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24 ・ 誤 認

 ああ、麻子の家、どうなってるんだろう。麻子とレイカちゃんと八坂。去り際、水無さんにも危ないって伝えなくちゃなんて言っていた。

 心優しい麻子、ビバお節介。


 そして俺は、自分の部屋で王子様と二人きり。

 どうしよう、おっかねえ顔だ相変わらず。お前ナンなんだコラ、何者なんだコラ、なんでレイクメルトゥールとイチャイチャしてんだコラ感が全開になっている。

「さて、熱田君……」

 いつもより凄みのある低い声。

 どうしよう、どこまで話したらいいのか、心の準備が出来ていない。

「夕飛ー! 吉野君~!」

 

 そこに、天からの救いの声が。母ちゃんだ。そう夕飯だ。

 俺の名前はごくノーマルに、王子様を呼ぶ声はちょっぴりスイートに。

「御飯よ、吉野クン」

 クン、の後にハートマークついてそうなやっさしい声。母ちゃんも女なんだな、イケメンには弱いらしい。くっそう、よく見たら化粧がいつもよりだいぶ濃いじゃねえか! 

 父ちゃんの帰りがまだだからって、母ちゃんはこれでもかってほど王子様に話しかけている。どこから来たのー? 金髪はお母様譲りなのかしらー? 日本の暮らしはどーお? 趣味はなあにー? 靴のサイズはいくつー? 好きな色はナニイロデスカー?


 ラーナ殿下はそのすべてに、にこやかに答えてくれている。恥ずかしいからやめろよ、って言っても母ちゃんのマシンガントークは収まらず、王子様は常に笑顔で応答。なんかホント、ごめんね、殿下。


 なーんて思っていたら、部屋に戻った途端、再び修羅の表情ですよ。

「さて、熱田君」

「吉野くーん、お風呂どうぞー!」


 再び天の声に阻まれて、王子様はひとっ風呂浴びに行ってしまった。ちゃんと、「はーい」って返事してくれる殿下ったら、ジェントルマン。


「ジャドーさん、いる!?」

 この隙に対策会議をしなくてはならない。そう思って、唯一頼れる存在の妖精さんを呼ぶ。

 しばらくの沈黙の後、ようやく返事があった。

『夕飛様ー、すいませんー、今ちょっと立て込んでおりましてー』

 どこだ。声はすれども姿は見えず。

「ジャドーさん、どうしよう、ラーナ殿下になんて話すべき? ヤバそうなんだけど俺!」

『ごめんなさいー、それどころじゃないんですー。レイクメルトゥールはイニヒ・イニ・ヤーシャッキにただならぬ怒りを抱いていますからー、とんでもない展開にならないように抑えなくてはならないのですー。夕飛様、なんとかやりすごしてくださいー』


 いつもより早口でわあっとまくしたてられたかと思ったら、静寂が訪れた。

 麻子の手前大人しくしてるんだろうけど、レイカちゃんが怒っていたのは確かだよな。わざわざ壁と天井ブチ破って乱入してきちゃったんだから……。試合もいわゆる瞬殺だったし。

 八坂、大丈夫なんだろうか。下着姿で隣家に担ぎ込まれちゃうとか、ハラハラしちゃう。


「夕飛ー! さっさと風呂はいっちゃいなさーい!」

 殿下の湯あみは終わったらしい。しかしまあ、実の息子だからって声が違いすぎるでしょう、母ちゃん。吉野に語りかける時のよそいきの声、たまには俺にもかけてくれ。いや、かけられたらなんかあったのか、キモッ! って思うんだろうけど。あからさまに差別されるのも気分悪いぜ?


