20 ・ 懊 悩
校庭には体育着姿の生徒が溢れている。もうすぐ開催される体育祭の練習で、位置とか動きの確認をやってるところ。
あれ以来俺にべったりの八坂の姿が目に入った。
ちゃんと学校指定の体育着を着ている彼女は、普段のセーラー服の時よりも露出が少ない。変なの。だけど、白いTシャツの下には真っ赤な下着が透けて見えている。他に赤が透けてる女子生徒なんていないから、なんだかんだやっぱり男の視線を集めてるナンバーワンは八坂で決まり。暇な男子はみんなチラ見している。ああ、赤だなあ、って。中身のボリュームも凄いし。
なんの匂いがするんだって聞いても、奴はニヤニヤするだけで答えなかった。
汗くさいのか、はたまたおかしな香りがするのか心配になって深山たちに聞いてみたけど、別に、みたいな答え。
そして二日後に気が付いた。
そういえば、ラーナ殿下も料理人も言ってたなって。俺から、レイカちゃんの香りがするって。
獣がやるじゃない。自分の匂いつけて、縄張りを主張する行動。マーキングだっけ。
もしかして、俺もレイカちゃんにマーキングされてんのかなって。あの、手の甲にチュッてされた時につけられちゃったんじゃないのか。
そう考えると、ラーナ殿下と料理人が現れた時、俺のところに来た理由もわかる気がするんだよなあ。だって、おかしいだろ? あの魔法陣が俺の前にわざわざ現れるのってさ。異世界から来た者の掟ガン無視しちゃってさあ!
これについて質問したいのに、なぜかジャドーさんは答えてくれない。部屋で呼びかけても、心の中で呼んでみても応答なし。レイカちゃんと一緒にひかえてるのかな。
朝は何故か八坂と二人でいちゃラブ登校させられるようになってしまっていて、レイカちゃんの姿を見ていない。
レイカちゃんが一緒じゃなきゃライトニングもいないし、ライトニングがいなければ麻子もいない。ああ、なんて悲しい連鎖反応。
っていうか俺、八坂にベタつかれてクラス中の男たちから敵視されるようになっちゃってる。深山もはっきりと距離を開けてるのがあからさま。二人きりでアソボ、って言われた現場を見られているから。ボウリングの次の日の夜に来たヤツからのメールは「お幸せそうで結構ですね」だって。ベタベタしてるってだけじゃなくて、もう既に爛れた仲だと思われているらしいよ。
八坂にまとわりつかれてる間の、ポヨンポヨンとか、ふわん、とかはなんだかんだ嬉しいんだけどさ。掟を考えたらこれ以上の進展はナッシング。もう思い切ってこいつと付き合っていくとこまでいったらいいんじゃねえの? って考えてみたりもしたんだけど、それはないんだよな。俺が好きでベタついてるわけじゃないんだから。それすらちょっと忘れそうになってるっていう、女体の刺激って恐ろしい。とにかく、生殺しが延々と続くってだけなんだ。リア充なんだろって勘違いされて友情失った挙句、八坂が去ったら残るのはぼっちの童貞だけ。
神様ってサイコーに意地悪だよな。完全に精神的な拷問だぜ、今の状況は。
「アツター! アツターッ!」
髪をかきむしる俺を呼ぶ、ドS女の声。
無視して下を向いていたら、すぐ前にすらっとした足が現れた。
「おいアツタ、喉乾いた」
「……水飲み場ならあっちにあるよ」
「あんなマズイ水飲めるかよ、バカ!」
スパーンと俺の頭に平手が打ち下ろされる。
こんなやり取りも「いちゃつき」扱いされて、俺に向けられるのは嫉妬の視線。指令通りに水を調達に行かない俺にギラリとした視線を向けて、八坂は勝手に椅子の下に置いておいたペットボトルのお茶を取って飲み始めた。
「ぬるい」
人のを勝手に飲んでケチつけて、でも、ニヤリ。
周りからは、爆発しろっていう呪いの視線が向けられる。
