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棚橋衣奈の心労 均衡編  作者: TNネイント
第十四話「事故と反省と学習と」
4/6

14-1.その棘が役に立つ日は来るのだろうか?

 私に『井原さんへの過剰な攻撃を抑える』という目標が出来た日の、美佐さんとの下校途中での事。

 他の姉妹のいない場なら、彼女は遠慮をしないと見て、本音を()き出そうとしていた。


「逆に、あたしからも訊いていいか?」

 その中で、話の流れが彼女の方へと向いた。


「お前、もし……あっ、あたしと付き合え、って言ったら……その……どうする?」

「まず保留します」

「じゃあ、イエスかノー……で言ったら?」

「それは……すみません、断るかも……」

 そんな彼女からの、恥じらい混じりの質問は、交際する可能性についてのものだった。

 こういう話をする時はもう少し勇気を出してほしいとも思ってはいるが……彼女の場合、過去には忘れたくなるような出来事もあったわけで、無理やり直させるのも、良い事だと断言する事は出来ない。


「なんでだよ」

「私には、他の女子に対する劣情(れつじょう)……って言えばいいんですかね? そういうものがあまり無いんです」

 顔はしかめっ面でも、こちらへの言葉は必死に選ぶ彼女。

 それを更に怒らせないか不安になるのが、返事にも出てしまった。


「劣情……。 まあ、それが『普通』……なんだよな。 うちがおかしいだけで」

「でも、美佐さんとしては、他の女子に好意を抱えたりするのが『普通』だったんですよね?」

「そう……なんだろうな……」

 その上、返事の中で引っかかるような言葉を選んでしまったようで、彼女の表情はすねた時のそれのようになっていた。

 どうにかフォローをしようとはしたが、彼女は納得していないようだった。

 傷付かせていても不思議ではない場面、余計な事を言えば追い打ちのようになってしまう。


「そういうのとか、何をもって幸せや不幸とするのかとかも、人によってバラバラなんじゃないかなって」

 そこで更に話した言葉。

 こちらもこちらなりに必死に選んだのもあってか、彼女は驚くような反応をしていた。

 その時の彼女の気持ちも、完璧には分からないが……。

 

「じゃ、じゃあ……お前は?」

「私は……本当はこうして話が出来るってだけでも、十分(じゅうぶん)幸せなんですよ。 小学校の頃の私も、悪い意味で『普通じゃない子』でしたから」

 次に、こちらの事について確認されたと思ったので、私自身の過去について話してみた。

 その間の彼女は、不安そうな表情になったりもしたが、基本的に落ち着いてこちらの話を聴いてくれていた。


「お互い……もしそういう時期に会えてたら、今ももっとマシだったんだろうな」

「……ですね」

 聴いてきた話への感想のように、何かを恥じらうようにしながら放った言葉に対しては、作り笑いで返してみた。

 内心までそうとは限らないのは分かっていた。


 帰りのバスには間に合い、下車するまでの間は他の姉妹達とも一緒にいた。

 その中で、美夏さんに私の家に来てもらう約束を取り付けた。

 当初は美佐さん達は不満げだったが、そこは美夏さんが説得してくれた。

 強引な感じにも聴こえたが……都合の良い解釈をするなら、それも家でする話題にはもってこいだ。

 日時は来週月曜の放課後になった。


 帰宅後のやり取りでは、六島さんに井原さんについて相談したり、福山さんにSENNとは別の「Insight(インサイト)」というチャットアプリについて教えてもらったりしていた。

