05
辺境に戻れば、魔獣たちが増えたことで、対策を立てる大人たちがいた。
大規模魔獣発生は、まだ起きていない。
災害に備えて、物資補給に奔走する大人たち。
それを横目にボクとマリーは、空間魔法の研究を続ける。
あともう少しというところで何かが足りないと、模索する。
マリーと二人で顔を寄せ合って考えた。
「ジル兄、一緒に考えてくれて、ありがとう」
まだ完成しないことに心細くなっているのか、マリーが涙目で言う。
ボクの方こそ、泣きそうだ。
家族や辺境の皆のため、こんなにも頑張っているマリーが健気過ぎる。
ようやく結界魔法が完成したときは、思わずマリーと抱き合って喜んだ。
本当にすごいことを、マリーは成し遂げた。
空間魔法の結界は、本当にすごい。
だって聖女や聖者の結界魔法は、強い力で破られることがある。
でもマリーのこの結界は、そこにない空間による結界だからこそ、破れない。
最強の結界魔法だ。
マリーの努力の結果と才能だと、本当にすごい妹だと思う。
なのにボクと一緒に作ったものだ、ボクがいたから完成したと。
そんなふうにマリーは言ってくれる。
いよいよ他の家族に、結界魔法を披露することになった。
マリーは実験した魔法が、みんなの前でうまく出来るか緊張している。
ボクがマリーの背中に手を置くと、安心したみたいに笑うから。
ああもう、本当にマリーは可愛い。
そうして披露した魔法。
まずは選別した人を弾く魔法として、ロイ兄は通して、父を弾く。
実験をして、成功したとき、マリーは嬉しそうに笑った。
ロイ兄、両親、そして祖父は愕然とした顔をしていた。
うん、わかるよ。凄過ぎて、理解できないよね。わかる。
やがて父が我に返った。
「待て。これは、例えば魔獣だけを弾くことは出来るのか」
「大丈夫。魔力で判別しているから、人の魔力を通して、魔獣の魔力を弾けば、人だけを守る結界になるの」
魔獣には特有の魔力がある。
それを弾けばいいのだと、マリーは言う。
父は念のための実験をした。
マリーと側近を連れて魔の森へ行き、実際に魔獣を弾けるかを確認した。
同時に結界の耐久実験もした。
結果、マリーの結界は二日近く保った。
複数の結界を維持出来ることも、確認できた。
大規模魔獣発生が、兆候から数年たっていることに、とんでもない規模になりそうだという危機感を皆が持っていた。
それをマリーのこの魔法は、吹き飛ばした。
最前線に、安全な拠点が作れるのだ。
どれだけ強力な魔獣でも、あの聖銀製の剣ならどうにか出来る。
でも災害の規模が大きいほど、疲弊し消耗し、危険度は増す。
聖銀の剣は強力な武器ではあるが、扱えるのは辺境伯家の人間だけだ。
少人数だけが対抗できても、ずっと戦い続けられるわけではない。
きっといつか、疲弊して戦線が崩れてしまう。物資補給もままならない。
その危機感が吹っ飛んだ。
母は反省していた。
「あの子なりに頑張ってくれていたのに、変なところで寝てばかりいるって、叱ってしまったわ」
マリーが話さなかったのだから、仕方がない。
マリーのこの新魔法を公開することに、父はずいぶん悩んだみたいだ。
でも公開しなければ、拠点に活かせない。結果的に決断をした。
同時にマリーは、よそへ嫁にやれないことが決定した。
あまりにもぶっ飛んだ能力を持っている。
嫁として、下手にどこかの勢力に取り込まれたら、えらい騒動に巻き込まれる。
マリーは役に立てると喜んでいる。
でもこれを乗り切ったあとのマリーが心配だった。
とはいえ、まずは目の前の大規模魔獣発生だ。
結界で複数の拠点を作り、森の動向を見守ることになった。
