09
入学式を終えて帰ってきた妹は、いきなり第二王子のカイルリード殿下と面識を持ってしまったことを報告してきた。
王家の人と関わってしまったと嘆いている。
交流会の場で、毒に倒れた上級生がいたらしい。
その上級生を助けるため、マリーは収納魔法でポーションを出した。
収納魔法には、マリーがこれまでに作った各種ポーションがそろっている。
それを風紀委員に見とがめられて揉めた際、殿下が擁護してくれたという。
学園の許可を得ている空間魔法を解除しろと迫られる、とんだ騒ぎだったようだ。
第二王子殿下は、マロード辺境伯家が大規模魔獣発生を自領だけで抑え切ったことを、国に貢献したと評してくれていたという。
近隣領に被害を出すことなく、魔獣被害を抑えたと評価してくれたと。
今回の大規模魔獣発生に支援をしなかったことは、王族のみならず、議会参加貴族すべての責任だと。
そうした意見は第二王子個人のものと言われたらしい。
王家の複雑な事情が垣間見えた。
マリーは可愛らしくボクにお願いをしてきた。
「お父様に報告しておいて欲しいの。殿下のお言葉は、お父様への報告にも記してもらうってお伝えしたから」
マリーの言葉にボクは頷いた。
ちょうどレオから聞いた話を、報告するためにまとめていたところだ。
マリーから聞いた話は、レオの話の補足になる。
同じSクラスには、その上級生の従者がいるそうだ。
アルス様という上級生の彼は首席で、マリーに勉強を教えてくれることになった。
借りを返す方法として、マリーの方から提案したと聞いた。
家族と約束した冒険者活動を続ける条件の、上位クラスに居続けるために、苦手科目を教えてもらうのだと。
その上級生は男子学生だが、今のところマリーには、男女間の感情がなさそうだ。
とはいえミルクティー色の髪がおいしそうという感想は、どうなのか。
妹のそのあたりの情緒が、少し心配になる。
ただ、彼に事情がありそうなことは、気にかけていた。
そして貴族の従者、平民のクラスメイトのことも褒めていた。
マリーは人を褒める。いい子だ。
同じSクラスになったレオリオスの妹についても、絶賛していた。
会話など接触はないものの、子猫的な可愛らしさと品を兼ね備えた美少女だと。
正統派王子様のカイルリード殿下と並ぶと、実に見栄えがいいと。
どうやら王子にも、特に惹かれたりはしなかったらしい。
兄として、妹が惚れっぽくはなさそうで、安心しておいた。
それよりも、今日は特別なイベントがある。
「ねえマリー。Sクラスの入学、おめでとう。冒険者活動も解禁で、これを渡せるのが嬉しいよ」
ボクは父から預かった、マリー用の聖銀の剣を渡した。
マリーはその大きな包みが、最初は何かわかっていなかった。
重い包みだけれど、身体強化をしているマリーにはなんてことない。
ヒョイと持ち上げて、布の包みをほどいて。
「あーっ、聖銀の剣!」
嬉しそうに叫んだ。
聖銀製の剣は、マリーも欲しがっていたけれど、当時まだ幼かったマリーには渡せなかった。
十歳を超えたらという話が出ていたけれど、そのときには大規模魔獣発生の兆候があり、その対策に動き出していた。
辺境も落ち着いて、ようやくこれを渡せるのが、感慨深い。
「魔力を通す訓練から入って、ちゃんと危なくないように使いこなしてね」
「ありがとう、ジル兄!」
「ボクはお父様から預かっただけだよ。手紙を書きなよ」
「すぐに書くから、辺境に送っておいて!」
マリーは部屋へ駆け出した。
令嬢が走らないようにと注意をするところだけれど、まあ今日は仕方がない。
マリーは大興奮だ。
週末ごとの冒険者活動は、これから聖銀の剣をマリーは使うはずだ。
実は王都で、魔法を使うところを見られたら厄介だからと、家族で話し合った。
父がマリー用の聖銀の剣を急ぎで作ったのは、それが理由だ。
マリーの白の魔力に疑問を持たれたら面倒だ。
なるべく魔法は使わせたくないと、家族の意見が一致した。
学園の授業は、それほど高度な魔法は使わない。
授業の魔法程度なら、無属性として違和感は持たれないだろう。
学園の授業が始まる日、ボクはマリーにひとつ約束をさせた。
「ボクが学園に通っていたとき、とても言葉遣いの悪い同級生がいてね。不愉快だったから、マリーには気をつけて欲しいんだ」
マリーはきちんと使い分けをしているけれど、たまに気が昂ぶると、冒険者のときの言葉が出る。
