14 ・ 偵 察
新しい朝が来る。
家を出ると、アパートの前に異世界から来た二人の女が立っていた。
「おはようございます」
水無ちゃんがにっこり。
「よう、アツタ」
八坂はニヤリ。
「……おはよう」
一応クラスメイトだから。挨拶くらいはしておこうと思うんだ。
この二人と料理人さんはレイカちゃんにとっては敵なのだが、俺にとっては無関係なはずだし。俺を狙うレイカちゃんを狙ってる、狩人なだけ。
繋がってるように見えて、実は繋がってないって、思うんだ。
「おはようございます、夕飛さん」
「やあ、おはよう伊勢君!」
覇王が挨拶。続いて、王子様。
「おはよう夕飛! レイカちゃん! ……それに、吉野君も」
麻子はまだ、王子の正体に気が付いてないらしい。可愛い頬を赤く染めて、伏し目がちに挨拶している。
気が付けば学校へ向かう道を、ぞろぞろ六人で歩いていた。
俺を追うレイカちゃん。その後を追う異世界の三人と、王子様を追う麻子。
あれ、繋がってんのかな。これってヤバくない?
「なあ、なあ、アツタ」
嫌な予感は当たり。休み時間に突如俺の前の席にドカンと座ったのは、破廉恥セーラーの八坂だ。
後ろ向きの椅子にガバっと跨って、口の端に凶悪な笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んでいる。
「オマエさあ、伊勢レイカとどういう関係なの?」
どストレートな質問だ。
そりゃそうだろうなあ。麻子はどう見ても、王子様にメロメロのただの乙女でしかない。
じゃあ俺はなんなんだって話だよな。狙ってるドラゴンと、どういう関係なんだって。
竜精を感知できないイルデエアの皆さんが、俺が一体何なのかって勘ぐってきて当然。なにもないんだから。すっごく普通の、平々凡々、顔の造りも並、体つきも並、頭脳も並、運動神経も並、中の中の中の中! 読める? ちゅうのなかのちゅうの、ちゅう、ね。
「家が隣なんだよ」
「家が? じゃあ、アタシとも隣だよなあ」
八坂の顔は凶悪だが、美人だ。キュッと吊り上がった目の周りには、上向きのまつ毛がくるんくるんと舞っている。そこと、真っ赤な唇から漂うドSの気配。
「同じアパートならまあ、そうかな」
俺の答えに返事はなくて、ただただ、肉食獣を思わせる強い瞳が見てるだけ。
うーむ。
人の目を見て話しなさいとか言われるけどさ、実際ガン見されたら話し辛いよな。今の俺みたいに、落ち着かなくてそわそわしちゃうと思う。
「あいつとどういう関係なんだよ。伊勢と」
「……いや、だから、家が隣なんだ。彼女も転校してきたばっかりだっていうから、案内したりとか、そういう感じ」
「ふうん」
なんだこの会話。
破廉恥セーラーはなにを思っているのか、ただただ俺の顔をまっすぐに、瞬きもせずにじいっと見つめている。席の主が戻ってきて、横で困った顔しててもおかまいなしにズーンと座ったまんま、見ている。
鳴れ。チャイムよ鳴れ!
授業と授業の間の、たかだか五分がやたらと長い。
永遠ってこういう感覚かもって思うくらい、時間の流れが狂っている。
『夕飛様ー、用を思い出したかのように立ち上がって、教室を出られてはいかがでしょうかー?』
おお、天からのアドバイスが。
そうか。そうか。教室を出る用事。そうだな、たとえばトイレとか?
「ごめん、俺、ちょっとトイレ」
「アタシも行くよ」
はい?
まあ、行くよな。人類は皆平等にトイレへ行く。男だって、女だって。
脳裏によぎる、嫌な予感。
額の辺りをふわっと通って行った不安感の通り、俺のすぐ後をどこまでも八坂が付いてきた。そう、紳士の社交場の中へまで。
「いやいやいや! こっち、男子トイレだから!」
「はあ? いいじゃねえかそんなの。小さな部屋になってるとこ、コッチにもあるんだろ?」
えー? ナニソレ。女子トイレが混みあってて入れないときのおばちゃんみたいな発言してるし。
痴女になっちゃうよ、八坂さん。
用があっても入って来ないでくれ。小さな部屋になってないタイプを使う思春期たちのために!
