2.魔術の才能
俺は今、兄上と一緒に町のはずれにある空き地に向かっている。
俺は7歳、兄上は10歳であるが、俺の体力に兄上はついてこれていない。
3歳のころに分かった物質を創造する能力、今では「クリエイト」と呼んでいるが、それは今まで使用していない。
これからも使用するつもりはないが、将来冒険者になった時に自分の装備として、使ってみたいと思っている。
三才からの4年間で、新たに分かったことがある。
それは俺がこのクリエイトとは別に、卓越した能力を持っているということだ。
まず一つは、記憶能力だ。これに気付いたのは最近なのだが、俺は一度読んだ本の内容や、人の顔や名前などを完全に記憶することが出来るらしい。
最初は子供だから記憶能力が高いのかと思っていたが、5年も前に読んだ本の内容を暗唱できるほどの記憶があるというのは異常である。
しかし、この記憶能力は記憶しようと、意識しないと発揮されないらしく、完全記憶能力のようなものとは少し違ったものである。
よって、俺は短期間のうちにたくさんの知識を得ることが出来ていた。
もう一つの能力は、俺の魔力が非常に高いということだ。
この世界では、魔力の絶対値は生まれたころに決定するらしい。
この魔力は氣とも呼ばれ、この違いは使用方法によって呼び方が異なる。
まず、魔力を説明するにあたって、魔術を説明しようと思う。
魔術とは、体内にある魔力を消費し、精霊を通じて現実に魔術イメージを発動するものである。
魔術の発動条件として、体内の魔力を、発動したい魔術のイメージに合わせて適切に放出し、精霊がそのイメージと魔力を受け取る必要がある。
まず、必要なのは魔力を体外に放出するということだ。
これは生まれ持った才能に左右され、人間でいえば約30%の割合で、この才能を持っているといわれる。
この才能を持っていれば、魔術を使うことが可能になる。
さらに、魔術師として魔術学校に入学するためには、魔力の絶対値がある程度必要となる。魔力が少ないと、下位の魔術しか発動できないのである。
この魔力の絶対値は、測定器によって計測が可能であるが、その測定器は非常に希少な材料で構成されているため、国の軍部や魔術学校、冒険者ギルド本部にしか設置されていない。
よって、魔力の大きさを知るには、魔術学校の入学試験を受けるときや、冒険者ギルドに登録するときに知る方法が、一般的である。
しかし、ある程度の魔力の大きさを知る方法はある。
先ほども述べたように、魔力と氣は同じものである。
氣という概念は、生まれつき魔力が大きいものが、魔力を体外に放出することができないことによって生まれた考えである。
魔力も氣も、体内にあるエネルギーのようなもので、それを使うと疲れるし、使い果たしてしまうと倒れてしまう。
これは睡眠など体を休めることによって徐々に回復する。
氣は、体内の魔力のことをさし、体内でそれをコントロールすることにより、身体能力を向上させる。
また、魔力を放出することが出来なくても、この氣を操れれば魔術学院に格闘師として入学することが出来る。
氣を使うにあたって、体内にある氣の量は非常に重要となる。
氣を使用した格闘術は、体内の氣を絶えず使用する。
よって、魔術師と同様に、格闘師も生まれ持った魔力が高い方がよい。
さて、話は俺に戻るのだが、なぜ俺が魔力が高いと分かったかというと、毎朝行っていたトレーニングのおかげである。
俺は今、7歳という年齢であるが、前の世界のどの大人よりも足が速く、どの大人よりも重いものを持ち上げることが出来る。
これは、俺が自然に体内の氣を使用していたからなのだが、最初はそれに気付かずに、この世界ではこれが普通なのかなと思っていた。
しかし、父上や兄上の体力は、前の世界にいた人間と変わらないことから、俺が自然に体内の氣を使っていることに気が付いたのである。
俺はそのことを父上に話すと、大変喜ばれたものだった。
それは、俺に魔術学校に入学する資格があるということだからだ。
魔術学校は、この大陸に一つしかなく、各国の軍部の研究所を除けば、全ての魔術の知識はそこに集約されている。
魔術学校を卒業したということは、この世界では非常に名誉なことで、卒業後は冒険者や軍などに入ることが出来る。
しかし、魔術学校に入学するためには、生まれ持った魔力がある程度高くなければならない。
エルフは生まれ持った魔力が高い傾向にあるので、半数以上がこの入学資格を持つが、人間や獣人などは20%ほどしかこの基準を満たすことが出来ない。
その魔力を満たすものの中で、体外に魔力を放出することが出来るものは魔術師へと、放出できないものは格闘師へとなるべく、学院で教育を受ける。
体内の氣で、身体能力を高めるためには、魔術学院の基準値を超える量を持っていなければならない。