「だからね、今後はこの王都邸にいるときでも、ちゃんとした言葉を使おうね」
マリーもうっかり学園でやらかさないようにと、考えていたのだろう。
今後は気をつけますと、言ってくれた。
そうして学園の授業が始まり、マリーは放課後勉強会のため、帰宅が少し遅い。
上級生に勉強を教えてもらう約束は、初日以降も継続しているようだ。
ボクが魔獣素材の販売で必要なときは、朝に声をかけておいて、帰宅後一緒に出かけることになる。
勉強会については、上級生の教え方がとても上手だと、マリーは感心していた。
リリアも同じ意見だ。
特別にマリーとその上級生がどうのという気配はなさそうだ。
マリーが言うには、広い知識を持っているらしい。
しかも相手に合わせた話題で、理解を手助けしてくれる。
すごく優秀で優しい人物という。
妹の絶賛に、ボクだってそんなふうに教えられるのにと、ちょっと複雑だ。
マリーは学園生活を、楽しんでいる様子だ。
でもある日リリアから、報告があった。
「あの、同じクラスにレイモン侯爵家のご子息がいらっしゃるんですけど」
リリアも、大規模魔獣発生に国が支援をしなかった経緯は、耳にしている。
そのレイモン侯爵家が、マリーに婚約申入れをしてきたことも、マリー本人には知らせていないけれど、リリアには伝えていた。
なんと、そのレイモン侯爵家の息子が同じクラスにいるらしい。
「接触はあったのか」
「あったといえば、あったんですが」
リリアがなんとも言えない顔をしている。
聞けば、彼はある日、歩いているマリーの腕を強引に掴んだそうだ。
マリーは元気に颯爽と歩いていた。
元気に歩いているとき、手も足と連動して動いている。
彼はその動くマリーの腕を掴んだ。
そして、吹っ飛んだ。
まあ、そうだよね。
マリーもボクと同じく、常に身体強化をしていたら、そうなるよね。
学園のときのボレスを思い出すね。
でもマリー、ご令嬢の所作はどこへ行ったのか。
そういえば入学前の詰め込み学習は、試験対策の勉強が主だった。
礼儀作法については、後回しになってしまった。
言葉だけでなく、所作についても注意が必要みたいだ。
マリーは何かが触れたとは感じたらしい。
周囲を見回したけれど、地面に伏す彼には気づかなかったそうだ。
「ロイ兄が冒険者指導に当たっていた弊害か」
ボクはちょっと眉間を押さえた。
大雑把なロイ兄の指導を受けたせいで、マリーまで大雑把になっている。
周囲の状況確認は、まず敵意を探るところからだとロイ兄は語っていた。
ボクは全体をざっと見て違和感を探すべきだと考えている。
でもロイ兄は、違和感など簡単に感じ取れないからと言っていた。
地に伏した相手からは、敵意など吹っ飛んでいる。
ロイ兄の指導に基づいて、マリーは地に伏した相手には気がつかなかった。
なんてこったい。
「それからは、あちらからの接触はありません。でも、念のために報告を」
「ああ、わかった。ありがとう、リリア」
本当にリリアがいてくれて良かった。
マリーだけだったら、その件はまったく気づいていなかった。
ご令嬢が強引に腕を掴まれた大事件なのに、完全スルーするところだ。
恥知らずの侯爵家は、マリーを諦めていなかった。
でもその後の接触がないというのは、心が折れてくれたのだろうか。
思えばボクにあれだけ突っかかってきたボレスは、強心臓だったんだなあ。
ボクの身体強化は初回でわかっただろうに、何度も挑んできた。
最後は大人しくなったけれど、なかなか根性があったと今では思う。
まあ、レイモン侯爵家のご令息が情けないだけかも知れない。
身体強化で一度吹っ飛ばされただけで、心が折れるなんて。
そしてレオの言葉は、失礼でも何でもなかったようだ。
マリーはボクと同じように、常に身体強化を巡らせている。
何かがあったらと心配していたけれど、何かはそうそう起こらない。
たぶん刺客を向けられても、マリーは無傷で対処が出来る。
なんなら聖銀の剣まで扱えるようになってきている。
すごい強敵を差し向けられても、人間レベルなら対処は容易だ。
ドラゴンが来ても、結界と併用して、ひとりで倒せるだろう。
ボレスの嫌がらせに無傷だったボクを、レオは知っていた。
あの言葉は根拠があってのことだったのだと、気がついた。
短編と書籍版の違い
③短編版アルスは1歳上ですが、書籍版では2歳上です。そして成績は首席。
次回更新は3月15日予定です。