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棚橋衣奈の心労 均衡編  作者: TNネイント
第十三話「茨の道にも同伴する」
2/3

13-2.背を向けてはいけないような、強い春風が吹き続けている。

このエピソードは5000文字を目安に書いています。

 家に帰ってからの夜。

 夕飯を食べ終わってから、私は自分の部屋で漫画を読んでいた。

 それも終われば普段のように端末を立ち上げ、SENNのメッセージや電話で他人とやり取り。


『そういえば、まだ棚橋さんには教えていないんだったっけ? 私の過去の事』

 その中で、福山さんと電話していた時、彼女から話題を切り出された。


『興味があるなら、教えてあげるよ。 どうかな?』

 前から気にはなっていたが、今教えてもらうというのはまだ早すぎるとも思っていた。

 断るというのも、彼女には申し訳ないだろうし……。


「今はいいです。 興味がない訳じゃないですけど、もっと仲が良くなってからじゃないといけないかな、って」

『それもそうだね』

 少し考えたが、結局断った。

 選挙運動の時にいた中では私にだけ教えていなかったそうだが、それでも考えは変わらなかった。


『もし、君と互いに熱い信頼を寄せられるほどの関係になる時が来たら、詳細な内容を教えてあげよう』

 思い出すのが、まだ生徒会長選挙を手伝う事になる前の会話中の言葉。

 私は、まだその時ではないと考えていた。

 その選挙は負けたし、それ以外のコミュニケーションだってまだ足りていない。

 勝手に恐れている所も少なくないし、そこが彼女が私に抱いている不安等と重なっている可能性が否定できない。


「それでなんですけど、今度一緒にどこかに出かけるのとか……どうですか?」

 そこで一つ提案をした。

 互いにこれ以上勉強を(おろそ)かには出来ない状況、しかも彼女には部活動の事もある。

 その中でも行き先の営業時間に、県の条例に引っかかる可能性もあるのだが……こうして二人の時間を作る方が、信頼を構築するには手っ取り早いと考えた。


 交渉の結果、明日の夕方に、花坂のにじのまちで待ち合わせになった。

 



