7 ─完─
俺はコンビニに入る事なく家に逃げ帰り、すぐに母に電話をした。究極の選択で、俺は田舎に戻る事を選んだのだ。
そして今、新幹線に乗っている。
遂には姿を見る事も無かった202号室の住人の事は、樹さんに電話で伝えた。もしも今彼が死んでおり腐敗が始まっていたら叔父さんも困るだろう、という樹さんに対する義理だった。
樹さんから連絡を受けた不動産屋の担当者が様子を見に言った所、彼は生きていたという。
「生きちゃいたけど、今にも死にそうな顔だったって不動産屋が言ってたよ。幽霊が出たかと思ったって。もう1部屋事故物件作られちゃ堪らないけど、追い出すわけにもいかないって叔父さんが頭を抱えてた。」
と樹さんはため息を吐いた。そうして
「教えてくれてありがとな。またこっち来ることがあれば連絡しろよ。」
と言って電話を切った。俺が部屋を出る事については、一切責めなかった。
俺はあの朝、何度も唱えた。
202号室の住人はただの引きこもり。そんな人はたくさんいる。それだけの事。
101号室の女性は、ただ年齢よりも老けて見える人。そんな人はたくさんいる。それだけの事。
201号室の杉原さんは、ただブラック企業勤務で疲弊しているだけ。そんな人はたくさんいる。それだけの事。
しかし、どうしても自分を納得させることが出来なかった。
ただ音が鳴るだけのあの部屋よりも、周囲の住人たちの方がよほど怖かった。
なぜ彼らはあそこに住み続けているのか。
単純にお金や仕事、しがらみなど現実的な諸事情で引っ越せないだけなのか。
あるいは見殺しにした女性への贖罪の念から自らを罰するかのようにそこに住み続けているのか。
もしくは何かの呪いでそこから動けないのか。
101号室の女性の言葉を思い出す。
「あなたは引っ越せば済むのだから。」
あの時、俺はそれを、あなたはまだ若いのだから引っ越せばいいが、自分は引っ越すことが出来ない、という意味に捉えた。この年で終の棲家を移る事はできない、という意味だと。
でももし違ったとしたら。
自分は引っ越しても逃れる事が出来ない、という意味だったのだろうか。
それはもう、俺には分からない。分かる必要もない。彼らがどうなろうと──仮に死のうと──それは彼らの問題だ。彼らの選択であり、彼らの責任だ。俺のせいではない。過去の事件も、そしてそれに対して彼らに何か思う所があったとしても、全て、俺のあずかり知らぬ出来事だ。
俺には関係ない。
そう、関係ないのだ。
新幹線は、夕暮れの中を北に向かって走る。
窮屈で大嫌いだった田舎の実家が、むしろ安全地帯のように思える。一刻も早く、帰りたい。
窓ガラスの向こうには都会の景色が流れていく。その上に半透明の俺の顔が映った。その疲れた顔は、杉原さんそっくりだった。
101号室から聞こえた読経の声が追いかけてくるような気がした。




