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棚橋衣奈の心労 均衡編  作者: TNネイント
第十三話「茨の道にも同伴する」
3/3

13-3.この渦巻く感情の中で、誰かと一緒に踊りたい。

 それからも、私が立っていた戸の周りを行き来する人という人への反応はほとんど欠かさなかった。


 その中で、ある一年の人から端末での写真撮影を要求された時は、内心で驚いた。

 朝にも会っていた、「府中(ふちゅう)」さんと名乗ったその人は、一直線の前髪が完全に目を覆っているのが特徴的な女子生徒だった。


 彼女とは詳しい話は出来なかったが、クラスが一年一組であるという事は教えてくれた。

 彼女の声は小さめだったり、震えていたりもしていた。

 それをからかったり、面白がったりはしなかった。

 これからこの人の悩みとも、真面目に向き合っていかなければならなくなる可能性があったからだ。

 初対面からふざけていると、どうしてもその印象が残って、してきた事等が身に入らなくなると考えていた。

 堅苦しいのが嫌な人もいるにはいるが、会う人達というのはそういう人ばかりでもないし……。


 その後、出し物の相手として指名されて、そちらに向かったりもしていたが、無事に行事が終わった。

 教室前で出迎え、なんて言い出していなかったらもっと遊べていただろうが、その辺りも相手によって個人差が激しくなってくるので、良かったと断言するのも難しい所だった。


 帰りは学園の校門を通るまでは六島さんと、バスに乗って降りるまでは美佐さん達と一緒にいた。

 話した事はオリエンテーションの振り返りで同じだった。


 四組では、出し物として彼女達が四つ子である事を利用したクイズを行っていたが、その間の気持ちは複雑だったのだとか。

 中でも、特に美佐さんは途中で投げ出そうとした事が何回かあり、わざと動じない事で選択を絞らせたりもしていたという。

 彼女はもともと企画が提案された時点で「面白くないから」などと強く反対していたが、「認知してもらいたい」という美夏さんに言いくるめられる形になったのだとか。

 どちらの言い分も、私には「間違っている」とは言い切れなかった。


「それでどうするつもりだったんだよ。 冷やかしか?」

「そこに私も顔を見せるかもしれなかった」、と話してみた。

 美佐さんは話に対して、困ったような顔をしながら返事をしてきた。


「どうしてるのかな、って確かめたかったんです。 気になってたので」

「じゃあ冷やかしみたいなもんじゃねえか!」

 理由を話すと、彼女からは怒られた。


「そこは……自分の事に集中しろよ……」

 声を荒げたかと思ったら、その次の言葉は恥ずかしそうにして喋っていた。

 彼女の怒り方は大体こんな感じ。

 まるで口論に発展する事を恐れているようだ。

 ただ、その言葉については納得のいく所もあり、強く言い返す事ができなかった。

 もしも、彼女達とクラスが同じになっていたら、話は変わっていたのかもしれない。


 それから、最寄りのバス停で降りるまでの間も、彼女達と一緒に話をしていた。


 帰ってからはいつものように過ごした。

……と言っても、ほとんど端末ありきだ。

 他人とのやり取りだったり、動画や音楽を観たり聴いたりで、どうしても触る時間が多くなる。

 良い意味でも悪い意味でも、端末が生活に与えている影響は非常に大きい。

 それがなかったら、リデレやアイドルグループ等の曲を聴きながら何かを、なんて事をするのは面倒だっただろうし……。



 翌日―――――。

 三年二組の教室までの道のり以外はほぼいつも通り。

 昨日からの続きのような感覚で、二年の教室に立ち寄り挨拶をしていた。


 やはり、と言っていいのかは分からないが、昨日よりは好意的に見える反応をする人が多かった。

 向き合い方が分かっていたのだろうか。


「棚橋さんじゃないですか」

 その中で、高梨さんと会った時の雰囲気は特に気まずかった。

 結局何も出来なかったわけで、こうなるのも無理はなかった。


「どうして私の事は先延ばしにしてきたんですか? 他の子と遊びたいたからですか?」

「すみません。 私にも、あまり手が打てなかったので……」

 訊かれた事にも答えてはみたが、彼女の苛立ちは収まらない。


「あなたにはできないだろう、とは思ってましたよ。 自分の手は汚したくない人というのも分かってましたから」

 話を聴いていた彼女は、呆れにも見えるような表情で、こちらの事について話した。


 彼女が抱えているような「人間関係の問題」の類だって、何も起きず、かつ誰も起こさないのが一番いい。

 しかし、そのためにどうするべきか、という考え方の違いは、私からしても明らかだった。


 言われた事に落ち込みを隠せなかった私に対しては、彼女は先程までの自らの態度を裏返すかのように明るくなっていた。

 その中で話してくれたのは、「当事者だった三人が指導を受ける事になった」との事だった。

 指導どころか、高梨さんがそういう目に遭っていた事自体、学園が『()()()()()()()()()の件』にあわせ、全体で似たような事案があるか調査をした事で、ようやく知られる事になったのだという。

