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21 ・ 限 界

 一応言っておくとだね、抵抗はしたんだよ。お前の家に行く理由がないって、それはそれは男らしくお断りしたんだ。

 だけど、八坂って女の子なのに力が強くってねえー!


 というわけで現在、異世界から来た露出度が凄まじく高い女の子の部屋におります。

 自宅の隣のアパート、デュランダーナ大瀬の二〇二号室。


 女の子の部屋ですが、なにもありません。畳が敷いてあって、学用品みたいなものが隅に積まれているだけ。

 引っ越しの下見に来たみたいな景色。


 なんのムードもないんだよ。お茶とかお菓子も出て来ないみたいだし。

 

「なあアツタ」

「はい」

 

 俺は全然、目の前のこの人がなにを求めているのかよくわからない。

 最近ずっとそばにいるけど、レイカちゃんがどうのこうのって話はもうしてこないんだ。ただ、俺にべったりひっついてくるだけなの、八坂仁美は。


「オマエ、ほんとうにいい匂いがするよな」

「え? そうでしょうか?」


 いつもはドギツイ目が、心持うっとりしているような気が、しないでもない。


「そうだよ。なんの匂いだ、お前からするのはよう」

 ニヤっと笑いながら俺の鼻を強く押して、そこからつつーっと、下へさがっていく。


 顎、首、鎖骨、胸、……へそ。


「いや、特になんの匂いもしないと思うんだけどもね?」

 慌ててその手を払いつつ、座ったまま後ずさる。

「いいや、するね」

 のけぞる俺。

 覗き込んでくる、八坂。

「あの、えーと」

 押しが強い。そして俺は、押しに、弱い。

「俺になんの用なのかなあ、なんて……、あははは」


 みっともないくらい、弱々しい声。

 それを無視して、八坂は突然、俺の着ていたTシャツを腹の部分からべろーんとめくった。


 いやぁーっ!


「オマエのいい匂い、嗅がせろ」


 えーっ?

 意外! 匂いフェチとかそういう感じ? そんなに俺の体臭がお気に召しちゃった?


 慌てて服を戻そうとしたら、左の頬をひっぱたかれてしまった。

 ひい、痛い! 痛い!

 とうとう畳の上に倒れて頭を打ち付けた俺の足の上に、八坂がどん、と座る。

「この辺が特に匂う!」

 めくれたTシャツ。丸出しになったへその、ちょっと下。

 やだ、やめて! そんなとこに顔近づけないで! っていうかエロい! すごくエロい! エロいです八坂さん! 今日からもう、ヤサカビッチって呼んでいいですか!? ヤサカビッチ、止めて! もうやめて! これ以上俺をいじめないで! へそのとこに鼻を押し付けないでええええ~!?


 時が一瞬、止まった気がした。


 ヘソの下に、八坂の鼻が当たっている。これだけでもヤバいっていうのにさ。

 そのもうちょっと下に、生あったかいなにかが触れている、感じがし始めて。

 これ、あれだよ、あれ。口の中にある、味覚を一手に引き受けてるアレが動いてんのよ。アレだよ、アレ。書いていい? はい、ベロです。舌。ヤサカビッチ、俺のへその下なんて際どいところを、ぺろぺろ舐めてる。


「いやっ、ちょ、やめてっ!」

 ジタバタしても、八坂の足がぐっと締め付けててさ。動けないワケ。腕もいつの間にかガッシリ掴まれてて、俺はもう、畳の上で顔だけぶんぶん左右に振ってイヤイヤするだけしかできない。このいやらしくて、そこはかとなく「期待してもよさそげな」シチュエーションに、嬉しいやら怖いやらで結果、悶えてる。


「やさかぁんっ!」


 これがもうちょっと下に動いたら! どうなる!? どうなるのか! どうなって、しーまーうーのーかー!?


 なんてナレーションを頭の中で叫びながら、必死になっていろいろごまかすのが精一杯。いや、ごまかしきれてない。もう、駄目。だってほら、美人なんだもん。ついでにボインなんだもん。いまだって、大変な有様になっている現場に目をむけたら、なんかもうフワンとかポヨンがチラチラ見えそうで見えなくて! 

 もー、アウト。完全にアウト! 

