墓標 補足
Q1. 何故セックスとは墓標に過ぎないのか?
墓標とはシグナルです。墓標とは墓標以外の何物でもありません。墓標に夢を見るのは構いませんが、結局それはただの目印に過ぎないのです。それと同様にセックスもシグナルです。ただの記号に過ぎません。それが生を模っていようが、死と隣り合わせであろうが問題ではありません。それらはまやかしなのです。墓をほじくり返しても何も生まないように、セックスをひっくり返して机の上に中身を羅列しようとしてもうまくいくはずがありません。それらは空っぽなのですから。
Q2. 何故彼は君の2割であり、君は彼の2割だと言ったのか? そして何故彼は人間の大部分は墓標で出来ていると言ったのか?
彼の身体には記憶が凝集されているからです。そしてそれらの多くはどこから来たのかも分からず、そしてどこへ行くのかも分からないのです。それらをまとめて明示的に墓標という記号を与えたのです。彼と私はそのうちの多くを共有しています。共有という呼び名は正しくはないですね。ひとつをふたつとして分割して持ち合わせています。そういった意味で、彼とは私やその墓標であり、私とは彼とその墓標であると言えるのです。
Q3. 何故墓標の下には何も眠っていないのか? それらは何故空っぽなのか?
空っぽなんじゃありません。彼には「それ」を見つけることが能わなかった、ただそれだけです。
Q4. 何故彼女は山で見つかったのか?
彼女は山なのですから当たり前でしょう? もし仮に海で見つかれば海ですし、道路で見つかれば道路だったでしょう。彼女とはひとつの記憶なのです。「もの」の記憶。しかし、我々が思い出すような類のものでは決してありません。我々が認知するまでもなく彼女はそこにあるでしょう。
Q5. 何故彼は泣いていたのか?
彼女が山だったからです。彼は彼女が山であることを受け入れられず打ちひしがれていました。あなたにもそのことが分かるでしょう?
Q6. 何故彼は祈っていたのか?
……。
Q7. 何故彼は葬儀に参加しなかったのか?
儀式はその時、彼にとって何ら意味を為さなかったのです。形骸化した空虚な儀式なんて何の意味もない……。少なくとも当時の彼にとってはどんな儀式も記憶も風景も色や形を失っていたのでしょう。
Q8. 何故彼は祈り続けたのか? 何故彼は5年もの間祈り続けたのか?
彼は答えを探し続けました。彼女が失われたその理由を問い続けました。そして、彼は……。
Q9. 何故彼は墓を荒らしたのか?
何となくですよ。何となく。彼は墓に時々行っていたのだと後から聞きました。でもその度に手を合わせることもなく逃げるように去っていったそうです。足がガクガクと震えていて、足取りは覚束なく、顔色はすこぶる悪く今にも倒れそうなぐらい真っ青だったようです。そのことが彼に負い目を感じさせたのかも知れません。私は彼のことがちょっとだけ分かります。きっかし2割ぐらい。でも、詳しいことは分かりません。彼に直接聞いてみて下さい。たぶんまともには答えてくれないでしょうけど。酷く婉曲した形でなら。それを聞いて満足するかどうかは分かりません。
Q10. 何故彼は彼女の遺品に手をつけなかったのか?
興味なかったんでしょう。その時は。まさか思いもしませんよね。そこに、もちろんそこである必要は全くないですが、我々の仕方とは別の形で彼女が眠っている、だなんて。
Q11. 何故彼は彼女の墓を掘り返したのか?
探していたんでしょう。「何か」を。何かとは何かって? 何でしょうね。分かりません。彼女の幻影なのかもしれません。会えるとでも思っていたんでしょうかね、彼は。まぁ、そうでもしないとそんなことはしないでしょうからね。
Q12. 彼はそこで何を見つけなかったのか? 何を見つけられなかったのか?
墓石ですかね。あと墓か。
Q13. 何故彼は墓石に当たったのか?
それが墓石では無かったからです。彼の慮るところの。それどころか彼はものすごい可能性にぶち当たりました。墓が墓ではない事に。彼の思念した彼女が彼女ではない事に。墓標が墓標ではない事に彼は気付いたのでしょう。
Q14. 何故彼女の墓は彼の知らない土地に移されたのか?
そうした方が良いと誰かが考えたのでしょう。そうしなくとも、彼の方から勝手に離れて行ったのでしょうけど。彼の求めるものはなかったのですから。そこに亀のように齧り付いていても仕方ありませんし。
Q15. 彼は5年もの間何を祈っていたのか? 何故5年後になって墓を荒らしたのか? 彼にどんな変化があったのだろうか?
う〜ん。私の口から言えることはそんなに多くないですが、ひとつだけ。彼はもともとそうでした。そんなに変わっちゃいません。今この瞬間にどこかの墓を荒らしているとしても何ら不思議はないでしょう。だからどちらかと言えば変化があったのは彼女の方です。彼女って誰かって? もちろんあの彼女です。そうですそうです。でも彼女は死んでいるって? それが何か問題でも?
Q16. 何故彼は性に溺れたのだろうか?