 ゲームやアニメ等のサブカル系のファンを中心に普及しているもので、グループの敷居も自由度もSENNのそれより高いのだとか。

 彼女にとっては、これ以外にもあと二つ、自身の活動に欠かせないサービスがあるとも言っていた。

 アカウントの作り方から、チャットグループの管理についての事まで、使い方も色々と教えてもらった。


「希望があるなら他の人に紹介するための画像も用意できる」という話もしてくれた。

 説明を彼女任せにしなくてもいいし、説明の内容についても知識は私よりかはずっと明るいので信用は置けるが、それが本当に彼女のためになるのか、というのは不安だった。


 それから月曜日の授業開始前までは、普段通りに過ごした。

 この間にあった変わった事は、家に美夏さんを呼ぶ事について、両親に確認を取った事と、二人とも快諾してくれた事くらい。

 美佐さんが大人しくしてくれていたのも大きかったと思いたい。


 校門前で瀬戸さん達と別れて、向かったのは三年一組の教室。


 通りかかる人に挨拶をしながら移動していると、過去に井原さんの側にいた人と会った。

 以前しかめっ面で席に立ち寄り、ため息とともに戻っていた、ツインテールの女子だった。


「何? ……えっ、棚橋?」

 彼女の前でだけは気まずくなった。

 彼女も彼女で、私だと気付くと動揺していた。


「あっ、おはようございます……」

 挨拶もしたが、声量は小さめになったし、視線も彼女の目というより、頭や耳に向けていた。


「何なの? 用があるならちゃんと言って」

「大した用事とかは無いです。 前に私と何かあった人だ、って思っただけで」

「……そう」

 彼女からの質問にも答えたが、想定していたより弱々しい話し方だったからなのか、素っ気ない返事をしてきた。


「そっちからしたら、無い人の方が珍しいものなんでしょ?」

「どうですかね……? 挨拶の事ならそうかも……?」

「こっちはもう、さのりとか棚橋とかの事には触らないって決めてるから。 面倒臭いし、今思えば全部無駄だったし」

 続けて話された言葉に対しても、こちらから彼女にとっても納得が行くような返事は出来なかった。

 それを聴いていた彼女は、こちらを突き放したかったからなのか、怒っているようにも見える表情で話していた。


「それは……はい……」

 その言葉は私にはとても鋭くて、返す言葉として適切なのは何なのか分からなくなった。


 そこで一つ気付いた。

 彼女のような立場の人を置き去りにしたまま、井原さんとの話を進めてきた事に。

 その井原さんとそういった立場の人達がどんな感じだったのかも、以前別の人から話があった。


「悩んだ時には側にいたい」とも言いたかったが、彼女も元々は私が苦手で、周辺の人も同志か何かだった可能性も否定できなかった。

 本人との約束だって、なるべく言いふらしたくはなかった。

 約束が存在する事自体、私から言ったとしても、彼女は信じてくれなかったのかもしれないが。


 結局、作り笑いで軽く右手を振り、振り終えた後に彼女の所から離れた。

『本当は大丈夫じゃないくらいに困っていたら……』というのは、他の人に挨拶をしていた時も、二組教室に戻ってからも、授業が始まってからも頭にあった。


 昼休みにいたのは、笠岡くんの席周辺。

 そこは福山さんの席からも遠くはなく、そちらにも各クラスから彼女の友達などが集まったりするため、人の密度は教室にしては高めになりがちだったりする。

 そこに集まってくる人達の中には、こちらにも反応してくれる人も少なくはない。


 それなのに私の方はというと、別のクラスに移動している事が多い。

 今日も、三年四組の教室に向かうかどうかで迷っていた。

 笠岡くんの席の方には、既に六島さんを含めて女子が四人いたし……。


 結局、数分後にはそこへ移動した。

 井原さんがいなかったので、瀬戸さん達を話し相手に選んだ。

……入れ違いがあったというだけだといいのだが。


 私の家の中については、美佐さんからある程度の話は聴いていたようだ。

「自分達の家よりかはこじんまりしていた」とか、「これといっておかしい所はあまりなかった」とか。

 確認もされたが断言までは出来ず、「大体合っている」という内容の事しか言えなかった。

 もし「それが普通だ」などと言い切ってしまうと、反感を買うかもしれなかったからだ。

 怒らせる事にはならなかったが、本当に納得させられているのかどうかは不安だった。


「楽しみにしていますよ、今日の放課後」

「……はい」

 それどころか、美夏さんからは笑顔を作らせ、取り繕うような事まで言わせてしまったし、返事も元気とは言えないようなものにしてしまった。

 こういう時こそ、『自分は変わった』というアピールをするタイミングだったのかもしれない。

 まるでわざとかのように心配させて……。


 それから自分のクラスに戻っての午後の授業も終わって、放課後。

 笠岡くん達の後ろで瀬戸さん達と合流するのを待っていたが、その途中で今度は井原さんと鉢合わせた。