 その次の日―――――。

 通学に利用していた人が卒業していたり、一年は学校によっては登校日じゃなかったりで、バスの人の数はいつもより少なめだった。

 そこでも車内にいた人達に何かしらの反応をした後、取材中のカメラに映り込みながら、四つ子達と会話をしていた。


 学園前で下車してからも、通りかかった人という人には元気そうな雰囲気を出して、一度頭を下げながら挨拶をしていた。

 途中で彼女達とも別れて、わざと二年の教室の前を通るルートで三年二組の教室へ向かった。

 美佐さんだけは苦いような表情をしていたが、それも二年の頃から変わらない。

 ある程度の理解はしてもらっているとは言っても、その事に甘えていたりすると、また怒鳴られるかも分からないし―――――。


 その二年教室周辺では、以前にこちらに対して嫌そうにしていた人とも会ったが、少し気まずい空気になっただけで、暴言などは言われなかった。


 到着した方の教室においても、笠岡くんや福山さんより先に来ていたので、その場にいた中の一人に話しかけていた。


 飯塚(いいつか)さんというその女子とは、二年まではクラスが同じだった事がなかった。

 話といえば昨日何をしていたかとか、春休みの宿題についてのものがほとんどだった。

 その中では、髪型についても触れられたりもした。

 彼女としても、こちらについて気になる事が少なからずあった……というのは都合良く考えすぎだろうか。


 それも終われば、チャイムが鳴るまでの時間潰しに、別のクラスの教室に顔を見せに行ったりしていた。


 今日も授業は午前まで、それも普段とは違う時間の使い方だった。


 そんな日の帰りは、福山さん達について行っていた。


 彼女達と会話を楽しんでいた中、校舎の途中で部活動の練習で体育館に向かうため解散した。

 そこから靴箱のある方に向かうまで、残った人達と一緒にいた。

 その中の会話でも、見た目の変化について触れられた。


 それから、夕方の五時半頃。

 一度帰宅してから、着替えた私服で行った花坂のにじのまちの建物内部。


 移動中にも福山さんとは端末を使ってやり取りをしていて、この時間帯にフードコートで待ち合わせをする事になっていた。


 その彼女を見かけたのは、建物の中にある吹き抜けの前だった。

 ブレザーの上に同じような色味のジャージを羽織っていた事以外、学園で見かける制服姿と差がなかった。


「君も、予定の時間は守るタイプなんだ?」

「はい。 破ったら悪いかな、って……」

 会ってすぐに話したのは、遅刻についてだ。

 彼女の場合、部活動では時刻よりほんの少し早く集まるのが暗黙の了解になっているのだとか。


 そこから部活動や将来の話へと広がった。

 彼女の場合は「冬にある全国大会を最後に引退する」との事で、こうした誘いについてもその時期まで待っていてほしかったとか。

 その事で私は口頭で謝ったが、彼女は取り繕ってくれた。


 この後も、彼女と一緒になって、施設のテナントの服屋さんや本屋さんに立ち寄ったりした。

 それからフードコートに戻って―――――。


「ハンバーガーとかどうですか? 今の福山さん、すごくお腹を空かせてると思うので」

「ありがとう。 でも、晩ご飯なら家でも食べるから、メインというよりは、サイドメニューの方がいいかな」

 テーブルと椅子の並べられているスペースの横で、彼女に一つ提案をした。

 この日も練習終わりだったという事を重く見た上での判断だった。

 大食いは遠慮するつもりの彼女だが、返事をしている間は微笑んだりもしていた。


 そこそこの長さの列に二人で並んで、雑談中に回ってきた私達の順番。


 注文をすぐに決められなかったが、結局「メトロポリスバーガー」に中サイズのフライドポテトとコーラのセットになった。

 私が食べる分の事だったり、彼女の不満になる可能性だったりもあったので、ハンバーガーだけは同じものをもう一個、単品で注文した。


 互いが向かい合う形で席に座って、テーブルの上に注文したもの達を乗せたトレイを置いた。

 ポテトとドリンクは彼女の側から見て前になるように置いたが、前者はすぐにテーブルの中央に置き直されていた。


 この場で袋を開けて食べたメトロポリスバーガーというのは、ビーフパティやベーコン、レタスにチーズ等を白ごま付きのバンズで挟んだもの。

 互いに家でも夕飯を食べる事を考えると重い食事になるのは明らかだった。

 せめて栄養的なものを、という意識が強すぎた。

 その割に飲み物はコーラというのも間違っているし……。


美味(うま)いね。 君がしっかりと考えた上でこれを選んだのが分かるよ」

「ありがとうございます」

 彼女からは不満を言われる覚悟さえしていたが、それを良い意味で裏切ってきたような反応だった。


 食事を楽しんだ後は親指と人差し指を貰っていた紙ナプキンで拭き、トレイをお店に返却したり、乗せられてあった紙等を捨てたりした。


 その後、二人で一緒に店を出て―――――。


「こういう機会は多くないんだけど、十分すぎるほど楽しめたよ」

 店内での事を、笑いも混ぜながら振り返っていた。


「ああ、そうだ。 君に、訊きたい事があるんだけど、いいかな?」

 その中で、福山さんの方から一つ確認された。


「君って、一体何がしたいんだい?」

「ええっと……それは……」

 受け入れた後に訊かれた事には、すぐには答えられなかった。

 もともと『やっただけでは何にもなれない』、というのは承知の上で振る舞ってきたつもりだったので、こうして理由や意味を訊かれるとなかなか返せない。


