9 ・ 決 心
真っ白に燃え尽きていても、人生は続いていく。
とか言うと、ちょっとカッコいいかな。哲学的っていうか。はは、もうこんな風に考えないとやってられない。
昼休み、中庭では素敵なティータイムの集いが開催されていた。クラスっていうか、女子の軍団がぐるっと輪を描いて王子様を囲んでいる。お弁当ってなんだい? ってライトニング吉野が言ったから、今日は王子の弁当記念日。私の少しわけてあげるーって、わんさか女子が集まって大フィーバーという超展開。おにぎり、サンドイッチ、から揚げ、ポテト。わあプチトマトもー? みたいな。
多分そんな感じでにぎにぎしてるんであろう大きな友達の輪を、俺は屋上から一人で見つめてる。あの中に麻子がいるんだなって、切ないやら虚しいやら、哀しいやら。
「はあー」
思い切りどデカいため息を吐き出して、空を見る。腹立たしいくらいの快晴。超気持ちいい青空。おーい雲よ。今すぐ来て、あそこにゲリラ豪雨ふらせてやれよ!
「おい、熱田!」
そこに不意打ち。ビックーンってしながら振り返ると、担任の葉山っちが苦笑いしながら立っていた。
「どうしたんだ、そんなところでたそがれちゃって。お前最近、元気ないよなあ」
先生、ああ先生。よく見ているんですね! 感心な先生でいらっしゃいますこと。
「はい、ちょっと」
色々あった。色々あった中で、今日のはホントにキツかった。レイカちゃんの告白よりもずっと、段違いに。
「どうした、悩みがあるなら聞くぞ?」
なっ、て言いながら先生が覗き込んでくる。
そんなに男前ではないんだけど、葉山っちはとにかくいいヤツそう。授業だってユーモアがあるし、嘘つかないんだろうなって思わせるタイプの先生なんだ。
「いやなんか、いきなりうちの隣にドラゴンが越してきちゃって」
思わずこんな風に言っちゃったりして。
ジャドーさんとの約束は覚えてるよ。言ったらダメだって。でもつい口から出ちまった。色々ありすぎて、心がパンクしそうだったんだと思う。
そして言われた先生の反応はこう。
「へえ、ドラゴンが? すげえなあ。俺の友達には狼男がいるんだけど、ドラゴンの方が凄そうだ」
ぽんぽんって俺の肩を叩いて、優しい笑顔。ユーモアのある返しをしてくれてセンキュー葉山っち。
「辛いことがあったらいつでも聞くよ。屋上は立ち入り禁止だから、生徒指導室でな」
そうでした。屋上はダメなんでした。俺は慌ててペコリとお辞儀。
コーヒーくらい出すからな、って言いながら先生が去っていく。
屋上から出たものの、やっぱり教室には戻りたくなくて、しばらく屋上へ続く扉手前の階段に座って過ごした。なんとなく腹が減ってる気がするけど、飯を食う気分にはなれなくてただただぼんやり。
誰も来ない、電気もついてない薄暗い階段でため息ついたら、小さな声が聞こえてきた。
「夕飛様ー、口外しないでって言いましたのにー」
ジャドーさんか。誰もいないけど、念のためなのか姿を見せない。後ろにいるような、そんな気配。
大丈夫だよ。ドラゴンが出たって言われてすぐ信じるようなヤツなんてそういないだろ。
「この状況で弱音吐くなって、無理すぎ」
それに、俺の心のケアは誰がやってくれるんだよ。もう麻子の笑顔じゃ癒されないぜ? だって見ちゃったんだからな。殿下へのあの、とろけるような熱い視線。あんな表情、本当に初めてだよ。赤ん坊のころからの長い付き合いで、いつだって隣にいたっていうのに。
「夕飛様ー、異世界から来た者の掟がありますしー、ラーナ様は麻子様に手を出せませんー」
「そうですか」
棒読みみたいな自分の声。元気ゼロ。若者らしさ、ゼロ。
「それに、ラーナ様はドラゴンが好きなのですー。好きというか、ドラゴンしか性の対象にならない異常性欲者なのですー。ラーナ様は、ドラゴンじゃないとたた」
「ちょっと!」
今、さらーっととんでもないセリフ言おうとしたでしょ!
