第6話 闇の中の光
町の真実に近づけば近づくほど、彩花の心は重くなっていった。父が遺した秘密、そして町を守るために彼が選んだ「犠牲」の意味。それらが交錯する中で、彩花は自分が今、どんな選択をすべきか、まだ答えが見つけられないでいた。しかし、確かなことが一つだけあった。父の意志を引き継ぐために、もう逃げられないところまで来てしまったのだ。
翌日、翔太と彩花は再び市役所に向かい、町の有力者たちが関与していたと思われる犯罪の証拠を集めるために動き出した。だが、二人の心の中には不安が芽生えていた。それは、この事実を公にすることで、町が壊れてしまうのではないかという恐怖だった。
市役所の資料室で、翔太はひたすら過去の議事録や企業の契約書を調べ続け、彩花も父の手帳と照らし合わせながら一つ一つの証拠を確認していた。その中で、ようやく一つの決定的な手がかりを見つけることができた。
「これだ」
翔太は手に持った紙を、彩花に差し出した。それは、再開発計画の企業との契約書のコピーだった。契約書の最後には、企業の代表者が署名した日付と共に、「支払い予定額」の欄が記載されていた。その金額は、町の予算を大きく超える額であり、その資金がどこから来ているのかは不明だった。
「この金額、普通じゃないよな。町の予算を遥かに上回る額が、再開発のために流れる予定だった。この契約が本当に進んでいたら、町はどうなっていたんだろう?」
「おそらく、町の土地は一部を企業に売り渡され、私たち町民はその犠牲になっていたのだと思う」
翔太の疑問に、彩花は重い声で答えた。
「でも、それだけじゃない。父が言っていた『選ばなければならない道』の意味が、これに関係している」
翔太は眉をひそめながら、彩花を見た。
「君のお父さんが止めたのは、この契約そのものだったんだ。だからこそ、計画は中止された。でも、何があったんだろう? 誰が、何のためにこんな契約を進めようとしていたんだ?」
その問いに、彩花は無言で手帳を開いた。父の手帳の中には、彼の決断の理由が少しずつ明かされていた。父が関わった経済的なやり取り、そして再開発計画を進めることで町に与えられる負の影響。そのすべてが「選択」を強いられることになる。彩花は、父がその選択を「奇跡」と呼んだ理由を、少しずつ理解し始めていた。
「翔太、私たちが今できることは、この契約書の背後にある『資金の流れ』を追うことだと思う」
彩花は、強く言った。
「この町の有力者たちが関与しているなら、彼らの手にかかれば、私たちの生活は簡単に破壊される。だから、今のうちに証拠を集めて、町を守るために戦う」
翔太は一瞬躊躇したが、やがて頷いた。
「でも、警察やメディアに渡す前に、僕たちが注意深く調べないと、証拠が消されてしまうかもしれない。何か証拠が手に入ったら、慎重に動く必要がある」
「その通り」
彩花は息を呑んだ。
「でも、もしも……私たちが証拠を掴んだとして、それを公にしたとき、町の人々はどう思うだろう? こんな恐ろしい事実を知って、どう受け止めるんだろう?」
翔太は静かに答えた。
「僕は、君のお父さんが選んだ道を信じているよ。あの時、彼が選んだ『奇跡』が、今度は僕たちに託されている」
その言葉に、彩花は強い決意を抱いた。父が選んだ道、そしてそれを守るために戦った「奇跡」が、今、目の前にある。彼女はもう一度、手帳を見つめ直しながら思った。この町の未来を守るために、真実を暴かなければならない。
夜、彩花の家。
彩花と翔太は、再開発計画に関するすべての資料をまとめ、次の手を考えていた。しかし、次第に空気が重くなっていった。彩花は、一度立ち止まり、父が残したメモを再び読み返していた。
「君が守るべきものは、町の未来だ」
父が書いたその一行が、今もなお彩花の心に響いていた。
「翔太、私たち、このまま進んでいいんだよね?」
彩花は不安そうに尋ねた。
翔太はその質問に対して、静かに答えた。
「進むべきだ。父さんが選んだ道を、君が引き継ぐんだ。君が選ぶ道が、町を救うんだよ」
その言葉が、彩花の心を決定的に後押しした。翔太が自分を信じてくれることが、何よりも力強い支えだった。
彩花は決意を新たに、翔太に向き直った。
「ありがとう。私、やっぱり行かないといけない。父が守ろうとした未来を、私が守らなきゃ」
その言葉に、翔太は優しく微笑みながら頷いた。
「君が選ぶ道を、僕も支えるよ」
翌朝、町の中心街。
彩花と翔太は、町の中心にある老舗のカフェで待ち合わせをしていた。ここで町の有力者の一人、杉本市議と会う約束をしていた。杉本市議は、再開発計画を推進していた主要な人物であり、その背後には他にも多くの影響力を持つ人物が関与していると噂されていた。
「杉本さんに私たちが知っていることをすべて話す」
彩花は心の中で固く決意をした。
翔太はそっと彩花に言った。
「怖がらないで。僕がついている」
その時、二人の前に杉本市議が現れた。彼の表情は穏やかだったが、その目には何か隠されたものがあるように感じられた。
「君たちが何を知りたがっているのか、分かっている」
杉本市議が冷静に言った。
その一言に、彩花は全身が凍りつくような気がした。




