6.支部長
ヤトクから馬車で旅して四日目、俺たちはフィスクの首都ドルジナにつくことが出来た。
ドルジナの中心部には、巨大な古城がそびえ建ち、威風堂々とした雰囲気は見上げているこちらの身も引き締める迫力で、この国の威厳を象徴しているようである。
また、ドルジナの至る所には、ドラゴンを型どったものが大きくみられた。
これは、フィスクの最北部にあるエルカント山に住むドラゴンたちへの尊敬の意を示しているものであろう。
はるか昔、魔国の侵攻のとき、当時の王は、単身エルカント山に乗り込み、ドラゴンたちの協力を得ることに成功した。魔国との戦争終結後、王はこの地でドラゴンたちを称え続けることを誓ったという。
ドルジナについたのは、夕日が沈むころで、街のドラゴンたちは真っ赤に染め上げられ、壮麗な雰囲気を醸し出していた。
「とりあえず飯にするぞ、レイン」
「賛成です」
ここに向かうまでの道のりは、ずっと干し肉などの保存食ばかりで、まともなものを食べていなかった。
ヤトクを出る前に、バルーシャさんが料理できないことを聞いていれば、まだ食材を買っていくことができたのにと、俺は道中ずっと後悔をしていた。
バルーシャさんの馴染みの宿があるということで、そこに向かっている。
バルーシャさんはお腹がすいているので、随分と大股に歩いてる。俺はそれについていくために、少し小走りである。
バルーシャさんは暫く歩いた後、街の南側に位置する区画にある、大きくはないが、清潔なイメージが漂う古い宿屋へと入っていった。
「おう、バルーシャか。久しぶりのムプはどうだった?」
宿屋に入ると豊かな白髪混じり髭を蓄えた50歳ぐらいの男性が、よく通る声で話しかけてきた。
「ダメだったよ、ボラじい。ギルドの糞おやじが、どうしてもって呼び出しだったから行ったんだが、ろくな依頼がありゃしねえ。
最近の冒険者はたるんでるんじゃねぇのか?」
バルーシャさんとボラじいと呼ばれたおじさんは楽しそうに談笑している。
それよりも早く飯を食わせろ……。
「まぁおまえさんと比べられたら、可哀そうってもんよ。
おっ、後ろにいるガキは誰だい? どっかで拾ってきたのか?」
ボラじいは冗談交じりに言う。
「おぉこいつは、俺の弟子のレインだ。よろしくしてやってくれ」
バルーシャさんは俺の頭をばしばしと叩く。
「初めまして、レインです」
「丁寧にどうも。俺はこの『羊の迷い宿』の亭主をやってるボランってものんだ。ボラじいで通ってるから、ボウズもそう呼んでくれ」
ボラじいは人当たりのいい、優しそうな笑顔を浮かべて挨拶した。
「ボラじい、あいさつはこんなもんにして、部屋空いてるか?
あと、飯だ!腹減って死にそうなんだよ」
バルーシャさんは一気にまくしたてた。ボラじいはそんなバルーシャさんの様子を見て、「わかったよ」と部屋のカギを渡してくれた。
「部屋は二階の一番奥の部屋だ。荷物置いたら一階の食堂にきな。腹減った男二人がもうすぐ行くから、何か作ってろって伝えとくから」
ボラじいはそういって、カウンターの奥へと入っていった。
「急ぐぞ、レイン」
バルーシャさんはダッシュで階段を上っていく。階段はバルーシャさんの体重でミシミシと軋んでいるが、なんとか耐えているようだ。
まったく自分の体重考えろよな。
羽織っていたマントなどを置いた俺たちは、すぐに食堂に向かった。
俺たちが食堂に入ると、ウエイトレスをしている若いお姉さんが俺たちを席へと、すぐに案内してくれた。
料理は俺たちが座ってすぐに出てきた。旅の間食べることが出来なかった。暖かいシチューや、ステーキなどの豪勢な料理がつぎつぎと出てきた。
「レイン、明日はギルドの方に顔出すからな」
バルーシャさんは食べながら話している。正直汚いがどこかしっくりくる部分があるので、注意しないでおく。どうせこの人は注意しても直しそうにない。
「依頼ですか?」
「いや、フィスクの冒険者ギルドの支部長が俺の古くからの友人でな。どうせだから、レインのことを紹介しておこうと思ってな。
これから、いろいろと世話になることもあるだろうから、早いうちに紹介していた方がいいだろう」
そう言いながら、バルーシャさんはビールを一気に飲み干す。どうやら底なしらしい。今のでもう5杯目だろうか。
「わかりました」
俺はバルーシャさんに負けないペースで料理を食べる。早く食べないとこの人に全部食べられてしまうかもしれない。
そのぐらい、目の前の大男の食べるペースは異常だった。
旅の途中はそんなに食べてなかったのにな。まさか食い溜めしてるのか?