「ジャドーさんなにを言ってんの」
「心配いりませんってお伝えしたくてー」
やめてくれよ、そんな、そんな――
「あんまりダイレクトな表現しないでほしいんだけど」
「あんまりオブラートに包みすぎたら、伝わるものも伝わらないかなと思いますしー」
そうかもしれないけどさ。女の子が、いや、ジャドーさんはこの世界のノーマルな女の子ではないんだけど、とにかく女子が、しかも美人が「異常性欲者」とかさらっと言わないでほしいんだ。
「とにかくー、ラーナ様はレイクメルトゥール一筋ですのでー。心配ご無用ですー」
そう言うけどさあ。
だけど、異世界から来たっていうのは秘密なんだろ?
ライトニング吉野は、「僕は異世界から来たドラゴンにしか性欲を感じない男だから君と結ばれる可能性は皆無だよ」とか言ったりしないだろ。そう言ってくれるなら、お年頃の女子はみんな驚いて、いや、幻滅して興味ゼロになるんだろうな。はは。想像したらちょっと面白い。ドラゴンにしか性欲を感じない男だから。ぜひともそう宣言してくれよ、ライトニング吉野殿下!
昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
結局なんにも食べないまま、俺はとぼとぼと教室に戻った。午後の授業はかつてないレベルで聞こえてこない。集中力なんてどこかに落としてきました、みたいな感じ。周囲はなんとなくそわそわしてる。主に女の子たちが。後ろの席に座ってる麗しの君を、チラ見しては頬を染めている、らしい。
ぼやーっと、腹減ったなあ、なんて現実逃避してたら頭の中にこんな考えが浮かんできた。
ジャドーさんだ。あの人、人じゃないけど、あの妖精さんは俺にいっつもついてるのかなーって。
この一週間特に姿を見せなかったけど。障害があった方が燃えるぜイヤッハーって叫んで以来見てなかったんだけど。
ひょっとして、麻子がラーナ様に惚れたの、ジャドーさんの差し金じゃないの?
『違いますー。ワタシはそのような悪行をいたしませんー! 濡れ衣ですー! ひどいです夕飛様ー!』
即、抗議が入りました。
どこにいるんだジャドーさん。俺の近くにそっと潜んでるんだな。
『異世界から来た者の掟は厳しいのですー。人の心を操るなんて、もっての他! 許されざる行為なのですー!』
そうでしたか。わかりましたよ。
しばらくぼやっとした後、俺はとうとう机につっぷしてしまった。
じゃあ、マジ惚れなんだろ、麻子のアレは。恋なんてしたことないよーって言ってたのも真実。あの王子様が好みだってのも真実。
俺とは全然違う。金髪でもないし碧眼でもないし、鼻は高くないし平々凡々、ザ・中の中、みたいな俺じゃ、麻子は好きになってくれないんだ。
『夕飛様ー、人は見た目じゃありませんー。ハートです、ハートー』
聞こえてきたスイートボイスに、俺はふふっと笑った。
それ、俺も考えたなって。先週の月曜日に、散々。
『だから、レイクメルトゥールを見て下さいー』
うぐぐ。
やっぱりジャドーさんの策略なんじゃねえの?
「おい、熱田! 寝るなよー!」
先生の声が飛んできて、俺は慌てて起き上がった。
考えててもしょうがないか。
麻子と殿下がどうにかなる可能性は、ゼロ。性癖的にも、掟とやらからしてもゼロなんだ。
いつか殿下はイルデエアに帰るんだよな?
かったるい午後の授業が終わって放課後。
教室はざわざわとやかましい。
「ジャドーさん、異世界から来た者の掟、詳しく教えてよ」
ざわめきの中、カバンにノートを突っ込みながらそっと話しかける。
『わかりましたー。では、お家に帰ってからお話ししましょうー』