 彼女も彼達の所を目指していたようだった。


「たまには、私だけと一緒……というのはどうですか?」

 その彼女に一度挨拶をして、二人で下校するように呼びかけた。

 瀬戸さん達も見ているかもしれない中でのこの呼びかけには、普段以上の勇気が必要だった。


「えっ? ええ……いいけど……」

 言われるとは思っていなかったのか、彼女は戸惑っていたが、許可は出してくれた。


「なんで、棚橋さんとだけ……」

「笠岡くんばかりに頼るっていうのもどうなのかな、って」

「だからってあなたを頼ろうなんて、微塵(みじん)も思ってないんだけど?」

 その表情のまま理由を訊かれたので答えたら、怒るような様相で反論した。

 ついにその視線に並ぶ程鋭い言葉を取り戻したように見えた彼女の前に怯んだのか、私は少しの間だけ挙動不審気味になっていた。


 一人に過度に依存するよりも、『相談できるほどの相手』を増やしていくべきだと考えていた。

 それが彼女にとっては信頼関係の、私にとっては彼女との関係の再構築になる上、巡り巡って六島さんにとっても得があるのではないか、とも。

 ただ、彼女にとってのおいしい所というのは、私を含めた他と比べると、小さく、かつ少なく感じてしまうかもしれない。


「というか、私と話がしたいだけでしょう?」

「……はい」

 互いに落ち着きを取り戻した所への彼女からの言葉も鋭くて、誤魔化す事ができなかった。


 実は、彼女と二人きりでの下校というのは、小学校の頃を含めても珍しい事だった。

 中学校まではグループだった三人の中の、高校ではそこから浅口くんを除いた二人のいずれかが一緒だったからだ。

 約束の事が終わっても、こういう機会は出来るだけ作っていきたいが……彼女はどう思うだろうか?



「なんで棚橋が……?」

 そう思っていた中、私の方が他の女子に話しかけられた。

 立ち止まり、声のした方に振り向いたが、それだけでは誰が言ったかまでは分からなかった。

 少しして目の前に現れたその人は、以前に井原さんの周辺で見た事のある人だった。


「色々あったという事なら、あなたも知ってると思うんです」

「はあ? だからって許されると思ってるの?」

「……もう棚橋さんとの話は済んでるから」

 彼女と言い争いになりかけた所に、井原さんが割って入った。


 彼女の仲間だった人から見た私と彼女というのは、今では全く予想がつかない。

 会長選挙時の騒動がきっかけで、印象が反転している可能性もあるからだ。

 私は仮にもしそういった人達から「復讐しろ」「手を(くだ)せ」等と迫られても、そのような事は絶対にしないと決めている。

 そもそも私には進んで出来るような事ではない上に、それをやると周りを裏切る事にもなりかねないからだ。

 それに……私が彼女にどんな事をしても、『私が彼女より魅力や能力で劣っている』という事実は変えられない。


「知ってるけど……やっぱり納得できない。 ずっと不満だったんだよ? それに、『棚橋に謝るなんて屈辱だ』って―――――」

「もうそれどころじゃないの」

 相手が喋りながら井原さんに迫っていたが、その言葉を断つように、彼女は反論した。

 言われた相手が、口も歩みも止めていたのを見て不安になった。

 しかし、そこに視線を向けていた事に気付いていたのか、こちらに向かって舌打ちしながら背を向けて、目の前から歩いて離れていった。


 事の直後に井原さんに訊いた所、その人は騒動がきっかけで自身から距離を置くようになった中の一人らしい。

 名前は「西川(さいかわ)」さんと言うのだとか、その人自体は不満そうにしていた感じはなかったとか。

 彼女が言うには、この西川さん以外にも自身の取り巻きや仲間だったという人が、最も多い時期で約二十人はいたという。

 その人達は騒動後にどうしているのかについても訊いてみた所、「流石に全員までは分からない」とした上で、「別々の人の所に行ったのでは?」という旨の話をしてくれた。

 彼女が分かっている範囲では、連絡先をブロックされた人や、可能ならこれからも彼女自身の側に居続けたいという人もいるようだ。


 そういった話を聴いていても、「連帯責任を取らせたい」等とはあまり思わなかった。

 むしろ、その話の中で触れられていた人達に対する関心が強くなった。

「その人達の面倒まで見ていられるか」というと、正直自信はないのだが……。



 その後、校舎を出て―――――。

 靴を履き替えてから合流し、また隣同士で移動していた所で、井原さんに連絡先の交換を提案した。


「……拓海と友希と、普段から何を話してるわけ? 駄目とは言わないけど……」

 彼女からは冷ややかな視線と言葉が返ってきたが、提案に対しては嫌そうにしながらも受け入れてくれた。


 彼女とは通学手段が違うため、校門を通る前に別れた。

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