それから俺たちは、お互いに料理を食べることに集中した。
お互いに満腹になり、雑談などをしていると、食堂のドアを勢いよく開けるバーンという大きな音がした。
何事かと振り返ると、20代後半であろうとても美しい、いや艶麗な女性が戸口に立っていた。彼女の深い栗色の髪は自然なカールとなっていて、そして利発そうな大きな目はバルーシャさんに注がれていた。
「バルーシャ!!」
その女性はバルーシャさんに抱きつき、いや、飛び込んだ。
普通の人であれば、吹っ飛んだであろう抱擁?も、バルーシャさんは衝撃を和らげる程度に身を少し引いた程度で、女性を優しく抱きしめた。
「リリイ、どうしたんだ? いきなり」
リリイと呼ばれた女性は、バルーシャさんの頭の後ろに手を回したまま、見上げるように話す。
うむ。非常にエロい。
周りの男性から羨ましそうな視線が集まっている。
「だって、バルーシャ。この間ドルジナに来たとき来てくれなかったでしょ。私、すごくショックだったの。次に街に来たときはすぐに会いに行けるよう、いろんなところに網を張っていたの」
リリイさんは楽しそうに話す。
「この間はヘルトバニアに向かうのに急いでたからな。本当は明日リリイのところに顔を見せるつもりだったんだ」
「本当に?」
「ああ。そこにいるレインを紹介したかったからな」
バルーシャさんが俺を指さすと、リリイさんは俺の方をみる。
「誰、この子?」
リリイさんは俺の近くに近づいて俺を見上げる。目の前でされるとすごい迫力だ。
前の世界でも異性との経験のない俺は、非常に緊張してしまった。たぶん、顔は赤面しているだろう。おちつくんだ、俺。
「レインは俺の弟子だ」
「うそー!!!あのバルーシャが弟子をとるなんて!!一体どうやったのよ?お姉さんにも教えなさいよ?」
リリイさんは俺の右手に豊かな胸を押し当てて、耳元で甘い声を出す。
この人はわざとやっているのか。俺の意識は遠くに誘われようとしている。
落ち着け。俺はまだ10歳だ。子供なんだ。精神年齢は大人とはいえ体は子供、大人の女性に興奮するなんて間違ってる。
子供ということを利用して、どうにか甘えられないだろうか……
「ガハハ、そのぐらいにしてやれ、リリイ。レインの顔が真っ赤だぞ」
バルーシャさんが止めに入ってくれる。それが嬉しいのかうっとうしいのか判断が難しいところだ。
「まぁ、お姉さんのことが好きになっちゃったのね。
レイン君は綺麗な顔をしているから、将来はきっとイケメンになるわね」
リリイさんは、俺の耳に甘い声を囁きかけて、甘美な香りを残して俺のそばから離れた。
「まぁ、私は私より強い男じゃないとだめだから、無理かもしれないけど」
リリイさんは、自信に満ちた瞳でこちらを見据えながら、バルーシャさんの隣に腰かけた。
「それで、どうしてレイン君を弟子に取ることにしたのよ?」
リリイさんは、ウエイトレスのお姉さんにワインを注文しながら、バルーシャさんに確認するように質問した。さっきまでとは違って、少し真面目な顔つきである。
それにしてもさっきの猛攻は激しかった。今度会うときは心を鋼にして臨まなければならないな。今回は不意打ちだったから完敗だ。と、ひとり心の中で小さく言い訳をした。
「このボウズは、特別な力を持っとる。鍛えてやれば俺を超えるかもしれん、そう思ったら、弟子に取ることを決めてたな」
「あなたがそこまで言うなんて、ちょっと信じられないわね」
リリイさんはこちらをちらりと見る。
「この歳で、氣を使いながら魔術を使える。まぁおそらく天然で使えたのだろう。さらに土と風と無の中位魔術を無詠唱で、火の中位魔術と雷の上位魔術を詠唱破棄で唱えることができる。しかも、それらを使ったあとに魔力は十分に残っていた。
どうだ?聞くと恐ろしいだろう?」
「……規格外すぎて、言葉がないわね。レイン君は何歳?」
リリイさんは信じられないっといった様子であるが、バルーシャさんのことを信用しているのだろう。その話をなんとか咀嚼しようとしていた。
「10歳です」
「全く恐ろしい才能だわ。こんな子供鍛えてどうしようっていうの?」
「決まってるだろ?俺の相手をさせるんだよ」
バルーシャさんは自信満々に言い放ち、ガハハと大きな笑い声を発した。その様子を見て、リリイさんは大きなため息を突いた。