 そういえば、調査自体は私の両親も参加したと言っていたか。


「そうなんですね。 そこまで、ずっと我慢させてしまってたとは……。 申し訳ないです」

 どう言えば怒らせないかを必死に考えていて、返事を遅らせてしまった。

 彼女は「別にいい」と返していたし、顔も気にしていないようにも見えたが、ここも我慢しているだけで、本当は不満があるのではないかと不安だった。


 あとは軽く話をして、放課後に玄関前で待ち合わせるように彼女との予定を取り付けてから教室を出た。


 それからも二年のクラスの教室に立ち入り、人という人の前で挨拶をした。

 見かけた知り合いとは、少しだけ話もした。


 そうしてばかりいて、本来のクラスの教室に着いたのは、授業が始まるまで数分前の事となった。

 既に私がそういう寄り道をするのを、先生を含めたクラスの大多数の人が分かっていたのか、想像していたより暖かめに迎えられた。

……こちらの事は気にしていない、という人が最も多かったようにも見えたが。



 それから午前の授業が終わって、昼食の弁当を食べ終わった後に向かったのは三年四組の教室。


 気になったのは、井原さんがクラスにいるかどうか。

 連絡先の交換について、約束を取り付けられないかと考えていた。

 彼女とのやり取りに関しては、笠岡くんか六島さんを経由した方が確実な気もしたが、私との面倒事を更に押し付けようというわけにもいかなかった。


 そこに立ち入ってから少し探していると、一人で席に座っている井原さんを見つけた。


 すれ違う人一人一人に向かってはにかんだり、片手を少し上げて軽めに振ったりもしながら、彼女の席の手前へと歩いた。

 そこから彼女に挨拶をしたが、その彼女はこちらに対して真顔だった。

『あの後私刑か何かに遭ったのではないか?』と不安になった。


「何?」

「二人で話がしたいんです。 こちらとしては、こことは別の場所がいいんですけど……どうですか?」

「ああ、はいはい。 ……しょうがない」

 彼女はこちらの提案は受け入れてはくれたものの、明らかに嫌そうにしていた。


「おい」

 彼女を連れて四組教室を出ようとしていると、今度は美佐さんに話しかけられた。

 戸までの導線上に四つ子達が集まっている席もあったので、これ自体は不思議ではなかった。

 しかし、ここで井原さんと美佐さんが鉢合わせたら、喧嘩になったりしないかも不安だった。

 これは優先する相手を間違えた、単純な私の失敗だ。

 また怒らせるのではないか、と思っていたが……。


「いきなり……ここに来て、何すんのかと思ってたら……」

 結局美佐さんはしかめっ面で、()じらうようにしながら話していた。

 これも普段とあまり変わらないが……その事を受け入れられないと、彼女との意思疎通は難しい。


 彼女とは軽く話をしたが、この直後に井原さんの顔を確かめてみると、呆れまたは怒りからか、既に機嫌を悪くしていた。


 その後、井原さんと一緒になって向かったのは、人気(ひとけ)の少ない、廊下の行き止まりの前。


「で、話って何? 早く教えて」

 歩みを止めてすぐに、彼女から話について急かされた。

 午後の授業までの時間は長くなかったし、和解したとはいえ因縁の相手に付き合わされると思えば、そうなるのも不思議ではなかった。


「まず、最近はどうなのかな、って」

「……あれから、誰からも聴いてなかったっていうの?」

 それに合わせるように話すと、彼女は呆れるような仕草を見せた。


「聴いていない」というよりは、「知っている限りの友人から訊きだすという事が出来なかった」というのが正しい。

 そういう事をしていたら、更に嫌われると考えていたからだ。

 大抵話したい事とかは別にある、という事は分かっていたし。


「そうなります。 すみません……」

 それに対して軽く謝ったが、彼女はため息をついていた。

『大切な人』に向ける気持ちや熱意とするには、私のそれはあまりにも弱すぎた。


 その場でした会話の内容は、ほとんど彼女からの悩み相談だった。

 三年生になれたのはいいものの、下級生や、かつて仲間だった人からも嫌がらせを受けたりするようになったのだとか。

 家は誰かが出ていったりといった事こそないものの、最近はそこ宛の嫌がらせも発生したそうだ。

 こういった話を聴いていて、露骨に不安な顔を出してしまった。

 心配になったからだ。

……「どの面が」と言われれば、それまでの事なのだろうが。


「そういう奴らに駄目だって言うくらいなら、あなたにも出来るでしょう?」

「……はい」

 彼女からの提案を聴いた時、高梨さんの件を思い出して「出来るのか?」と不安になり、少し悩んだりもしたが、少し時間を置いてから、受け入れるように返事をした。


