後日話 異世界の予言書とは
本日一般販売日。記念SSです。
マリーたちが学園へ行ったあと、今日はぽっかり時間が出来た。
学園を卒業したアルスも、今日は時間があるようで、少しお茶を飲みながら話をする。
「今のこの邸は賑やかだけど、ボクが学園へ通っていた頃は、この王都邸はボクだけだったんだよね」
同じ邸なのに、ずいぶん印象が変わるものだと、しみじみ思う。
「それは寂しかったですね。邸では何をなさってたんでしょうか」
「早く帰ると寂しいから、放課後は学園の図書棟で過ごしたよ。本棚はかなり制覇したなあ」
学園に思い入れはなかったけれど、マリーの入学準備で足を踏み入れた学園は、懐かしかった。
あのときは図書棟に行かなかったけど、機会があれば行きたい気がする。
本がたくさんある場所の、独特の匂いを今も覚えている。
「ああ、私も学園の図書棟で過ごすことは多かったですね」
アルスも、義母が来てからは家の居心地が悪く、ボクと同じように図書棟で多くの時間を過ごしたそうだ。
「アルスも本棚はかなり制覇したのかな」
「制覇とまでは言えませんが、それなりに」
控えめな彼がそれなりと言うのなら、かなり読み尽くしていたのだろう。
マリーは彼の知識が幅広いと言っていたけれど、広い範囲の本棚を制覇しているからこそだ。
いくつか例に挙げれば、彼も読んだ本だった。
同じ本を読んでも、少し解釈の違いや感想の違いがあった。
色んな本の話をして、その内容についてアルスと話し合うのは面白かった。
そんな中で、ふと思い立って訊いてみた。
「司書室の扉の並びの奥、あのあたりの本も読んだのかな」
もしかして彼も、あの本を読んだのだろうか。
そう思って訊いてみたのだ。
彼はマリーの特異性を、どのくらい承知しているのかなと。
アルスはボクを見て、少し考える顔になる。
ああ、これは読んだな。
しかもマリーの事情を知っている。
マリーは家族よりも、彼に話をしたのではないかな。
寂しいけれど、すべてを打ち明けられる伴侶になっているという意味では、喜ばしいことだろう。
アルスもまた、ボクの表情を読んだみたいだ。
なるほどと頷いて、彼は口を開いた。
「あの親戚の女性は、死に戻りということでしょうか」
マリーの話ではなく、叔父の娘の話をした。
この世界で起こるべき出来事を、幼い頃に知っていた彼女。
叔父にそれを話し、大規模魔獣発生でマロード辺境伯領の乗っ取りが出来ると企てるための、情報源になっていた彼女。
「そうだろうね。予言スキルで未来を知ったというよりも、何か作られた物語を信じ込んでいるみたいだったね」
思い出すと不愉快になる存在だけど、あちらも死に戻りのケースだろう。
どういう理屈かはわからないけれど。
「他の世界で物語のように書かれた予言書があり、その記憶を持つ者がいた。そんなふうにあの本には書かれていたね」
ボクがあの本を思い返しながら口にすると、アルスも言う。
「それも一種の予言スキル絡みで起きる現象かも知れませんね」
アルスの言葉に、ボクは目を瞬いた。
見つめ返すボクに、アルスは自分の言葉を解説してくれる。
「正確には異世界で予言として感じ取ったものを、物語として書き起こした人物がいた、という状況かと」
ああ、なるほど。異世界にある予言書とは何かと思っていたけれど。
そもそも書いた人物が、予言スキル持ちだったということだ。
物語の作者が、異世界のことを予言として感じ取っていた。
意識的か無意識か、予言スキルを持つ者が、異世界の出来事を感知して、物語として作り上げた、と。
「その情報を元に作られた話を、彼女が知っていたのか」
「異世界の記憶を引っかけて戻るとは、そういうことではないかと」
なるほどなるほど。予言スキルを元に書かれた物語。
それを起こる未来の話として、彼女は信じていたということか。
「ただ、あのあとマリーと少し話したのですが、予言されたものと作られた話は、完全一致するものではないだろうというのが、マリーの意見でした」
ボクはまた少し固まった。
アルスはマリーと、そんな突っ込んだ話まで出来るんだ。
へー。やっぱりちょっと嫉妬するな。
「完全一致しない、か。具体的には?」
「多くの物語が生み出されている世界があったとして」
