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異世界恋愛短編集

魔道具作家は夜会で出会った無口な騎士に溺愛される

作者: 百鬼清風

 「今夜こそ、将来有望な殿方に出会ってくるのよ。いいわね?」


 母の気合いの入った声に背を押され、私は屋敷を出た。


 


 エルノーラ侯爵家の次女である私は、魔道具職人という少し風変わりな肩書きを持っている。髪はくすんだ灰金、瞳は赤に近い深い茶色。化粧映えはしないが、メイドいわく「表情に愛嬌があるから損ではない」とのこと。


 今年で十九歳。婚活夜会に出られるのは三回まで。つまり、今日が最後のチャンスということになる。


 あまり気が進まない理由は明白で、私は結婚して家庭に入るよりも、魔道具制作の工房を拡げたいのだ。誰かに尽くすより、自分の時間と情熱を注げる仕事を持ち続けたい。


 けれど、貴族社会ではそれは通じにくい理屈だ。特に母の世代には。


 夜会の会場である王宮の別館は、今宵だけ市民にも開放される大広間として使われる。煌びやかな装飾と、絢爛なシャンデリア、足元には緋色の絨毯。空気がもう、すでに重い。


 貴族の子息令嬢たちがひしめく中、私のような「実利派」など目立ちもしない。いつものように壁際に立って様子を観察していると、隣で小声がした。


「……興味はないのか?」


 低く、静かな声だった。見上げると、黒髪に銀の目を持つ男が立っていた。軍服のような深緑の礼装は飾り気がなく、それでいて妙に目を引く。


「……ああ、人間観察は得意なの」


「なら、俺を観察してみろ」


 突然のことに、私は目を瞬かせた。


「観察って……あなた、どなた?」


「リヴィオ・クラウス。近衛騎士団所属」


 あまり感情の見えない顔だった。けれど、何か面白がっているような、そんな気配もあった。


「貴族の夜会に、騎士団員?」


「一応、護衛という名目で。けれど今は非番だ」


 なるほど、と私は頷いた。こんな男があの煌びやかな社交の場で踊ったり会話を楽しんだりするとは思えない。


「あなた、女性に声をかけるの、慣れてないでしょう?」


「……なぜそう思う?」


「話すときに視線を少し外す癖があるのと、敬語と砕けた言葉の切り替えがぎこちない。それに、何より空気が硬い。誰かと話して和らげようとしている、そんな雰囲気がある」


 彼は小さく笑った。


「面白いな、お前」


「褒め言葉?」


「そうだな。俺の名前を、覚えておいてくれ」


 なぜか、それが妙に嬉しかった。


 夜会の終盤、いわゆる"ペア成立の発表"が行われた。いくつかの名前が読み上げられ、会場は一喜一憂の渦に巻き込まれた。


 その中に、リヴィオの名前はなかった。私の名前も、もちろん。


 けれど、帰りの馬車の手前で彼は言った。


「もう一度、会いたい」


「どうして?」


「観察されるのが、嫌じゃなかったから」


「それ、ちょっと変な理由ね」


「変なのは、お前の方だろ」


 こんな言い合いが、嫌じゃない自分に気づいていた。


 あれから三日。王都の工房に戻った私は、早速いつものように作業台に向かっていた。


 作っていたのは、光の石を埋め込んだ小型ランタン。火を使わずに灯りがともるもので、日用品として貴族の奥方からも注文がある。


 工具を握って集中していると、外から従者の声がした。


「エルノーラ嬢、客人がお見えです」


「どなた?」


「近衛騎士団の……リヴィオ様と名乗っておられます」


 手が止まった。


「……え、嘘でしょう」


 慌てて表に出ると、彼は立っていた。礼服ではなく、今度は簡素な鎧姿。腰に剣を下げて、私をじっと見つめている。


「来た」


「……なぜ?」


「俺の名を呼んでくれたからだ」


 意味が分からない。


「それだけで?」


「理由が必要か?」


「いえ、まあ、嬉しいですけど……!」


 まるで童話の一場面みたいだと思った。けれどこれは、私の物語だ。


 その日、リヴィオは私の工房を興味深そうに見学し、光るランタンに指を触れて言った。


「……温かい光だな。お前みたいだ」


「それ、口説いてます?」


「そうだが、何か問題でも?」


 私は顔を真っ赤にして、作業台の裏に隠れた。


「問題しかありません!」


 彼はただ、静かに笑った。



 リヴィオが工房を訪れてから、奇妙な日々が始まった。


 彼は数日に一度の頻度でやって来ては、私の作業を静かに見守る。ある時は光のランタンを試しに持ち帰り、翌日には「暗闇でも剣の切っ先を見極められる」と言って追加注文を出してきた。


