12 ・ 牽 制
休み時間の間、教室はとにかく騒がしかった。
ちょっとおかしな恰好をしているものの、美少女が二人もやって来たんだ。女子はライトニング吉野にキャアキャア騒いで、男たちは赤いのと青いの、好みの方を遠くから見つめてニヤニヤしてる。
そんな喧騒からぽつんと取り残されているのは俺と、レイカちゃん。あと、友達も存在感もゼロのガリガリ眼鏡の「ベンゾー」君。本名はなんだったか。雁野だったっけ? ちょっと思い出せないけど、まあどうでもいい。
教室の後ろの方を振り返って、誰も彼も転校生に夢中な様子を確かめていたら、レイカちゃんと目が合っちまった。彼女の反応は、俺の顔を見つめてポッ。そんで、下向いて恥ずかしそうにモジモジ。乙女ー。超乙女ー。あのビジュアルじゃなかったら、俺もポッてしたかも。念のために言っておくけど、してないからな。
「夕飛さん、お昼ご飯を一緒にいかがですか?」
俺の席に覇王がやって来た! ヤー! ヤー! ヤー!
そんなお昼休みの始まり。レイカちゃんの巨体の向こうには、転校生に夢中のクラスメイトの皆さん。
悩んだんだ。レイカちゃんと二人きりのランチタイムってどうなんだって。
だけど、質問もあったしここは承諾。
「いいけど」
「ありがとうございます」
嬉しそうな微笑み。
質問っていうのは、続々と現れてる異世界からのお客さんとのこれからについて。
奴らはみんな、レイカちゃんを狙っているみたいだけど、どうしたいのかよくわからなかったから。王子はおいといて、赤い方の転校生と料理人は命狙ってくるわけだろ? たとえば戦いになったりとか、そういう展開が考えられるのかなって。
「ちょっと待ちなさい」
そこに現れたのは、ライトニング吉野。
「僕も一緒にいいかな」
てっきり、今日も中庭で優雅なお茶会開くと思ったんだよ、彼は。実際今も後ろにどっさり女生徒たちを引き連れているし。
「え? なんで?」
「君たちと友情を深めたいと思ってね」
後ろの女の子たちには見えないんだろうけど、ヤバイ目つきなんだわこれが。笑顔なんだけど、目は笑っていない。マイスイート・レイクメルトゥールとお前どういう関係なんだコラ感がギュンギュン出ている。
「私もいいかしら」
そしてずいっと横から出てきたのは水無愛那。ブルーのロングヘアをふわっと揺らしながら現れた彼女からは、なんかすっごい爽やか~な香りがする。なんだろうこれ。柑橘系っぽい感じ。
「アタシも仲間に入れてよ」
更にずずずいっと赤い流星が割って入って来た。破廉恥セーラーこと八坂仁美だ。
ライトニングに首根っこを掴まれて外へ連れ出されていく。
レイカちゃんが心配そうな顔で付いてきて、その後に美少女戦士の二人が続く。
転校生にモッテモテの熱田くん。――今日はそんな称号を得られそうな予感。
関係者以外立ち入り禁止となった中庭で、弁当を広げる五人。
俺と、遥か遠き異世界イルデエアからのお客様たち。
簡単な自己紹介を、全員が順番にしていく。
白々しいよなあ、この人たち。それともみんな、実はお互いを知らないの?
「転校生同士、仲良くしましょうね」
水無ちゃんは割と、普通な感じがする。っていうか、あまりにも普通な切り出し方されてちょっと面喰ってしまった。ひょっとしたら突然、レイカちゃんを巡って戦いでも始めるんじゃないかって思っていたから。
いや、異世界から来た者の掟を考えたらそれはないのか?
しかしまあ、全員の視線はレイカちゃんに向いている。俺はほぼいないも同然。
戦いを始める前に、牽制しあってるような感じか。
「ねえ、伊勢さん。伊勢さんはどこに住んでるの?」
「大瀬本町のアパートに住んでいます」
そこに、殿下がズイっと乗り出して、こう。
「僕も同じアパートに住んでいるんだ」
「へえ、そうなんですか? なんていうアパート?」
「デュランダーナ大瀬だよ、水無君」
で、俺がそのお隣の一軒家です、と。
「ええ、デュランダーナ大瀬? 私もですよ」
えっ?
