06
マリーと行った素材売却のための旅は、素晴らしい体験だった。
美しい景色も、各地の珍しい物も、奇観も。
様々なものをマリーと一緒に見た。
その土地ならではの採取をして、魔獣を討伐して。
森で魔獣の大群に囲まれても、マリーの結界魔法があるので平気だった。
温かい食事が常にあり、水やお湯も豊富に持っている。
学んだ知識は、とても役に立った。
その土地で求められる素材を出せば、思った以上の高額買い取りがされた。
土地の産業に係わる素材は、大量でも高額で売却できた。
マリーは高級な宿には興味を示さず、ほどほどでいいと言う。貴族令嬢なのに。
でもお菓子の店では目を輝かせ、大量購入をしていた。
マリーがそれで嬉しいなら、それが一番だ。
目標金額は、思っていたよりも早くに達成できた。
商業ギルドを通じて辺境に送金したので、借金問題は解決だ。
まだ稀少素材はあるし、ドラゴンの素材は丸々残っている。
資金の余裕が出来たので、復興どころか、発展させることまで出来そうだ。
マリーは家族や領城の人たちへのお土産を買って、嬉しそうな顔だった。
ボクはそっと、マリーが好みそうな小物も買っておいた。
こういうときのマリーは、自分を後回しにしてしまう。
でも、あとから渡せば、きっと喜んでくれるはずだ。
各地で取引をしたとき、マリーはボクの交渉に感心していた。
学園の先生に教わったことも、それなりにある。
でもきっとマリーは忘れているのだろう。
いくつかの交渉の方法は、マリーが過去に教えてくれた。
不思議な知識の呟きは、ボクの中に意外と多く残っている。
今ではあまり話さなくなったけれど、子供のころは、たくさん不思議な言葉を口にしていた。
意味もちゃんと教えてくれて、それらはボクの知識のひとつだ。
半年ほどかけて、辺境へようやく帰った。
慣れ親しんだ部屋で休むことが出来るのは、嬉しいけれど。
マリーを独り占めできる時間が、終わってしまった。
「本当に、目標金額を達成してくれたんだな!」
家族が喜んで迎えてくれた。
「この際だから、街道も整えようよ。復興のついでだし、今後の物流にも役立つし。ああ、損失の心配をかなりしていたけど、二人とも色々と考えて売却してくれて、こんなに資金の余裕が出来るなんて。本当にありがとうな」
「ロイの言うとおりだ。父親としても、領主としても、心から感謝する。こんな子に育ってくれて、誇らしいよ」
「ジルもマリーも、本当にすごいなあ。こんな孫がいて、誇らしいわい。もちろん、ロイも立派に戦って、すごかったなあ」
「ええ、本当に。自慢の息子たちと娘だわ」
家族が口々に、ボクたちを褒めてくれる。
売却の工夫はボクがした。
でもそもそも、マリーの魔法があったから、出来たことだ。
マリーが皆を守るための魔法を頑張って開発してくれたから、出来たことだ。
半年たてば辺境の冒険者ギルドも落ち着いていた。
いよいよ、ドラゴンを解体してもらう。
これはとても稀少な、超高額素材になるものだ。
父は辺境伯領復興のため、三年間の税の免除を決めた。
その決断は、このドラゴンの素材があってこそだ。
人命の被害は抑えたものの、地域によっては魔獣が入り込み、荒れた街がいくつかあった。
街門の外にあった畑は、壊滅してしまったものも多い。
炊き出しなどもしているけれど、彼らが生活を取り戻すための施策は必要だ。
税の免除以外に、もうひとつ大きな施策がある。
辺境伯領の産業発展のため、きちんと三年後の収益確保に向けて計画を立てた者に、産業の援助もする。
工房や商店の建設、もちろん農業なども支援をすると決めた。
最初のケースは、薬師の工房だった。
今回の災害で、稀少なポーションも作れるような薬師が、辺境のために駆けつけて協力してくれた。
彼女のために工房を建てれば、このままこの領地で活動してくれるという。
心意気でマロード辺境伯領に協力してくれた、能力のある薬師が住みついてくれるのは、とてもありがたい。
元からこの地にいた人々も、もちろん対象だ。
工房さえ再建できれば、高額商品を生み出せるような職人がいるのなら、設備の支援をするべきだ。
このままでは能力のある職人が、ただの肉体労働者として働かなければならない。
それは辺境としても、かなりの損失ではないのか。そんな話し合いがあった。
他にも畑の再生、商店など、対象にするべきものは多くある。
人命を第一に考えた結果、人の命という犠牲は少なかった
けれど建物の多くが壊れた地域は、街そのものの再建も必要だ。
この施策は、再建をする以上に、発展を目指すもの。
被害はあったけれど、マロード辺境伯領はさらに豊かになれる。
そんな中で、三つの大きな出来事があった。
ひとつ目。国がドラゴン素材を寄越せと言ってきたこと。
呆れ返るしかない話だ。
その領地の兵力だけで討伐した魔獣は、領地のものだ。
さすがにこれは、国に反旗を翻す大きな理由になる。
ただ領地が疲弊している今、その決断はかなり苦渋の選択だ。
父はまず、国王陛下にその真意を確かめた。
するとドラゴン素材を寄越せという主張は、先走った一部の連中の話で、国の決断ではなかったらしい。
国としてもマロード辺境伯領を痛めつけるつもりはなく、援助をしなかったことは誤った判断だったと、回答には謝罪も添えられていたという。
役人まで来たので、国と事を構える覚悟をしなければならないかと焦った。
この辺境が国から独立しようとしたら、国だって必死に止める。
そういった戦争には、冒険者ギルドも商業ギルドも支援などしない。