冒険者ギルドにも情報を共有し、一部の結界には、冒険者が詰めた。
マリーが結界の維持に森を回るため、ボクもついて行った。
収納魔法も有効利用をして、領兵や冒険者たちに温かい食事を配る。
魔獣が頻繁に魔力溜りから発生するようになっている。
いつ大発生が起きてもおかしくない状況だ。
マリーは自分とボクに結界をかけて、森を移動した。
その中で、マリーから泣きが入ったのは、トイレ問題。
マリーの魔法が戦線維持の要なので、魔力ポーションを日に何本も飲む。
おかげで森の移動中に、トイレへ行きたくなる。
マリーだって冒険者活動をしていたので、森でそうしたことが一切できないわけではない。
でも今の森は、知り合いが常に動き続けている。
遭遇率が非常に高く、なんなら戦闘の近くでトイレ問題が発生する。
考えても解決策が思い浮かばなくて、マリーに謝った。
泣きそうな顔になりながらも、結界の色を濃くして個室のようにして、マリーはなんとかしていた。
マリーが十二歳になってからのことだ。
いよいよ大規模魔獣発生だと思える高ランク魔獣が出た。
ベヒーモスという大型で高ランクの魔獣が生まれていたのだ。
冒険者たちは戦いながら、結界に逃げ込んで、また戦うという戦法で、魔獣を食い止めてくれていた。
急いでマリーと知らせに走ろうとしたけれど、魔獣はマリーに狙いを定めたのか、ボクたちについて来る。
高ランク魔獣を連れて街へ帰るわけにはいかない。
「ジル兄、よろしくね!」
マリーはボクにそんな言葉を投げて、ベヒーモスに攻撃魔法を向けた。
自分に狙いを定めさせて、ボクを走らせるつもりだ。
精一杯の身体強化で森を駆け抜け、父に知らせる。
折良く森を出てすぐに父が見つかり、祖父もロイ兄も一緒だった。
領兵たちも連れ、マリーのところへ急いで戻る。
マリーはうまく、魔獣を引きつけていた。
領兵で囲み、父と祖父を中心に、ボクとロイ兄が聖銀製の剣で魔獣に対する。
ボクたちの剣が魔獣を切り裂き、冒険者たちから声が上がった。
どうやら冒険者たちの剣は、この魔獣に傷ひとつ与えられなかったらしい。
よし、ボクらなら戦える。
そう思った矢先だった。
父があっさり、この高ランク魔獣の首を落とした。
領軍の兵と冒険者たちがどよめく。
出来ればマリーの前で、ボクが仕留めたかったと思うと、ちょっと悔しい。
でもやっぱり、マリーの教えてくれた魔力循環、身体強化はすごい。
聖銀の剣は、とても有効な攻撃手段になっている。
「すげえな。辺境伯家の男たちは、最終兵器かよ」
誰かの呟きが聞こえた。
振り返れば、領兵も冒険者たちも、明るい顔をしている。
それはそうだ。高ランク魔獣との絶望的な戦いではない。
ボクたちの聖銀の剣は、手強い魔獣も倒せる戦力になる。
皆の中で、勝てるイメージが明確になったようだ。
マリーには、討伐した魔獣は収納魔法で確保しておいて欲しいと言ってあった。
依頼どおりにマリーはベヒーモスを収納してくれた。
いよいよ始まった大規模魔獣発生。
ボクとマリーは別行動になった。
マリーは拠点巡りで、結界の維持と物資補給、そして魔獣の回収。
ボクは戦力のひとつとして、苦戦している場に呼ばれては、魔獣を狩る。
祖父や父、ロイ兄と対等に扱ってもらえて、誇らしさに胸が熱くなる。
ボクの強さは、たぶん三人に比べて一歩及ばない。
それでも聖銀の剣の威力、身体強化は、他の冒険者や領兵とは格段の差がある。
強者として扱われて、くすぐったい気分だ。
とはいえ、状況は緊張感を増している。
強い魔獣が次々と生まれ、ボクたちは奔走する。
ときに疲れ果てて、冒険者の結界で休んだ。