明言を避けているけれど、それはマリーが記憶する世界の話だろうか。
「予言スキルで、物語の元となる話が頭に浮かんだとします。作り手である作家は、受け取ったそのままを物語として書くものでしょうか」
言われて少し考える。
書き方によっては、あの大規模魔獣発生のマリーの活躍は、面白い読み物だ。
旅芸人が芝居にしてしまったほどだ。
いや、でも、それはマリーが覆した今の話だ。
「出来事そのままの話の筋が、面白いかどうかによるだろうね」
彼女の話した筋書きでは、辺境伯領どころか国が魔獣に蹂躙されるはずだった。
レオの領地も、ドラゴンによる大きな被害に遭うはずだった。
そのままの話が面白いかというと、心躍る冒険譚ではない。
彼女は自分がいかに愛されるべき存在かを語っていたけれど、そこまで愛される存在が果たしてあるのか。
通常はひとりの人物と結ばれる結末しかない。
なのにカイル殿下と結ばれる場合は、ミル嬢が悪役令嬢だとか言っていた。
「人に楽しまれる話にするなら、改ざんをする?」
例えば主人公にあたる人物の性格が悪ければ、愛される存在に書き換える。
もっと面白い展開を求めて、そこに登場する魅力ある男性を、主人公に絡ませるということもあるだろう。
「受け取った予言そのままに書く必要はないでしょう。書き手によっては、物語として面白みを追加し、好みの話に書き換えるだろう。マリーはそういった考えを話してくれました」
なるほどとボクは納得した。
たとえば予言では、カイル殿下とミル嬢はそのまま婚姻する。
でもミル嬢の厄介な親戚の存在から、作家が別の話の筋を作ったなら。
こういう要素をここに付け加えれば、こう変化する。
物事のパーツを組み合わせて組み替えて、物語として作り込んでいく。
なるほど、作家目線で考えれば、元の予言とは別の物語になるとは想像がつく。
であれば、レオが死ぬという話は、予言にはなかったことかも知れない。
たとえば大怪我をして騒動になったという予言から、もし嫡男が死亡していたら、という話が作られたとも、考えられる。
まあ、恩に着てくれているレオに教える必要はないけれど。
真相は誰にもわからない。
でも、ボクもそんな気がしてきた。
だとしたら、ボクもそうショックを受ける必要はなかったか。
辺境伯家にひとり、裏切り者がいた方が面白い。
そう考えて作られたのが、彼女の知る物語のボクだったかも知れない。
叔父の娘は、予言そのままではない改ざんされた話が、この世界で起こる未来だと信じていた。
でも実際の予言はきっと、少し違う筋書きだった。
「恐らくマロード辺境伯家でマリーだけが生き残った、とは予想が出来ます」
こちらを気遣う目を向けながら口にしたアルスに、そうだろうなとボクも頷いてみせる。
冒険者にならなかったマリーが、王都辺境伯邸へ避難させられた。
そうしてマリーだけが生き残ったとは、充分に考えられる。
「また辺境伯家の生き残りのマリーが、レイモン侯爵家の子息と婚約することも、あの領地狙いであれば、理解が出来ます」
腹立たしいが、それも理屈はわかる。
アルスも同じなのか、少し眉根が寄っている。
「そうして何らかの手段でマリーを排除し、あの娘とレイモン侯爵家がマロード辺境伯領を手に入れる。そうした筋書きは、ありえた未来だったのでしょうね」
非常に腹立たしいが、納得出来る筋書きだ。
少なくとも、そうしたい人間が描く筋書きとして、ありそうだ。
「ですがカイル殿下があの女性を愛することは、違和感しかありません」
マリーも言っていたな。
彼女はミル嬢に負けている。ミル嬢より彼女を取るはずがない。
さらにカイル殿下が、あんな女に惹かれるはずがないと。
「主人公があの彼女なら、主家の娘を軽んじるような娘です。愛される主人公にするため、ずいぶんな改ざんをされたと考える方が自然です」
アルスもかなり、彼女に腹を立てているみたいだ。
だって彼女の話の中のマリーは、あまりにも可哀想だ。
マリーから、婚約者を略奪する女性が主人公の物語。
それが物語の着想だったなら、そこから魅力的な話にするためには、きっと様々な、あるはずのない要素を入れ込んだ。
この世界の物事、この世界の人々の情報を予言として受け取り。
あったかも知れない物語を作り上げる。
世に広まるような話だからこそ、事実そのままではない。
