街道にて(1)
「あの……!」
ミコトネは思い切って口を開く——が、目の前でテーブルを囲む3人の視線が集まると、用意していた台詞はあっけなく頭から吹き飛んでしまった。絞り出した勇気は急激に萎み、視線は宙を泳ぐ。注目されると緊張するのはミコトネの悪い癖だ。怖気付いたように肩をすくめたミコトネは、上目遣いで3人の様子を伺う。みな、ミコトネをじっと見つめている。彼女たちは単にミコトネの次の言葉を待っているだけなのだが、自分に自信がない割にやや自意識過剰気味のミコトネは、ただ視線を向けられただけでも「気の利いた一言を期待されている」ように感じてしまう。
(何か言わなきゃ——)
緊張に拍車がかかる。沈黙に支配された空間を、床下から伝わる車輪の音が満たしていく。その音に急きたてられたミコトネは、頭の中で散り散りになってしまった言葉の切れ端を拾い集めてなんとか繋ぎ合わせると、相変わらず自信無さげな口調で、小さく声を絞り出した。
「えっと、その……、このまま此処を通り過ぎてしまうというのは、ダメ——」
——ですか?と言い終わるか終わらないかのうちにミコトネは再び口ごもった。意を決して言葉を発したまではよかったが、その言葉は、今この場で口にしてはならないもの、ということに気付いてしまったからだ。口に出してから過ちに気付くのもミコトネの悪い癖である。いや、それは人の常であろうか。ともかく、この後の展開について、すこぶる悪い予感を覚えたミコトネは、肩をすくめた姿勢のままで再び遠慮がちに3人の顔色を伺う。
悪い予感は往々にして当たる。これは世の常であり、真理とも言える。案の定、と言うべきか、ミコトネの正面に立つフレアは眉間に深い皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情でため息をついている。左手に立つユキは何が可笑しいのか口元に手を当ててクスクスと笑い、右手に立つマキナも腕組みをしたまま苦笑を禁じ得ないと言った風情だ。
やってしまった——ミコトネは自らの失態に身が縮こまる。けたたましい車輪の音はミコトネを嘲笑うかのように響き、再度の沈黙がその場を包み込む。
……そして、次にその沈黙を破ったのはフレアだった。
「いいかい、ミーコくん。」
フレアはイルシオ王国王位継承権第3位の公姫である。若干10歳ではあるが、一行の中で最も博識かつ聡明であり、王家の生まれであるが故であろう、指導力と統率力にも優れている。彼女の立ち居振る舞いは、知性と血統に裏付けられた自信と威厳に満ち溢れており、いつも自信なさげで卑屈なミコトネとは全く正反対だ。実際、巡礼規定の関係上、形式的にはミコトネが筆頭順位とされているが、実質的な巡礼団の長はフレアである。
「聞きたまえ。まず、我々は闘祇(とうぎ)というものについて全くの未経験だ。そもそも御使(みつかい)を碌に動かしたことすらない。この状態は非常にマズい。それはわかるね?」
当の本人は露ほども思っていないが、フレアの口調は少しばかり説教くさい。そして、彼女自身が本来もっている威厳と相俟って、異論を挟むことを許さない空気感がある。そのフレアの問いかけに、気弱なミコトネはうつむき加減のまま悄然と返事をかえすことしかできない。
「……はい。」
ミコトネの小声の返事に、フレアは軽く頷き、話を続ける。
「うん。それはミーコ君もここにいるからには十分に承知していることだと思う。巡礼に出た以上、闘祇を避けて通ることはできない。いずれ避けようもないなら、いっそ早いうちに経験を積んでおいた方がいい。それもわかるね?」
フレアの説法は噛んで含めて言い聞かせるというより、理詰めで反論を塞いでいくような趣がある。フレアとミコトネの間で何らかの議論が持ち上がると、大体は一方的にミコトネが言いくるめられて終わる。今回もやはり、ミコトネは反論の糸口すら与えられないまま着実に追い込まれている。
「……はい。」
苦しげなミコトネの返答に、フレアは再び頷くと、最後の仕上げとばかりに畳み掛けた。
