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25 ・ 芳 香

 セレブレイブン?

 セーレイブンブン?

 なんだっけ、殿下が言ってたの。発音しにくい、ヘンテコな単語はなんの名前なんだろう。

 八坂、病院に担ぎ込まれてたりしないだろうか。異世界の人、病院に連れていって大丈夫なのかな。保険証とか持ってるのかな。


 うつらうつら、まぶたが震える。事件は起きる、次々に。

 ドラゴン、王子様、料理人、セーラー服、真っ赤な下着、幼馴染と隣のアパート。

 珍現象が次々とマッハで起きて、その衝撃は心のど真ん中をブルブルさせるけど、なにが起きたのか具体的には覚えてない。つまり、夢だ。ああ、そうだ夢だ。


 軽く混乱する頭の中。

 夢だって気が付いてほっと出てくる息。

 そして、胸の中にあるあったかいふわふわ。


 ん? ふわふわ?


 気が付けば俺の布団の中、いや、胸の中にはライトニング吉野がいる。

「うわあああああああ!?」

 耽美! たーんび!! ノー耽美、ノーBLでお願いします! と心の中で叫びながら布団から飛び出した。

「どうした夕飛!?」

「なんでもねえよっ!?」

「なんだ、なんでもないって雰囲気じゃないぞ」

 親父の声がして、ドアノブが回る。開きそうになるのを体当たりで阻止して、なんでもないんだよと大声で叫んでなんとか追い返した。廊下を去って行く足音がして、やれやれ気分で振り返るとそこには、満面の笑みを浮かべた殿下が。

「のわあっ!」

「おはよう、セレイブレーイヴン」

 幸せそうな、金色の微笑み。朝日を浴びて煌めく金髪から反射した光が、アイスブルーの瞳も輝かせている。くっそう、麻子が好きになっちゃう理由がわかる気がする。こんなに綺麗な人類、なかなかいないだろう。マンガみたいだ。

「おはよう」

「ふふ、なんて清々しい朝だろう!」


 確かに、外は快晴らしい。殿下がカーテンを開けた窓には、雲のない真っ青な空が見える。


 上機嫌な殿下は笑顔で台所に顔を出して両親に挨拶をすると、顔を洗ったり、出されたコーヒーを飲んだり。

「吉野クン、ごめんなさいね、似合わないかもしれないけど、着替えは夕飛のを使ってちょうだい。ちょっと、ズボンの丈は足らないかしらね? みっともないことにならなきゃいいんだけど」

 母ちゃんはうっとりしつつ、申し訳なさそうに俺の服の中で比較的新しいものをチョイスして殿下に差し出している。

「いえいえ、そんな」

 王子は白い歯を輝かせて微笑んでる。

 ううむ。

 すげーご機嫌なんだけど。


 食卓に並んで座ってトーストをかじっていたら、ピーンとひらめくものがあった。


 俺の匂いについて。

 朝、布団の中に殿下がいてパニックになってしまったんだけど、あの時のポジション、昨日の試合後の八坂と同じだったって気が付いたんだ。


 へその下のところを舐められた。八坂は気絶した後、ちょっとだけ意識を取り戻して、俺の腹のところに顔をうずめて「いい匂い」って言った。吉野もそう。俺の胸の下の方に顔を埋めて、幸せそうに寝てたんだ。

 昨日の夜も、ベッドに座ってクンクンしてた。俺の匂いに、多分、反応しているんだろう。

 料理人のファイなんとかも、魔法陣から出てきた時に言った。レイカちゃんの匂いがするって。

 ここまで来たらこう考えるしかない。俺から、ドラゴンの匂いがするんだ。それはどこからするかって、多分「竜精」。だってへその下のとこだぜ? 男女の交わりで卵ができるんなら、下半身にあるって考えるのが……あんまり考えたくはないんだけど、普通だと思うんだ。


 レイカちゃんをはじめ、ドラゴンを惹きつけるっていう「竜精」。

 ドラゴンが大好きで性欲まで感じちゃう殿下も、ドラゴン料理を作る料理人も、ドラゴンを狩りたい戦士も、もしかしたらそこに反応してるんじゃないだろうか――。


 セレイブレーイヴンが何なのかはわかんないけど。響きの感じからして、それもやっぱりドラゴンだったりするんじゃないのかな。あれだけラーナ殿下が反応して、幸せそうな顔しちゃってる辺り。


