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究極の選択というのは、基本的には遊びの一種だ。代表的なものは「うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、食べるならどっち?」だが、実際の所はそのどちらも食べさせられることはないだろう。どちらも嫌な2択の中で、あえて選ぶならどちらか、を議論するただの遊びである。しかしその究極の選択を実際に迫られる事が、人生にはたまにある。俺が迫られた究極の選択、それは「夢を諦めて田舎に強制送還」か「事故物件に住むか」だった。
大学進学と同時に田舎町を出てそこそこ栄えているこの地にやってきたのは10年ほど前だ。大学在学中に「小説家になる」という夢を抱いた俺は、卒業後も定職に就かず、バイトをしながら小説を書くという日々を過ごしていた。小説の新人賞の類には、年に数回のペースで毎年応募しており、そのほとんどは最低でも1次選考を突破した。一度だけ最終選考に残った事もある。だからこそ、諦められなかった。箸にも棒にも掛からなければ、諦めもついただろうに。
当然ながら、両親はそんな息子の生き方を認めなかった。ごくたまに帰省をすれば、「地元に戻ってきて定職に就け」「真人間になれ」との催促が雨霰のように降り注いだ。もちろんそれが至極まっとうな意見であることを理解できる程度の分別は俺にもある。だからそんな時俺は、滝に打たれる修行僧の如く己を無にして嵐が過ぎ去るのを待ったものだ。
そんな日々を過ごす中、数か月前に俺が住んでいた古いアパートの取り壊しが決まった。地震どころか大きなトラックが通った振動だけでも倒壊しそうなボロアパートだったので、それは致し方が無い事だろう。問題は、次のアパートが決まらない事だった。部屋を借りるには、まず敷金礼金というハードルがある。俺の少ない貯金では、まずこの第一関門すら越えられない。そしてよしんばそれを突破しても、次には保証人という第二のハードルが控えている。これも無理難題だった。「次のアパートを借りたいので保証人になって下さい」などと父に言えば何と返されるか。「30近い大人が変な夢みてバイトなんかしていないで、早くこっちに帰って来て就職しろ。」と百万回言われたセリフが再生される事は目に見えている。厄介な事に俺自身それが正論だと思ってしまうだけに、反論する気も起きないのはいつものことだ。もちろん敷金礼金や保証人の必要ない物件もあるが、その分はしっかりと月々の家賃に上乗せされているのだ。
「小説を書くだけならどこでも出来るのだから、わざわざ一人暮らしなど必要ない」「親に食わせてもらいながら書いた方が現実的だ」などという事は友達に散々言われた。しかしそう言ってきた友達は全員都会育ちだ。田舎育ちでそんなことを言う人間はいない。分かっているのだ。30近い無職の男など、田舎ではそれだけで犯罪者予備軍なのだ、と。公園でボーっとしている所に小学生でも通りかかっただけで通報されるかもしれない。だから実家に帰るのであれば、就職をしないという道はない。それは狭いコミュニティの中で、両親、いや一族の沽券にも関わる。そして就職をするという事は、小説を書く時間がほとんどなくなり夢を諦めるという事だ。もちろん働きながら書いている人も沢山いるのだろう。しかし不器用な俺にはそれが出来る気がしない。
着々と迫る退去日、減る貯金、見つからない新居。いよいよ年貢の納め時かと思った時に樹さんと飲む機会があり、とある話を聞いた。樹さんは学生時代のバイト先の店長だった。俺より15歳ほど年上で40代半ば。当時は雇われ店長だったが、今は自分の店を経営している。
話はこうだ。
彼の叔父さんの経営するアパートが事故物件になった。数か月前、ちょうど俺が住んでいたアパートの取り壊しが決定した頃だ。事故物件には告知義務というものがある。「ここでこんな事がありましたよ」と借主に伝える義務で、期限は賃貸の場合で3年だ。その3年間、部屋を遊ばせておくわけにはいかない。かと言って、わざわざ事故物件に住みたがるもの好きも滅多にいない。その為、家賃などを好条件にするかわりに誰かに3年間住んで欲しいとの事だった。
さて、事故物件と一言で言っても、それぞれに状況は違う。もし事故物件に住むのであれば、せめて自然死や病死の事故物件に住みたいものだ。さらに贅沢を言うのであれば、若者よりも老人の方が心残りなく成仏してくれていそうだ。ついでに言うなら、女性よりも男性の方が幽霊としては怖くない気がする。
しかし件の部屋は、若い女性が殺された部屋。つまりは、レベルMaxの事故物件だった。犯人は交際相手の男で、日常的に彼女にふるっていた暴力がエスカレートした上での悲劇だったそうだ。ほとんどTVを見ずに興味のある事だけをネットで見る様な俺でも、なんとなく記憶の片隅にあった事件だ。もちろん大島てるでは炎がめらめらと燃えている。
提示された条件は次の通りだ。敷金礼金保証人不要、家賃は1年間は月1万円。2年目以降も、相場よりもかなり安くしてくれる。特にこの部屋については事件がニュースになっている事もあり、世間のほとぼりが冷めるまでは告知義務の3年が過ぎた後でもかなりの好条件で住まわせてもいいと叔父さんは言っているそうだ。
ここで冒頭の究極の選択だ。俺は迷った末に「事故物件」を選んだ。
・本作品は「ネトコン14事故物件」に応募しています
・小説家になろうに投稿するのはこれが初めてで、暗黙のルールやマナーを分かっておりません。至らない点があったら、申し訳ありません。