「うん。そこまで分かっているなら話は早い。今我々が為すべきは、闘祇というものを実際に自ら体験して、それがどういうものであるかをこの身をもって知ることだ。そしてその機会が目の前にある。ならばこれを活さない手はない。つまり結論はひとつだ。」
あくまでも断定的なフレアの論調に、やはりミコトネは何も言い返せない。
「……はい。」
勝負あったか。
「じゃあ、もうわかるね?」
念を押すようなフレアの問いかけに、ミコトネは少し鼻を顰め、困惑したような顔つきでしばらく考えたが、やがて、恐る恐る言葉を返した。
「でも……」
ミコトネの一言に、フレアはガックリと肩を落とす。やはり、わかっていない。ここまでの話は一体なんだったのか——押し寄せる徒労感と虚無感に落胆しきりといったフレアだが、彼女もここで引き下がるわけにはいかない。しばらくの間、魂が抜けたように項垂れていたものの、すぐさま顔を上げると、少々苛立ったような、と言うより、苛立ちを抑えようとはしているが抑えきれないといった風情のやや強い語調で一気に捲し立てた。
「いや、”でも”、じゃないんだ。もう一つ付け加えるなら、西域協定の問題もある。この先のシュビーツとルージステインの事情を考慮すれば、安全を保障された条件で闘祇を行うことができるのは、おそらくこれが最後だろう。もし、ここで闘祇を行わなければ、我々は今のままの、闘祇について全く無知蒙昧の状態で西域の外へ出ることになる。それはつまり、危険な戦いにぶっつけ本番で臨むということであり、無謀、無策、無鉄砲、愚の骨頂以外のなにものでもない。協定の効力圏にある今のうちに、少しでも経験を積むため、我々は是が非でも、ここで闘祇を行うべきだ。」
フレアの口上の意味するところは要するに「素通りして逃げるなど、以ての外」ということであり、ミコトネの意見の全否定である。そしてそれは、彼女たちの置かれている状況からすれば、全く理に適った正論であり、反論の余地は一切無い。
——無いはずなのだが、やはりミコトネは無駄な抵抗を試みる。
「だけど……」
「だけど、でもない。」
フレアはピシャリと跳ねつける。なおもミコトネは食い下がる。
「……ダメですか?」
折れそうで折れないミコトネの悪あがきに、やや辟易した様子で、フレアは口を尖らせ、腕を組んで目を閉じた。
(ダメに決まってんだろ。)
フレアは内心で毒づくが、言葉には出さない(態度には出ている)。とは言え、正直なところ、ミコトネが闘祇を回避したいと言い出すであろうことは、フレアも予想はしていた。フレアから見て、ミコトネは物事の筋道を理解できないほど頭がカタいわけではないし、そもそも生真面目すぎるほどに生真面目で、恣意的に道理をねじ曲げるような性格でもない。むしろミコトネも理屈の上では、「ここは戦うべきところである」ということを理解してはいるのだろう。しかし、人の心とは厄介なもので、理屈の上で解っていたとしても、それを気持ちの面ですんなりと割り切れるものではない。どれだけ理を尽くして考えたところで、そこから得られた結論を受け入れるか否かの判断は、結局のところ個人の内面にある価値観と、その時々の心情に委ねられる。フレアの価値観からすると、戦うべき時ならば全ての感情を排除して、戦うことを選択するのが当然であり、寧ろそれ以外の選択肢はない。だが、ミコトネは違う。内面にあるものが、良くも悪くもフレアとは全く違うのだ。ミコトネを今、内面から拘束し、戦うことを拒ませているもの、それは単純な”恐怖”であろう。恐怖とは、原始的で根源的な情動なるが故に御し難い。恐怖があれば、逃げ出したくなる。それは自然な感情の動きであり、齢16の少女ならば無理も無いこととも言える(かく言うフレアは10歳なのだが)。しかし世の中には、そうした少女の感情に事態を委ねるわけにはいかない局面がある。それが今だ。
