08
マリーの入学直前、ボクはサーリウム公爵邸を訪れていた。
嫡男のレオリオスから招かれたのだ。
「サーリウム公爵家嫡男として、マロード辺境伯家の方々へ感謝を」
会うなり彼は、そんなことを言った。
「あの大規模魔獣発生は、ドラゴンまで出たと聞いている。マロード辺境伯家が抑えてくれなければ、どれだけ被害が広がったかわからない。ドラゴンなら、うちの領地も被害を受けた可能性がある」
確かに大規模魔獣発生は、国中が食い荒らされる災害だ。
彼はそれを理解し、災害をマロード辺境伯家の戦力だけで食い止めたことに、感謝の言葉を向けてくれた。
「言ったとおり、ボクらは生き残った。約束を果たしてもらうよ」
ボクの言葉に、彼は少し警戒した顔になる。
「実際の要求は、どのようなものだ」
「まずはあの件の裏を知りたい。レイモン侯爵家が、大規模魔獣発生は起きるはずがないと断言したこと。テレンス公爵家がそれを後押ししたこと」
国の一大事につながる出来事を、なぜねじ曲げようとしたのか。
聖銀狙いでマロード辺境伯家を潰そうとしたなら、国家の大事をそこに絡めた強気の原因は何かあったのか。
それらの事情が知りたいと、説明をする。
なるほどと彼は頷いた。
「まずは、と言うからには、別の要求もあるのかな」
「家族とマリーを守りたい」
「マリー……ああ、妹か」
彼はそう呟いてから、不思議そうな顔になる。
「レイモン侯爵家やテレンス公爵家と、妹に関係があるのか?」
「今のところ、レイモン侯爵家の息子が、マリーに婚約の申し入れをしてきた程度だけどね」
さらっと言うと、彼は嫌そうな顔をした。
「ずいぶんな恥知らずだ」
「うちの家族も同じ意見だ」
彼はボクの話の続きを待つ態度だったので、言葉を続ける。
「今回、大規模魔獣発生を一領地で耐えられたのは、マリーの存在が大きい」
「噂では、結界魔法で領地を守ったというが」
「そう。マリーが結界魔法で領地を守った」
レオリオスが目を見開く。
知っていたけれど、信じていなかった、という様子だ。
「それは、神殿から守って欲しいという話か。正直、難しいな」
「いや、マリーは魔力判定で、白の魔力だと結論はついている」
ボクの言葉に、なおさら理解し難いという顔をレオリオスがする。
「白の魔力で、結界を?」
「空間魔法の結界だからね」
レオリオスが額を押さえた。やはり理解できないという顔だ。
「空間魔法の、結界」
「ああ。別空間の安全地帯を作り、戦闘拠点にするという魔法だ。何度も魔力切れで倒れながら、マリーはその魔法をずっと開発し続けた」
あのときのマリーを思い出すと、ちょっと切ない。
ボクに手伝って欲しいとやっと明かしてくれたときは、晴れやかな顔だった。
そして結果が伴わなかったときの、絶望したみたいな泣き顔。
今度こそと思ったのにと、泣いていた。やっと出来たと思ったのにと。
ボクが知らなかった間も、ずっと何度も挑戦して、失敗して。
収納魔法もその過程で出来たと言っていた。
何度もあんなふうに泣きたくなる失敗を繰り返して、完成させていった。
ひとりで、何度も膝をついて泣いたのだろう。
「マリーの魔法は、ずっとひとりで頑張って作って、途中からボクにも教えてくれて、一緒に考えていた。あの魔法があったから、ボクらはきっと勝てると思えた」
レオリオスは首を振る。
「少し、待て。とんでもないことを聞いた気がする」
「噂は聞いていたのだろう」
「いや、そうだが。信じている貴族はほとんどいないだろう」
なるほどね。ではどうやってボクらが生き残ったと思っているのか。
「そんなとんでもないことが出来る存在を、何から守るんだ」
レオリオスから暴言ともとれる言葉が出た。
可愛いマリーを化け物みたいに言うとは失礼な。
「色々だよ。テレンス公爵家が我が家を排除して、マロード辺境伯領を手に入れようとしていたのなら。それを潰したのがマリーだと知ったら、狙われる」
「狙われても、どうにでも出来そうだが」
「だってマリーは可愛いんだ!」
可愛いマリーに何かがあったらと心配する兄心は、彼もわかるはずだ。
そう考えて見据えると、なるほどと彼は頷いた。
「そうだな。どれだけ有能でも、妹は心配だ」
「そうだ。心配なんだ」
兄なので。
そう頷いて見せると、レオリオスも頷いた。
彼はしばらく考えてから、ボクに向き合った。
「君の家族を守るにあたって、我々は協力が出来ると思っている」
そして意味ありげにボクを見る。
「第二王子殿下を王にするため、君にも協力願いたい」
思いもしない言葉が来て、ちょっとフリーズした。
なんとも即答が難しい話が来てしまった。
「第一王子殿下は王に不向きだが、それでも妻の実家、テレンス公爵家の後押しがあり、立太子される可能性が高かった。だが今回のマロード辺境伯領の件で、国は彼らの排除に動き出している」
