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22 ・ 勝 負

 思わず目を細めて、――俺は盛大に噴き出してしまった。


 セーラー服がなくなって、結果、八坂が真っ赤なランジェリー姿になっていたから。

 なんだその格好は。なんだ、その格好は!

 思わず二回言いたくなってしまうような、ただセクシーなだけの姿。

 例えばゲームなんかに、それどこ守ってんの? って感じの露出度の高い女戦士が出てくるじゃない? 腹のあたり切られたら死ぬでしょ的な。

 そういうキャラの方がまだマシ。だって一応鎧着てるもん。胸とか腰の辺りに金属のパーツがついている。でも、イニヒ・イニ・ヤーシャッキにはそれがない。どう見ても下着。端っこにレースのお花があしらわれているブラジャーとパンツなわけ。

 だけど、凛々しい顔をして、手の中に現れた細長い棒みたいなものを構えて立っている。プロポーションがいいからかな、段々かっこよく見えてきた。

 で、気が付いたんだ。その向かいに、巨大な黒いドラゴンがいたなって。

 

 怖えー! やっぱラスボスっぽい。オーラが出ている。常人が勝てる感じがない。ゼロ。皆無。八坂、無理だよ、逃げろ。戦うなんて駄目、絶対。


 素人の俺の見解はこう。


 竜と戦うことが至上の喜びみたいな設定の戦士の顔は……歪んでいる。


 圧倒されてるんだ。レイクメルトゥールは首をゆっくりと動かして、瞳をまっすぐに恋敵に向けて睨んでいる。

 気が付いたら俺は、へなへなーって床に座り込んでいた。おっかなくて体に力が入らない。そんな俺の横には、目を輝かせてアヘアヘしているライトニング吉野。こいつ、どうやら馬鹿なだけじゃなくて大物だったみたい。すげえわ殿下。あのモンスターに興奮できるって、真の変態だな。


『かかってこないのならこちらから行くぞ』

 覇王の声が、震動と一緒に頭の中で響く。

「……う、うおおお!」

 俺は見た。八坂が、棒をぎゅっと強く握りなおしたところを。伝わってくる。彼女はビビってる。ブラックドラゴンと対峙したのは初めてなんだろう。これ程までとは、と戸惑っている。


 それでも、戦わなくてはいけない理由があるんだろう。

 やめちゃえばいいのに、床を蹴って赤いランジェリーが、跳んだ。


 ごう、と音が響く。

 飛び掛かって来たヤーシャッキに対して、レイクメルトゥールが口を開けた。見えないけど、なにかが出てきた。それは衝撃波みたいなものだったんだろう。俺の体にもビリビリと震動が伝わってきて、最終的にはごろんとこけてしまった。隣に殿下もずっこけて倒れてくる。こっちはすっごく、幸せそうな顔しているけれど。あふんあふん言ってるし。マジでキモい。普段はあんなにカッコいいのに! 馬鹿、しっかりしろよライトニング吉野! 女子たちだけじゃなくて、御両親が見ても泣くぞ、今のお前の顔! 俺ももらい泣きしそうなほどの情けないお姿で、まったく嘆かわしい次第。


 いや、アホな殿下に気を取られていられる場合じゃないんだ。慌てて起き上がると、なにが起きたのやら、八坂の姿はなかった。キョロキョロして、また衝撃。レイカちゃんの向かい、だいぶ遠いところにある壁に八坂がめり込んでる。うわ、あんなに飛ばされたの? しかもめり込むの? なにそれ怖い。ブラックドラゴンヤバ強い。


「うぐ……」

 聞こえてきた小さな唸り声。


 赤いランジェリーはボロっとしてる。惜しい、もうちょっとのところで見えない。いや違う、危ない。乙女の秘密が今危ない。あんな恰好で戦うからだよ、お前も馬鹿だ、イニヒイニ!

 口の端から血を垂らしている八坂にくぎ付けになっていると、後ろからズン、と音が響いた。地面も揺れている。振り返るとそこに、極悪オーラを放つブラックドラゴンが迫っていた。


 俺の横を通り過ぎて、めり込む対戦相手のもとへ。

 って、もしかして……とどめ刺すの?