 もしここの立ち回りを誤って、彼女が不登校になったり、また関係に亀裂が起きたりでもしてしまったら、こちらとしても困るからだ。

 以前なら屈辱と取っていた……というのも、偏見だと言われれば言い返せない事ではある。


「皆さんに『三年の井原さん』を受け入れてもらえるように、私も最大限努力します」

「……そう。 お願いね」

 約束をした時も、彼女は様相を悪くしたりはしなかった。

 これだけでも、彼女が丸くなったとするには十分だろう。

『私の疑念が強すぎる』、などと言われても否定は出来ないが……。


 教室に戻る時も、私が井原さんの前を歩いていた。

 意外だったのは、彼女はそれに対しても、不満を口や顔に出さなかった事だ。

 心の中で抱え込むようになったか、新しい割り切り方を見つけたとか……?


 気になって彼女に直接確認を取ってみた所、「どちらでもいい」との事だったので、あえて彼女に追い越させるようにして、後ろの方に位置を変えた。

 それもそれで、不満にはなりそうだが……。

 移動中、これ以外の話はあまり出来なかった。

 言葉や話を選ぶのに、まだ不安があったからだ。


 それから四組の教室に少し立ち入った所で、軽く挨拶をしてから彼女と別れた。

 そこを出たのは、もう一度美佐さん達の席の近くに立ち寄り、その四人と軽くやり取りをしてからになった。


 その後、昼休みも午後の授業が終わって―――――。


 二組の教室を出て向かったのは下の階への階段ではなく、そこと向きが逆になる四組の教室の方。

 井原さんまたは美佐さん達と合流したかった。


「あんまりないんじゃないか? こういうの」

「ああ……はい……」

 こちらに気付いた美佐さんに反応されて、どちらを優先しようか迷い、返しも悪い意味で普段と違うものになってしまった。


「……なんだよ」

「今日は井原さんと迷ってて……」

「今から教室に行っても、そいつ……いや、井原さんはいねえんじゃないか?」

 質問されたので答えた所、曖昧ながら教えてくれた。


「あっ……もし待ってほしいんだったら、あたしはここで待っとくから」

 その言葉で更に様子が気になって、四組の教室に立ち寄ろうとした時、彼女から少し意外な言葉が。


「……いいんですか?」

十分(じゅっぷん)も掛かる事でもねえだろ。 探してみろよ、気になるんだったら」

 気になって確認してみると、こちらを取り繕ってくれるような言葉も出てきた。

 他の姉妹の事もあるので、自分から一人にもなりそうな事はしたくないと思っていたが……。


 そんな彼女の言葉を信じて立ち入った、四組の教室では―――――良い事なのか悪い事なのか、戸をくぐって教室を出る直前の、井原さんらしき人の背中を見かけた。

 私の眼が原因の人違いの可能性も高いし、わざわざ追う気にもなれなかった。


 美佐さんの方に速歩(はやあし)気味にして戻ると、それを見た彼女を驚かせてしまった。


「それなら、無理して追わなくてもいいだろ」

 事情について訊かれたので説明すると、彼女は不安そうな顔をしながらも意見をしてくれた。

 主張には間違いとは言えなかった。

 片方を意識して、もう片方を放っておくわけにもいかない。

 しかし、井原さんとも一緒に下校したいというのも、双方からしたら良いとは言えない。


「……ですよね」

 美佐さんには強く出られず、そのまま二人で下校する事に。


 彼女と二人きり、というのは意外と珍しい。

 その中でも、まともな交流というのは特に珍しくなる。

 彼女だって正確には独りではないが……あまり家に関係ないはずの私からしても、将来に関しては強い不安があった。


 そこで最初に出した話題は、二人での外出についての提案だったが、彼女は「美夏さんの許可が下りれば行く」との事だった。


「この際なので、もう一つ訊いておきたいんですけど……今の美佐さんって、私の事はどういう風に見えてるんですか?」

「なんというか……その……ちょっと変だけど、根は堅い、みたいな……そんな感じの奴。 ……違うのか?」

 次にこちらから振った話題に対しては、彼女は挙動不審になりながら返事をしていた。

 余程のものじゃない限り怒らないのは分かっているはずだが……彼女としては、自分が思ったままの事を言うと、根に持たれると思っていたのだろう。


「それで大丈夫です。 そういうのって、全員の中で同じにするというのはほぼ無理ですから」

「というか、それを訊くの……まだ早いんじゃねえのか?」

「確かにそうかも……」

 続けた話で彼女から受けた指摘は私にはとても鋭くて、言い訳ができなかった。


 新学年と共に見えた、様々な新しい私の課題。

 卒業までに応えて、成長させる事はできるのか……?

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