 まさか私の作った日用品が騎士団で使われるとは思ってもいなかった。けれど、使い道が広がるのは嬉しいことだ。


「もう少し持ちやすく、小型にしてみようかしら」


「助かる。手に馴染めば、抜刀の妨げにもならない」


「じゃあ、今度は……」


 私は彼と相談しながら、魔道具の改良に熱を上げていった。道具を作るだけでなく、使う人と意見を交わして完成させていくというのは、今までにない新鮮な経験だった。


 


 ある日、彼が珍しく工房の扉を乱暴に開けた。


「……急ぎの頼みがある」


「え? なに?」


「明後日、王都の北門で高位貴族の行列に護衛がつく。だが、森の中で魔獣の目撃情報があった」


「危ないじゃない!」


「その通りだ。魔道具で何かできないか?」


 私はすぐに棚の奥から古い試作品を取り出した。小型の発光球に衝撃反応を組み合わせた、いわば魔法式の地雷のようなものだ。


「これ……うまくいけば、近づいてきた魔獣を驚かせて撃退できるはず。音と光で」


「それを十個、用意できるか?」


「材料さえあれば可能よ」


「準備を。すぐ戻る」


 


 彼が工房を出ていって数時間後、配達人が重たい荷箱を運び込んできた。珍しい鉱石や魔力反応の高い粉末が入っている。


「……リヴィオ、私のために本気を出しすぎよ」


 だけど、それが少し嬉しかった。


 私は徹夜で魔道具を組み立てた。衝撃反応を誤作動させないように慎重に組み立て、収納用の布袋を縫い上げ、一本一本の安全装置を確認する。


 次の日、眠い目をこすりながらリヴィオに道具を渡した。


「完成したわ。しっかり使ってね」


「ありがとう。必ず、みんなを守ってみせる」


「それは騎士の誓い?」


「……いや。お前との約束だ」


 まっすぐな瞳を見て、私は何も言えなくなった。


 


 護衛任務の日、私は何度も時計を見た。無事だと分かっていても、何か胸がざわついて落ち着かなかった。


 そして、日が暮れて扉が開いた。


 埃まみれの鎧、傷のついた外套、そしていつものように無言のリヴィオ。


「……生きてて良かった」


 思わずそう呟いて、私は彼の胸に飛び込んでいた。


「シエナ?」


「な、なんでもない!」


 勢いよく離れようとしたが、彼の腕が私の腰を掴んでいた。


「安心した」


「私もよ……ばか」


 


 リヴィオはそのまま工房の椅子に座り、持っていた袋を私に差し出した。


「魔獣を追い払えた。これがその報酬だ」


「いや、そんな……こんなに多く?」


「命を守る道具には、それだけの価値がある」


「……ありがとう」


 受け取った金貨袋の重さに、涙が出そうになる。


 この道具が人を救えたなら、それは私の作り手としての誇りになる。


「俺はまた頼みに来る。次はもっと……人を守れるものを作ってくれ」


「もちろん。あなたのためなら、なんだって作るわ」


 その時、ふと気づいた。私たちはまるで、二人で一つの剣と鞘のように、ぴたりと嚙み合っていたのだ。


 


 それが、私とリヴィオの“はじまり”だった。



 護衛任務を成功させた数日後、私の工房は妙に賑わっていた。というのも、あの夜会の直後から、ちょっとした噂が広まっていたらしい。


「エルノーラ子爵家の娘が、近衛騎士団の寡黙な騎士と仲睦まじくしているらしいわよ」


「しかも彼女、魔道具職人なんですって。少し風変わりだけど、堅実な嫁候補かも」


 あの夜会に出席していた他家の令嬢たちが、私の工房を“視察”に来ていたのだ。作業場のガラス越しに、わざとらしくため息混じりに「まあ素敵」とか言っている。慣れていない私は落ち着かないし、何より集中できない。


 