「笠岡くんだけじゃなくて、可能な限り多くの人の(そば)にいられるような……そんな人になりたいです」

「君ならそう言うよね」

 その中で考えてから質問に答えたが、それを聴いた彼女は目を閉じ、顔を右下に向け、冷たいようにも聴こえる言葉を吐くように発した。


 直後に表情を戻した彼女から、一つ提案を受けた。

 それは「自らを軸としたコミュニティを作る事」だった。


 彼女は「自身や笠岡くんのように」との事だったが、正直その事に対しては強い抵抗があった。

 作ったところで、やっていける自信がなかったからだ。

 私自身、何か組織的なものの上の立場に立っていい人間ではないと思っていたし……。


「それこそ、ネットで繋がり合うくらいだったら……」

「了解。 その辺りは、また機会があったら教えるよ」

 それでも、彼女には嫌とは言わなかった。

 作る場合の構想自体は、無いわけでもなかったからだ。


 その後は互いに、軽い挨拶をして帰った。



 翌朝―――――。


 今日もバスの中では美佐さん達と一緒。

 校舎に入って、靴を履き替えた所で別れて、一年の教室へと向かった。

 立ち寄った先でも、人を見れば挨拶する事を徹底していたが―――――。


「おはよう……って、お前は三年だろ?」

 四組の教室では、その場にいた先生に挨拶をしたところ、(けわ)しい顔で怪しまれた。

 真面目な話をするべき空気のはずなのに笑い声も聴こえてきて、それに釣られるように笑顔を見せてしまった。

 笑った人のせいだというのも違うし、その人にも悪いだろうが……。


「小学校でもここまで挨拶しに来る奴なんていないぞ?」

「仮にもし話題にされたら、私が挨拶しなかった人が困るじゃないですか。 仲間はずれ、みたいな……」

 変えない表情でのその人の言葉には、強い圧さえ感じた。

 それに対して、理由について話してみると―――――。


「知らない奴からの挨拶で、そうなるような奴がいる訳ないだろ! さっさと自分のクラスの教室に行け!!」

 その人は更に声を張り、怒鳴るようにしてこちらに注意した。

 それでも挨拶だけは欠かしたくなかったので、席と席の間を通り、見かけた人に左手を軽く振ったりもしながら教室を出た。

 心配させてしまったのだろうか、その時の相手はほとんどが苦笑いだったり、不安そうな表情だった。

 驚かせてしまった事の方が、影響としては大きかったようだが……。


 結局、その後一年の全てのクラスの教室に立ち寄った。


「おはよう。 ……誰?」

「三年の棚橋って言います」

「ああ……そうなんだ」

 この一連の流れでは、このようなやり取りが何回もあった。

 大半の相手は初対面なので、当然の事ではあった。

 これに対しては、合わせるようにして名乗ってくれた人もいれば、あまり乗り気ではなかった人もいたし、既に私の事を知っているという人までいた。

 学級委員や風紀委員と勘違いされたりもした。

 見えなくはないのかもしれないが……。


 それからは二年の教室の前の廊下も通って、自分のクラスに着いたのは授業開始の数分前の事だった。

 これ自体は、普段より遅めになったというだけだったりする。


 着席する時も、笠岡くんの席を通るのに抵抗があって、遠回りするような形になった。

 必然的に彼以外のクラスメイトとの会話が増えるので、しばらくはそうなるかもしれない。


 今日行われるのは、新入生のオリエンテーション。

 一クラスにつき五つまたは六つの班に分かれ、地図を見たり、一つの班につき一人か二人は付き添う二年生の案内を受けたりしながら、学園の敷地中を探索していくというもの。


 三年では午前から準備をして、普段なら午後の授業が始まる時間を待った。

 二組の出し物は、トランプ五枚ほどで行う「簡易ババ抜き」等。

 こうした案は、先生も含めたクラス全員で出し合っていた。


 昼休みは笠岡くん……というより、六島さんと一緒にいた。


 雑談の中で辻さんと服部さんを引き合いに出されたりしたが、六島さんがそれに対して強めに否定していた事くらいで、これといった出来事は無かった。


 それから昼休みも終わり、教室内で迎えたオリエンテーション。


「廊下でグループを待っててもいいですか?」

 新入生達が来る前に、先生に一つ提案をした。


「この教室の向かいならいい、ただし通行の邪魔はしない事」との話だったので、開けたままの戸の横に立った。


 しかし、クラスにグループがやってくるまでで暇が出来た。

 四組に行って美佐さん達の様子を見に行きたいが、勝手にやれば迷惑になる事は避けられない。

 その上、二組に何かあった時の対応にも遅れてしまう。

 先生に相談する事も出来ず、結局そのままの状態で最初に来たグループを出迎える形になった。


「げっ……」

「うわ、棚橋だ……」

「朝、クラスに来てたよね? このクラスなんだ?」

 嫌そうにされたり、興味ありそうな顔で話しかけられたりもした。


「棚橋さん……何をしているんですか?」

「ここで皆さんの事を待ってたんですよ」

「ある意味あなたらしい、というか……」

 内藤さんが案内役を担っている所も来た。

 彼女が不思議そうに見つめていたのに対し、他の人達と同じように接したが、困惑させただけでなく、ため息までつかせてしまった。

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