1.創造能力
俺がこの世界で新たに生を受けて、三年の月日が経った。
この三年の月日は、思い返したくもない恥辱の連続であった。母となった女性の乳房に吸い付き、排泄物を垂れ流すことしかできず。
自我があるとものも考えものである。できればこの記憶は早くなくなってほしい。
さて、この世界というものは、今まで俺が存在していた地球という星ではないらしい。異世界というものか?
いや、俺が存在していた世界のパラレルワールドといった感じの方が、受け入れやすいかもしれない。文化の形態が似ていなくもない。
ともかく、今俺がいる世界は今までいた世界とは全く別物らしい。
なぜなら魔術というものが存在しているのだから。
この世界について説明しようと思うが、自己紹介がまだであった。
俺はレイン。今は三才だ。
商人の父コーネルとその妻ジュリアとの間に生まれた次男坊である。
三つ上にカイルというできた兄がいる。六歳のくせに、その器の大きさの片りんを見せている。
俺はあっちの世界で死んでから、このレインという肉体に宿ったらしい。
見た目は銀髪に銀色の眼をもち、しかも綺麗な顔立ちをしている。
最初に鏡を見たときは、誰だ、このおとぎ話に出てきそうな王子様は! と思ったものだが、最近では見慣れたものである。
まぁ父上は金髪、母上は銀髪だし、近所の住民もカラフルな髪色をしていたから、この世界では驚くことではないのだろう。
顔が整っているのは母上の影響であろう。前の世界で見たどの人物よりも美人である。父上がデレデレするのもしょうがない。
この世界の言語は、ガルバ語という言語だ。
最初は何を言っているか、さっぱり理解できなかったが、母上と兄上が起きている間、四六時中絵本やら玩具やらもって話しかけてきたので、すぐに覚えることが出来た。
歯が生えそろうまでは、まともな発音が出来なかったが、初めて言葉をべらべらと話したら、心底驚かれたものだ。
言葉を覚えたら、この世界の事を知るべく、親や近所の人に質問を繰り返し、本を読むために文字を習ったりしながら過ごした。
そのおかげで、今ではこの世界についてある程度の知識を経て、本も一人で読むことができるようになった。
俺の様子は、はた目から見ると異常すぎるらしく、近所の連中からは「変な子供」という認識を受けているらしかった。
ちなみに兄上のカイルは「神童」と呼ばれ、ちやほやされている。
この差はなんであるかは明白だ。
俺の兄上は”まともな範囲”で、とても優秀だったのだ。俺は常識というレールから飛び立って、そのまま天に昇って行ったので変人扱いを受けている。世間の評価というものは厳しいものだ。
さて、俺の扱いはさておき、この世界についてわかっていることを簡単に説明しよう。
この世界「メルク」は、全能なる神の王メルクによって創造され、そしてメルクによって守られているらしい。
俺たち生物が、この世界生きていられるのは、この神々たちと精霊たちの守護のおかげらしい。
そして俺たちが住んでいるのが、「ラバラロル大陸」である。
この大陸は前の世界でいう古代ヨーロッパという感じだろうか。石造りの建物や木造の建物が多く、広大な自然が広がりその中に人々の集落が存在している感じである。
ちなみに技術レベルとしては火薬が発明されていないため、火器などは存在せず、戦いなどは剣や弓などで行われる。
まぁ、魔術というものが存在するため、火薬という技術が開発されることはないのかもしれない。
ラバラロル大陸は、六つの国々から成り立っている。
大陸中央に位置する、永世中立国「ヘルトバニア」
大陸南部に位置する、軍事国家「ナプディア」と「オアナ」
大陸南西部に位置する、医療国家「テゾロ」
大陸西部に位置する、自然保護国「サネン」
大陸北部に位置する、資源大国「フィスク」
そして、ラバラロル大陸の南部には、魔国と呼ばれる魔王が統治する土地がある。
この魔国が存在する大陸とはアルカロンという土地でつながっており、そこに建てられたアルカロンの門を、ナプディアとオアナの両国が合同で警備して、魔国からのモンスターの侵入を防いでいる。
現在では、小規模な衝突しか起きていないので大丈夫らしいが、過去何回か全面的な戦争があったらしい。
ラバラロル大陸にいる種族は、人間が70%程度で、あとドワーフ、エルフ、獣人などが存在するらしい。実際に他の種族にはあったことがないので、会うのを非常に楽しみにしている。