 戦いのルールなんてわかんない。王子様はとにかくドラゴンの姿にシビれているだけ。ジャドーさんはじっと止まったまま動かない。レフェリーとかいないのか? 俺は、立会人らしいけど……。なにをどうしたらいいのか、今、もしとどめを刺すんだとしたら、それを止める権利はあるんだろうか。


 激しい動悸の中で、どうなるのか見守っていく。

 八坂のすぐ前に、レイカちゃんは立っている。このままじゃなにが起きるか全部は見えないから、慌てて走った。ぐるる、って声がする。その度に、空気が揺れる。そして、爪が振り上げられる!


「待て! 待って、ちょっと、……ちょっと待って!」

 めりこんだまま動かないランジェリーの前に飛び出すと、爪がぶーんって落ちてきた。

 あまりのおっかなさに目を閉じて、真っ暗な中、しばらく、静寂。

 おそるおそる目を開けると、レイカちゃんが手をゆっくりと引っ込めているところだった。

「夕飛様ー、どうなさったのですかー、危ないですー!」

 レイカちゃんの向こうから、そっとジャドーさんが顔を出す。小さい。けど、まっ黒い鱗の上でキラキラ輝いていて、なんとなく、その姿に安心させられる。

「いや、もう勝負ついてるでしょ? こいつ、もう動けないじゃないか。レイカちゃんの圧勝だよ。な、だから、もういいと思うんだ。これ以上の攻撃は必要ない、でしょ?」

 

 後ろから小さくうなり声が聞こえてくる。

 もしかしたら、レイカちゃんが近づいてきたところで、「油断したな馬鹿めー!」みたいな展開があるかと考えてたけど、八坂はとても動けそうにない。顔色は真っ青だし、めり込んだ体はなんていうか、深くハマってて簡単には抜け出せそうにはない様子。

「では夕飛様、勝負の終了を告げて下さいー」

「いいの?」

「はいー、立会人にはその権限がありますー」

 チラリと殿下に目をやると、ようやく正気に戻ったのか俺をガン見していた。なんだオマエ的な視線。それは、お前は何者なんだっていう疑問みたいなものではなくて、おいコラなにいい勝負止めてんだ小僧が。やんのかああん? みたいなニュアンスのように感じられる。

 でも、そんなの気にしている場合じゃない。これだけパワーがあるレイカちゃんが追撃なんかしたら、どう考えても八坂、死んじゃうだろ。本名忘れちゃった。イニヒだっけ? ああそうだ、ヤーシャッキだ。ライトニング吉野よりは本名に近いな、八坂仁美。

「えーと、この勝負、レイクメルトゥールの勝ち! これで試合は終了!」


 こう叫んだら、周囲の景色がまた歪んだ。

 ゆっくりと少しずつ、デュランダーナ大瀬になっていく――。


 と思ったら、突然ね。

 ふわっと、体が浮いた。落ちてる! って理解した瞬間、急にこう、力強くホールドされてしまった。


 俺を抱いてるのは、勿論レイカちゃん。

「夕飛様、大丈夫ですか」

 頬をぽっと染めながら、ゆっくりと下におろしてくれる乙女の覇王。


 女の子にお姫様抱っこされちゃったー、俺ー!


 そしてドサドサと、ライトニングと八坂が続けて落ちてくる。


 なるほど、八坂の部屋に戻ったけれど、レイカちゃんが下から天井をブチ破っていたから、落っこちちゃったんだな。

 落ちた先の部屋はおそらく、一〇二号室。お気の毒な部屋の主は多分、ド変態の王子様なんだろう。どんな部屋だったんだかはわかんないけど、板とか畳の割れたのとか、崩れた壁とかで散らかり放題になってる。壁、そう、壁がね。穴開いてるんだ。


 つまり、一〇一号室に居たレイカちゃんが、八坂が俺にしたいやらしいいたずらに我慢できなくなって、ライトニングの部屋へ壁をぶち抜き侵入、そして、天井破って二階へ特攻したと。


 この惨状はそういうコト、みたいだ。

 

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