溺れたくなったのでしょう。浮上することに疲れて何物かの中に埋没したくなる時ってありますよね? たまたまその時期がそうだったのでしょう。依存するのに理由が必要ですか? どこに行ったって、何をするにしたって結局何かに依存しているのだから余り変り映えしませんよね?
Q17. 何故彼は祈るのを辞めたのだろうか?
あ〜、彼は別に始めから祈ってなんていなかったんだと思います。ただ出口を探していた。もがくために祈り、祈る度にもがいていた。ただそれだけです。なので別に大した理由なんてないと思います。ましてやあなたが納得できる理由なんて。……それって彼にとって重要だと思います? いや、あなたがそう思うならおそらくそうなんでしょう。あなたもまた彼の内の2割を「所有」していますから。
Q18. 何故彼は生き存えたのか?
それは私も不思議です。何でなのでしょうね。生きたい者はコロっと死ぬのに、死にたい者はなかなか死ねない。神様もなかなかに捻くれていますね。
Q19. 彼は享楽に耽っている間、何を思っていたのか?
なんだかんだ楽しんでいたんじゃないですか? 最高潮に達していてもおかしくないですよね。案外ノリノリだったりして。まあそんなはずはないんですけどね。ちょっとこればっかしは想像したくないですね。想像するに余りあるほどの地獄だったはずです。だって想像できますか? 翼をもがれたイカロスが深く暗い海の底で何を思うのかなんて。
Q20. 何故彼は退廃的な日々の中で行為の最中に、失われた祈りを見つけることができたのか? 彼は何を見つけたのか? 長い祈りの中でも刹那的な墓荒らしの最中でもついぞ見つけられなかったものが、一体何故退廃的なセックスの中で見つけられたのか?
彼はセックスがセックスにあらず、セックスとは墓標に過ぎないということが分かりました。そして彼はまたしても何も見つけられなかったのです。墓を荒らしたときと全く同じように。しかし今度は状況が少し違いました。彼は絶望の縁にありました。そこで彼は出会いました。彼女ではない彼女に。その不能が彼を文字通り甦らせたのです。彼がしきりに蘇らせたがっていた彼女ではなく彼自身を。それは出口に手をかけて初めてノックされる類のものなのです。セックスも墓標もそして彼女ですらもただの穴に過ぎないのです。ぽっかりと空いた穴。穴。穴。穴。深く暗い澱んだ穴。深淵まで覗き込めそうなほど底なしで、手の届きそうなほど間近に暗闇があるのです。それでいてそこから何かを得ることなど誰にも出来やしないのです。それほどまでに空虚な穴。空っぽなんですよ。まさしく空っぽ。トンネル。洞穴。それはいわば記憶の通り道なのです。私ならざるものから私を介在して私ならざるものへと至る道です。彼女が依代なのではなく、彼が彼そのものが依代だったのです。過去が依代なのではなく、今がその依代なのです。彼は何も見つけられなかったという事を通して逆説的にその事を発見しました。
Q21. 彼は祈る事で救済されたのか? 彼はセックスで救済されたのか?
その瞬間だけは、救済されたのでしょう。それだけは確かです。祈りとは持たざる者の誓いなのです。それがもしも永遠に持続すると思うなら彼は末永く救済されるのでしょうし、それがその瞬間だけだと思うなら彼は救われてはいないでしょう。
Q22. 彼の祈りはどこに向かって捧げられたものなのか?
どこ……? どこってどこですか? 彼にとって場所はもう意味を為しません。空間は消失しました。空間ですらもただの飾りに過ぎません。あるのは朧げな記憶だけです。
Q23. 何故墓標は出口だと思うものの入口であり、入口だと思うものの出口なのか?
彼は出口に立っていたと思いますか? それとも入口に立っていましたか? 出口だと思うから入口になるのであり、入口だと思うから出口になるのです。セックスも墓標も彼女も、そして彼もみな同じ事ですよ。
Q24. 何故そこに、そこだけに時間が存在するのか?
時に老人が赤ん坊に、赤ん坊が老人に見えるのと一緒です。それは記憶の入れ物です。容器。器。時間というのは他者との関わりによって、あるいは隔たりによって息を吹き返すのですから。
Q25. 何故彼はその事を妬ましく、感慨深く感じられたのか?
彼は記憶を憎んでいましたが、それと同じぐらい愛してもいました。時間の出現を目の当たりにして彼は自身の空虚さを思い知らされました。しかし、その埋められることのない穴こそが記憶の凝集する裂け目である事にも気が付きました。彼の拭い去りようのない傷がその事を告げたのです。
Q26. 何故それらはタイムマシーンなのか? 何故セックスとは墓標に過ぎないが、それらはタイムマシーンであると言えるのか?
過去と現在は完全に等価であり、時間は進むべき方向を見失いました。その無秩序な広がりがタイムマシーンなのです。それらはどこか遠くの、無限に思えるほど離れたとある一点に凝縮し得るでしょう。そしてそれはセックスの最中に、墓標の裏側に、彼と彼女の記憶の隙間に、私とあなたのちょうど真ん中にその姿を現すでしょう。