詳しい説明は、後々行っていこうと思う。
とにかく、今はそれどころではない状況なのである。
父上と母上が非常に困った顔でこちらを見ている。
我が家は、永世中立国ヘルトバニアの北にあるヤトクという町にある。
この町はヘルトバニアの首都ムプと、北のフィスクを結ぶ町として、なかなか栄えている。
永世中立国ヘルトバニアは大陸の中心地に位置しており、各国と良好な関係を結んでいるため、貿易が盛んであり主要な産業は商業である。
さて、このヤトクという町は、首都ムプに比べると小さいものの、この大陸では中程度の規模を誇る街である。
この町に住んでいる住民のほとんどは商人で、フィスクへ向かう商人や、またフィスクからの旅人なども多く見られる。
その商人たちの中でも、フィスクと首都ムプの交易商品の管理を任されているものは僅かであり、その商人たちはみな裕福である。
父上のコーネルも、そのたぐいまれな商才を活かして、小さな町の一商人から町でも指折りのその商人へと成りあがった人である。
今住んでいる家は、俺が一才の頃に引っ越した家で、なかなか大きな家で庭はついてないものの、家族四人が住むには大きすぎるものである。
そして、今俺は父の書斎のソファに座り、両親と向き合っている。
原因は、まぁ俺のせいだ。だが俺も悪気があったわけではない。
今日の昼ごろ、珍しく昼間に家にいた父は家のリビングで母とお茶を飲んでいた。
そのころ俺も父上の部屋から持ってきた本を読んでいた。
俺の一日のサイクルは、朝起きてから寝るまで本を読みふけるという非常に子供らしくないものだ。一応、成長によくないと思い、毎朝トレーニングを行っているが。
母上からは同年代の子供と遊ぶように何度も言われ、兄上もよく僕を誘って、ほかの子供と遊ぼうとさせるのだが、精神年齢の違いについていけないのが現状である。
さらに近所の連中が俺を「変な子供」と認識していることに関係して、同年代の子供たちも俺を変人扱いする始末である。
要するにイジメようとしてくる。
さすがに、まじめに相手をする気分にならず、家に籠って本を読んでいた方が有意義に過ごせるものである。
そんな俺を母上はいじめられているから遊べないと認識しているらしく、俺がいくら否定しても心配してくる。
しかし、今回起きた問題はそれが原因ではない。
俺が家に籠りっきりなことは、両親ともあきらめたようで、今では何も言ってこなくなった。かわりにというか、父はよく俺に本を与えてくれるようになった。
俺がいくら言っても聞かないため、本人の自由にさせようということになったのだろう。我ながら可愛げのないわがまま三才児だと思う。
さて、話が大分それてしまったが、今回両親を困らせている問題は、俺の能力である。
問題の発端は、父上が誤ってティーカップを落として割ってしまったことにある。
いつもしっかりしている父上らしからぬ失敗であったが、普段なら大抵なことで慌てぬ父上がたいそう慌てたのである。
なんでもそのティーセットは、母上の親御さんが結婚祝いにプレゼントしてくれた、とても大事なものだったそうだ。
ティーカップの破片を集めている両親を見て、なんとか元に戻せないものかと考えていると、何故か俺の右手に壊れたはずのティーカップがあった。
それを両親に見せると、両親は驚愕の表情でこちらをみた。
それものそのはずである。だって、破片は床にあるままなのに、全く同じものが俺の手にあるのである。
「なんか作れてしまいました」
俺のこの言葉に、両親は段々と厳しい表情となり、こうして両親の前に座らされてこの能力の話をすることになったのだ。
「それで、その…どうやってこれを作ったんだい?」
父上は優しい口調で話しかけてきた。
「壊れたカップを作りたいと思ったら、実際に作れてました」
俺は事実をそのまま告げた。実際俺自身もこのことには驚いている。
父上はそんな俺の様子を見ながら、質問を重ねた。
「今まで何か作ったことはあるか?」
「いえ、今回が初めてです」
「ふむ。レイン、では何か作ってみてくれないか?」
俺は父上に促されるままに、目の前にあったテーブルをイメージして、現実となるよう念じた。
すると、目の前には全く同じテーブルが二つ並んでいた。
「まさか、本当にこんなことがあるなんて…」