「はあ、こういう時だけ話題になるなんて、都合のいいものね」


「むしろ都合が悪そうだな」


 背後から聞こえた低音に、私は即座に振り返った。


「リヴィオ!」


「騎士団は休暇だ。だから来た」


「それは嬉しいけれど、今日の私は“ガラス越しの見世物”よ?」


「なら、連れ出そう」


 彼は当然のように私の腕を取り、工房の裏口から抜け出した。


 連れて行かれたのは、王都の外れにある小高い丘だった。風が心地よく、遠くに王宮の尖塔が見える。


「ここ、初めて来たわ」


「あまり知られていない場所だからな」


 リヴィオは、革の小袋を取り出して私に差し出した。


「……これを預かってほしい」


「これは?」


 中には、小さな紋章のついた銀のブローチが入っていた。王族の、それも姫君が身に着けるような品だ。


「これ……王宮のものよね?」


「そうだ。持ち主は、王女殿下だ」


「あなた、まさか……盗んだの?」


「違う。彼女から、直接預かった」


 それならそれで謎が深まるだけだ。


「詳しく教えてもらっていい?」


「……王女殿下は、王族の立場に苦しんでいた。外に出て、民の生活を知りたいと願っていた」


「お忍び、ってやつね」


「そうだ。俺はその護衛として、王宮の命で付き添っていた」


「じゃあ……夜会のときも?」


「殿下は別の場所にいたが、俺は任務の帰りにあそこに立ち寄った。……そして、お前に会った」


 そういうことだったのか。


「今、殿下はどうしてるの?」


「本国へ戻る前に、記念としてこのブローチをくれた。だが、俺が持っていると余計な憶測を呼ぶ。……だから、お前に託す」


 それがどれほど重大な意味を持つか、私は理解していた。身分のある人間の品を預かるというのは、ある意味、信頼の証であると同時に、責任を負うことでもある。


「……大事にするわ」


「頼む」


 リヴィオの目は、いつになく真剣だった。


 


 それから数日後、私は王宮に呼び出された。正式な依頼状と共に、届けられたのは魔道具に関する相談だった。


 応接室で待っていたのは、見覚えのない淑やかな少女。


「初めまして、ですが、もしかして……」


「はい。あのブローチの持ち主です」


 彼女はにこやかに微笑んだ。


「あなたがリヴィオの話していた“魔道具職人”なのですね」


「ええ、そうですが……何か?」


「あなたに、お願いがあります。今後、王宮の正式な魔道具顧問になっていただけませんか?」


「……はい?」


 まさか、そんな重大な話になるとは思っていなかった。


「王宮には、古くからの技術を尊ぶ風潮があります。けれど、あなたの作る道具は新しい発想に満ちている。実用性も十分。私が試してみて、そう思いました」


 あのブローチが“信頼の証”だけでなく、“推薦状”でもあったのだと気づいた。


「私はまだ若いし、経験も……」


「だからこそ、未来を託せるのです」


 姫君のまっすぐな言葉に、私はただ頭を下げることしかできなかった。


 


 その帰り道、リヴィオが王宮の前で待っていた。


「聞いたぞ。お前が王宮の顧問になったと」


「……ええ、聞いてたの?」


「俺が黙っていると思うか?」


 悔しいが、思わなかった。


「でも……私、場違いじゃない?」


「そんなことはない」


「どこからその自信が来るのよ?」


「お前は、自分の手で世界を照らせる。俺はそれを見ていた」


 不意に、涙が出そうになった。


「……あなたって、たまに罪なこと言うわね」


「罪でも、罰でも、全て背負うさ」


 彼の声は、静かで、でも確かだった。


 


 私の手の中には、王族の品と、リヴィオの真心と、そして自分で選んだ未来が握られていた。



 王宮魔道具顧問としての仕事が始まって一ヶ月が経とうとしていた。


 とはいえ、最初は本格的な設計というより、既存の魔道具の修理や点検、設計書の解読といった地味な作業が中心だった。


 けれど私には、それで十分だった。新たな知識に触れることは刺激的だし、王宮の書庫には工房では手に入らない貴重な資料も多い。


 何より、王族付きの近衛騎士であるリヴィオと、頻繁に顔を合わせられる環境にいることが密かに嬉しかった。


「――動力核の調整がまだ甘いわね。魔力の偏りが振動を生んでる」


「……そこまで分かるのか」


「試験装置を回してると、振動の波形に偏りが出るの。数値じゃなく感覚に近いけど」


 リヴィオは私の指先をじっと見つめるようにしてから、ぽつりと言った。


「お前、まるで魔道具と話しているようだな」


「……え、それって褒めてる?」


「当然だ」


 素直に褒められると、逆に照れてしまうのはなぜだろう。


 


