第8話 目覚めた闇
彩花と翔太は、市議会の建物を後にして、しばらく黙って歩き続けた。杉本市議の言葉が胸に響いていた。彼の言った「代償」という言葉が、何を意味するのか、彩花にはまだ完全には理解できなかったが、ひとつだけ確かなことがあった。彼女は今、深い闇の中に足を踏み入れた。そして、その闇を暴くことで町を救うために戦わなければならない。
「翔太、私たち、次に何をすればいいんだろう?」
彩花が低い声で尋ねた。
翔太は数歩先を歩きながら考え込んでいたが、やがて振り返って答えた。
「今は手に入れた証拠をさらに深堀りするべきだと思う。あの契約書に関する情報をもっと探さないと。それから、もっと詳しい資料がどこかにあるかもしれない」
「でも、あの契約書でかなり重要な事が分かったよね。あれが示す『力』の正体を突き止めれば、私たちの戦いが有利になる」
彩花は言いながら歩みを速めた。どこかで息が詰まりそうな気がしていたが、それでも進まなければならないという気持ちが強かった。
その時、翔太が突然立ち止まった。
「彩花、ちょっと待って」
言われて、彩花も足を止めた。
「どうしたの?」
翔太は少し緊張した表情を浮かべ、周囲を見渡した。
「今、僕たちは何かを見逃している気がする。僕たちが追っている情報には、まだ何か隠された部分がある。あの契約書だけじゃ、真実をつかむには足りない」
彩花は黙って彼を見つめた。翔太が何を言いたいのか、なんとなく感じ取った。
「つまり、もっと別の証拠が必要だということ?」
「その通り。でも、どうやってそれを手に入れるか、少し考えないと」
翔太はそう言って、再び歩き始めた。
二人は急ぎ足で、翔太が言うところの「次の手がかり」を探し続けた。だが、その途中でふと、町の旧市街地を通りかかることになった。ここは何年も放置された古い建物や、使われていない倉庫が並んでいる場所だ。普段は誰も足を踏み入れることがないような場所であり、彩花はどこか不安を感じながらも足を進めた。
「ここ、前にお父さんと一緒に来たことがあった気がする」
彩花はつぶやいた。
翔太は興味を示して立ち止まった。
「本当に?」
「うん、確か。お父さんがこの辺りのことを気にしていた時期があったんだ」
彩花は遠い記憶を辿りながら言った。
「でも、何があったんだろう? 覚えていないけど、家に帰った時にはもう、あまりその話をしなかった」
「何かがあるかもしれないな」
翔太は一歩前に出た。
「あの契約書にも、町の古い土地に関する記録が書かれていた。それに、この辺りにはもう誰も住んでいない」
二人はそのまま、旧市街地の一角にある倉庫の前に立ち止まった。扉は錆びていて、開けるのも一苦労だったが、翔太が力を込めて押し開けると、そこには埃と古い書類が散乱していた。
「ここだ」
翔太は、薄暗い中で一番目立つ場所にある大きな木箱を指差した。
「この中に、何か重要な証拠が隠されている気がする」
彩花は心臓が跳ねるのを感じながら、その箱に近づいた。翔太と共に箱を開けると、中から古びたファイルがいくつも出てきた。中には過去の土地契約書や、町の不動産に関する記録がぎっしり詰め込まれていたが、何よりも目を引いたのは、一冊の手帳だった。
「これ……お父さんの物と同じだ」
彩花は震える手でその手帳を取り出した。表紙に書かれた名前を見て、胸が締め付けられた。
翔太は手帳を覗き込んだ。
「それって、君がずっと持っていた物と同じだよね? お父さんの物なのかい?」
「そうだと思う……でも、どうしてこんな場所に?」
彩花は手帳を開いた。そのページをめくると、そこにはお父さんが最後に書いたと思われるメモがあった。
「25年前、君が知らない秘密がここに隠されている。真実を暴けば、全てが壊れる」
そのメモを読んだ瞬間、彩花は全身に冷たい汗が流れるのを感じた。お父さんは、町を守るために何かを決して公にできない理由があったことを示唆していた。その「壊れるもの」とは一体何なのか?
「翔太……これ、やっぱりただ事じゃない」
彩花は震える声で言った。
「お父さんがこの手帳に残した最後の言葉……それが意味することは、私が思っている以上に大きな問題よ」
翔太もその言葉の重みを感じ取っていた。
「それじゃ、君のお父さんが最後に守ろうとしていたものは、家族や町の未来だけではないかもしれない」
「私、これからどうすればいいんだろう……」
彩花は深い悩みを抱えながら呟いた。
その時、何かが背後で動いたような気配がした。二人が振り向くと、闇の中から人影が現れた。
「……誰だ?」
翔太は警戒しながら声を上げた。
「25年周期の奇跡はあったのかもしれないが、君たちは来るのが遅すぎた」
その声は、まるで自信に満ちた者のように響いた。現れた人物は、見覚えのある顔だった。
「杉本市議……?」
杉本は冷ややかな笑みを浮かべていた。
「君たちが調べるのはここまでだ。すべてはもう終わっている」