父上は絞り出すように声を出した。母上は驚愕の目でその机を見ている。
俺は父上に質問をした。
「今までこのような能力を持った人はいたのですか?」
「いや、私の知る限りそのような人物は歴史上いないはずだ。神の王メルクにより創造の加護を受けているのか…、レインは今まで読んだ本の中で、この能力のようなものについて、何かなかったかい?」
「いえ」
俺は返事をしながら、自分の手をみつめた。
俺は今まで本ばかり読んでいたため、両親よりも詳しい知識を持っている部分もある。
しかし、父上は商人のためいろいろな方面に知人をもっており、その見識の広さは俺の知識よりもまだまだ広いというのが事実だ。
その父上がいないと断言するのであるのであれば、多分いないのであろう。
人が持たない能力を持つということは、恐れられ争いの種にもなりかねない。
この能力を使う時は、細心の注意を払うべきだな。
「すごい、木目までまったく一緒よ」
母上が二つのテーブルを見比べながら言った。
「そうだな。このテーブルは、本当はあってはいけないものだ。つまり、この能力は使ってはならないもの。私の言っていることがわかるかい?」
「はい。これは存在しなかったものですから」
俺の答えに、うなずいた父上は、また何かを考えているようだった。
そう、今俺が作り出したこの机は本来ならば、存在しないもの。それを俺の意志というものだけで、この世に実現したのだ。
恐ろしい力だと思う。悪用すればどれほどの富を得ることが出来るのであろう。
「しかし、能力をもつ以上その能力について知るべきだ。それは、今ここで明らかにしてしまい、このことは私とジュリア、そしてレインの三人の秘密ということにする。それでいいかい?」
「もちろんですわ、あなた」
「わかりました。父上」
父上は真剣な顔つきで告げた。
よく考えたら三才の息子に向かって言うような言葉づかいではないのだが、父上は俺の知識の高さをちゃんと理解してくれているので、俺を子ども扱いせずに接してくれている。
本当に兄上がいてよかった。もし子供が俺だけだったら、両親にとって子供を育てるという意味はまったく変わっていただろう。
「では、次はここにないものを作れるかな?」
「やってみます」
俺は、意識を集中して銅貨を創造した。
「本当にすごいものだな。貨幣までも想像できるとは…先ほども言ったが」
「分かっています。この能力をそのような目的で使用することはないことを誓います」
父上はウムと頷いて、俺が作った銅貨を手に取った。
父上は商売上、銅貨などの貨幣に接することは多いだろう。この世界で偽貨幣が流通したことがあるという事実は聞いたことはない。
この世界で使われている貨幣はクムという単位で、前の世界でいうと1クムが10円といったところであろうか。
職をもつ一般民の平均の月収が2万クムというのを、父上から聞いたことがある。
ちなみに貨幣は10の種類がある。小貨一枚が1クム、小銅貨が10クム、半銅貨が50クム、銅貨が100クム、小銀貨が1000クム、半銀貨が5000クム、銀貨が1万クムである。
また、市場にあまり流通していないもので、小金貨が10万クム、半金貨が50万クム、金貨が100万クムである。
これらの貨幣は、銀行や商人同士の取引などでしか利用されることがないもので、普通に生活を行っている人々は、なかなかお目にかかれるものではない。
「間違いなく本物だな。その能力は模写ではなく、創造ということか。全く恐ろしい能力だ」
父上はため息交じりにつぶやいた。
「では、次にこの作り出した銅貨を、消すことが出来るかどうかも試してみてくれ」
父上は俺に、先程作り出した銅貨を手渡す。
俺は銅貨を握り、その銅貨が消えるように念じた。
しかし、俺の手のひらにある銅貨は、そのまま残っていた。
俺は気を取り直して、再び銅貨が無くなるように、最初から存在しなかったように、体に吸収されるように様々なイメージを持って念じた。
しかし銅貨はどんなに念じても、消えることはなかった。
「父上、どうやら一度作り出したものを消す力は持っていないようです」
「そうか、ということはその能力をつかうことによって、その作り出したものに対して責任をもたなければならない。やはりこの能力は使うべきではないな」
父上は確認するように言った。
「はい」
