4.決意
「…すみません。話の流れが読めないんですか?」
「だーかーら、弟子になれって言ってんだよ。俺に負けたんだから強制で。
もちろん拒否権はなしだぜ、ボウズ」
大男は俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ボウズじゃありません。俺の名前はレインです。
弟分の敵取りに来たんじゃなかったんですか?」
「敵取り?あぁそういう話にしていたんだったな。
あれはもちろん嘘だ」
うすうす感じていはいたが、あっさりと認めやがった。
あんなカスの兄貴分が、こんなに強かったらもっと世界は荒れてそうなものである。
「何の為に、そのような嘘をつかれたんですか?」
「そんなに睨むなって、ボウズ…おっと、レインだったか。
実は、俺もあの場にいてな。目障りな奴らだったから、ぶっ飛ばそうと思ったらレインが先にやっつけちまったわけよ。
それで、俺はガキのくせに氣を使うレインに興味をもってつけてきたってわけだ。そして、レインの全力が見たかったから、あんな嘘を吐かせてもらったわけだ」
大男はガハガハと笑った。その様子に全く反省の色は見られない。
「それで、どうして俺を弟子にとろうと考えたんです」
俺は一番気にしていた部分を聞く。
「それは、レインが強いからだ。鍛えれば俺を超えるかもしれん」
大男は真剣なまなざしで俺を見ている。口元は笑ったままだが。
なんだ、このおっさんは戦闘狂か?
「俺があなたを超えると、あなたにメリットがあるんですか?」
「メリット?あるに決まってんじゃねぇか!俺の喧嘩相手が増えるってわけだからな」
決まりだ。この大男はやっぱり戦闘狂だ。
いわゆる脳筋ってやつだ。あたまの中は戦うことで一杯。きっと彼は幸せなんだろう。
「それに、これはレインのためにもなる」
大男は意外な言葉を口にした。
「というと?」
「お前は強すぎるんだよ、レイン。自分じゃ自覚できてないかもしれないが、冒険者で言うとCクラス、下手すりゃBクラスってところか。
そんな子供が普通に生活できるはずもねぇ」
まるで、俺が普通に生活できていないような言いぶりである。あながち外れてはいないが、それは俺の強さっていうより、前世での記憶のせいだ。
「その点、俺はレインより強いし、いろいろなことを教えることが出来る。なにより冒険者を目指すレインには、かなりの利点が俺にはある」
「利点?」
「冒険者ギルドに登録できる年齢は何歳からか知っているか?」
「もちろん知っています。15歳からです。」
冒険者は死の危険が伴う依頼もあるため、登録者の年齢は、この世界の成人年齢として扱われる15歳となっている。
「そうだ。しかし例外もある。Bクラス以上の推薦があれば、12歳から冒険者の登録が可能なんだよ」
「初めて知りました」
初耳だった。
「そりゃそうだろ。一般には知られていない話だからな。冒険者の中でもBクラス以上のやつか、情報通のやつが知っているぐらいか」
そうだったのか。
しかし、一つ疑問がある。
いや、一番最初にこの質問をするべきだったのだ。このおっさんのペースに乗せられて、なかなか質問することが出来なかった。
「質問があるのですが…あなたは、一体誰なんですか?」
大男は照れたように頭を掻いた。
「おっと、いつものくせで名乗るのを忘れてたな。俺の名前はバルーシャ・ストイコフ。Sランク冒険者だ」
ここで、冒険者について説明しておこうと思う。
冒険者とは、簡単に言ってしまえば、このラバラロル大陸に存在する傭兵集団といったところだ。
冒険者は各国に存在し、冒険者ギルドに属している。
冒険者ギルドは、六国と同程度の権力をもち、毎年開催されるサミット(六か国会議)にも参加している。
また、各国の町で宿屋や銀行を運営しているのも、冒険者ギルドである。
冒険者の主な仕事は、発生したモンスターの討伐、盗賊の討伐、護衛、危険地域の調査などの依頼をこなすことである。
また、冒険者は傭兵集団として、有事の際には兵士として戦争に参加しなければならない義務をもっている。
冒険者になると、各国の行き来が自由になるため、この世界を旅するには、もっとも都合のいい職業である。
