人が来られないようにしておきましたから」

「そんなの、できるの?」

「……ええ。ちょっとだけ本気を出してもらいました」


 なんだよジャドーさん、実力隠してる系?

 それに、本気ってちょっとだけ出すものなのかな。全力じゃないの?


 それにしてもいい気分。さんさんと降り注ぐ日差しが心地好い。あったかくってちょうどいい。

 眼下に広がる校庭には、体育の授業をこなしている生徒たちが見えた。そういえば次の日曜はもう体育祭だな。なんかそういう日常について、すっかり忘れつつあるよ。日々をどう生き抜くかで必死です、最近の俺は。

「夕飛様、本当に、多大なご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 うーん、って伸びをしてる俺の背中にかかった、良識溢れるお詫びの言葉。

 振り返るとレイカちゃんは、しょぼんと俯いていた。

「いや、まあ確かに困ってるけど、レイカちゃんのせいじゃないでしょ?」

「いえ、わたくしがこの世界にやってきたからです。異世界に来た者の掟は絶対のはずなのに、ラーナ殿下もイニヒ・イニ・ヤーシャッキもまるで守ろうとする意欲がありません」

 レイカちゃんの長くて太い縄みたいな三つ編みが、これまたしょぼんとしおれていく。

「あのような非常識人たちがついてきてしまうとは想像もしておりませんでした。それに、わたくしの要求自体も夕飛様にとって大変なご迷惑になっております」


 胸がチクって痛んだ。

 あの時の八坂の台詞。レイカちゃんが「俺は麻子が好きなんだ」って話したってやつ。


 ホント、いじらしいんだよな。レイカちゃんは。

 すごくすごく、申し訳ない気分になっていく。


「いや、……そんなことないよ」


 本当は、あるんだけど。レイカちゃんのビジュアルはやっぱり正直いって無理なんだけど。だけど、ついこう言ってしまった。優柔不断男のやらかす、ありがちな失敗例。いい恰好しようとしてうっかり口を滑らせて、その結果がどうなるか想像がついてないパターン。


「夕飛様、本当ですか?」

 キラリとレイカちゃんの瞳が輝く。伏し目がちに俺を見つめ、また、頬を桜色に染めている。

「え? あー、うん。それはもちろん、そうだよ。だって……さ、うん、ねえ」

「そうですね。まだ出会って一か月程度ですから。まだこれから、ですよね」


 ね、で小首を傾げる仕草が可愛いっちゃ可愛い。うん。


 多分昨日よりは可愛いんじゃないかな、はは。

 

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