17 ・ 逃 避 行
カコーン、と音が響いている。
平日昼間のボウリング場。客は学生っぽい連中ばっかりだ。
その中で一人異彩を放ち、注目を集めているのは勿論、八坂仁美。
放課後一緒に遊ばないかという誘いに対する返事は、全開の笑顔だった。笑顔といっても、邪悪な雰囲気なんだけど。
「いいぜ、アツタ。アタシとなにして遊びたい?」
いやらしい! いやらしい響きの台詞だ! 言い方もなんかしらないけどエロい。
おかげで、ケダモノ軍団の鼻息は荒くなる一方。
男ばっかり十人もいるのに、八坂は平気な顔でついてきて、初体験のボウリングに大喜びしてる。
こうやって投げるんだよ、並んでるピンを倒すんだよ、と皆こぞって破廉恥セーラーにレクチャーをしていく。
俺は黙って、それをただ見ていた。
あいつの目的は、なんなのか。
俺だ。
レイカちゃんを仕留めるために、弱点になりそうなものを探してる。
俺は知ってる。レイカちゃんがどんな瞳で俺を見つめているのか。
うっとりとした瞳。一目でわかる、ただならぬ雰囲気。
八坂だけじゃない、水無も彼女を狙ってる。どこにいったのかわかんないけど、例の料理人もだ。レイカちゃんが試合を受けないことくらい、わかってるんだろう。
でも、わざわざ世界を渡って来た。
そうまでして狙いたい、最高の獲物なんだ。
黒き竜、レイクメルトゥールは。
「アツタ、お前の番だぞ!」
見上げればそこに、白く長い足があった。見上げる途中に、真っ赤なパ……。
慌ててもっと上を見たら、超ミニのセーラー服の下にはまた真っ赤なブラが。
「おう」
見なかったフリをしつつ、立ち上がる。まずい。今朝見た夢を思い出してしまう。
平常心とはかけ離れた動揺の塊が投げるボールがまっすぐ進むはずがない。
ボールはピンに触れないまま、暗い穴の中に消えてしまった。
そんな俺の醜態を嗤う奴もいなかったけどね。
みんな、八坂の一挙手一投足から目が離せないから。
投げる前にチラっとかがめば、真っ赤なお尻が見える。
投げ終わって足を組んで座れば、スカートが持ち上がって中が見えそうで見えなくて、これまたそそる。
全部倒して拍手が起きれば、笑顔で右手を高く上げてくれるんだ。そうすれば、服が持ち上がってまた中が見えちゃうっていう破廉恥システム。
深山たちはこぞって八坂のプレイを持ち上げる。
っていうかこの人、上手い。スラっとしてるけど力があるようで、結構重た目のボールを見事に投げている。投げるたびにコツを掴んできたんだろう、気が付けばストライクを連発してるじゃないか。
さすがはドラゴンスレイヤー、なのかな。普通の女の子とは違う。
ピンを獲物に見立てて、狩人さながら狙いを定めたら――。
一撃、必殺。
楽しくなってきたのか、八坂は上機嫌。
誰かが失敗するたびに、しょうがねえな、って笑ってる。
女王様だ。
チラチラと顔を出す真っ赤な下着に気を取られてたけど、俺、のんきに一緒に遊んでる場合じゃないよな。ご機嫌で他の奴らと遊んでいるうちに、そっとフェードアウトするべきだろう。トイレに立って、腹が痛くなってきたから帰ったとかにすればいいんじゃないか。深山にメールでも送れば、解決だろ。八坂はともかく、他の連中は俺がいなくたって別に問題ないだろうし。
わあわあ盛り上がる席を離れて、こっそりトイレへと向かう。ちょうど女王様の番。投げる前にものっすごく集中しているらしく、ボールを構えたらしばらく動かないので、その隙にゴー、ゴー、ゴー!
静かにさっとトイレへ向かって、振り返る。わあっとあがる歓声。よくみたら、他の席の男たちもすっかり目を奪われているみたいだ。プレイを止めてあからさまに赤い下着に夢中になってる。
確かに、魅力的だ。
でも、俺は溺れない! 狙われているのだからな!
