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10 ・ 馬 鹿 

 俺って馬鹿なんだなって、この日ほど思ったことはなかった。

 放課後急いで家に帰って、ジャドーさんに導かれた先はデュランダーナ大瀬の一〇一号室。

 

 確かに、ここしかないんだよ。邪魔されずに異世界の話をするにはここしかない。

 俺の前には、正座してちょこんと座るジャドーさんと、正座してゴゴゴってオーラを出してるレイカちゃん。

「では夕飛様、異世界から来た者の掟をお話しいたします」

 目の前に座られると、すごいド迫力。だから俺は、ジャドーさんの衣装の激しいイメージチェンジに突っ込めないでいる。イヤッハー! って言った後に変えたのかしらないけど、黒くて、てらてらした、エナメルみたいなライダースーツ着てるんだよ。胸元のジッパーは全開で、セクシー極まりないお姿。

 気になるんだけど、今日の本題はそうじゃない。

 異世界から来た者の掟を教えてくれって言ったのは俺なわけだし。

 

 大体、ここに来た時点で、レイカちゃんがいるのは当然なんだ。最近ジャドーさんとしか話してなかったからすっかり、なんていうか、おかしな話なんだけど忘れてたんだよな、レイカちゃんそのものを。この巨体なのに、態度は控え目でさ。こんなに大きいのに全然目立たないんだもの。

 そしてもう一つ。俺はつい、麻子についてばっかり気にしてたけど、ジャドーさんとレイカちゃんの目的は卵だ。俺とレイカちゃんが契って、次世代を担うドラゴンベビーを生み出すっていう無理な課題。


「まず一つ、異世界より来た者は、行った先の人間に迷惑をかけてはなりません」

 あれ。もう、かけてる気がするけど?

「こちらにも使える者がいるようですが、魔術や呪術といった類の力の行使は許されておりません。この世界では“ありえない”とされているものも、人目に触れないようにさせなくてはなりません」

 え、いるの? っていう疑問はおいといて。

「俺は見せられてるみたいだけど?」

「竜精を持つお方に出会うのがわたくしたちの旅の目的であり、夕飛様は特別です。ご協力頂くために、最大限の配慮をするようにしております」


 レイカちゃんたちは種の未来をかけて、ホントに必死の思いでやってきてるわけだ。

 俺は目的そのものだから巻き込まれてるけど、例えば家族だとか、周囲の人間には確かに影響はない。なんだか随分迫力のある子が引っ越してきたなあ、くらいか。ドラゴンの姿を見せられた時も、なんか変な場所に行ったし。

 俺は例外。それはわかった。

「他には?」

「はい。異世界より来た者は、必ず元の世界に戻らなくてはなりません」

「なるほど」


 レイカちゃんはとても冷静に、異世界から来た者の掟を話し続けた。

 とにかく、行った先の世界に迷惑をかけてはいけない。特殊な力を行使する時には、特別な空間を用意して、という決まりらしい。

「ラーナ様が来て、クラスの女生徒たちが騒いでおりますが、すぐに収まるでしょう」

「そう?」

「はい、ラーナ様は変わったお方ですから。あのお方についていける女性はそうそうおりません」

 これにはさすがに笑った。レイカちゃんマジであの王子が嫌いなんだな。ストーキングでもされたのか? あっちの世界、イルデエアで。

「その通りですー。ラーナ様はすごく粘着質なのですー。本当に気持ちの悪いお方ですー」

 ジャドーさんまで!


 しばらくゲラゲラ笑ってから、俺ははあって大きく息を吐き出した。

 麻子についてはしばらく待つしかない。見た目だけで好きです、なんてレベルなんだから、変態的な中身を知れば必ず冷めるだろう。

「夕飛様、少しは安心されましたか」

 レイカちゃんの微笑みに、俺もうんうん頷いた。


 あれ、やだ、何この空気。穏やかーで優しくって。俺の前で微笑んでるの、覇王だぜ!?

 おっかねえ! これが女のやり方か。男の落し方なのか!  