また、冒険者にはランクというものがある。依頼をこなしていく上で、その実力を認められると上のランクへと昇進し、より高額な難易度の高い依頼を受けることが出来る。
冒険者のランクは、FランクからSランクに分けられる。
冒険者の半数以上はFランク冒険者であり、Eランクで中級者、Dランクで一流の冒険者と言われる。
Cランクにもなると、指導者として魔術学院の教員資格を得られるほどの実力となる。Bランクとなると、軍部の指導者レベル。Aランクは数える程しかおらず、一騎当千としてその名は大陸に広く知れ渡っている。
さらにその上を行くのがSランク冒険者である。
Sランク冒険者は、サミットで各国の代表によって認められた冒険者で、一般的にその者一人の実力は、一国家以上のものと言われている。
Sランク冒険者は、その実力を認められているため、冒険者に義務化されている軍事活動の義務を免除されているという話を聞いたことがある。
現在、この世界のSランク冒険者は三人。
そのうちの一人が、『天災』のバルーシャ・ストイコフである。
「ガハハ、いつも名前を言うと、めんどうが多いんでな。ついうっかりと言い忘れてたな」
俺が非難の目を向けると、その男は頭をボリボリと掻いた。
この男が、神竜と互角にわたっという冒険者か。
俺の『雷落』が通じないわけだ。
しかし、まさかSランク冒険者だったとは、只者ではないと感じてはいたが。
「わかりました。これも何かの運命なのでしょう。あなたに弟子入りいたします。バルーシャ様」
Sランク冒険者に弟子入りできる機会など、これから何十年たっても訪れることはないだろう。このチャンスを逃す手はない。
「うむ。しかし、様はやめてくれ。俺は堅苦しいのが嫌いなんだ」
「わかりました」
俺は素直にバルーシャさんの言うことを聞いた。確かにバルーシャさんに様という敬称は似合わない。
ぱっと見、ただのでかいおっさんだしな。
「バルーシャさん。俺は家族にあなたに弟子入りすることを、説明しなければなりません。一緒についてきてくれませんか?」
「おお、もちろんだ。話しにくいなら、俺が説得してやろう」
「ありがとうございます」
俺とバルーシャさんは、一緒に俺の家へと向かった。
俺は今、家族を説得するため話をしていた。
「俺はバルーシャさんについて行って、修業しようと思っています。
家を離れることは心悲しいですが、どうか俺の旅立ちを許可してください」
「しかし、おまえはまだ10歳だぞ?もう少したってからでも遅くはないのではないか?」
父上は険しい顔をしている。
母上と兄上は、俺の表情から何かを読み取ろうとしているのか、俺の顔を見つめている。
ちなみに、バルーシャさんには黙ってもらっている。この人が話すといろいろとややこしくなりそうだったからだ。
バルーシャさんには、自己紹介だけしてもらって、あとは俺に任せてくれるよう、家に向かう最中にお願いしたのだった。
俺の家族は、バルーシャさんを見てまず何者かと警戒をし、自己紹介を受けて硬直するという反応を見せてくれた。
まぁSランク冒険者なんて伝説級の人物を、自分の息子が急に連れてきて来たのであれば誰でも驚くの当たり前だが。
「父上、俺が周りの大人よりも賢く、そして強いことはご存知でしょう?」
「それはわかっておるが、それでもレインが子供であることは事実だ」
父上は、どうやら俺の旅立ちを止める気でいるらしい。
その言葉には、いつも以上の強い意志を感じた。
俺は、父上の目を数秒間見つめた後、今日の出来事について説明した。
「俺は今日、街中で冒険者の二人を倒しました。この話はいずれ、父上の耳にも届くと思いますが」
「その話は、聞いておる」
「なら、わかってくれるでしょう?俺には、そこらの冒険者よりも実力がある。でも、ここにいる限りそれを隠し続けなければならない。
そして、周りから好奇の視線で見つめられ、虐げられるでしょう。
はっきりと言いましょう。俺はこの町に居続けれることにメリットを感じません」
「レイン…」
母上が悲しげな声をだす。
「俺は小さなころから、冒険者となり世界を回ることを夢見てきました。冒険者になることはとても危険なものだとわかっています。
だから、俺は強くならなければならない。生き延びるために、大切なものを守るために。でも、ここにいても俺は成長できない。