より面白くなるであろう話が、付け加えられるはず。
そういうことか。うん、理解できた。
でも、腹立たしいことだとも、感じる。
「マリーはそんな話を、アルスにはするんだね」
今までは家族が一番だったのに。
伴侶のアルスが一番になってしまった。
ボクの嫉妬混じりの言葉に、アルスは苦笑した。
「伴侶として彼女の信頼を得ていることは、とても嬉しく思います。もちろんご家族は、彼女の中でいつも特別な存在ですよ」
どうだかと、拗ねたボクが半目になると、アルスの苦笑が深まった。
「例えば、死に戻りの記憶をもし持つ人がいたとすれば、いちばん明かすことが難しい相手は、ご家族でしょうね」
さらりと、マリーがボクらに話してくれない事情を教えられた。
ボクが気づいていることは、彼の中で決定したみたいだ。
「ご家族の衝撃は大きいでしょう。そう思いやればこそ、話せないでしょう」
決定的な言葉は避けて、ボクにそれ以上踏み込まないように牽制してきたか。
わかったと、ボクはアルスに頷いて見せた。
その理由を聞けば、マリーらしい判断だ。
マリーが死にかけて、死に戻りとして別の人生の記憶を持っていたとして。
死にかけたという事実も、別の人生の記憶が混ざったことも。
なるほど。ボクたち家族からすれば、かなり衝撃的な話だ。
ボクたちを気遣えば、かえって言えない。
実にマリーらしい。
「複数の魅力的な男性を攻略する、選択肢によって筋書きや結末が変わる物語。そういう発想をマリーが教えてくれました」
それは、マリーの記憶の世界に存在した、物語の形式なのか。
選択肢によって筋書きや結末が変わる物語。
面白そうだし、現実に重なる物事のように楽しめるということか。
「でも現実では、複数の男性を攻略するなど、よほどの遊び人でなければ考えられません。ましてや貴族令嬢が、そのような」
アルスはその先を濁したけれど、うん、わかる。
貴族令嬢としては、あってはならないほど、ふしだらな女性だ。
叔父の娘が話したものは、そうした形式の物語だったのではないか。
そうマリーが言ったという。
つまり、予言はレイモン侯爵家令息との未来だけだったとして。
そこに複数の攻略する男性を作るために、適度に同時代のいい男が選ばれて、話が作られたのではないかというのが、マリーの予想だ。
なるほど。確かにそれっぽい。
主人公と恋をさせるために、攻略対象の男性は、ある程度は性格なども変えなければならない。
彼女の語るカイル殿下がらしくないと感じたのは、そのせいだろうと。
確かに、ありそうな話だ。
「予言スキルで、この世界のことを感じ取った人物が、それを元に話を作る。物語として発表するなら、より面白くなる要素を加える。筋書きが変化する物語であれば、他の攻略対象を追加するための要素を加える」
結局、叔父の娘は、作られた話を信じ込んでいた。
それがあるべき未来だと信じ込んでいた。
実際には、それらの一部だけが、あったかも知れない未来だった。
「まあ、私たちは、マリーが覆してくれた未来だからこそ、こうしていられる。真相解明が出来ない以上、それさえわかっていれば、いいでしょう」
アルスはどこまで理解しているのか、柔らかく笑う。
でもまあ、そういうことだ。
マリーのおかげで、ボクとアルスは、穏やかなお茶の時間を持てる。
明日は学園の休みだ。
久しぶりにボクも、マリーと一緒に冒険者活動をしようかな。
追加SSでした。
乙女ゲーム設定のお話って、そもそもどういうもの?
自分のお話の発想が、たとえばどこかの世界の予言みたいなものだとして、まるっと一致するものを書いてるはずがないよねえ。
だってアレンジは絶対するでしょう。
思いついたときのざくっとメモは、細かく書くときに違和感があると筋が通るようにするだろうし、結局改めて考えて話を作るよね。
そんな書き手としての感覚で、「書かれたお話の世界だ」という設定は、そのまんまなはずがないという考察からの、今回の話でした。
これで追加のオマケ話も終了です。
無印な兄妹たちにお付き合いくださり、ありがとうございました!
また、書籍版にお付き合いくださった方々、これから読んで下さる予定の方々、ありがとうございます。
お楽しみ頂けるお話になっていれば、幸いです。