水無ちゃんは頷き、その隣から肩にしなだれかかりながら八坂ちゃんもニヤリ。
「アタシもだよ。すごいグーゼンだな」
なんなの。あのボロアパート、異世界から来た方専用だったわけ? そんなに空き部屋があったっけ、と記憶の中をサーチ。いや、そういえば入居者なんていなかった。そろそろ取り壊されるんだろうなあくらいに思っていたはずだ。
思案を巡らせていると、斜め向かいからこんな声がした。
「おい、オマエ」
嘆かわしい言葉遣いで呼ばれたのは、どうやら俺。
「アツタだっけ? オマエ、焼きそばパンとフルーツ牛乳買ってこい」
「は?」
突然のパシリ命令に俺はもう、驚くばっかり。
「初対面の相手に随分失礼なんじゃないですか、八坂さん」
破廉恥セーラーに向かって、レイカちゃんが凄む。赤毛のドラゴンスレイヤーはニヤリと笑ってこう答えた。
「ジョーダンだよ、ジョーダン」
悪かったな、とか言いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる八坂仁美。
この人、超ミニのスカートを履いているというのに、胡坐かいて座ってんだよ。
でも、肝心なところは見えない。どういう仕組みだ。普通そのポーズなら見えるはずだろ、中が。
「オマエだけなんかヒマそーだからさ」
この一言に反応したのは、俺の隣のマッスルボディだった。
「夕飛さん、行きましょう。こんな失礼な人と一緒に過ごす必要はありません」
「伊勢君! どこへ行くというんだ。君が行くのなら僕も一緒に行こう!」
「私も一緒に行きますよ」
レイカちゃんが立ち上がり、ライトニングと水無ちゃんもそれに続く。
と思ったら、はたとなにかに気が付いたように殿下が一言。
「むむ。だったら八坂君、君がどこかに行ってはどうだ」
うわ。それ言っちゃうんだ。さすが王子様。普通言えないだろ、こんなSっ気たっぷりの破廉恥セーラーに。いや、どんなに気の弱そうなヤツ相手でも、なかなか言えないよ。
「なんだよオマエ、エラそうに」
まあ、偉いんだもんな。ここではただの一高校生だって設定を忘れていそうだけど。本当はエライ人なんだろう、ラーナ殿下は。
そしてなんだかんだ、チッと舌打ちをしながら八坂仁美は去って行く。ひらっと翻ったスカートの中は、赤だ。真っ赤でなんか、テカッとした素材のアレだった。革素材? ああいう下着もあるってか。奥深いもんなんだな、女性用下着の世界って……。
『いやらしいですー、夕飛様ー』
いやいやいやいや。あの人が勝手に見せてるんだよ、ジャドーさん。俺も見たくて見たわけじゃないし。ウハッて気分にもなってないし。
『そうですかー』
うわ、棒読みだ。堪えるな、そういう言い方されるの……。いやだって、見たくないのに目に入る状況だってあるかもしれないじゃないですか。僕たちはそういう危機に常に晒されているのです! 基本的に冤罪なんです!
なんか背中がゾクゾクってした。これ以上、パンツについては考えない方がよさげ。
「水無君、君もデュランダーナ大瀬の住人だったのかい?」
破廉恥セーラーが去って、改めて牽制タイムが続く。
「ええ、今日ご挨拶に伺おうと思っていました。先に住人の方に会うなんて意外でしたけど」
チラチラと、レイカちゃんに視線をやりつつ水無ちゃんが微笑む。
ライトニングも同様、レイカちゃんをチラッチラッチラッチラッ見ながら話してる。
ホント、白々しいよなあ。
どこかへ去ったと思ってた八坂仁美も、すぐそこ、木の影からレイカちゃんをガン見してる。
この人たちもしかしたら。
アホなのかもしれない。




