第22話 あんたにあげる
クラブQ.E.D
ネオンが消え、街は静けさを取り戻していた。
控え室に残ったのは、夏とルナだけ。
夏は鏡の前で長い髪をほどき、机に一台のノートPCを置いた。
画面には配信アプリの管理画面。
フォロワー数、再生数、コメントのログが、まだ生々しく残っている。
「……月子」
夏は笑わなかった。
「これ、あげる。私はもういらないから」
中には配信用のスマホスタンド、マイク、ケーブル、そして使い込まれたノートPC。
ルナは目を瞬かせる。
「……どういう意味ですか?」
「私は今月で辞める」
「え…?本当ですか?」
「うん」
夏は淡々と告げた。
「両親とちゃんと話したい。
…もちろん話したところで心のしこりは直ぐ消えないかもしれない。
でも、これからは月に一度でも一緒にご飯を食べに行こうと思う」
その声には、不思議な温かさがあった。
沈黙が落ちる。
ルナは口を開けず、ただ夏を見つめていた。
夏は小さく笑った。
「……私さ。ここで勝つことが、ずっと居場所を取り戻す唯一の方法だと思ってた。でも違った。
小さな舞台でもいい、また女優をやってみたいんだ。昔みたいに、必死に。
あの人たちが観てくれてる今だからこそ、もう一度挑戦できる気がする」
ルナの目がわずかに揺れる。
夏は続けた。
「……あんたは頭がいい。客単価の濃さで、今回私を超えた。
でももし──その濃さが30人になったら? 40人になったら?
質も量も、両方を掴めるのは……きっと、あんただけだよ」
ルナは机の上のPCに視線を落とした。
配信に使い込まれたキーボードは、ところどころ色が剥げている。
夏は椅子から立ち上がり、ドレスの裾を払った。
「私は数字に縛られて自分を見失った。けど、これからは違う。
舞台の上で、また0人から観客を取り戻す」
「…夏さん」
「何?」
「0人からじゃないです。夏さんの舞台、待ってる人は沢山います。私も含めて」
「…ありがとう月子。
あんたも頑張りな。1000万貯める夢。
私は貴女を応援してる」
足音が静かに控え室を離れていく。
その背中はもう、キャバクラの女ではなかった。
ルナは机の上のPCをそっと閉じ、深く息を吐いた。
「…1000万。まだ遠いな」
【現在ステータス】
資金:222万円
残り:778万円/300日
「…私の夢は、まだまだ遠いな」
夜明け前の窓の外。
歌舞伎町のネオンが消え、街に新しい光が差し込もうとしていた。