闘祇(とうぎ)とは儀式の一種である。ここに言う「儀式」とは、水晶へと奉納される祭礼としての儀式を意味する。魔法が水晶の力の顕れである以上、魔法を用いる行為は全て、水晶へと捧げられる儀式としての性格を有しており、魔法を用いること自体が、儀式として魔法力の淵源たる水晶への崇拝と信仰を示す行為であるとも言える。水晶への崇拝と信仰は、それが深く、強いほど尊ばれる。そのため、崇拝の深さと信仰の強さを証明すべく、魔法を用いる者どうしが競い合う形式(つまり対戦形式)の下で執り行われる儀式も数多く存在し、そこでは勝利した者が水晶をより深く崇拝する者と看做され、勝利という結果のみが信仰の証明となる。このような「魔法を競う形式の下で水晶への信仰を証明する儀式」のひとつとして闘祇がある。しかし、闘祇はそれらの儀式の中でもとりわけ異質であり、その「儀式」であることについて特別の意味を有している。
闘祇が異質とされる理由の一つは、御使(みつかい)の存在である。御使は、正しくは「水晶の御使」と呼ばれ、その呼び名の示すとおり「水晶より地上へと遣わされた使者」とされている。これは古い歴史書に記された「あたらしく生まれしものをうちほろぼさむとつかわされ」という一節を根拠とするが、その記述からも窺われるように、御使は”使者”とは言えども、文書や声明を伝達するという意味での”使者”には当たらない。御使は、水晶にまつろわぬものを「うちほろぼ」す、つまり何らかの敵対者を殲滅するため、武威としての力を行使するという意味においての”使者”であり、使者というより寧ろ”戦士”や”衛士”とする方が実態に近く、武をもって主君に仕えているようにも見えることからすれば、役職としての”騎士”に例えた方がより適切と言えるかもしれない。人間社会における地位のいずれに例えるべきかはともかくとして、少なくとも御使が水晶の意思の下、敵対者を殲滅する役割を与えられているということは、それらが殲滅する力、すなわち「破壊のための力」を授けられていることからも明らかであろう。御使とは、水晶により遣わされた「破壊の使者」とも言える。
御使が破壊の使者ならば、当然にそれらは、破壊の使者たるに相応しい性質を備えている。まず、御使は総じて巨大な体躯をもち、小型のものでも100フィートあまり、大きいものでは300フィートに達する個体も存在するという。また、その外観は、殲滅すべき敵を威圧するためであろうか、古代の伝承にある怪異や幻獣の姿に象られ、半人半獣から竜や鷲獅子のようなものまで、”異形”とも言える様々な形態をとる。さらに、それら御使の身体は金属とも陶器ともつかない未知の物質で形作られており、鉄や鋼を超える強度をもったその物質が、内部的には骨格として御使の巨躯を支え、外部的にはあたかも鎧や鱗の如く全身を覆っている。そして御使は、破壊のための力の源として、体内に強大な魔法力を吹き込まれている。水晶の加護として吹き込まれた魔法力を解放することにより、御使は異形の巨体を駆動させ、あるものは剣を振るい、またあるものは鋭い爪や牙をもって、倒すべき敵と闘い、これを破壊する。ならば御使とは、「魔法力によって動く、巨大な破壊の使者」ということになろう。
では、破壊の使者たる御使は、一体何を破壊するのだろうか。御使たちにとって、本来の敵とは、歴史書が記すところの「あたらしく生まれしもの」であったはずである。しかし「あたらしく生まれしもの」は、太古の昔に既に「うちほろぼ」されたものとされており、最早、御使の敵とはなり得ない。今ここに言う”敵”とは、闘祇における敵、すなわち闘祇において対する相手方の御使を意味する。
つまり闘祇とは、端的に言えば「御使と御使の闘い」である。そしてそれがそのまま、闘祇の儀式としての異質性を基礎付ける理由となる。”闘い”という形式で行われる儀式は他にもあるが、それらはすべて「魔法を用いる者どうしが魔法を競い合う」という「人間対人間」の形式をとっている。魔法の行使が儀式としての性格をもつなら、魔法を行使する者こそが儀式の主体となるべきであり、魔法を用いる者が人間である以上、儀式の主体も人間とされるのが本来のかたちであろう。闘祇はその本来のかたちとは異なる、唯一の例外として位置付けられる。本来ならば人間が主体とされるべきところ、それに代わって御使が儀式の主体となる、これが、水晶に捧ぐ儀式として、闘祇が異質とされる理由の一つである。