 レバーがONになっちゃう。なっちゃった後について考えちゃう!


 って思った瞬間、いきなり大きな音が響いて揺れたんだ。ズバゴオーン! って。

 そして、聞こえた声。


「いせくんっ!?」


 その瞬間はわからなかった。頭の中が真っ赤に染まってたから。だけど、ちょっとしてわかった。あれは、ライトニング吉野の声だったって。

 また揺れて、体が宙に浮いた。


 バリバリズバアーンゴゴゴーン、みたいな大音響。

 俺と八坂は揃って壁に激突して、畳に落ちた。もうもうと舞う茶色い霧に、ムセる中で響く更なる声。


「八坂仁美! これ以上、夕飛様に手を出すことは罷り(まか)ならぬ!」


 部屋を覆う埃の向こうに浮かび上がるのは、伝説の覇王の(シルエット)――。


「伊勢レイカより、八坂仁美に勝負を申し込む!」


 あうあうする涙目の俺の隣で八坂は、驚いた表情でぽかーんとしている。

「え? あ? いいのか?」

「いいも悪いもない! 貴様もそれを望んでいただろう!」


 竜の咆哮! ユウヒに十のダメージ! みたいなビリビリ感。ビリビリどころじゃねえ、今にもチビっちゃいそうなド迫力。ただでさえデカイボディが、いつもより二回りくらい大きく見えている。


『レイクメルトゥール、落ち着いて~!』

「いいえ駄目ですジャドー、戦いの場に移りなさい!」

 

 埃が少しずつ収まってきて見えてきた、レイカちゃんの顔。


 ひーん。こわいよー。髪が逆立っちゃってるよー!


「伊勢君! 伊勢君!」

 床に開いた穴から、王子が咳込みながら姿を現した。

『レイクメルトゥール、止めましょう~』

「いいえ、駄目です! これ以上、これ以上、夕飛様に手を出すこの娘を許すわけにはいきませんっ!」


 レイカちゃんが叫ぶ。

 視界の端に、チラっと見えた。困った顔で、両手をバンザイして、クネクネ踊ってるジャドーさんが。


 景色が歪む。

 前にも行った広い部屋だ。床には青いタイルが、壁にはステンドグラスのような窓が並んでる、異世界の人御用達の「有事の部屋」。


「イルデエアの中央、聖なる山に住まいし黒き竜、レイクメルトゥール!」

 レイカちゃんが吼える。その姿は黒いモヤモヤに包まれて、真の姿へと変わっていく。

「……キッカローモの戦士、イニヒ・イニ・ヤーシャッキ」

 少し焦った様子の八坂も、名を名乗った。

 

 試合の時は最初に本名を名乗らないといけないのかな。

 イニヒ、イニ、ヤーシャッキか。もしかして「イニ」が「仁美」の「仁」なの? ギャル文字か、八坂。いや、ヤーシャッキ。

「立会人は、熱田夕飛、そして、……トゥーニング・ヨスイ・ラーナが務めますー」

「え? そういうシステム?」

 思わず殿下の方を見て、俺はずっこけそうになってしまった。もう、ひどいお顔なんだ、王子様は。よだれが今にも垂れてしまいそうな、ゆるっゆるにたるみきった顔。せっかくの美しいお顔が跡形もない。どこに消えたんだ、吉野。麻子ー! 今すぐライトニングを見るんだ! お前の恋は確実に冷める! 写真撮るか、いや、カメラがねえよチクショー!


 なんて思っている間に、八坂の表情はいつも通りのキリっとしたものに戻っていた。レイカちゃんが突入してきて、そこから勝負になるなんて思いもしなかったみたいだけど、そこはやっぱり戦士なのかな。気持ちを切り替えて、勝負に挑む表情になっている。

 

 イニヒ・イニ・ヤーッシャッキが右手を高くかざす。

 そして、俺に顔を向けてじっと見つめ、一言。

「アツタ……、お前、ナニモンだよ……?」

 心臓がヒヤっとしちゃう、低い声。

 俺に向けられた視線はすぐに戻り、彼女は正面の黒い竜をギリリと見つめた。

 そして高く上げた右手の中に、細長い棒のようななにかが出現。


 光輝く棒が姿を現すと同時に、イニヒの体も光り出した。

 

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