「マロード辺境伯家を政権争いに巻き込むつもりかい?」
今度はボクが警戒すると、彼は少し笑った。
「いや、君だけで構わない。それに政権争いというよりも、そうしなければならない。君も貴族なら、ある程度は予想をしていただろう」
そう言われても、まったく何も思い浮かばない。
ボクの顔を見たレオリオスが、困った顔になった。
「まさか、そこから説明が必要とは」
「すまない」
どうやら貴族の常識として、知っておかなければならない情報があったようだ。
マロード辺境伯家の引きこもりっぷりを舐めないでもらいたい。
社交は引き受けると決意をしてみたけれど、考えれば学園で交流をしていなかったボクに、それが出来るかは不明だ。むしろ限りなく不安だ。
そこで彼が教えてくれたのは、第一王子という人物について。
第一王子は婚姻もして、それなりの年齢だ。
なのに今も立太子されていないのは、なぜか。
「そうだな。好きなことだけをして生きていきたいという考えをお持ちだ、と言えばわかるか」
王になる人物としては、ありえない言葉が来た。
「外戚として力を持ちたいテレンス公爵家には好都合だったが、傀儡になるのが目に見えている。そのため立太子が見送られていた」
政権争いというよりも、国の未来のために第一王子を王に据えてはならないと。
なるほど理解した。
「まともに国を考えるなら、第二王子のカイル殿下を王に推すべきだ。あの方は、王家の責務をきちんとご存じだ」
「第二王子というと、レオリオスの妹の婚約者」
「ああ。カイル殿下は周囲の期待により、ご自身が王にならなければと考えておられる。それでテレンス公爵家に対抗できる、我が家の後ろ盾を欲された」
そういえば、断ったのに妹が第二王子の婚約者にされたと以前話していた。
後ろ盾が目的の、妹が幸せになれない婚約なら、レオリオスはさぞ心配だろう。
「未来の王としては、まともな人物ということだな。で、妹の婚約者としては?」
ボクの言葉に、珍しくも彼は目を逸らした。
そうして少し考えを整理するような間のあと、口を開く。
「理由を言う気はないが、うちの妹に、王子の婚約者は荷が重い」
ボクはすぐに言葉の意味が飲み込めなくて、目を瞬く。
戸惑うボクに、彼は少し苦い笑いを浮かべた。
「能力的な話ではない。事情がある。だが言うつもりはない」
理由は言えないけれど、王子の婚約者には不向き、ということらしい。
それで断ったのに、後ろ盾欲しさに第二王子側が強引に婚約を進めたのか。
「レオリオスは、そんな第二王子でも、王に推したいと考えているのか」
「ああ、レオでいい」
いきなり愛称呼びを許された。
それからまた、しばらく考えるような間があって。
「国の先行きを考えれば、それが一番いい。能力も性格も、カイル殿下は王に向いている」
頭では理解しているけれど、妹のために気持ちは追いつかない。
そんなところか。
良き王になるという信頼はあるけれど、妹の夫には微妙なところという感じか。
彼は話を切り替えるように、軽く首を振ってからまた口を開く。
「君の知りたいテレンス公爵家の意図、君は何か予測しているか」
「うちの聖銀の鉱脈狙いかなと思っている。でも確証はない」
「なるほど。聖銀の鉱脈なら、レイモン侯爵家だけでなく、テレンス公爵家まで動く理由になるな」
ボクたちの予測に、彼も納得する顔だけど、それは答えじゃない。
「でもなぜあのタイミングだったのか。大規模魔獣発生が起きるはずがないと断言して、起きた場合、結局は窮地に立たされるのに」
彼もその部分が不思議だと言いたげだ。
「確実に辺境伯領を手に入れる手段を考えていたのか」
確実に、手に入れられる手段。
そんなものがあるのだろうか。
もしあれば、それが答えだとわかるのだけれど。
「わかった。そのことは、私も気にかけておく」
レオリオスは最後に、そう約束してくれた。
そしてもう一度、彼は言う。
「私のことは今後、レオと呼んでくれ」
愛称を許すのは、親しい間柄と示すこと。
マロード辺境伯家次男のボクが愛称を呼ぶことで、彼にとって何かが有利になる。
ひとまず今、ボクが協力するべきは、彼を愛称で呼ぶことみたいだ。
まあ、それくらいならいい。
家ではなく、ボクだけのことなら、まあいいか。
「わかった。レオ、よろしく」
わざと軽い物言いをしたら、彼はそのまま許してくれた。
対等な関係で良いと、示してくれている。
それならいい。
ボクもマロード辺境伯家も、彼の下につくわけではない。
ちなみにレオリオスさん、短編どころか書籍版にも出ていません。
マリー視点は後半が恋愛主軸なので、事件の裏側はちょろっと程度です。
ジル兄視点ならではの、書籍版の裏事情的なお話を連載しております。
次回更新は3月10日予定です。