闘祇が異質かつ特殊なものとされる所以は、御使の存在のみによるものではない。そこにはもう一つの重要な要素がある。御使は個体として独自の意思をもたないため、その単体では「闘う」という行動をとることができない。それどころか、「剣をとる」「歩く」といった単純な動作すら、御使の自律的な判断によっては殆ど行うことができない。そのような御使を動かすためには、御使の外部から、意思決定を行い、命令を下す存在が必要となる。それが継晶者(けいしょうしゃ)である。
当然のことながら、継晶者とは誰でもなれるようなものではない。そしてそれは目指してなれるようなものでもなく、だからこそ継晶者は特別な存在たりうるとも言え、また、特別の存在なるが故に厳格な要件が充たされなければならない。その要件とは、第一に魔法使い若しくは魔導士であること、第二に御使との契約を結ぶこと、そして第三に帰属する国家からの認証を受けることである。
第一の要件については説明するまでもなく明らかであろう。魔法力で動く御使を操るためには、魔法若しくは魔導によって命令を下す必要がある。したがって、御使に命令を下す継晶者となり得る者とは、魔法若しくは魔導を使うことのできる者に限られ、それは魔法使いか魔導士ということになる。
第二の要件については、魔法力が血統によって受け継がれることと同じく、御使と継晶者の契約も親から子へと承継される。したがって継晶者の地位は原則として世襲である。また、継晶者の家系ではブレスロッドと呼ばれるものが代々伝えられており、このブレスロッドを継承することが契約の証となる。すでに述べたとおり御使が意思をもたない以上、新たに契約を結ぶための意思表示は不可能であり、既に結ばれた契約を受け継ぐ以外に継晶者となることのできる場面は想定し難い。
最後の第三の要件であるが、実のところ、これは名目上の要件であり、本来は要件とされるべきものではない。継晶者と御使の関係は、飽くまでも継晶者と御使の二当事者間の契約に基づくものである。したがって、国家からの認証は、継晶者が御使を使役する能力自体には何の影響も及ぼさない(国家の認証を受けようが受けまいが、御使と継晶者の間の契約が成立すれば、御使は継晶者の命令に従う)。しかし、世俗的にはこの”名目上の第三の要件”が非常に重要である。多くの場合、この第三の要件としての認証行為は、継晶者となるべき者が、国家から役職や地位を拝命するという形式をとり、結果、継晶者は「御使を使役する者」であると同時に、「国家の名代たる者」という世俗的な地位を併せもつこととなる。継晶者が国家の名代であることは、継晶者が国家の名の下に闘祇へと参加することを意味する。ここで、建前上は「儀式」とされる闘祇に別の色合いが付け加えられる。つまり、広い意味では「御使と御使が闘う儀式」に過ぎない闘祇は、継晶者がそれぞれの帰属する国家の名代として参加することによって、ある国家に属する御使と別の国家に属する御使との闘い、言うなれば「国家対国家の戦い」という意味合いを有することとなる。
では、闘祇が国家対国家の戦いであるなら、その「戦い」は何を賭けて行われるのか。国家の威信、名誉や名声——そういった無形的な目的も皆無とは言えまい。しかし、一つの国家による国家行為として為されるならば、その目的はより実体的で実利的なものが対象とされるであろう。闘祇という「戦い」の目的として最も重要なもの、それは魔導素子である。
魔導素子とは、魔法力の媒体となる機能を持つ物質の総称である。それらは目的や効果によって様々な種類に分類され、代表的な例としては「魔法力を火へと変える魔導素子」や「魔法力によって水を凍らせる魔導素子」などがよく知られている。魔導素子は、御使の身体にも用いられているものと考えられており、それは恐らく「魔法力を力学的な作用へと変換する魔導素子」であろう。