女王様がふんぞり返る姿を確認して、トイレの隣の非常階段の入口の扉を開ける。
「のわあっ!」
口から飛び出した悲鳴を、慌てて手で押さえた。聞こえたか、聞こえてないか。扉の向こうに居たのはイルデエアの黒き竜、レイクメルトゥールの巨体だった。
「……夕飛さん」
扉が閉まる前に、声をあげてしまったと思う。八坂が気づいて追いかけてきたら?
「行こう!」
躊躇がなかったかといえば、そんなことはない。相当迷ったさ。だけどその迷いは二、三秒に圧縮して、レイカちゃんのゴツい手を引いて非常階段を駆け下りていった。ボウリング場はビルの七階。一階まで一気に走って、ビルを飛び出して、振り返る。
あん、巨体のせいでなんにも見えねえ!
っていうか、レイカちゃんほっぺが綺麗な桜色!
げんなり、うんざり、冷や汗脂汗、そして巨大な「やっちまった感」に心を冷やしつつ、だけど、まだ走った。敵の動向が確認できない以上、現場から離れるに限るだろ。
ちょうど停まっていたバスに二人で飛び乗って、小銭を放り込んだらちょうどドアが閉まった。
ぷしゅううん、って音と同時に、どるるるってエンジンが唸り出す。
席はぽつぽつと埋まってるくらいで、客は少ない。
ゆっくりと、一番後ろの席にむかって歩いて、二人で並んで座った。
そして、目が合って。
これが、好きな子相手だったら、うふふとかてへへとか言って、照れ笑い浮かべたりするところなんだろうけど。
レイカちゃん、もう、俺にメロメロなのって目をしてるわけ! 今にもキッスされそうな、そんな愛のオーラが丸出しになって俺を包もうとしてるような感じがしちゃってるくらい、目がうるうるうるうるしてるわけ!!
「……あの、いつから、居たの? あそこにずっと居たの?」
なにを言われるか、心底恐ろしかったので先にこう切り出した。
レイカちゃんの愛のオーラはちょっとずつ引っ込んでいって、いつも通りの冷静な顔に戻っていく。
「はい、あの八坂仁美が夕飛さんと一緒にどこかへ行くというので、なにかあってはいけないと思い、あそこで控えておりました」
『夕飛様ー、私がレイクメルトゥールに教えたのですー』
「ああ、そうなんだ」
ジャドーさん、やっぱ俺に四六時中くっついてるのかな。参ったな。やっぱり、迂闊にエロ画像は開けないぞ。
「夕飛さんは、その、どうして階段の方へ来られたのですか?」
「いや、あいつがなにを狙ってるのかわからなかったからさ」
レイカちゃんが、ゆっくりと深く頷く。
「俺が弱み握られたりしたら、付け入る隙を与えちゃうかもしれないんだろ?」
俺がそう答えた後、何故かしばらく沈黙が続いてしまった。
レイカちゃんは下の方を見つめたままで、顔が見えなくなっている。夕方で薄暗いせいもあって、顔の部分が真っ黒。ただいまラスボス感が急上昇中。
そのままバスは家のそばの停留所に着いて、二人で揃って家まで歩いた。
家の前、アパートへ続く細い路地のすぐ横についたところで、やっと声がした。
「夕飛さん」
ようやく顔を上げたレイカちゃん。
わああ。
顔が、超~乙女になってるー!
「夕飛さんは素晴らしいお方です。そこまでして、わたくしを守ろうとして下さるなんて……!」
え、あれー? そういう解釈になっちゃうの!?
「しかも、八坂仁美の色香に惑わされず、騙されないぞと凛々しいお顔をなさっておいでで」
そんなんじゃないし! やだ、そんな大げさに褒められるとかえって恥ずかしいんだけど!
「素敵……です……」
やめて! その間、やめて!
「大したこと、してないから!」
大慌てで家に入って、自分の部屋にダッシュ。
ベッドにがっくり倒れこんでさ。
しばらく、布団と一つになって過ごしたんだ。
 