よって、毎朝のトレーニングで氣をすでに扱えていた俺は、この魔術学院への入学基準の魔力の量を十分に満たしているというのが、父上の話だった。
あとは、俺に体外に魔力が放出できるかどうかで、魔術師になれるかどうかが決まるのである。
ちなみに、魔術師である人々は氣を使うことが可能であるが、その技術を習得しようとする人は少ない。
それは、魔術師は格闘師を見下している傾向があるのが原因だ。
魔術師は魔力が高く、さらに体外に放出できるという才能を持っているため、魔力が高いだけの格闘師を侮蔑している人が多い。
さらに、体外に魔力を放出する魔術と、体内でコントロールする氣は、同時に扱うことが非常に難しいのである。
無属性の魔術で身体能力を向上させるすべをもつ魔術師は、わざわざ氣を使用するメリットが少ない。
よって、魔術師は魔力を氣として扱うことはしないのが一般的で、魔術師は格闘師よりも高い能力をもつと認識されている。
自分の中に、高い魔力があると分かった俺は、父上に初歩の魔術書を買ってくれるようにせがんだ。
魔術書などの専門書は、一般の市場にあまり出回らず、魔術学院や冒険者ギルドを通じて、魔術師が購入するのが一般的である。
また、個人の研究レポートや、上位の魔術書、古代語の研究書などは、魔術学院にある図書館にしかなく、魔術学院の生徒か卒業生、または冒険者ギルドから申請した許可証を持っていないと、図書館に入ることが出来ない。
父上は、最初は魔術書を購入することに難色を示していたが、俺がしつこく食い下がったら、渋々といった感じで了承してくれた。
買ってもらった魔術書は、一番安い初歩の魔術書だったが、それでも半銀貨1枚、5千クムもした。
なぜ魔術書が必要だったかというと、魔術を使用するためには、精霊と契約をしなければならないかったからだ。
精霊は、この世界の至る所に存在していているのだが、普段生活するうえで精霊を確認することはできない。
しかし、魔術書になら必ず巻頭に記載されている契約の言葉を、魔力を放出できるものが唱えることにより、精霊と通じ合うことが出来る。
通じ合うと言っても、見ることが出来るわけでもなく、言葉が交わせるわけでもない。ただ魔術を使えるようになるということだ。
俺は、魔術書を買ってもらってすぐに、この言葉を読み上げたのだが、体にはなんの変化も現れなかった。
もしかして、俺には魔術師の才能がないのではと落ち込んだが、魔術書を読んでいくと、精霊との契約によって、その者には変化を見出すことはできないと書いていた。
よって、魔術を実際に発動することによって、その契約がなされたのかどうかを確かめるのだと。
俺はそれを知って、家から飛び出して空き地に向かっていた。
「兄上、遅いですよ」
俺は息も切らさず、空き地にたどり着き、兄上を10分近くも待っていた。
「はぁはぁ、レイン、はや…すぎだ」
一方の兄上は、額に汗をにじませて、肩で大きく息をしていた。
「兄上が先に試したいって言ったから待っていたんですから、早くやってくださいよ」
俺は兄上をからかうように言った。
兄上も魔術には興味があるらしく、俺と一緒に魔術が使えるかどうか試したいと言ってきた。
俺と兄上は小さいころから仲が良く、俺の変人っぷりにも変わった様子なく付き合ってくれる。
兄上は正義感がつよくて頭がよく、また優しくて面倒見のいい性格のため、近所の子供たちのリーダーである。
兄上は、もとより神童として持てはやされるほど頭がよく、二つ年上の少年と喧嘩して勝ったりするほどなので、同年代の中では体力の面でも優れているようだが、俺から見るとまだまだ子供だ。
まぁまだ10歳だしな。
兄上はようやく息が整ったのか、確認するようにこちらを見てきた。
「発動したい魔術をイメージして、魔力を放出するんだったよな?」
「そうですよ。最初は火にしますか?」
「うん、そうする」
魔術には属性と呼ばれるものがあり、それは七つの属性に分けられる。
火、水、土、風、雷、無、治療
である。
基本的に魔術師が使える属性の数は3種類程度と呼ばれており、使える属性の数が多いほど魔術師として優秀であるといえる。
5属性以上使えるものはほとんどおらず、全属性を扱える魔術師は数える程しかいないという。
また、魔術師は使える属性の中で、得意な属性をもつ。これは基本的に1つであり、得意な属性を2つ3つももつ魔術師は少ない。
魔術はその威力や範囲によってレベル分けされ、下から順に下位魔術、中位魔術、上位魔術、古代魔術と分けられる。
「本を貸してくれ」
俺は兄上に持ってきた魔術書を手渡した。兄上は火の魔術のページを見てぶつぶつと練習をしている。