さらに魔導素子は、魔法と魔導の境界を画するものでもあり、水晶の魔法力を直接的に様々な現象へと変換するものが「魔法」、魔導素子を介して間接的に変換するものが「魔導」として定義される。前者の「魔法」は非常に強力であるが、魔法使いにしか使えない。これに対して、後者の「魔導」は、限定的な効果しか生じないものの、魔法使いでなくとも一定の素養と資格があれば使うことができ、また、長大な呪文の詠唱を要しないことなどから扱い自体も非常に簡便かつ容易である。魔導はこの「誰でも簡単に扱うことができる」という特質によって一般庶民の生活とも密接に関わっており、その魔導の必須要素である魔導素子は、”社会の基盤を維持する役割を果たす素材”として、人々の社会生活における様々な場面で利用されている。さらに、工夫次第で産業の推進力ともなり得ること、巨視的経済の面では貨幣価値の裏付け(制度としては確立していないが、実質的な魔導素子本位制に近い)ともなることなどから、魔導素子は事実上「魔法国家の富と力の源泉」とも言える。そしてその故に、魔導素子の保有量は魔法国家の国力に直結する。
ここで、一つの問題が生じる。その重要な物質である魔導素子を、人々、ひいては国家は、どのような手段をもって獲得するのであろうか。
魔導素子は、人のもつ知識や技術によって生成することができない。それを生み出すことができる存在は、水晶のみである。市場に流通し、取引対象となっている魔導素子もあるが、規制によって流通取引の総量は制限されており、国家単位の必要量から考えると、そういった取引市場からの獲得に頼ることは現実的では無い。国家は、魔導素子という重要な資源を、水晶から下賜されることによってのみ得ることができ、そのほかの方法によって得ることは事実上不可能と考えるのが妥当であろう。
この魔導素子の貴重性と希少性が、国家行為としての闘祇の重要性を意味付ける。闘祇とは水晶へ捧げる儀式であり、闘祇での勝利は水晶に対する信仰の証明となる。水晶への信仰を証明すれば、水晶公会議における国家の序列が上昇する。水晶公会議における序列が上昇すれば、その水晶公会議において審理、決定される魔導素子の分配量が増加する。つまり、魔導素子の供給を水晶からの下賜に頼るしか無い国家としては、下賜される魔導素子の総量を増加させることが国家的課題であり、その課題を解決する最も効果的かつ重要な手段として闘祇がある。魔法国家の国力維持に必要な物質である魔導素子の保有量を増加させるためには、闘祇に勝利することこそが最も近道であると同時に、現実的に考え得るほぼ唯一の手段であるとも言っても過言ではない。
以上のように、闘祇の実質は「魔導素子という国家的利益を賭けて、国家と国家が争う」というものであり、それがどのような意味をもつかは最早自明であろう。すなわち、闘祇とは、人と水晶の間の関係では「儀式」とされるが、国家対国家の関係では魔導素子という資源の獲得をめぐる外交の一環、政治政策の一部であり、「擬似的な戦争」とも言える。いや、そこに御使による有形力の行使があるなら、それは当然に甚大な破壊を伴い、その場に居合わせる者は必然、生命の危険に晒される。事実、継晶者として闘祇に臨み、命を落とした魔法使い、傷つき不具となった魔導士は数多い。巻き添えになった無辜の民はそれ以上であろう。破壊と死の現実的な可能性があきらかに存する以上、それは”擬似的”とは言い難い。闘祇とは、戦争そのものに他ならない。
