26 ・ 授 業 中
俺の隣にはライトニング吉野。
これまでのシカトっぷりが意味不明なほどにこやかに、俺のすぐ隣を歩いてる。
逆サイドには八坂。腕を組んできたりとかはしないで、すぐそばで大人しく歩いている。どうやら麻子から服を借りたらしく、いつのもセーラー服じゃなくてカジュアルな服装。胸のところが少しキツそうだけど、なんていうかすごく新鮮。女の子が露出過多だと嬉しいけど、常に出しているとありがたみがなくなるよな、うん。
そして後ろにはレイカ様。彼女からは妙な圧力を感じる。押されてるような気分で歩いている。
水無は特にリアクションはなくて、それはどうでもいいんだけど、麻子はきょとんとした顔をしてて、一体なにがあったのか考えている様子。
主に、ライトニング吉野に起きた変化について。
「もしかして、すごく仲良くなっちゃったの? 夕飛と、吉野君」
控え目にされたこの質問に、俺はうーむと唸り、殿下はうふふと微笑んだ。
「なんだか昨日までと全然違うような気がするんだけど」
俺もそんな気がしているよ。そしてこれは多分誤解の産物だから、いつか元に戻る日が来るんじゃないかな。また、お前なんだコラ感バリバリの殿下に戻るだろう。
心の中で会話できるって、便利だなあってしみじみ思う。
色々と心の中に溜まってる疑問に、答えてくれるのはジャドーさんだけ。ジャドーさんとは声に出さなくても会話ができるので、今日の授業中に聞いてみようって考えていた。なにせ、レイカちゃんを抑えるので忙しいって言ってたから。授業中なら、みんな大人しく座って先生の話聞いてるだろ? 今しかない。ヘイ、麗しい妖精のジャドーさん! 俺の質問に答えておくれー!
『なんですか夕飛様ー、呼びましたー?』
うわ、ダルそうな声。
『もうヘトヘトですー。ちょっと休ませてくださいー』
そんなに大変だったのか、レイカちゃんを抑えるのは……。麻子の家でなら下手な真似はできないだろうって思ってたんだけどなあ。
『そうなんですけどー、水無愛那という娘もいるしー、油断できない状況が続いておりましてですねー』
そうか。ごめん、ジャドーさん。だけど、俺も殿下から急に愛され始めちゃって困ってるんだ。
『セブレーイレブン? それはちょっと、聞いたことがありませんー』
ああ、多分違う。セイレーブンレブンだったか。
『もしかして、セレイブレーイヴンですか? それとも、セレイレブーイヴンでしょうか』
すごく微妙な選択肢なんですけどそれ。
『心当たりのある、響きの近いものはこの二つですねー。誰に聞いたのですか、この名前をー?』
名前。やっぱり、名前だった。それって、ドラゴンの名前だったりするのかな。
『そうですー。セレイブレーイヴンは、レイクメルトゥールの祖父に当たる白竜ですー。セレイレブーイヴンは、レイクメルトゥールの従兄弟のつがいの緑の竜ですねー』
へえ、おじいさん。レイカちゃんの爺さんだったら相当強そうだな。
『そうでもないですよー。とても優しくて、面倒見のいい方でしたがー』
ドラゴンは黒が最強。そう言っていたっけ。白もなんとなく、強そうだけど。
そのセイレブレーだかセレイレブーって、ライトニング吉野に呼ばれてしまっている。
最初は「縁の者」って言っていたのに、「当人」扱いになっちゃってるんだよね、もう。
『ラーナ殿下がですかー? うーん、なぜでしょうー。レイクメルトゥールに執着していたこと以外は知りませんでしたがー』
心の中、覗いたらいいんじゃないだろうか。ふっとよぎったそんな考えに、ジャドーさんは強烈に反抗してきた。
『いやですー。ラーナ様の心の声を聞くなんてー、拷問みたいなものですよー、夕飛様ー!』
なんだよ、俺なんか今朝、同衾してたんだぜ?