魔術を発動するためには、精霊と通じなければならない。そのために用いられるのが詠唱である。
詠唱によって、魔術師は精霊に魔力とイメージを受け渡すことが出来るのだ。詠唱にも種類があり、完全詠唱、半詠唱、詠唱破棄、無詠唱である。
魔術師が体外に放出した魔力を精霊に渡す際に、どうしても魔力のロスというものが発生する。このロスは魔術師の魔術イメージや、理解度、放出した魔力の量、詠唱などに左右される。
完全詠唱は5行からなる詠唱で、もっとも魔力のロスが少ないものである。半詠唱は2行、詠唱破棄は単語、無詠唱は意志のみで発動が可能だが、詠唱が短いほど魔力のロスが大きくなり、魔術の発動がより困難になる。
よって、詠唱はできるかぎり長いものを行う方が、より放出する魔力量を少なくして発動することが出来るのだ。
兄上は、体内にある魔力が少ないと思っているので、完全詠唱で火の下位魔術を発動するつもりだろう。
ちなみに詠唱の言語はガルバ語である。古代語による詠唱もあるが上位魔法や古代魔法を唱えないかぎり必要ではない。
古代語による詠唱は強力な魔術を実現させることが可能だが、高度な魔術イメージがないと発動せず、また古代語自体が複雑な言語なため、習得に長い年月が必要だと言われている。
どうやら、兄上の準備が整ったようだ。
多分、兄上が発動する魔術は、火の下位魔術『炎玉』だろう。
兄上は5行にわたる完全詠唱に入る。
ちなみに、この詠唱の言葉は決まったものがあるのではなく、自分で考えた適当な文を読んでもよい。
しかし、詠唱の内容によって魔力のロスが変化するので、完全詠唱や半詠唱などの詠唱が長いもの中で、下位魔術や中位魔術などの比較的に使用頻度が高い魔術は、研究が繰り返されてもっともロスが少ないものが魔術書に載っている。
「-----発動せよ、『炎玉』」
完全詠唱を終えた兄上の魔術は、発動することなく兄上の声だけがあたりに響いた。
「…だめ、なのか?」
兄上は悲しそうにつぶやく。
「兄上、まだ火の属性が駄目だっただけですから、気を落とさないでください。
次の属性も試しましょう」
「ああ、やってみる」
兄上を励ましてみるものも、果たして兄上が体外に魔力を放出する才能があるかどうかわからない。
結果から言えば、兄上はどの属性の魔術も発動することが出来なかった。
天才といわれているから、魔術も使えるんじゃないかという甘い考えで、兄上にも出来ると思っていたが、どうやら魔術の才能はなかったらしい。
兄上は目に見えて落ち込んでいた。
うむ。今は放っておこう。
俺は落ち込む兄上を尻目に、魔術を発動できるかどうか試すことにした。
俺には魔力が多くあることが分かっているから、下位魔術であれば詠唱破棄しても発動はできるだろう。
最悪、魔力が尽きて倒れても、兄上がいるから大丈夫だしな。
しかし、俺も魔力が高いだけだったら使えないもんな。
俺は横で落ち込んでいる兄上を、ちらっと見た。
まぁ、やってみるしかないか。
挑戦するのは先程、兄が失敗した火の下位魔術『炎玉』。
俺はこぶし大の大きさの炎の球をイメージして、右手を伸ばした。
その瞬間、腹のそこで熱いものが湧き上がる。
「『炎玉』」
詠唱破棄で詠唱すると、俺の右手の先にこぶし大の炎の球が浮かんでいる。
俺はそれを射出するイメージを念じた。
するとそれは、空き地の立っている木に向かって飛んでいき、木に衝突、炎上した。
「すごい」
『炎玉』が衝突した木は、めらめらと激しく燃え上がっている。
魔術が使えた。俺はあまりの嬉しさに思わずガッツポーズをした。
しかも全く疲れていない。俺の魔力は下位魔術の詠唱破棄程度なら余裕ということか。
「レイン、笑っている場合じゃないって。このままじゃ火が広がる」
兄上が慌てた様子で言ってくる。
俺が『炎玉』を当てた木は、激しく燃えていた。
確かに、この火の勢いだと周りの木も燃やしてしまうかもしれない。
「『水柱』」
俺は水の下位魔術を唱えた。
すると、燃えている木の根元から水の柱が突き上がり、火を一瞬にして消化した。
ふむ、水も使えるのか。
「おいおい、めちゃくちゃだな」
兄上は俺をみて、あきれたように言った。
そんな兄上の様子は見慣れたものだ。
一方の兄上も、常識を逸脱した俺の行動には見慣れているだろう。
「兄上、まだ他の属性も試したいのですが…」
「どうぞ、勝手にやってくれ。レインの非常識っぷりにはもう慣れた」
兄上は大きく溜め息をついているが、その様子はどこか楽しげだった。
「ほんとに、レインには何をやっても敵わないよ」
「兄上がいてこその俺ですから」
俺の冗談に、二人して大きな声で笑った。
結果として、俺は全属性を扱うことが出来てしまった。
我が家の隠し事がふたつに増えたのは、ここだけの秘密である。