「まったく、バルーシャは変わらないわね。まぁそこが素敵なんだけど。
レイン君。気をつけなさいね。この人、勢い余って君のこと殺しちゃうかもしれないから」
「……はい」
俺にはそれがとても冗談に聞こえなかった。そういえば、あの時も若干殺気出してたし、戦いになると融通が全く利かなくなるタイプだ。
「そういえば、私の自己紹介してなかったわね。私は冒険者ギルド、フィスク支部長のリリイ・パレッタよ。一応、Aランク冒険者」
この人が、冒険者ギルドの幹部か。外見からは全く想像できないな。
それにAランク冒険者ってことは、実力の方もすごいのだろう。
「むかし、バルーシャと一緒に旅をしててね。もう知り合ってから十年くらいになるかしらね。いまでは私の大切な友人よ。
本当はずっと恋人になろうと思ってたんだけど、この人、女の人に全然興味がないのよね」
リリイさんは少しだけ儚げな光を瞳に宿したあと、すぐに話をかえた。
「そういえば、レイン君。あなたはバルーシャがどうやってSランク冒険者になったか知ってる?」
「…おい」
バルーシャさんが制止の声を上げるが、リリイさんの手によって、口を塞がれる。
「確か、エルカント山に住む神竜スリメージェントが人里に下りてこようとしたのを、たった一人で食い止めたって話でしたよね」
俺は本で読んだ知識をかいつまんで話した。俺の話を聞いたリリイさんは楽しそうにケラケラと笑った。
目の前で大きな胸が弾む。俺の視線は否応なく、釘付けになる。
「それが一般的な事実なんだけど、実はこの話、裏があるのよ」
「おい、それ以上は話すな!」
リリイさんの手を押しのけたバルーシャさんが叫ぶ。
「どうせ、いつかはわかることなんだから、早めに話しておいてもいいでしょう?」
リリイさんに諭されて、バルーシャさんは「ぐう」と小さな声を漏らす。どうやら、反論できないようだが。
いったい何があるんだろう?
「実はね、神竜スリメージェントは人里に下りてきたんじゃなくて、この人が下ろしたのよ」
「……は?」
リリイさんは可笑しそうにお腹を抱えながら話した。俺の視線がどこを向いていたかは内緒だ。
「この馬鹿は、自分の喧嘩相手が欲しくて、神竜スリメージェントと喧嘩しに行ったのよ。それで、ドンパチやっているうちに近くの村まで来てしまった、ってわけ」
「そんなバカな」
神竜スリメージェントはこの世界に存在する神獣の一種で、神と同等の力を持つといわれる不死のドラゴンだ。
神獣の多くは人里離れた過酷な自然の中で暮らしており、人々が余計なことをしない限り、人の前に出てくることはない。
しかし、文献に残されたもので、ある王国が神獣の怒りを買い、一晩にしてその国土をすべて薙ぎ払われたという逸話がある。
まさに、触らぬ神に祟りなしという話だ。
そんな化け物に、自分の喧嘩相手欲しさに挑む人がいるなんて。
「そのときはなんとか神竜スリメージェントが山に帰ってくれたから、良かったものの国では、非常事態で大変だったの。もしかしたら怒りをかって国に攻めてくるかもしれないってね。
結局、スリメージェントは私たちの国を攻めてくることはなかったんだけど、サミットでこのことが話し合われてね。どの国々もこの馬鹿の面倒は見たくなかったし、スリメージェントと張り合うほどの実力を持つバルーシャは、満場一致でSランク冒険者なった、ってわけ」
「なんかすごい話ですね」
俺が横目でバルーシャさんをちらりと見ると、バルーシャさんは心なしか、いつもよりも小さくなっているように見えた。
「バルーシャの昔からの二つ名は『喧嘩屋』だったんだけど、その時から、天災を招く男ってことで、『天災』って二つ名に変わったの。
この話は、各国の上層部と冒険者ギルドの支部長クラス以上が知っている情報なんだけど、どう笑えるでしょう?」
「笑えるっていうか、あきれて言葉がないですね」
バルーシャさんの方を見ると、俺の視線に気づいて「なんだよ」と小さな声で不満を言っている。
どうやら、俺はとんでもない人に弟子入りしたらしい。いや、わかってはいたけれど。
その夜は、バルーシャさんとリリイさんの晩酌が遅くまで続いた。俺は途中で抜け出して、ベッドに倒れこんで泥のように眠った。