闘祇が戦争そのものであるなら、その「戦争」という高度に政治的な意味合いを孕む問題に、少女の感情が介在する余地はない——本来ならば。しかし、水晶教導会の定める巡礼規定によれば、水晶巡礼において巡礼団としてなされるべき行為の最終決定権は筆頭順位継晶者にある。そして、イルシオ王国巡礼団の筆頭順位継晶者はミコトネである。したがって、イルシオ王国の名代として闘祇に臨むためには、ミコトネの同意または承諾が必要、ということになる。さらに、フレアの考えでは、西域協定に基づき一定の安全を保障された——それでも危険であることには変わりないが、協定が無いよりは余程マシである——条件の下で闘祇を行うことのできる機会は、周辺諸国の事情から鑑みて、恐らくこれが最初で最後となる可能性が高い。今この時が、”演習”または”練習試合”として闘祇を行うことのできる唯一最後の機会というわけである。フレアとしては、何としてもミコトネを説得して闘祇の承諾を取り付けたい。
「ここで危険を先送りすることは得策ではない。むしろ先送りするほど危険はより大きくなる。それは客観的にみても明らかだし、君も解っているはずだ。戦うべきだと、私は思う。」
「……。」
フレアの説得の言葉に、ミコトネは黙ったままうつむく。頭では理解しているが故に反論できないのだろう。望まずも突き付けられた「戦う」という選択肢に迷いと戸惑いを隠せない彼女は、その「戦う」ことの意味と、かき消せない恐怖心との葛藤に苦しんでいるようでもある。
(——まぁ、無理もないよなあ。)
つきそうになったため息を飲み込みながらフレアは思った。イルシオ王国四大公家の一つ、フラム家の公姫であるフレアは、物心のつく、いや、生を受けた瞬間から王位継承権争いの暗闘の渦中にあり、常に生命の危険と隣り合わせの境遇の中で育った。それ故フレアには、年齢に似つかわしくないまでの達観のみならず、事あらばいつ何時でも戦うという覚悟が既に身に付いている。だがミコトネはほんの少し前まで、魔法使いを目指す、特に目立たない普通の学生の一人に過ぎなかったのだ。それが、ある日突然、継晶者として指名されたかと思うと、半ば強制的に水晶巡礼へと送り出され、それだけでなく、国家の名代として闘祇に挑むという使命までも押し付けられてしまった。自らの意思に関わりなく押し付けられた”使命”などで、危険な戦いに身を投じる意味を見出せようはずもない。戦いに意味を見出せなければ、恐怖心が先に立つのも無理からぬことであろう。そして、そういった感情が優先しがちなミコトネを説得することは、知に優れるが故、やや理に偏るきらいのあるフレアにとってなかなかに難しい。
(もう少し合理的に物事を判断できるようになってもらいたいものだが。)
瑣末な事項なら得意の弁舌で説き伏せてしまうところである。しかし重大な決定を下すべき場面ではそうもいかない。これから臨むであろう闘祇は、建前として儀式の体裁をとっているが、事実上の戦闘行為である。それはフレアとミコトネだけでなく、この場にいる誰もが認識しているとおり、間違いなく危険な戦いであり、場合によっては死を覚悟しなければならない。その戦いに身を投じるという選択にあたり、形式や責任が問題となるのは当然だが、そんな事より最も重要なのは、ミコトネ自身の決意なのだ。
(——私のやり方ではちょっと無理かな。)
フレアは思った。ミコトネの決意を促すには、合理的な判断とは違う、別の何かが必要らしい。そしてフレアは、隣に立つユキに目配せを送る。ユキもミコトネとの付き合いが長いわけではないが、この巡礼に出るまでの経緯を踏まえるなら、ミコトネのことをより理解しているのは、自分ではなくユキの方だろう。
目を合わせたフレアの視線からその意図を察したユキは、頷く代わりに目を伏せ、暫し考えるような仕草をした後、ミコトネの方を見た。そして、ミコトネの心情を気遣うように——気遣う素振りを見せる気はないのだが、ユキも器用な方ではない——努めて優しく、ゆっくりとした口調で切り出した。
「怖がる気持ちは理解できるし、できれば戦いを避けたいというのもわかるわ。」
ミコトネはテーブルの上に目を落とし、俯いたまま黙っている。ユキは続けた。
「だけど”西域の門番”とも言われるウィトアールが、私たちを黙って通してくれるかしら。通り過ぎようとしたところに、もし不意打ちを仕掛けられたらどうなって?私たちだけじゃなく、技工科の皆さんまで危険に晒すことになる——そうよね、マキナさん?」
