第11話 中毒
陽はオレンジ色のドレスを翻し、弾むようにルナへ微笑みかけた。
「ルナちゃん、私にパワーを与えてくれる」
「え、あの……」
「ねぇ、ねぇ、良かったら私と──」
「ちょっと陽さん。お祈りの時間じゃないですか?」
春が割って入り、軽く肩を押した。
「あ、そうだった。じゃあね〜!」
陽は笑い声を残し、駆け足で非常口へ消えていった。
「相変わらず予測不能だよ、陽さん」
「でも、あの性格で月収200。年にして2000万は稼いでるらしい」
その会話が耳に入った瞬間、ルナの動きは止まった。
──200万円 × 12ヶ月。雑費を引いても手取り2000万。
これが〈Q.E.D〉というキャバクラの力。
「完全な素人の私が、ここで一千万を稼ぐには……」
唇を噛み、彼女は心に刻む。
「トップの嬢たちを観察し、検証し、実践するしか道はない」
それからの二ヶ月、ルナは毎晩ノートを埋めた。
黒服の足音の速さ。
タバコを差し出す時に笑顔を見せる客の傾向。
注文をねだる春の声のトーン。
──すべては数字になる。
帰宅すると、その日の配置図と売上をエクセルに打ち込み、
少しずつ形を変えていくグラフを無言で眺めた。
ある夜、バックヤード。
佐川がタバコをふかしながら言った。
「この街の嬢ってのはな……ほとんどが中毒者だ」
「中毒?」
グラスを拭いていたルナの手が止まる。
「そうだ。客を中毒にする前に、自分が何かにハマって壊れていく」
佐川は指を折り、例を挙げる。
「スマホゲーに何十万も突っ込むやつ。酒を飲まなきゃ手が震えるやつ。感情の起伏がジェットコースターみたいなやつ……」
「……」
「財布だけじゃねぇ。脳みそまで吸われていく。この世界そのものが中毒なんだ」
吐き出した煙が、ゆらりと揺れた。
ルナはパソコンを叩く手を止め、佐川を見据えた。
「だから私は、1000万稼いだら出ます。自分の商品価値が壊れる前に」
佐川は鼻で笑った。
「……本当に出られる女は、少ねぇぞ」




