第2話 家を出る日
「ルナちゃんって大学生なの?」
「あー…卒業はして一年、学費貯めてるんです」
「へー。どこ大卒なの?」
「まぁ、その…赤門の大学です」
「えっ、すごい!なんでも持ってるんだね」
『なんでも持ってる』
(持ってない。愛嬌も、コネも、金も)
──藤原ルナは、小中高すべて地元の学校を卒業。
給付金の出る高校を経て、学費の安い赤門の大学へ。
母は優秀な娘を誇るどころか、冷ややかに見ていた。
大学4年の春、その視線は最悪の形で現れた。
「学費…打ち切り?」
「そう。海外の院なんて行けば24歳。就職は遅れ、結婚も遠のく。だからお母さんは出せない」
言葉を飲み込む。
想定外だった。順調だった研究と推薦は、一言で潰された。
「…そう。わかった」
声は出たが、喉の奥が熱かった。理解はした。でも納得はできない。
「うん。良かった。それがルナの為だよ」
母は表情を崩さない。まるで正しいことを言っているかのように。
(私の為じゃない。母の都合だ)
「私は家を出て行くね」
「え?」
「私は大学院に行きたい。やりたい事をやる」
「待って、生活費と学費はどうするの?」
「私の力でなんとかする」
通帳と財布を掴む。指先が少し震えた。
玄関の下駄箱には、七五三で笑う幼い自分の写真。
母がその笑顔を褒めた記憶は、一度もない。
振り返らず、家を出た。
この家を、今日、出ていく。
この時は、
3日後に残金が2万円を切るとは思っていなかった。