あの日をやり直して
―また、まただ。また救えなかった。
もうこれで十回目。諦めるなんて言葉が頭をよぎるが、彼女が笑える未来のためなら私は何回だってやり直すだろう。
一回目のとき。やり直すなんてことを知らなかったとき。私は世界でいちばん大切な人を失った。親友とも言える存在。思えば、彼女は朝からおかしかった。「今日、学校休まない?」なんてLINEが届いたのはその日が初めてだった。断って学校に行くと、彼女はぎこちない笑顔で私に「お、おはよう」といった。そんなにも断られたのが嫌だったのかと思い、急いで弁明、もとい言い訳をすると、彼女は「全然、そんな事はいいんだ…それより、今日一緒に帰ろう」といった。勿論、と答えると、彼女は安心したように微笑んだ。そんな彼女を見て、私も安心していた。
帰り道。彼女はぎこちない笑顔すら見せなくなっていた。流石におかしいと感じた私が何度聞いても「大丈夫だよ」の一点張り。早く家に送ろうと家に向かって腕を引こうとしたその時。彼女は今から通ろうとしていた道路に飛び込み、そこから私を突き飛ばした。そのすぐ後に、微妙に道路とずれているトラックがその道を通った。後に聞いた話だが、ブレーキが効かなくなっていたらしい。幸いにも、その後に大きな塀にぶつかり被害者は三名に抑えられたとか。
そう、被害者は三名。
トラックの運転手。助手席に乗っていた人。――そして、私の親友。そのあと、私が何をしていたのか、記憶にない。一つわかるのは、日が変わらないうちに、私も命を絶ったということだ。
目が覚めた。天国と言うにはあまりにも普通で、地獄と言うにはあまりにも明るい。体が重い。引きずるように起き上がると、そこは自分の部屋だった。死んだ、はずだ。あれ、なんで死んだんだっけ、と思い、混乱しながらもクセのようにスマホを取る。そして――「今日、学校休まない?」というLINEに既視感を覚えた。カレンダーを見た。彼女の命日であり、私の命日。思い出した。彼女が死んだときの苦しみ。自分が死ぬときの痛み。どちらが重いかと言ったら、やっぱり彼女が死んだときの苦しみで、今も鮮明に思い出せる。不思議な話だが、ループというものをしているらしい。そう気がついた。
それから、これで十回目。いまだ、私は彼女を救えていない。
***
何回も方法を変えた。学校を休むことにした、そうしたら次の日彼女が事故で死亡したことがわかった。下校の通る道路を変えた、別の車に轢かれた。お母さんに送ってもらった、彼女の家で火事が起き死を迎えた。
まるで呪いのように彼女は死ぬ。私がいくら抗おうとしても、彼女をいくら説得しようとしても、彼女は他のものに命を絶たれる。
十回目の朝。目が覚める。この感覚にももう慣れてしまった。スマホを手に取り、見慣れた通知に目を通す。いつまでたっても変わらない朝食を食べ、学校に向かって歩いた。
「お、おはよう」
この言葉も何度聞いたことか。この後私がおはようと返すと、ぎこちない笑顔で手を振るところまでわかるというのに、彼女の死因の予測はいまだできない。
「今日さ、ずっと一緒にいようよ。朝から夜まで、ずうっと。」
彼女はびっくりしたように目を見開いた。それから「うん」と頷いた。
授業が終わり家に帰る。今回は私が彼女の家に泊まることにした。家に向かって歩いていると、壊れた車のエンジンの音が聞こえる。今回こそは、守らなきゃ。彼女を突き飛ばす。私の体がきゅっと熱くなる感覚がした。彼女は……無傷だ。泣きそうな顔でこっちを見ている。だけれど、怪我はない。安心して、ふっと意識を手放した。
十回目の朝。目が覚める。この感覚にももう慣れてしまった。スマホを手に取り、見慣れた通知に目を通す。いつまでたっても変わらない朝食を食べ、学校に向かって歩いた。
