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19 ・ 敵 味 方

 深夜、日付が変わる頃になってから俺はようやく起き上がった。


 腹が減ったからだ。

 何回も母ちゃんが呼ぶ声がしたけど、どうしても起き上がる気力がなくて、夕飯はスルーしてたんだけど、やっぱり食べ盛りの男子高校生に食事抜きは無理があったみたいでさ。

 部屋を出て台所に降りると、食卓にはラップ済みのおかずが置かれてる。炊飯器は明日の朝用に予約されていて、ないかと思いきやおかずの横に「冷凍庫にごはんあり」とメモが添えてあった。


 電子レンジを動かし、薄暗い部屋で一人ため息。

 なにが問題で、なにに困ってるのか、なんだかよくわかんなくなってきてしまって、ため息。


『夕飛様ー』

 そして聞こえる、俺を呼ぶ声。

「ジャドーさん、いるの?」

『はいー。今日はそのー、お疲れ様でしたー』

 うん、ホントに疲れたよ。レイカちゃんが現れてからっていうもの、心がくたびれ果てちゃった日は何回もあったけど、今日が一番疲れたかもしれない。


 見てたんだろうなあ、って思っていたんだ。俺に起きた一部始終。レイカちゃんはどうだかわかんないけど、ジャドーさんは全部把握しているだろうって。


 八坂の仕掛けてきたお色気攻撃と、それに対する俺の醜態。

 恥ずかしいったらないよ。


 なんとなく言っても無駄だって思っていたんだけど、ジャドーさんに俺についてまわるの止めてって言ったらやめてくれるのかな。多分、プライバシーの危機が続いて色々とひかえてるからっていうのもあると思うんだけど。あんな好みから外れたドS女のパンチラみてドキドキしちゃうなんておかしいでしょう? そうでしょう?

 それもこれも、男にとっての大切な「安息の時間」が最近全然ないからっていうのも影響してると思うんだ。なにせ俺、健康な男子高校生だから。


「夕飛様ー、夕方、八坂仁美が来た時、レイクメルトゥールは助けに入りたかったのですー」


 ピー、ピー、と電子レンジが鳴り響く。


「けれど、そうすれば夕飛様がレイクメルトゥールにとって重要な人間なのだと感づかれてしまいますー。八坂仁美だけではなくー、水無愛那の方も見ているかもしれませんしー、ファイ・ファエット・ファムルーもどこかに潜んでいるかもしれませんしー」


 ああ、やっぱりちゃんと飯、食いに出てくればよかった。冷凍のごはんって、なんとなく味が好きじゃない。炊き立てが一番じゃない? 米って。


「それに、ラーナ殿下が出てくるとめんどくさいですしー」

「はは」


 アッツアツになったご飯をレンジからテーブルへ運んで、箸を取り出す。おかずも温めようか、めんどくさいけど、どうしようかな。


「レイクメルトゥールは本当に、苦しそうでしたー。夕飛様のお役に立てない自分が悔しかったようでー、畳をむしってボロボロにしておりましたー」

 

 大丈夫か、そんなことして。むしろみたいになっちゃってんじゃないの? くつろげるかな、そんな畳の上で。


「けれど、今は耐える時なのだとー。竜を狙う者たちに挑まれるのは仕方ないけれど、夕飛様を巻き込むわけにはいかないからと、そう話しておりましたー」

「そっか」

「そうなのですー。雌伏の時なのですー」


 ぐっと拳を握った姿で、妖精さんはヒラヒラと飯の上を右に行ったり左に行ったりしてる。

 キラキラと輝く粒子を撒き散らしながら、大真面目な顔で何度も頷いていた。


 ジャドーさんの鱗粉かけご飯をもぐもぐ噛みしめながら、また考える。

 耐える時、か。

 俺とレイカちゃんの繋がりをこれ以上、異世界の人たちに見せつけない。

 それはいいけど、でも、根本的な解決にはなってないよな。レイカちゃんは狙われ続けるわけで。どうにかしてあの人たちには帰ってもらわなきゃいけないだろう。

 

 どうすりゃ帰ってくれるんだろうな?

 黒い竜ハンティングを諦めさせるいい方法、ないのかな?