 その日の帰り道、リヴィオは私を馬車に乗せると、いつものように無言だった。だけど、いつもと違うのは、彼の膝の上に小さな紙包みがあったこと。


「それ、何?」


「……見てからの方がいい」


 家の前で馬車が止まった時、彼はそれを差し出してきた。


「お前に、渡したいものがある」


 私は遠慮がちに包みを開いた。


 中に入っていたのは、花束だった。


 けれど、それはよく見るバラやユリではない。小さな青い花に、葉の細い草花が数本ずつ添えられていた。誰かに任せた豪華なブーケではない。野で摘んできたような、素朴で優しい束。


「……これ、あなたが選んだの?」


「……ああ」


 そう答える彼の耳が、微かに赤く染まっていた。


「青い花は、“静けさ”を意味する。お前が仕事に集中している姿が、そのままそれだった」


「葉っぱの細いこの子は?」


「“手先の器用さ”の象徴だそうだ。商人に教えてもらった」


「じゃあ、この紫のは?」


「……“ずっと見ていたい”」


 私は花束を胸に抱いたまま、何も言えなくなった。


「……ありがとう。すごく嬉しい」


「言葉にしないと、伝わらないこともあると知った。だから……これも言う」


 彼は私の手をそっと取った。


「俺は、お前が好きだ。婚約だとか、そういう順番は気にしてない。お前が誰といたいのか。それだけを教えてくれ」


 私は、心の中で何度もうなずいた。


「……私も、あなたといたい」


 リヴィオの手が、ほんの少しだけ強く私の手を握った。


 


 数日後。


 王宮から正式に、魔道具顧問としての継続任用と、予算枠の拡大が通知された。仕事の内容もさらに本格的な設計へと移行していく。


 その日の夜、私は久々に自分の工房に戻った。リヴィオが、護衛任務で王都を離れていたからだ。


「寂しいなんて思わない。作業があるもの。私は私のやるべきことを――」


 そう思っていたのに、指先がふと止まる。


 作業台の隅に置かれた、あの青い花の残り。


 少しだけしおれ始めたそれを見て、胸がじんわりと温かくなった。


 


 夜、工房の扉が音もなく開いた。


「……ただいま」


「おかえり!」


 リヴィオが、少し煤けた顔で立っていた。胸には深くはないが傷跡が見え、私はすぐに駆け寄った。


「怪我……してるじゃない!」


「問題ない。すぐ治る」


「もう……!」


 言いかけて、私は彼に抱きついた。


「あなたがいないと、駄目みたい……私」


「……俺もだ」


 こうして、私たちは恋人になった。


 剣と魔道具、静けさと熱意、無骨な騎士と不器用な職人。違うからこそ、ぴたりと嵌る組み合わせもあるのだと思う。



 リヴィオと恋人になってからというもの、私の生活は相変わらずだった。魔道具の設計、実験、修理――やることは山のようにあるし、次々と舞い込む新しい依頼に追われている。


 だが、変わったのは心の在り方だった。


 彼がいる、と思えるだけで、私はずいぶん強くなれた気がしていた。


 


 そんなある日、王宮からの帰り道に、見慣れぬ馬車が私の工房の前で止まっているのを見つけた。


 扉が開くと、上品な動きで降りてきたのは、一人の女性。亜麻色の髪に装飾の多いドレス。見覚えはなかったが、纏う空気に一目で“高位貴族”と分かった。


「あなたが、エルノーラ嬢?」


「はい、そうですが……」


「私、カーラ・ディスレイ公爵家の令嬢です。少し、お話しても?」


 ディスレイ公爵家といえば、王家に次ぐ権力を持つ名門。無下にはできない。


 


 工房の応接椅子に座った彼女は、カップの縁に紅を残したまま言った。


「……リヴィオ様とは、どういったご関係で?」


 やはり、それか。


「ご想像の通りです。個人的な交際をしています」


「そう。……まあ、そうでしょうね。最近、あの方が王宮の夜会を一切辞退なさるから、妙だと思っていましたの」


「ご迷惑でしたか?」


「いえ。ただ――あなた、彼に相応しいと思っているの?」


 その問いには、少し胸がざわついた。


「彼が選んだのは、私です。相応しいかどうかは、彼が判断することです」


「……口が達者なのね」


 彼女は笑みを浮かべながらも、その目は全く笑っていなかった。


 