俺が思わず確認しちゃうのは、レイカちゃんの姿。
チラっと見たら、慌てた様子で目を逸らしていた。表情は見えない。そしてあんなにデカいのに、存在感が……なぜか薄い。
大きくてオーラはハンパないけど、なんだかんだ控え目で良識的な女の子、いや、何歳かわかんないし、見た目は覇王って以外なにもかもが「不詳」の状態なんだけど。見ただけだったら男か女かだってわかりゃしない。
おっかない見た目の子がやってきたけど、体がちょっと大きいだけで心優しい女の子なんだってみんなもう承知している。だから、たくさんの女子に囲まれている。頼もしいボディに安心感でも感じてるのかな、彼女たちは。いや、違うか。レイカちゃんがいれば、ライトニングがやってくる。レイカちゃんが冷たくあしらうから、殿下は黙ったまま傍にいるだけ。切なげな瞳の王子様はやたらとカッコよくて、周囲の女子はそれを目で楽しんでいるらしい。
レイカちゃんに片思いしてるなんて、そんな発想がないんだろうなあ、ガールズたち。当たり前か。俺だってその他大勢に属してたら、そんな話聞いたって信じないだろう。
「おいアツタ、なに見てんだよ」
俺のお茶を飲み終わってプハーっと息を吐きながら、八坂がバシンと肩に手を置く。
「あててやろうか、アイツだろ、あそこにいる……、菅原とかいう地味な女」
うっ。
なぜそれを、と焦っていたら、答えを教えられた。
「伊勢の奴が言ってたぜ? アツタはあの女が好きなんだってさ」
「……そんなことを、言ってた?」
「ああ」
レイカちゃんはジャドーさんに聞いたのかな。
頭の中が白く染まっていく。
彼女が八坂にそんな話、自主的にするとは思えない。
じゃあ、俺とどういう関係なんだって聞かれて、その流れでこの話題が出たのかな。
無関係だからって、八坂に伝えるために?
その後もなんだかんだウダウダと話しかけられていたけど、まともな受け答えをできなかった。
俺の頭の中に生まれた、一つの芽。
前からちょっとだけ感じていた、申し訳ない気持ちが更に一つ芽生えてくる。
切ないよな、レイカちゃん。
俺も当事者じゃなければ、彼女にどれだけ同情したかわからない。俺も協力するよ、アイツを振り向かせるようにさ、とか言っちゃうかもしれない。
だけどなあー!
俺が振り返る側なんだよなあー!
午後の授業中、頭を抱えてノートにため息を吹きかけまくって、心の中はすっかり雨模様。
ホントにさあ、ジャドーさんでも、八坂でも水無でも、とにかく見た目が他のイルデエア人だったら全然問題ないのに! って。こんな妄想をしたところでなんの進展もないんだけど。だけど、そう思わずにはいられない。レイカちゃん以外のビジュアルは正直言って全員大当たり。ジャドーさんのセクシーボディが普通の人間サイズになったらもうたまんないし、水無ちゃんにはあの汗くさい革の装備はずしてもらえれば万々歳だし、八坂はちょっとあの口調さえ改めてくれたら最高にウェルカムなんだけど!
俺に訪れてるのは、おっぱいぽよんぽよんの、だけどそれ以上の進展は望めない生き地獄だけ。
――なんて考えてる自分が情けない。
こんな俺を求めて、守ろうとしてくれてるんだなって思うと、レイカちゃんに申し訳ない。
だけど積極的に応じるのは正直、無理で。
延々と続く、抜け出せない悶々の輪。
この状況を抜け出せる、一発逆転がないかなあなんて思うんだ。
「おい、アツタ」
今日もなぜか、八坂と腕組んで一緒に下校中。なんだこの人目を憚らぬカップルは、っていう痛い視線を受けながら、家へと帰っていく。
「今日、……アタシの部屋に来いよ」
俺の切実な祈りが神様に届いたのかもしれない。
この日、事件が起きたんだ。