 台所でフルーツを振る舞われている吉野をチラリと確認し、風呂に浸かる。

 ああ、つかの間の一安心。

 今日あった出来事のすべてがスゴかった。八坂にへその下ペロペロされてアンってなっちゃって、レイカちゃんがゴゴゴってしながら乱入してきて、ブラックドラゴンとランジェリーファイターが戦って……、壁にめり込んじゃって……。

 

 違う、まだ終わっていない。今日起きる出来事のすべては。

 これから王子様と一緒の部屋で就寝ですよ。

 一足早い、二人きりの修学旅行の夜、みたいな……。


 お前の好きな子誰だよー、程度で収まらないよな、きっと。



 入浴後のデザート、無情にも俺の分はなし。梨じゃなくて、ナッシングの「なし」ね。

 お客さん用の布団を部屋に運んでる間に父ちゃんが帰ってきて、こりゃまたカッコいいお友達で、なんて妙に腰の低い挨拶を吉野にしている。王子だもんなあ、なんとなくへりくだっちゃう。こっちは小市民だもん。

「狭い家でごめんねえ、おやすみなさい吉野クン」

「はい、ありがとうございます」

 金髪をキラキラさせながら家主夫妻に挨拶をして、クルリと振り返ればそこにいるのは羅刹。俺に向ける視線は超厳しい。まさに「敵視」。ゾクゾクして縮みあがっちゃいそうな程鋭い視線を受けつつ、部屋へと向かう。


「あの、さ。ベッドの方がいいかな、やっぱ。ちょっと俺の匂いついちゃってるかもしれないけど」

 ビビった風の情けない声に、吉野は答えないままベッドに座った。そっか。やっぱ、布団の文化とは縁遠そうだもんな。どうぞどうぞ、ベッドへどうぞ王子様。


「ようやく聞くことができそうだね、熱田君」

「なにをでしょうか……」

「君の」

 ピタリと王子の言葉が止まる。険しい顔をして、どうしたのかと思ったらすんすんと鼻を動かして眉間に皺を寄せてしまった。

「どうかしたかな?」

 恐る恐る、聞いてみる。

「熱田君」

「はい」

 突然浮かんだ、はっとしたような表情。


 ライトニングの視線は、右へ、左へ、ゆっくりと動いている。

 言っていいのか悪いのか、口に出すのをためらっているような雰囲気。

 美男子の憂い顔って、なんか……すっごいムードがあるんだな。俺の部屋なのに、映画のワンシーンみたい。


 そしてようやく、綺麗な唇が小さく開いた。


「君はもしかして、……セレイブレーイヴンの縁の者なのだろうか」


 なんだろそのコンビニみたいな名詞。

 あと、ユカリって? しそのご飯?


 俺のキョトンとした顔になにを感じたのか、王子様はキリッと表情を引き締めると勝手にうんうん頷き始めてしまった。

「やはりな。あの時、この世界を訪れた時に誰かがいたと思ったのだ。君だったんだろう?」

「え? ああ、それは、確かに俺だけど」

「そうか。そうか! ああ、セレイブレーイヴン! どれ程会いたかったか!」

 そう叫ぶやいなや、ラーナ殿下はガバッと俺に抱き付き、胸に頬ずり。

「え、いや? 違うけど!」

「いいや、私に嘘をつく必要などない! 道理でレイクメルトゥールがこの世界を訪れたわけだ! 道理で魔法陣が君の前に辿り着いたはずだ! セレイブレーイヴン! セレイブレーイヴンンン!」


 俺の胸の中でおいおい泣いて、一体どれくらい経っただろう。殿下は急に顔をあげてぱあっと笑顔を浮かべると、やたらと幸せそうな顔でベッドにもぐりこんで眠ってしまった。


 ううむ。なんだ。セレブンレブン? 何回も聞いたのにちゃんと覚えられてねえ。


 部屋のあかりを落とし、辞書をもって廊下に出て、調べてみる。

 ゆかり……、多分コレだ。しそじゃなくて、なんらかの関わりがある間柄のこと。そうだ、縁もゆかりもないって、聞いたことある。

 なんだろ。その、コンビニと俺の縁。

 ジャドーさんジャドーさん! と呼んだものの、やはり返事はなし。今は駄目か。

 麻子の家には、レイカちゃんと八坂、水無もいるかもしれない。一触即発だよな。ドラゴンを狙う二人の狩人と、獲物が一緒にいるんだもの。


 とりあえず、殿下と俺の一触即発が今はなさそうなのが救い。


 でもとんでもない勘違いされてる気がする。


 スヤスヤと眠る、ビューティホーな王子様。

 ううむ、カーテンの隙間から入る細いあかりで、髪がキラキラきらめいて……。


 美形って得だよなあ。なんて考えながら、俺も床に敷いた布団に入って眠った。

 

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