「ふふ、セレイブレーイヴン!」

 ニッコニコの王子様はちょっと可愛いなって思えるくらいご機嫌だ。今まで俺に向けてきた敵意に満ちた視線はなんだったんだろう。まあ、最初から「熱田君っていい匂いだね!」なんてベタベタされたら相当気味悪かったと思うけど。

「あのさあ、セレイブレーイヴンって、なんなのかな」

「また、そんなことを言って。とぼけても無駄だよ」

「いや、とぼけてないんだけどさ」

 まあいいか。ジャドーさんに聞こう。今日はどんな予定になるかわかんないんだから、殿下がギャアギャア言ってくるのは後回しになってくれた方が都合がいい。

 白ランから俺の服っていう、イメージチェンジも甚だしいライトニング吉野。いや、王子様がお忍びで街に出てきたみたいな感じもする。ジーパンは確かにちょっと丈が短くて、靴下が丸見えになってしまっていた。そんな殿下と学校へ向かうべく、家を出る。

「さて、伊勢君も来るかな?」

 呑気な発言をするライトニングの向こうに、車がやってきた。中にデカい穴が開いてしまったアパートの工事でもするのか、職人らしき人がどやどやと降りてくる。

「あ! おはよう吉野君!」

 うしろからはときめき乙女の声。ふりかえるとそこには麻子と、……三人の女子の姿が。


 水無ちゃんはいいとしよう。いつも通り、ちょっと澄ましたようなクールな態度だ。

 麻子のすぐ後ろに立つレイカちゃんは唇をぎゅっと強く結んで、軽く震えている。あれは多分だけど、怒ってるのかな……なんて。髪がいつもよりもちょっと上に向いてる感じ? 縄みたいな三つ編みが下にじゃなくて斜めに、外側に広がって、怒りのオーラに彩られているのが伝わってくる。

 そしてその隣には、一回り小さくなっちゃったんじゃないのかなって思える程縮こまっている八坂の姿が。

「おはよう、レディたち!」

 殿下が声をかけると、はっとしたようにレイカちゃんと八坂が顔をこちらに向けた。


 途端に、ふわーっと力が抜ける二人。

 俺の顔見た瞬間、レイカちゃんの怒りは空気の中に溶けて消え、八坂はなんだかわかんないけど頬を赤く染めて恥ずかしげに俯いている。

「おはよ、夕飛、ちょっと!」

 麻子が駆けてきて、俺の腕を掴んだ。

「みんなちょっとだけ待ってて、すぐ済むから」


 異世界の四人組から少しだけ離れた場所で、耳打ちをされる。

「あのね、八坂さんあの後すぐに目が覚めたんだよ。だから、安心してね」

「ああ、そうなんだ」

 病院に担ぎこまれたりとか、そういう騒動にはならなかったらしい。

 それは良かったと頷く俺に、麻子が続ける。

「良かったね、夕飛。カノジョが怪我しちゃったら心配だもん」

「え? 彼女って」

「八坂さんと付き合ってるんでしょう? 絹ちゃんから聞いたよ」

 おう。

「いや、違うよ。なに言ってんのかな絹ちゃんは」

「だってこの間、家の前でイチャイチャしてたって聞いたし、傘持ってたのにそれを捨ててまで相合傘で学校まで行ってるし、昨日だってほら、ねえ……あんな恰好でその……。夕飛、もう、大人の階段登っちゃったんだね」

 登ってないよそんなの、麻子!

「違うよ、それは誤解だって。昨日もなんにもなかったんだから!」

「いいって! いいって、いいんだよ夕飛。おばさんにはナイショにしておくからね。だってほら、彼氏とか彼女とか、みんな欲しいもんね。あーあ、いいなあ。私も早く、彼氏が欲しいなあ」


 麻子はくるりと俺に背を向け、顔だけ振り返らせてテヘッと微笑むと、殿下に向かって駆けていってしまった。

 



 ねえ。


 泣いてもいい?


 

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