ユキはそう言って、視線をミコトネからテーブルの向かい側に立つマキナへと移した。ミコトネも、ユキの言葉に何か思い至るところがあったのか、ハッとした表情でマキナの方を見る。
「へ?」
ユキにいきなり話を振られて、少し慌てたマキナは目を白黒させた。技工科生であるマキナは、継晶者でもなければ魔法使いでもない。したがって巡礼の諸事についての発言権は無く、この場には立会人として同席しているに過ぎない。そんな自分に話が飛んでくるとは思わなかったのだろう、普段は多少のことに動じないマキナが滅多に見せない素振りではある……が、すぐに落ち着きを取り戻すと、気恥ずかしげにケホンと軽く咳払いしつつ、いかにも下町育ちを感じさせる、持ち前の歯切れのいい口調で答えた。
「いや、私らのことはいいんだ。」
気の強い技工科生をまとめているだけあり、姉御肌のマキナは一家の親分的な気っ風の良さをもっている。そして、それだけではなく、彼女の声音にはどこか”母親”を思わせる、人を励ます響きがある。
「こっちだって危険なのは覚悟してる。余計な気遣いはいらないさ。それにみんな、ミーコが好きだからついてきたんだ。ミーコの思った通りにすれば、誰も文句は言わない。」
マキナの言葉は、技工科生全員の言葉だ。そこには互いの信頼関係と固い結束がある。技工科生ならば皆、マキナと同じ気持ちであり、誰がこの場にいても皆、マキナと同じことを言うだろう。
陸上船アルカエリスは、王立魔法学院の魔導技術工学科(通称”技工科”と呼ばれる)に所属する学生たちによって運用されている。市民階級の生徒で構成される技工科は、貴族の子女で占められる魔法本科とは、身分の違いから疎遠であり、反目すらしばしば見られる。有り体に言えば、極めて険悪である。しかし、辺境の農村に生まれ育ち、イルシオ王家との遠い血縁があるというだけで魔法学院の本科生となったミコトネは、本科の空気に馴染めなかったこともあり、心情的に技工科生たちと通じ合うものがあった。そのなかでも特にマキナは、年上ではあるが親友とも言える間柄である。
マキナは、皆がミコトネのことを好きだと言った。マキナたち技工科生は言葉を飾らない。マキナたちの「好き」には理由も原因も動機もないが、それは”単純”や”純粋”といった形容で片付けるべきものでもない。表現としては簡潔でありながら、心の奥底、精神の根源にあるものを映し出した、彼女たち自身の言葉だ。だからこそ、その言葉には力がある。
ミコトネは思う。ミコトネも技工科の仲間たちが好きだ。だから、マキナの言葉は嬉しい。そして、その友人たちを守りたいと思うなら、自分が逃げ出すことだけを考えていてはならないはずだ。
敵からの不意打ち——先程のユキの言葉についても、ミコトネは改めて考える。闘祇が建前どおりの「儀式」なら、祓い、禊など定められた手順を踏んだ上で、正当な手続に則り、御使と御使との闘いが開始されるだろう。しかし、闘祇の実質が「戦い」に他ならないならば、そういった手順や手続を一切無視した”奇襲”を受ける可能性も十分に考慮に入れておく必要がある。さらに、この地で待ち構えるウィトアール共和国は国家として”脱魔導政策”を推進しており、水晶に対する信仰心も、水晶の意思の執行機関たる水晶教導会に対する従属意識も、極めて低いと言われている。そのウィトアールが、水晶教導会の定める水晶巡礼の規律を厳格に遵守すると考えるのは楽観的に過ぎる。何より、ユキの言う通り、敵から不意打ちを受けたとき、危機に陥る可能性が最も高いのはアルカエリスに乗組む技工科生の仲間たちだ。
ミコトネは、ただ恐怖に囚われ大切なことに気付きもしなかった自身の迂闊さ、そして弱さを顧みる。中原の聖都オウリへと向かう水晶巡礼は長く危険な道程だ。危険な旅路に力を貸してくれている仲間たちを、さらなる危険に晒すわけにはいかない。その思いがミコトネを奮い立たせる。
ミコトネは顔を上げ、フレアを見た。
二人の目が合う。
フレアは黙って頷く。
言葉は必要ない。
今、ミコトネの眼差しには決意がある。
(続く)