 それから数日後、不思議なことが続いた。


 王宮の作業場で使っていた魔道具の部品が紛失し、代替品にも微細な細工が施されていた。


 また、届けられるはずの設計図が途中で差し替えられていたこともあった。露骨ではない。けれど、確実に妨害が起きている。


 私は慎重に対応した。


 全ての部品と資料を記録し、持ち出しにも監視をつけ、王宮の文書管理局にも相談した。


「魔道具師は、誤作動一つで命を失わせるかもしれない。だから、絶対に間違えない」


 私は、それだけは譲れなかった。


 


 そんなある晩、リヴィオが工房に現れた。


「何かあったのか?」


「どうして分かるの?」


「お前の顔を見れば分かる」


 私は静かに、起きていることを説明した。


 すると彼は珍しく怒りをあらわにした。


「それは……公然たる攻撃だ。すぐに動こう」


「待って。証拠が薄いの。今はまだ、我慢の時」


「だが……」


「あなたに剣があるように、私には魔道具と証拠がある。私のやり方で片を付けたいの」


 リヴィオは悔しそうに拳を握ったが、やがて頷いた。


「分かった。ただし、一人で抱え込むな」


「うん……ありがとう」


 


 私は決断した。


 魔道具の保管棚に“細工がしやすい偽物”をわざと配置し、それに反応するよう細工した記録魔道具を仕掛けた。音も匂いも反応も消す、秘匿型の小型記録球。これを作れたのは、王宮の設計書を読み漁った成果だ。


 そして、三日目の夜――罠にかかった。


 侵入者の姿が、球にしっかりと記録されていた。夜警に化けた従者が鍵を開け、細工済みの部品を忍ばせていた。


 


 翌日、その映像をリヴィオに見せた。彼は無言で見終え、すぐに王宮警備隊に連絡した。


 従者は捕まり、所属を吐いた。


「……カーラ・ディスレイ令嬢」


 やはり、彼女だった。


 


 だが、私は怒ってはいなかった。彼女が持つ“誇り”や“焦り”が、どこか自分と重なった気がしたから。


 私はリヴィオに尋ねた。


「……彼女を罰するべきだと思う?」


「正義を貫くのが俺の役目だ。だが、お前の思いも聞きたい」


「……彼女を庇うつもりはない。でも、きっと彼女は……ただ、あなたに振り向いて欲しかっただけなんだと思う」


「それで、危害を加えるのは間違っている」


「ええ。だから、王宮には罰を任せる。でも、私たちは……私たちで、強くなろう」


 リヴィオは私の言葉に頷き、そっと手を取った。


「……そうだな。二人で強くなろう」


 


 その手のぬくもりは、どんな魔道具よりも確かだった。



 カーラ令嬢の妨害事件が正式に処理されたのは、それから一週間後のことだった。


 王宮からは謝罪と共に、新たに設置される魔道具室の責任者として、私に“準技官”の地位が与えられた。名ばかりとはいえ、王宮に籍を置くというのはそれだけで十分な名誉であり、後ろ盾になる。


 しかしそれと引き換えに、ある程度の公的生活が始まることを意味していた。


 


「……これからは、気楽に工房でこもってばかりはいられないわね」


「お前は変わらないよ。どこにいようと、お前はお前だ」


「……そうだといいけれど」


 


 リヴィオは私の肩にそっと手を置いた。


「心配するな。……お前は、ちゃんと誰かの希望になってる」


 その言葉は、ほんのりと私の心を照らした。


 だけど――。


 


 数日後、王都の西方で大規模な魔獣の暴走が起きた。


 緊急派遣された近衛騎士団の中に、もちろんリヴィオも含まれていた。


 


 王宮の作業室でその知らせを受けた私は、思わず席を立った。


「行かせてください。私の作った魔道具があれば、前線の役に立ちます」


 正装のまま走り出した私を、誰も止めなかった。


 