マリーの結界は本当にありがたい。
これがなければ、ボクたちは戦線を維持できなかった。
聖銀の剣という驚異的な力があっても、数の力にいずれ押し切られた。
結界で休憩が出来るから、ちゃんと戦い続けられる。
戦闘が本格化して、冒険者たちを呼び込む策を練った。
話し合った末、彼らが倒した魔獣の点数に応じて報酬を出すことになった。
大丈夫だ。本当に稀少価値のある魔獣は、ボクたち辺境伯家が仕留める。
冒険者が仕留められるのは、ある程度までの魔獣だけだ。
マリーが回収した魔獣を、当面の資金のために売りさばく。
正当な価値がつかない場合は売却を見合わせて、きちんと高く売れるように。
食料やポーションが切れないように、物資補給には細心の注意を払った。
父の側近たちや、母が手配をしてくれている。
冒険者ギルドや商業ギルドも全面協力をしてくれるのが、ありがたい。
商業ギルドは物資補給のため、無利子の融資までしてくれた。
いよいよ瘴気溜りは、ドラゴンまで生み出した。
あれだけ恐れていたドラゴンは、一体は祖父が、一体はロイ兄が倒した。
自分は倒す機会がなかったと父は悔しがっていた。
気持ちはわかるけど、父の「もう一体出ないものか」という呟きはどうかと思う。
強力な魔獣が出続けたあと、次第に魔獣のランクは下がってくる。
ようやく先が見えたところで、困った事態が表面化した。
やはり魔獣の素材が、どうしても売りさばけなくなっている。
冒険者への報酬は、滞らせるとまずい。
父や側近たちが顔を寄せ合っては、深刻な顔で相談をしている。
その状況を打開したのも、マリーだった。
「冒険者のみんなが、分割払いでもいいって言ってくれてたよ!」
今のボクたちには、願ってもない朗報だ。
マリーは各拠点を巡回し、結界維持と物資補給をしていた。
冒険者と話す機会は多かったのだろう。
冒険者たちは好意的に、マリーの提案を受け入れてくれたようだ。
全員ではないにしても、一部でも支払いが遅れていいのは、とても助かる。
「遅くなってもいいなら、資金はちゃんと作れる」
稀少素材は多く残っている。
この地では無理でも、高額で引き取って貰える地域に、こちらから行けばいい。
「分割払いを受け入れてくださった方々には、高い利息を約束してあげて下さい」
最初、父の側近はボクのこの提案に、難色を示した。
でも祖父が、ボクに賛同してくれた。
「冒険者同士に亀裂が生まれるのは避けるべきだ」
一括支払いを願う冒険者は必ずいる。
マリーや辺境伯領を思いやり、分割払いを受け入れてくれた人たちは、その人たちに反感を抱くだろう。
それを避けるには、分割払いを受け入れた人が、最後は得をする必要がある。
魔力溜りから発生するのは、普通の魔獣ばかりになってきた。
領兵たちで対処が出来るようになり、収束が窺えた。
ボクとマリーは、資金調達のために辺境を旅立つ。
「ねえジル兄、いっぱいお土産買いたいね。各地に行くなら、その土地で採取とか魔獣討伐もして、お土産代も稼ごうよ!」
マリーは可愛い提案をしてくれた。
ときに泣きそうな顔で頑張っていたマリーこそ、ご褒美がいるだろう。
なのにマリーは、皆へのお土産をと言ってくる。
資金調達をきちんとすれば、少しくらいの寄り道は許されるだろう。
地理の先生に教わった、各地の景色をマリーと見よう。
美しい景色も、珍しい物も、たくさんある。
世界をマリーと見て回ろう。
短編と書籍版の違い ①大規模魔獣発生でドラゴンは2体出現
ドラゴンスレイヤーになり損ねた父の「もう一体出ないものか」が書きたくて。
次回更新は2月20日予定です。