第9話 キャバ嬢の研究室
春は「女は愛嬌、喋れない女はいらない」とでも言いたげにルナを見た。
黒服が一歩前に出る。
終わった――そう誰もが思った瞬間。
「……ダム、好きですか?」
ぽつりと落ちた言葉に、客が顔を上げた。
「なんでわかった?」
「スマホの画面。私も好きで、最近奈良へ」
「奈良県の大迫ダム!? コアだね〜!」
男の瞳が一瞬で輝き、グラスを持つ手まで弾んだ。
「俺も去年行ったよ。いや、あそこは最高だよな! 高さと放流の迫力がさ――」
言葉が滝のように溢れ出す。国内のダムの魅力、先日の旅行、好きになったきっかけ。
ルナは頷き、時に短い質問を差し挟んだ。相手の熱をさらに引き出しながら。まるで研究室でデータを誘い出すように。
春が横から笑顔で割り込む。
「お客様、春も知りたいな」
「君はもういいよ。黙ってて」
笑顔は崩れていない。だが口角がわずかに引き攣った。
春は媚びるだけの女ではない。会話の引き出しもタイミングも絶妙。
それでも今日は、ルナの“地頭”が一枚上をいった。
ルナは考えていたのだ。今の失敗はなぜ起きたのか。論理的に何が足りなかったか。
──観察して、仮説を立て、検証する。研究室で毎日やってきたことだ
ルナはボトルを開けさせ、指名を取って席を立った。
店内がざわついた。
グラスが触れ合い、黒服たちが一瞬動きを止める。
「あのルナがNo.3から客を奪った」――その噂は、火花のように一瞬で広がった。
春の笑顔は崩れない。だが指先は止まった。その沈黙こそ、敗北の証だった。
店長は低く告げる。
「――合格だ。ここで1000万、稼いでみろ」
【現在ステータス】
資金:5万円 → 10万円
残り:995万円/360日
ルナの挑戦は、いま始まったばかりだ。