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コーポ双葉の外観は綺麗だった。1階と2階にそれぞれ2戸があり、その真ん中に外階段があるタイプで、全ての部屋が角部屋になるため人気の物件らしい。外階段の横には4部屋分の郵便ボックスと宅配ボックス。外壁の色はオシャレなブルーグレーと白のツートンカラーで、今まで住んでいたボロアパートよりも数ランクは上だろう。どう考えても幽霊が出るのなら以前のアパートの方だ。少ない荷物を運び込みながら、俺は図らずもウキウキした気分になっていた。
件の部屋は1階で階段の左側、102号室だ。玄関を開けると、新築の匂いがした。新築の匂い、とはつまり、接着剤や塗料の匂いだ。
玄関を入ると、廊下の右手、正面、左手にそれそれドアがあり、短い廊下はそこだけだった。右手のドアは洗面所とトイレ、浴室に続いていた。お風呂とトイレは別で、それだけで俺は嬉しい気分になる。今までは便器の横でシャワーを浴びていたからだ。正面のドアを開けると、6畳ほどの洋間だった。ここが寝室と言う事だろう。しかし俺はここを書斎にするつもりだ。小説家志望として、書斎はなによりも憧れていた物だった。左手のドアはLDKに続く。LDKはおそらく12畳ほどはあるだろうか。ここをリビング兼寝室にしようと思う。今まで住んでいた8畳1間と廊下におまけのようについているキッチン、風呂トイレが一緒で洗面所は無しというボロアパートに比べたら、大出世だ。普通に住んだらいくらなのか樹さんに聞いておけばよかったというさもしい考えが頭に浮かんだ。
オーナーである叔父さんは今県外にいるらしく、会う事はないまま契約となったが、詳細は樹さんから聞いていた。
樹さんの話によるとこの部屋は、物理的な被害という意味では大したことは無かったらしい。事故物件においてオーナーの一番の敵は、腐敗だろう。床に人型のシミ、なんていうのは序の口で、肉が腐り脂肪や体液が溶け出し、床はもちろんその下の部材にまで腐食が進むケースも珍しくはない。階下に部屋がある場合は、その部屋の天井にまで被害が及ぶこともあるようだ。匂いは床、壁紙や天井、その内側の柱や壁材にまで染み込む。その上場合によっては大量の虫の発生なんていうおまけまでついてくるのだ。
しかしこの部屋の被害者は腐敗はしていなかった。犯人である被害者の彼氏は早々に警察に自首しており、遺体は綺麗なまま運び出されたという。そのため、リフォームは加害者が癇癪を起して暴れた際にひびが入ったという風呂場のプラスチックの扉の交換、被害者の血液が着いていたという壁紙の交換程度で済んだらしい。叔父さんにとっては不幸中の幸いだろう。
ただし言うまでもなく問題なのは心理的なものだ。人が死んでいる、というだけでも十分に気味が悪いのに、その死に方が他殺と来た日には、嫌な想像の一つや二つは誰でもしてしまうだろう。
まして事件の内容が内容だ。ニュースからの情報だけでも、被害者の亡くなり方は悲惨だった。加害者からのDVは数か月に及び、遺体には無数の打撲痕、数か所の骨折があったようだ。直接の死因は脳挫傷。殴られた際にリビングの家具に頭をぶつけ、そのまま亡くなった。つまり、102号室のリビングが事件現場と言う事だ。被害者は大人しい女性で、警察に相談などもせず、ひたすら彼氏からの暴力に耐えていたという報道もされている。
また、これは公にはされていないが樹さんの話によると、壁紙についていた血液のシミと言うのは、被害者本人の手形だったらしい。
手形だろうがハート型だろうが、血液のシミはシミだ。本質的には、それ以上でもそれ以下でもない。
何度そう自分を説得しても、張り替えた筈の壁紙に滲む手の形のシミ、なんていう怪談を頭の中で作ってしまうのは、きっと俺だけではないはずだ。
しかしそんな事も言ってはいられない。これは究極の選択なのだ。どちらを選んでも、なんらかのマイナス面はある。その上で俺はこちらを選んだ。腹をくくらなければならない。
──どうか成仏していてください。していないのであれば、どうぞお手柔らかにお願いします。
彼女が殺されたというリビングで、俺は手を合わせた。
◇
さて、ここで幽霊よりも恐ろしい話をしよう。究極の選択で事故物件に住むことを選んだ日、俺は細々と続けていたバイトを辞め、フリーターから無職へと華麗なる転身を遂げたのだ。自殺行為とすら言える選択だと我ながら思う。
どうしてそんなことをしたかと言えば、月並みな言い方になるが、退路を断って自分を追い込むためである。家賃が1万円である1年間、これをタイムリミットにしようと考えた訳だ。家賃さえ押さえる事が出来れば、わずかな蓄えとたまに入れるスポットバイトで、食べていく事は出来る。この1年書く事だけに集中して、それで芽が出なければ地元に帰ると決めたのだ。もし1年間に何らかの公募で結果を出すことが出来たら、次は告知義務のある3年目までを次のリミットとして、更にワンランク上のステップを目指す。そうやって細かく夢の期限を区切り、達成していくプランだ。そう考えるとむしろこれは神様が与えてくれたチャンスにすら思えてきた。
・本作品は「ネトコン14事故物件」に応募しています
・小説家になろうに投稿するのはこれが初めてで、暗黙のルールやマナーを分かっておりません。至らない点があったら、申し訳ありません。