復興中の今、厳しい戦いになるかと皆がハラハラしていたので、ほっとした。
何より戦争にマリーの魔法を使わせたくない。
ふたつ目。父の弟、ボクたちの叔父が爵位剥奪になった。
これはボクの耳に入らないようにしていたみたいだけど、マリーの魔力判定のあと、その叔父は苦言を呈しに来たそうだ。
ボクとマリーが白の魔力だなんて、マロード辺境伯家の先行きが心配だと。
だから父が領主になるべきではなかったと。
叔父は学園を首席卒業し、自分こそが祖父の後継者になると思っていたそうだ。
父は落第をなんとか免れた程度の学力だったので、その可能性はあったのだろう。
でも祖父は、領主に必要な素質を父の中に見ていた。
知識や知恵は他者の力も借りることが出来るからと、父をそのまま後継とした。
この国では、貴族の主の功績に対し、新たな爵位が授けられることがある。
過去のマロード辺境伯が功績を上げても、辺境伯としての地位を、それ以上は上げられない。
そのため複数の子供に継がせることができる、子爵位などが授けられる仕組みだ。
領地付き、領地のない場合があり、祖父が叔父に与えたのは子爵領の爵位。
辺境伯家に属する爵位は、領主が任命や解任を国に申請し、国が認めれば爵位が与えられたり、取り上げられたりする。
もちろん取り上げる場合は、正当な理由が必要だ。
叔父は大規模魔獣発生の真っ最中、一家で辺境から逃げ出していた。
父の側近のひとりが、なんとかその領地の管理をして、混乱を防いだ。
災害が収まり、叔父は戻ってきて、元のように領地を治めたという。
その時点でも、充分に爵位剥奪の理由になったけれど、問題は復興中の今だ。
街道整備の計画や、産業支援の計画がなされる中、叔父の領地は対象外となった。
元から被害も少なかったため、必要がないという理由はある。
実は被害の少ない地域でも、街道整備や産業支援は辺境伯領全体で進めている。
でも叔父の領地は対象外になった。
領地を放り出した領主に支援をする理由はないと、父と祖父が判断した。
それに腹を立て、叔父は領地を再び放置して、王都へ行ったという。
わけがわからない。
そんな人物が、この辺境伯領を運営出来ると、なぜ思えるのだろうか。
叔父の不在中に領地を支えた人物を新領主に据え、叔父の爵位は剥奪された。
元より父の側近だったその人も、爵位は持たないが辺境伯家の親戚だ。
祖父の弟の血筋で、父の従兄弟だ。
新子爵にはマリーと同年齢のひとり娘がいた。
今はマリーと一緒に、学園入学のための勉強を開始している。
少し覗いてみたら、リリアというその娘とマリーは、仲良くしていた。
一緒に入学する友達が出来て嬉しいと、マリーも楽しそうだった。
叔父のことは、ボクの心に刺さる出来事だった。
彼は辺境の男としては、線が細い頼りない体格をしていた。
過去のボクのように、戦えない自分に劣等感を持っていたのではないかと思う。
もしもマリーが魔力循環を教えてくれなかったら。
身体強化で戦えるようにならず、魔法もうまく使えず、ただひとつ得意な勉強にしがみつき。
ロイ兄を妬み、ボクもああなっていたかも知れない。
あれは、あったかも知れないボクの姿だ。
今のボクは、ロイ兄をボクなりに支えようと思っている。
ロイ兄の足りないところを、ボクはきっと補える。
でも劣等感でいっぱいだったら、きっとこの目標はなかった。
マリーのおかげで今のボクがあるのだと、改めて思い知る。
最後のひとつ。これは喜ばしい出来事だ。
産業支援の事例のひとつ、災害時に駆けつけてくれた薬師の話だ。
彼女は元、男爵家のご令嬢だった。
領地は薬草栽培が盛んで、幼い頃から調薬に興味を持ち、学んでいた。
男爵家の出身にしては魔力も豊富で、効果の高いポーションも次々に作れるような逸材だった。
元、ということは、彼女の家は爵位を失っている。
人の良い両親が騙されて、没落したのだという。
でも話の経緯を聞けば、どうやら彼女が狙われてのことだったみたいだ。
このまま貴族でいたければ、彼女を寄越せと持ちかけられていたらしい。
彼女の家族は、彼女にそれを伝えることなく、平民として暮らすことを決意した。
それぞれが出来るように働いて、暮らしていたそうだ。
元は小さいながらも領地を持つ男爵家の娘だった彼女。
辺境の領地を必死で支えるマロード辺境伯家のことを聞き、来てくれた人物だ。
自分もこの領地を支える役に立てるだろうと、後方支援に志願してくれた。
高度な特殊ポーションを作ることができる腕を持つ彼女は、あの事態の中、とても心強い存在だった。
災害復興の中、事業支援の話をしたら、彼女は受けてくれた。
この辺境で家族と暮らすことにしてくれた。
そしてロイ兄は、彼女のそんな事情を知り、猛アタックをしたそうだ。
彼女に以前から惹かれていたところ、事情を知ってさらに惚れ込んだ。
最初は没落貴族の自分が、辺境伯家嫡男の嫁となることに、尻込みをされていた。
でもロイ兄の熱意が通じたのか、このたび婚約となった。
寄り添う二人の幸せそうな様子を見ると、これで良かったと思う。
最初の婚約が、あちらから解消されたことは、ロイ兄なりにショックだったみたいだけれど。
いい方向に落ち着いてくれて、本当に良かった。
素晴らしい伴侶に恵まれて、本当に良かった。
短編と書籍版の違い ②リリアは急に貴族になってしまった。
父の側近で親戚なのは元からですが、叔父のモロモロでこうなりました。
次回更新は3月1日予定です。