「あいつらを元の世界に送り返す術とかないの?」

「うーん、なくはないのですがー、それをするには相応の謝礼を呪術師に払わなくてはなりませんー」

 

 そういや、言ってたな。

 一族の宝と引き換えにやってきたとかなんとか。


「もしかして、大変なの? 異世界に来るのって」

「勿論ですー。そんなにポンポンと、異世界からお客は来ないでしょうー?」


 確かに。他に知り合いはいない。

 いや、「俺の友達異世界から来たんだよねえ」って言っても信じないだけなのかも。みんな案外そういう友達がいたりして。葉山センセも言ってたもんな、友達に狼男がいるとかなんとか。マジだったりしてな、ハハ。


「夕飛様、ありがとうございますー」

「ん?」

「なんだかんだ言って、レイクメルトゥールの味方をしてくださっているのでしょうー? この調子なら、愛が芽生える日も遠くありませんねー! 卵だって、一個と言わず、二個、三個、いえいえ、三ダースくらいー? 産めよ、増えよ、聖なる竜の山に群がれよー!」


 ジャドーさんはキャッキャと部屋中を飛び回った挙句、おやすみなさいーと叫びながら換気扇のあたりから出て行ってしまった。


 ちくしょう、勝手だな。味方なんかした覚えないけど?

 いや、してるのか。


 本当にレイカちゃんが邪魔なら、八坂たちにつけばいいんだもんな。

 例えば料理人の彼を探し出してタッグを組んで戦えば、彼らは満足、俺は卵つくりの重圧から逃れられる。


 そんな想像を、慌てて首を振って頭の中から追い出した。

 確かに困ってはいるけれど、レイカちゃんとドラゴンたちにとって悲惨な運命が待っている道を選びたくはない。ドラゴン宮廷料理とか、ドラゴン殺しの栄誉とかは、我慢しろよで済む話だけど、レイカちゃんは命がかかっているし絶滅の危険性もあがる。そんな展開になったら、ジャドーさんもどれだけ悲しむだろう。

 知り合ってしまった以上、さすがにそういう事態は避けたいと思う訳で。 


 おかずまで全部食って、お茶飲んで、はあって一息。

 俺っていい奴だなあ、なんて考える。


 異世界人を追い返すいい方法はないか。

 あっても、俺が一番悩んでる部分は丸々残る。


 卵。

 ――レイカちゃんと俺の、かわいいベイビーについて。


 これはこれ、それはそれで、アレはアレって? 

 ああもう、問題複雑すぎ! どうしろっていうの一介の男子高校生の俺にさ、もう、ねえ……。


 

 食べてすぐ寝ると牛になるんだっけ。

 牛になったらちょっとは楽だろうか――。そんな思いを浮かべながら、目を閉じる。



 眠れないかと思いきや、あっというまに睡魔との勝負に負けて、目覚めれば朝だった。

 外は暗い。雨が窓を叩く音が聞こえてくる。


 朝飯食って、家族とはほとんど会話もせずに家を出た。

 視線の先には、真っ赤な傘が一本。


「よう、アツタ!」

 

 赤は奴のイメージカラーなのかな。八坂は凶悪にキレイな笑顔で俺を出迎えて、自分の傘を閉じると俺のすぐ横に寄って来た。

「入れてってよ」

「傘、持ってるのに」

「いいや」


 畳んだ傘を、思いっきり膝に打ち下ろす。


 普通の傘を折りたたみ傘にする方法って知ってる?

 俺は知ってるぜ。たった今、目の前で見た。


 ぐにゃりと曲がってしまった傘をゴミの集積場にポイと投げると、八坂仁美はそれはそれは悪そうな顔で艶やかに笑って、俺の右腕に自分の腕を絡ませて。


「あのさ、なんでそのー、俺に絡んでくるの?」


 レイカちゃんとなにかあるって勘ぐっていたとしても、ここまで近づく必要あるかな? って俺は思うんだ。

 こんなにベタベタしちゃってさ。

 また当たってるよ、例のヤツ(おっぱい)


「アツタはなんか匂うんだよ」


 うほってなる直前に、頭の中がひやっとした。


 匂うって……なにが?


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