「では、この能力については忘れた方がいいだろう。レインには類い希な才がある。それを活かせばこのような能力に頼らずとも、望むものを手に入れることはできるだろう」
「そうですね、あなた。うちの子供は二人とも天才ですもの」
母上が父上の手を取りながら微笑んでいる。まったく仲のいい夫婦だ。
「ありがとうございます。しかし父上、この能力についてまだ試していないことがあるのです。試してもいいでしょうか?」
「まだなにかあると?まぁよい、やってみなさい」
俺は父上の許可を得て、あるものを創造しようとしていた。
今まで俺が創造したのは、今まで俺が見たことのあるものだった。では、今まで見たことのないもの、この世界にないものはどうだろう。
もしこれが可能ならば、前の世界のものをこの世界に持ち込めることになる。
俺は、前の世界であったものを思い浮かべ、あまり害のないものを選択する。
創造開始。
俺の手の中には、筒形の松明のようなものが握られていた。
「それは?」
「これは、明かりを出すものです」
俺の手に握られていたのは、懐中電灯。この世界には電気という概念はまだないため、これはこの世界であってはならないものだ。
俺は手に持った懐中電灯のスイッチを入れた。すると、当たり前のように筒の先から光が照射された。
「なんと!」
父上は驚愕の表情を浮かべている。心なしか先程初めてテーブルを作り出した時よりも、驚いているような気がする。
俺は懐中電灯のスイッチを切り、懐中電灯を分解することにした。その中には電池があり、光を作り出すランプなどがあった。
やはり、俺の予想通りか。
「どうしたのだ、レイン?」
「父上。この能力はただこの世界にあるものを作り出す能力ではありません。これは俺の願う概念を、現実として創造する能力です」
「どういうこと?」
母上がよくわかっていない様子で聞いてくる。
「たとえば、俺がこのヘルトバニアを滅ぼすことが出来るようなもの、という概念をイメージすれば、それを現実の兵器として作り出すことが出来ます」
そう、例えば核爆弾のような。
俺は懐中電灯を作るとき、その構造を正確にイメージしたわけではない。もとより懐中電灯の正確な構造など理解していない。
だが、それは現実としてここに出現した。
先程テーブルを作り出した時も、木目の一つ一つ、テーブルの寸法などをイメージして作ったわけではない。ただ同じものを作ると念じただけだ。
つまり、俺はそういうものが欲しいと望むだけで、その概念をイメージするだけで、それを作り出すことが出来るのだ。
「それが本当なら恐ろしいことだ。もし知られれば満足な生活など遅れないであろう。人々に追われ、恐れられ、権力者はお前を支配しようとしてくる」
「そのとおりだと思います、父上」
「分かっているのであればよいが。先程も言ったが、このことは我々三人だけの秘密だ。カイルにも伝えない方がいいだろう。あの子は頭がよい子だが、まだ子供だ」
「わかりました」
「それと、その能力は極力使わない方がいいだろう」
「極力ですか?」
俺は思わず聞き返した。絶対に使うなと言われると思っていた。もちろん俺も使うつもりはなかったが。
「そうだ。本当は使うなと言いたいところなのだが、お前がこの能力を持って生まれたからには、その能力には何か意味があるのだろう。
レイン、お前はその能力を神から授かったものとして、その能力を正しいことに使わなければならない。
お前ならそれが出来ると信じている」
「私も信じいてるわ、レイン」
二人は俺を、暖かいまなざしで見つめた。俺はその視線に耐えられず下を向いた。
正しいこと、それは観点によって変わる。主観的な意見でそれを判断していいものか。俺はそれを判断できるのか?
下手をすればこの世界を壊しかねない力でもある。
また、大切なものを失うのか?
俺はどうすればいい?
俺が視線を両親に戻すと、二人は変わらず俺を信じる優しい目をしていた。
二人を悲しませない…そのような方法で、使えたらいいかもしれない。
「わかりました。そう出来るよう努力します」
俺はそういって、深々と頭を下げた。
二人の深い愛情に対して。
「そうだな。大きな力をもって生まれたものは、それを正しく使うために努力しなければならない。
強く生きなさい、レイン」
父上はそういって、俺の頭を撫でた。
俺の眼には、二人の父が重なって見えていた。