「お、おはよう」
この言葉も何度聞いたことか。この後私がおはようと返すと、ぎこちない笑顔で手を振るところまでわかるというのに、彼女の死因の予測はいまだできない。
「今日さ、ずっと一緒にいようよ。朝から夜まで、ずうっと。」
彼女はびっくりしたように目を見開いた。あ、れ……なんだか、見覚えがある気がする。私が首を傾げていると、彼女はびっくりしたように目を見開いた。それから「うん」と頷いた。
―――やっぱり、気の所為だったのかもしれない。
そう思っていた、けれど。
「ねえ」
帰り道、彼女が口を開いた。
「なに?」
そうきくと、彼女は一度大きく深呼吸してから、私にこういった。
「今日って、何回目だっけ?」
足が止まった。彼女も私に合わせたように立ち止まる。見慣れた景色。いつもと同じ帰り道。いつもと同じく赤く染まった夕暮れ。
なのに。何かが違う。
「……え?」
「やっぱり」
彼女は小さく微笑んだ。
「覚えてるんだ」
心臓がどくどくとなっているのが、全身に伝わる。
「ま、って……。なんの、こと……?」
「あなたが死ぬこと」
息が止まった。わたしが死ぬ、たしかにそうだ。だって彼女が死んだ後、わたしは必ず死んでいた。だから、その言い方でも、間違ってないはずだ。いや、違う。わたしが死んだのは彼女が死んだ後。なんで彼女は、わたしが死ぬことを知っているのだ。
「どう、して……知って……?」
「どうして、って。わたしがいっつも助けようとしても事故とか火事で結局死んじゃうんだから、もう。何回もわたし、あなたのこと助けよう、と……」
頭が真っ白になった。だって、救おうとしていたのは私のはずで。私が事故で死んだことなんて一回もない。顔が青ざめていく。そんな私に気がついたのか、彼女は私をみて首を傾げた。
「ちょっと、まって……何回もって、何回……?」
「30回、くらいかな」
おかしい。私は今が10回目だ。忘れるはずもない、彼女が死んだ回数。今ここにいるのはほかでもない、私と彼女であるというのに、記憶の辻褄が全く持ってあわない。
「私、これで10回目で……30回なんて、そんな……」
彼女は目を見開いた。
「あなたが死んだから、わたしも死んだの。そしたら、ループしてて……」
「私も……っ、あなたが死んだから。私が死んだら、ループしてて」
ぽかんとした顔で彼女が私を見る。それから、初めてぎこちない笑顔でなく、優しくふっと微笑んだ。
「なーんだ、やっぱり。お互いがお互いを救おうとしてたんだ」
「なのに、お互い一回も救えてないの……?」
おかしい。喉元に小骨が刺さったような感覚に陥る。あ、れ…そういえばさっき、見覚えがあるって…、もし、かして……。
「私が死んだとき、あなたがループしてて、あなたが死んだとき、私がループしてるって、こと……?」
なるほど。頭では理解していないはずなのに、脳内は未だ混乱しているはずなのに。本能で理解したのか、私はなるほど、と頷いていた。
「じゃあ、次はさ」
彼女が優しく、微笑んだ。
「ちゃんと二人で、生きよう。わたしと、あなたで」
二人は自然と手を繋いだ。一歩ずつ、一歩ずつ。恐ろしかったはずの登下校の道を堂々と、二人は歩き出した。
ぶー、と車のエンジン音がきこえた。いつもの。私と彼女は自然と目を見合わせた。大幅に二人で足をひいて、車は横を通り過ぎる――はずだった。車が急に暴れ出す。そうしたらそのまま、こちらへやってきた。
ぶーっ、ぶーーっ! と音がゆっくり、大きく聞こえた。私たちは、もう一歩も動かなかった。
結局、轢かれる運命なのならば。きっと二人で死んだほうが幸せだから。
最期に見た、彼女の顔は、きっと今の私とおんなじ顔だった。




