第2話 25年前の記憶
朝日が町の静かな街並みに差し込み、日常がいつものように始まる。彩花は図書館の一角で、昨日から気になっていた「25年周期の奇跡」という本を再び手に取った。
昨日篠田陽一から聞いた話を思い出しながら、さらにページをめくる。父親の失踪と「奇跡」の関係について知ることができるかもしれない、と心の中で確信が強くなっていた。
町の歴史やその背後に隠された出来事が次第に鮮明に見えてきた。ページをめくるたびに、何度も立ち止まり考えさせられる言葉があった。
特に「25年周期」の記述が異常に詳細で、毎回その周期に何か重大な出来事が起こるという事実が繰り返し強調されていた。
その日は静かな午後だったが、彩花は不安な気持ちを抱えていた。父親が失踪した25年前、町で起こった出来事にはきっと何か深い意味があるはずだ。それを知りたくてたまらなかった。
「おはよう、彩花ちゃん」
その声に振り返ると、加藤美沙がカフェのバイト終わりにやってきていた。美沙は彩花の親友で、昔からの付き合いだ。町の小さなカフェで働きながら、町の噂話や過去の出来事に詳しい。
「お疲れさま、美沙。どうしたの?」
彩花は軽く微笑んで尋ねた。
「うーん、ちょっと気になることがあって。彩花は、町のことを調べてるんでしょ?」
美沙は少し遠慮がちに言った。
「うん、少しね」
彩花は手に持っていた本を彼女に見せた。
「この『25年周期の奇跡』っていう話を調べてるんだけど、どうも父の失踪と関係がありそうなんだ」
美沙は驚いたように目を見開いた。
「この町で昔起きたこと……って言うと、あの再開発計画のこと?」
彩花は目を細め、うなずいた。
「そう。父はその計画に関わっていたらしいけど、何も言わずに失踪してしまった」
美沙はしばらく黙った後、ゆっくりと言った。
「実は、あの再開発計画には町を支配するような大きな力が絡んでいたって話を、誰かから聞いたことがあるわ。あまり表に出ないようにしてたけど」
「どういうこと?」
彩花の興味はさらに深まった。美沙は思い出すように考えながら、隠し事はせずに答えた。
「私も詳しくは知らないけど、当時は町のリーダーたちが推進していた計画で、地元の土地を売ることで町を発展させようとしてたみたい。でも、何かがあってそれが反対されて……その後、計画自体が頓挫したんだって」
彩花はその言葉を咀嚼しながら、次に口を開いた。
「でも、計画が頓挫した理由は誰も教えてくれなかったし、父もその後失踪してしまった。それが「奇跡」とどう関係するのかが分からない」
美沙は少し考えてから言った。
「でもさ、25年前にその計画が終わって、町の運命が変わったって聞いたことない?」
「町の運命が変わった?」
彩花はその言葉に反応した。
「うん、確か……町に大きな企業が進出して、少しずつだけど繁栄していったって。だからその後から、町の景色も少しずつ変わっていったんじゃないかな」
美沙は眉をひそめながら続けた。
「でも、計画が頓挫した後に、何か大きなことがあったはずなんだよね」
彩花はその話を胸にしまい込んだ。美沙の言うことは、何か真実に近いかもしれない。再開発計画が失敗した理由をもっと深く掘り下げる必要がある。
その後、彩花は町の古い記録を探すため、篠田陽一のもとへ向かうことを決意する。陽一ならば、当時のことを知っているかもしれないからだ。
夕方、篠田陽一の家。
篠田は家の庭でゆっくりと草木の手入れをしていた。彩花が訪れると、彼は軽く笑いながら迎えてくれた。
「来たか、彩花ちゃん。どうだ、調べ物は進んだか?」
「はい、いろいろと……でも、まだ謎が多いです」
彩花は自分の胸の中で湧き上がる疑問を伝えた。
「再開発計画の詳細をもっと知りたいんです。その計画の裏に、何か秘密があった気がして……」
篠田はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「25年前、君の父親がその計画に深く関わっていた。そして、彼が計画を止めようとしたことが、この町の運命を大きく変えることになった」
彩花は息を呑んだ。
「どうして父は計画を止めようとしたんですか?」
篠田は短く答えた。
「それは、君の父親が町を守るために、命を賭けていたからだ」
その言葉に、彩花はただただ圧倒され、しばらく黙っていた。父親が何を守ろうとしていたのか、その答えを見つけなければならない。彼の失踪の真相と、25年前の「奇跡」の謎を解くことこそが、今の自分にできることだと強く感じていた。
「お願いです、もっと教えてください。父が何をしていたのか、どんな選択をしたのか……」
篠田は深いため息をつき、少し視線を逸らした後、静かに言った。
「君が本当にその真実を知りたいのなら、一つだけ伝えておくべきことがある」
彩花は心を決め、篠田を見つめた。
「25年前、君の父親は『奇跡』を選んだ」