「駄目だって、入ったら」
慌てて八坂の手を引いて、その場でUターン。ちょうど真っ最中のヤツがいなくて良かったよ、ホント。
チャイムが鳴り響く廊下を、急いで歩く。
怒られているというのに、八坂はニヤニヤしたまんま。なんだコイツ。なにを求めているのか全然わかんねえ。
なあジャドーさん、どうなってんの?
『うーん、よくわかりませんー』
人の心を読むんじゃないのか、精霊は。
『そうなんですけどー、彼女の中は混沌としておりましてー』
じゃあ、俺の中は理路整然としてんのか。
それって……なんか、かっこよくない? 迷いのないスッキリした心の持ち主的で。
『ちょっと違うのですー。夕飛様が今のように、私に向けて語りかけている時にはハッキリと詳細までわかりますがー、勝手に覗き込む時には、もう少し曖昧ですー。あのヤサカという娘は、周囲を非常に警戒しているので、心の声が聞き取りにくくなっていますー』
へえ。そういうもんなんだ。
じゃあ、俺は警戒なしのだだ漏れモードか。
『大抵の人間は警戒などしておりませんー。夕飛様の心の中は、ごくノーマルなので安心して聞けますー。ラーナ殿下は同じようにだだ漏れですけどー、決して知りたくはありませんー。あのお方の中はー』
ああ、愛しのレイクメルトゥールでいっぱいなんだな。ドン引くレベルで。すげえな、殿下は。半端ねえんだな。
あっちの、水無ちゃんの方はどうなんだろう。
『あちらはもっと厄介ですー。なにも聞こえませんー』
聞こえない。なんにも考えてないとか、そういうタイプ?
『完全な無の境地にいるか、もしくは、他人から心を探られる術を遮断する術を会得しているか、どちらかでしょうー』
うわ。なにその達人みたいなスキル。超カッコよくねえ?
「ねえ、熱田さん」
やっぱり俺は呑気すぎるかもしれない。
次の休み時間に現れたのは、青い方の異世界人。先客と同じく、俺の前の席に勝手に座って声をかけてきた。髪が長すぎて床についちゃってるよ、座ると。毛先が傷みそうだなあ、こんな生活を続けていたら。
「なにかな」
「あなた、伊勢さんとはどういう関係なの?」
めんどくさー。
この二人は揃って現れたし、なんとなく距離が近い感じがするんだけど、特に情報を共有してないのかな、わざわざこうやってバラバラにやってくる辺り。
それとも、八坂が失敗したから代わりに水無ちゃんが来たのか? よくわからないけどとにかく、連続攻撃ですわ。
「伊勢さんとは、家が隣なんだよね」
「そうなんですか。それで?」
「それで? ええと、彼女は転校してきたばっかりだったから、その、案内とかそういうのをしてあげてるだけで」
「どうしてあなたが?」
つめたーい感じだ。
おっかない感じの八坂と比べたらどっちがマシだろう。あっちの方がフレンドリーっちゃフレンドリー。今はなんとなくブリザードの気配を感じている、心の中に。ビュービュー氷の粒が投げつけられてる感じがあるような。
「や、隣のクラスの菅原麻子っていうのが、俺の幼馴染でデュランダーナとは逆隣に住んでるんだけど、あいつがおせっかい焼きだから、それで俺も手伝ってるっていう感じなんだけど」
「……なるほど」
どうやら気が済んだらしく、水無が立ち上がって去って行く。
あいつらにマークされてるんだなって思った瞬間、後ろから強烈な視線を感じた。
ライトニング!
嫉妬メラメラの視線が突き刺さる。
俺はただ、はあってため息をつくだけ。
次の授業の始まりのチャイムを聞きながら、うんざりの海に浸っていた。