 妙にほだされちゃってるよ? っていう危機感に焦っていると、突然、扉を叩く音がした。

「すみません、隣に越して来た者なんですが」

 ジャドーさんがぴゅーんと隠れる。レイカちゃんは、失礼しますと俺にぺこりとすると、扉を開けるべく玄関へ向かった。


「こんばんは。隣に引っ越してまいりました、ライトニング吉野と申します」

 デカい花束と共に、満面の笑みの王子様。うーわ、カッコいい!

「ご丁寧にどうも。伊勢と申します」

「おや、君は同じクラスの伊勢君じゃないか! 伊勢レイカ君!」


 なんだよこのコントは。

 って思ったんだけど、どうやらアレだ。俺がいるからこんな展開にしなきゃならないんだなってちょっとしてから気が付いた。異世界の人に迷惑かけちゃあいけない。おお、愛しのレイクメルトゥール会いたかったよハアハア、っていう醜態をいきなり見せたらいけないって話なんだろう。


「ん、そちらの男性は?」

「同じクラスの熱田さんです。吉野さんは転校されてきたばかりだから、まだ覚えていらっしゃらないでしょうけど」

「なぜ、伊勢君の家にいるんだい? こんな時間に、男子高校生が女子高校生の部屋を訪ねて二人きりでいるなんて……」


 わなわなと、ライトニング吉野は震えている。

 嫉妬か。ジェラってんのか。はは、超ウケる! 俺もお前に超嫉妬してたけどな。嫉妬&シット!


 ……あれ、もしかして、ラーナ殿下は「俺が竜精を持っている」のはわかんないのか?

『その通りですー。竜精が見えるのは、竜だけですからー』

 ジャドーさんにも見えるんじゃないの?

『そうですねー。竜の山に住む精霊には、特別に見えますー』

 そうなのかあってふんふん頷いてたら、玄関先でライトニング吉野、めっちゃ怒ってた。怒り丸出しの表情はこちらもすんごいド迫力。超絶美形の怒り顔ってカッコおっかない。背中にギューンと悪寒が走って俺、全身ガックガク。

「お花をありがとうございました。また明日、学校でお会いしましょう」

「え? えええ、あの、もう少しお話を」

「熱田さんは隣に住んでいらっしゃって、引っ越してきて以来お世話になっているんです。もう少しお話がありますので、吉野さんはまた別な機会に」

 

 台詞だけ聞いてたら、毅然とした態度の素敵な女の子じゃないのかな、なんて思いつつ、扉の向こうに殿下が追いやられてるの見て俺は心底ほっとしていた。大きく息を吐き出して、いつの間にか顔をびしょびしょにしてた変な汗を、腕で拭っていく。

 そんな俺に、レイカちゃんはすっとハンカチを差し出してくれた。

「夕飛様、殿下はドラゴンに関して以外は良識のあるお方ですのでご安心を。もしも夕飛様になにかしようとした時には、わたくしが全力でお守りいたします」


 たのもしいー。

 貸してもらった白いハンカチで汗を拭き拭き、俺は再び息を吐き出した。最近多いな、はあっ、とかふぅっ、とか。こんなに焦るシチュエーションが連続して起きた経験なんて今までの人生であっただろうか。絶対ない。


「あの王子様って普通の人間なの? なんか特別な力とか持ってるわけ?」

「普通の人間ではないですねー。ドラゴンに性欲を感じますし、好きになった者に対して異常にしつこいですー」

「ジャドー、いけませんよ」

 さらっと罵るジャドーさんに、レイカちゃんがピシャリ。

「確かに少し変わったお方ですが、竜精がない限りどうにもなりません。元々賢い人でいらっしゃいますから、そろそろわかって下さると思います」


 そうかなあ。さっきの顔、すごかったぜ? ホントに賢い人なら、もうあきらめついてそうなもんだけど。粘着質でキモいって言われちゃう前に。


 俺は、そう思ってちょっとだけ笑った。

 

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