 現地は想像以上だった。


 森が焼け、兵士たちの悲鳴と剣戟の音が響いていた。


 私が駆けつけたとき、リヴィオは血まみれの姿で、大型魔獣と向き合っていた。


「リヴィオ!」


「下がれ、危険だ!」


「嫌よ、あなたを死なせるなんて!」


 私はポケットから取り出した、最新式の“断裂魔結晶”を投げた。それは爆風と共に魔獣の動きを封じる一時的な魔障壁を展開する。


「今よ!」


 リヴィオは鋭く頷き、剣を振り上げた。


 魔獣がうめく間もなく、彼の一撃が首筋を裂いた。


 


 静寂が訪れる。


 私は、その場にへたり込んでいた。


「もう……もうやだ。心臓がもたない……」


「シエナ」


 血に染まった手が、私の頬に触れた。


「今のは……お前がいなければ、勝てなかった」


「でも、あなたが傷だらけじゃ意味ないじゃない!」


「なら、一つだけ言わせてくれ」


 その瞬間、彼はひざまずいた。


「……俺と、結婚してくれ」


 私は一瞬、息が止まった。


「ここで!? 今!?」


「命を懸けてお前を守った後だからこそ、言いたい」


「……もう、あなたってほんと……!」


 私は涙をこらえながら笑った。


「いいわ、結婚しましょう。ちゃんと生きて帰ってきてくれたら、ね」


「任せろ」


 


 王都に戻った私たちは、数日間療養に入った。


 彼の傷が癒えるまでのあいだ、私は彼のベッドの横で、次の婚礼用ドレスのデザインをノートに描きながら過ごしていた。


「なんでそんなにやる気だ?」


「だって、こんな大変なプロポーズ、無駄にしたくないもの」


「……そうか」


 リヴィオは私の頭を撫でて、静かに言った。


「じゃあ、次の戦場にはお前を連れていかない」


「当然でしょ」


「でも、俺はお前の作った道具がないと戦えない」


「それは、婚約者に依存しすぎじゃない?」


「一生、依存するつもりだ」


「もう、やめてよ、そういうの……」


 


 でも、笑ってしまうのだった。


 


 こうして、私たちの未来は、少しずつ、でも確かに形になっていった。




 リヴィオとの婚約を正式に発表したのは、王宮主催の春の祝祭の場だった。


 祝祭には各地の貴族や高位騎士が集まり、王族も顔を見せる大規模な行事で、一般市民も一部参加が許されている。


 当初、私は工房で魔道具展示の担当だっただけで、人前に出るつもりはなかった。だが、リヴィオが言った。


「王族に仕える者として、式典での紹介を避けることはできない。だが一人では出たくない。お前が隣にいてくれ」


 断れるはずがなかった。


 


 当日、私は薄青のドレスに身を包み、王宮の一角に立っていた。背中には自作の魔道具――動力を内蔵した軽量の披露用マントを着けている。これは目立たないよう見た目をシンプルに仕上げたが、布の内側に織り込んだ魔導糸が空気をまとい、歩くたびに静かに光を反射する。


「まさか、魔道具をドレスに仕込むとは……」


 リヴィオが小さく笑った。


「工房主の矜持よ。見た目も性能も、私の全力」


「惚れ直した」


 


 そして、紹介の時間。


「近衛騎士団所属、リヴィオ・クラウス殿と、王宮魔道具顧問、シエナ・エルノーラ嬢のご婚約を、ここに発表いたします」


 王宮の重臣の声が響いた瞬間、場がざわついた。


「近衛騎士と魔道具師……?」


「あのシエナ嬢って、エルノーラ侯の次女……じゃなかった? しかも魔道具師……!」


「えっ、技官の? 本当に? 信じられない!」


 けれど、私は堂々と前に出て、リヴィオと並んで一礼した。


 


 視線が突き刺さる。中には嫉妬も、疑念も、嘲笑もある。


 けれど、私は動じなかった。だって、隣にリヴィオがいる。彼が私の手をぎゅっと握ってくれている。それが、全てを超える力になる。


「……立派だったな」


「立派に見せる魔道具、内蔵してるから」


「いや、お前自身の力だよ」


 