俺が子供ということは理解しています、父上。
けど、子供ということがこの町に残る理由にはならない。なぜなら、俺は『力』を持った子供なんだから」
俺は普段は絶対に見せない程、感情をこめて話していた。
そんな俺の様子を見て、父上は小さく唸る。
どうしたものかと迷っているのだろう。
俺と父上は、数分間見つめ合った。
俺は父上の返事がどのようなものであろうと、家を出ていくことは決めていた。何もすることがないというのはつらい。俺は今日バルーシャさんに会ったことで、外に行きたいという気持ちを、抑えることが出来なくなっていた。
以外にも、この沈黙を破ったのは父上ではなく、母上だった。
「わかったわ。レイン、行ってきなさい」
母上の声は、少し震えていたが、その声はしっかりと部屋に響いた。
「ジュリア?」
父上は、母上の方をみて悲しげな表情を浮かべている。
「あなた、この子は私たちが何と言おうと、聞く耳をもちませんよ。昔からそういう子だったもの」
「しかし…」
「大丈夫。レインは強い子だもの、きっとやっていけるわ。それにこれが今生の別れってわけでもないんだし」
父上は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「レイン」
「はい」
母上は、これまで見たどんな顔よりも優しく、そして強い意思の籠った目をしていた。
「いってきなさい。あなたは昔から手のかからない子だったけど、いいことと悪いことの区別がちゃんとつくように育ててきたつもりです。
バルーシャ様のところで強くなって、多くの人々を救えるような、優しい人になりなさい。あなたならきっとなれます」
母上は立ち上がって、俺を包み込むようにしっかりと抱きしめた。
いつも母上の抱擁からは、照れくさくて逃げていたため、それは久しぶりだった。
あったかい。
俺はその温かみを受け止めて、母上を力強く抱き返した。
「かならず、なってみせます」
母上は、俺を名残惜しそうに離すと、涙目で嬉しそうにうなずいた。
「父上、兄上。レインは行きます」
俺がにっこりと微笑んで言った。
「まったく、俺より先に家を出るなんて、相変わらずレインらしいな」
兄上は苦笑を浮かべながら、いつものような口調で言った。
「はい。兄上も立派な商人になってください」
「おう。次に会うときには一角の商人ぐらいにはなっててやるよ」
兄上は無邪気な笑顔を浮かべた。
俺たちは力強く握手を交わして、お互いにそれぞれの成功を祈った。
「どうやら、私が止めても無駄なようだな」
「すみません、父上」
父上はもう諦めたのか、少しだけ優しい口調で言った。
「わかった。行ってきなさい。しかし、忘れてはならないよ。レインには帰る場所があるんだってことを。
何かあったら、いつでも帰ってきなさい」
「はい」
「それと、もしこの町の近くを通ることがあるなら、必ず家を訪ねること。
ジュリアは賛成してくれているが、あとでいろいろと言われるのは私なんだ。たまには顔を見せてくれないと、私の身が持たないからね」
母上は父上の話を笑って聞いていたが、その頬には大粒の涙が伝っている。
「もちろんです」
そこで、父上は黙って聞いていたバルーシャさんに視線向けた。
「バルーシャ殿。レインのことをどうかよろしくお願いします」
父上は、腰を90度近く折って、バルーシャさんにお辞儀をした。
バルーシャさんは、真剣な顔で父上に近づき、その肩に手を置いた。
「わかった。おまえさんの息子は、必ず俺が一人前に育ててやる」
父上は、バルーシャさんにまた礼を言って、深々とお辞儀をし直した。
俺の家族はみな、暖かく俺を送り出すことを決めてくれた。
「いってきます」
俺は家族に向かって、その言葉をなんとか伝えることが出来た。
この世界にきて、最初は感じていた底知れない孤独感。
それは、いつのまにか感じなくなっていた。
俺がそうなったのは、この家族のおかげだ。家族の愛が、俺がこの世界に存在することを許してくれた。本当に言葉にならない程、感謝している。
家族のおかげで、俺は再び歩き出すことができる。
今度は、守って見せる。誰よりも強くなって、大切なものは全部。
俺は自分の頬に伝う涙に誓った。
似たようなタイトルの小説があったので、小説タイトルを変更しました。