選択
――意識が、深い水の底へと沈んでいく。
遠くで誰かが呼んでいる気がした。
だが、その声は届かない。
代わりに――熱があった。
燃え盛る炎の中に、レオンは立っていた。
足元は赤く脈打つ溶岩。
空は割れ、火の粉が雪のように降っている。
「ここは……どこだ……?」
声を出したはずなのに、響きは自分のものではなかった。
「我の内だ」
低く、重く、世界そのものが喋ったかのような声。
振り向くと、そこに“それ”はいた。
巨大な影。
炎で形作られた王のような存在。
角を持ち、燃え続ける瞳でレオンを見下ろしている。
「……お前が……イフリート……?」
「そうだ。我は魔炎。破壊と浄化の象徴。
そして――お前の中に宿る者だ」
レオンは歯を食いしばる。
「……返せよ……」
「何をだ?」
「俺の身体だ!!」
叫んだ瞬間、炎が爆ぜた。
「勝手に入り込んできて、好き勝手暴れて……!
あれは俺じゃない!!」
イフリートは、わずかに目を細めた。
「違うな」
一歩、踏み出す。
その動きだけで空間が歪む。
「力を望んだのは貴様だ。
復讐を願ったのも、怒りに身を任せたのもな」
言葉が、胸に突き刺さる。
「……違う……」
「違わぬ」
炎の腕がレオンの胸を指す。
「貴様は“知りたい”のだろう?
なぜ親が殺されたのか。
誰が奪ったのか。
どうすれば――奪い返せるのか」
レオンの視界が揺れる。
「……俺は……」
拳が震える。
「……知りたい……」
「ならば力を受け入れろ」
炎が渦を巻く。
「ただし代償はある」
イフリートの顔が、目の前まで迫る。
「我を抑えきれねば――貴様は消える」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがてレオンは、ゆっくりと顔を上げた。
「……いい」
その瞳に宿るのは、恐怖ではなかった。
「それでもいい。
俺は――逃げない」
炎が、一瞬だけ静まる。
「……ほう」
イフリートが笑った。
「ならば契約だ、小僧」
炎が鎖のように絡みつき、レオンの腕へと刻印を刻む。
焼けるような痛み。
だが、レオンは叫ばなかった。
「名を言え」
「……レオン……レオン・アルヴェル」
「覚えたぞ、契約者レオン」
次の瞬間――
世界が砕けた。
――――――
「……っ!!」
レオンは勢いよく目を開けた。
湿った石の匂い。
暗い天井。
地下水路だ。
「目ぇ覚めたか」
すぐ横で、あの銀の仮面の男が壁にもたれていた。
「……俺……」
身体を起こそうとした瞬間、腕に激痛が走る。
見ると、右腕に赤黒い紋様が刻まれていた。
まるで燃え続けているかのように、かすかに脈打っている。
「……それ、契約印だな」
男が静かに言う。
「やっぱりか……完全に“適合”したな、お前」
レオンは息を呑む。
「……さっきのは……夢じゃないのか……?」
「夢で済めば楽だったろうな」
男は肩をすくめる。
「仮面はな、“意思”を持ってる。
強い奴ほどな」
しばらく沈黙が流れる。
やがてレオンは、小さく呟いた。
「……教えてくれ」
「何を?」
「父さんと母さんを殺した奴ら……
あいつらは何なんだ」
銀の仮面の男は、少しだけ視線を逸らした。
そして――ゆっくりと口を開く。
「……王国直属の“仮面管理局”」
空気が変わる。
「仮面を危険視してる連中だ。
表向きは“秩序の守護者”」
一拍置いて、
「裏では――仮面を独占してる」
レオンの瞳が揺れる。
「……じゃあ父さんは……」
「恐らく、“隠してた”んだろうな。
仮面の研究か、あるいはそれ以上の何かを」
拳が強く握られる。
「……だから殺されたのか」
「そういうことだ」
沈黙。
だが今度のそれは、重さが違った。
レオンはゆっくりと立ち上がる。
足はまだ震えている。
それでも――立った。
「……俺、行くよ」
男が眉をひそめる。
「どこに?」
「決まってるだろ」
レオンの瞳が、赤くわずかに光る。
「全部、ぶっ壊す」
地下水路に、熱が満ちる。
「仮面管理局も……
親を殺した奴らも……」
その言葉の奥で、もう一つの声が笑った。
――いいぞ、それでこそだ
レオンは一歩、踏み出す。
「……やめるなら今だぞ?」
銀の仮面の男が、試すように言う。
レオンは振り返らない。
ただ一言だけ残した。
「やめる理由がない」
静寂。
やがて男は、ふっと笑った。
「……気に入った」
彼はゆっくりと立ち上がり、レオンの前に回り込む。
「でもな、そのまま突っ込めば確実に死ぬ」
レオンの視線が鋭くなる。
「……だから何だ」
「復讐したいなら、やり方を選べってことだ」
一歩、距離を詰める。
「俺はカイル。元・仮面管理局所属だ」
「……!」
「そして今は――あそこに逆らう連中と組んでる」
わずかに間を置いて、
「お前みたいな奴を、何人も見てきた」
カイルはレオンの腕の紋様を見る。
「力はある。だが使い方を知らなきゃ自滅する」
レオンは黙る。
「来るか?」
その一言は、軽いのに重かった。
「俺たちのところに。
仮面と戦う側の人間として」
沈黙。
やがてレオンは、ゆっくりと顔を上げる。
「……そこに行けば」
「力の使い方や戦い方を教えてやる
真実も分かるかもな」
レオンの拳が、わずかに震える。
そして――
「……案内しろ」
カイルが小さく笑う。
「いい返事だ」
そうして二人は歩き出した