 その夜、王宮の中庭でリヴィオと二人きりになった。


 夜空には無数の星。池にはその光が揺れていた。


「こうして見ると……全部、夢みたいね」


「夢じゃない。俺たちはここにいる。今も、これからも」


「じゃあ、今の気持ちを形にしたいな。何か、作らせてくれる?」


「指輪か?」


「……ううん」


 私はそっと小さな箱を取り出した。


 中に入っていたのは、金属製の小さなブローチ。花束を模したそれには、青い宝石と細い銀線が繊細に絡んでいた。


「これは……」


「あなたがくれた花束の、魔道具版よ。体温に反応して、ほんのりあたたかくなるの」


「……すごいな。あの時の花束が、こんな形で返ってくるとは」


「ずっと、お礼をしたかったの。あの時、本当に嬉しかったから」


 リヴィオは、その場でそれを胸元に留めた。


 そして、私の額に唇を落とした。


「ありがとう。お前といると、世界が変わって見える」


「私もよ」


 


 王都の片隅にいた一人の魔道具師が、今では王宮に出入りし、騎士と並んで歩いている。


 だけど、私は変わらない。変えるつもりもない。


 私は、私の手で未来を作っていく。


 


 そして、その隣にはいつも、リヴィオがいてくれる。


 その確かさが、何よりも大切だった。




 結婚式は、王宮の礼拝堂で執り行われた。


 当初は簡素な式にするつもりだったが、王宮内の関係者たちの後押しと、王女殿下の「ぜひ盛大に」という鶴の一声によって、予想以上に華やかな式となった。


 式の日の朝、私は鏡の前でそっと深呼吸をした。


「どう? 緊張してる?」


 控室に入ってきたのは、王女殿下――今では親しい友人でもあるリディア殿下だった。


「うん……少し」


「大丈夫。あなたは、ずっと自分の力でここまで来たのよ」


「……ありがとう、リディア様」


「リディア、でいいの。今日だけは」


 私たちは笑い合い、ハグを交わした。思えば、最初に彼女のブローチを預かったあの日から、全ては始まったのだ。


 


 礼拝堂には、私の両親、リヴィオの上官たち、工房でお世話になった商人仲間、王宮の魔道具室の同僚たち――多くの顔があった。


 誰もが、祝福の笑顔を向けてくれる。


 そしてバージンロードの先で、深緑の正装に身を包んだリヴィオが立っていた。


 


 彼と視線が合った瞬間、何もかもが報われたような気がした。


「シエナ・エルノーラ。お前を、俺の伴侶として迎えたい。どんな困難があろうと、共に進もう」


「リヴィオ・クラウス。私も、あなたとなら、どこまでも歩いていけるわ。共に、未来を作りましょう」


 指輪は、私が自ら設計したもの。魔力をほんの少し込めて、互いの鼓動を感じ取れるようにした。


 彼の指にそれをはめると、確かに温もりが返ってきた。


 


 式の後、王宮の中庭で開かれた披露宴は、笑いと祝福に満ちていた。


 その中心で、私はリヴィオと並んで立っていた。


 誰よりも不器用な騎士と、少し変わり者の魔道具師――けれど、私たちは確かに愛し合い、支え合っていた。


「……なあ、シエナ」


「なに?」


「俺たち、変わったと思うか?」


「ううん。変わったようで、何も変わってない。私は私。あなたはあなた。だけど――」


 私は彼の手を握った。


「隣にいる誰かがいるっていう、それだけで、世界は随分違って見えるのよ」


「……そうだな。俺も、そう思う」


 


 それから一年。


 私たちは新しい工房兼住居を、王都の西の高台に建てた。


 王宮の仕事を続けながら、民間からの依頼も受ける小さな工房。屋根裏にはリヴィオ専用の小さな訓練部屋があり、私はその下の階で図面を広げて作業をしている。


「母様ー! これなにー?」


 背後で聞こえたのは、つい先月一歳になった娘の声。


「それは魔力安定結晶のカケラ。……舐めないのよ?」


「んー」


 私が仕事をしているあいだ、彼女はリヴィオに肩車されて、家の中を駆け回っていた。


 


 夕暮れ、庭に出ると、西の空が茜色に染まっていた。


 私は小さなベンチに腰掛けて、隣に座ったリヴィオにそっと言った。


「ねえ、今でも思うのよ。あの夜会に行きたくなかったって」


「行かなかったら、出会えなかったな」


「そう。……でも、行ってよかった」


 


 花の香りがそよ風に乗って、二人の間を吹き抜ける。


 あのときくれた花束の魔道具版は、今でも彼の服に飾られていた。魔力で青く光るその花は、私たちの出会いをずっと思い出させてくれる。


 


 ――そして、未来は今、私たちの手の中にある。

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