せっかくベッド譲ったのにさあ。ってそうだ。もう一つ、聞きたいことがあったんだ。
それは、竜精の放つ「香り」について。
ライトニングと八坂を惹きつけている、俺の体から出ている「匂い」についての推測が、あっているかどうか。
『竜精の香り、ですかあ?』
ジャドーさんの声は、なにやら訝しげな雰囲気。
『ラーナ殿下は特殊な方ですからしてー、私にはわかりかねますー』
確かに殿下はちょっとおかしいけど。でも、八坂も激しく反応してたんだ。なにか理由があるとしたら、竜精しか考えられないと思う。
『昨日のいやらしい時間は、そのせいだとおっしゃるのですかー?』
「なんだよ、ジャドーさんまで」
つい、声に出してしまった。抑えた小さな声のつもりだったけど、授業中の静けさの中では意外に響く。
あれは強引に、ヤツが勝手にしたってわかっている癖に、意地の悪い妖精さんだな。
『ちょっと喜んでらっしゃったでしょうー? 夕飛様ったらー』
喜んでねえよ! どっちかっていうと恐怖だったよ!
『その割にはー、ちゃんとぼっ』
「うわーーー!」
突然叫んだ俺に、教室中の視線が集まる。
「どうした熱田?」
「いえ、はい、あの、ええ……っと、すいません」
驚いた顔の葉山先生はすぐにニカッと笑うと、寝ぼけてたのか? って一言だけで俺を許して授業を再開させた。
もう、ジャドーさんそういうのやめてよ、レディーが!
『だって本当でしょうー?』
くっそう。悔しいけど、その通り。あくまでちょっとだけだけどな!
『それよりも今後ですー。イニヒ・イニ・ヤーシャッキは自分の実力ではレイクメルトゥールに敵わないとわかったでしょうがー、それとは別に、夕飛様に執着を見せているというのは厄介ですー。ラーナ殿下にも戻っていただきたいのにー、こちらも夕飛様にあのようなとろんとした視線を向けておりますしー』
とろんとしたって、やめてよ気持ち悪い。
『本当ですー。変態ここに極まれりですねー』
他人事だよな、ジャドーさんには。
まったく、いつまで俺の部屋に泊めなきゃいけないんだろう。母ちゃんは超絶ウェルカムだし、追い出したら麻子がうるさそうだし、彼が自分から出ていくっていう気配もなさげだし!
『夕飛様ー、ここは直接交渉されてはどうでしょうかー』
俺が?
『ラーナ殿下もイニヒ・イニ・ヤーシャッキもー、夕飛様にお熱のようですからしてー。夕飛様の言葉ならば多少は考えるかもしれませんよー』
お熱って。
でも確かに、殿下は幸せそう。八坂も妙に恥ずかしげにモジモジしちゃって、レイカ二世みたいになってる。
俺の言葉なら聞く、かもしれない。聞くっていうか、まあ、耳を傾けてくれるくらいはするんじゃないかという期待が持てそうな気がしている、くらいか。
竜精については、秘密、なんだよな。
『はいー。竜が竜以外の種族とも卵をもうけられるのは、トップシークレットですー。下手をすれば利用しようとする輩が出て来ないとも限りませんのでー』
例外として、ラーナ殿下だけは知っていると。
ただ、俺がレイカちゃんと契るかもしれないって話は聞かせたくない。面倒な事態になるだろうし。
セレブレブーンって呼んでくるのは勘違いだろう。
俺に竜の親戚はいない。
……もしかして俺の親父とか爺さんあたりがイルデエアからきた異世界トリッパーとか、そういう可能性はないんだよな?
『なにを言っているんですか夕飛様はー。異世界渡りするための条件は厳しいのですよー。それにセレイブレーイヴンも、セレイレブーイヴンももう何年も前に死んでいますー』
ああ、そうなの。
そっか。
絶滅危惧種、なんだな、本当に。
あんなに強そうなドラゴン、どうやって倒すっていうんだろう。異世界、恐るべし!




