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16(最終話)


 マリーたちへの説明には、少しだけ迷った。

 うちの門前であれだけの騒ぎを起こされたので、説明そのものは必要だ。

 結果、マリーとアルスにだけ、表面的な事情を話すことにした。


 叔父の家族は離散し、行き場がなくなった彼女が根拠不明の八つ当たりに来た。

 それだけが話した内容だ。


 いずれアルスには話すつもりだけど、マリーには言わなくていいと思う。

 マリーがあんな女の言葉に傷つく必要はない。

 頭がおかしくなった彼女が、根拠なく喚いた言葉。それだけでいい。




「彼女の言葉、かなり怖かったな」

 言うつもりはないけれど、実際に起きたかも知れない未来。

 マリーが魔力を使えなくなっていたら、起きたであろう未来。


「もし三歳でマリーが魔法を使えなくなっていたら、ボクが魔力循環を教わることもなかったし、今みたいに戦えなかった。どんな自分になっていたかを考えると、怖いよ」

 かつて、自分が叔父のようになっていたかも知れないと思ったことがある。

 それがそのまま、ボクに起きたであろう末路だった。


 辺境伯家の裏切り者。無様に殺された次男。

 彼女が語ったようなことになっていたら、どれほど恐ろしかったか。

 そう考えて口にしたら、マリーは元気に立ち上がって、言った。


「私、頑張って良かった! ジル兄も、空間魔法の結界を作るとき、色々と助けてくれて、ありがとう。それにジル兄が身体強化のことを剣術稽古で話したから、家族みんなが魔力循環を身につけて、身体強化が出来るようになった。聖銀の剣も、ジル兄の発想でしょう? あれで家族みんな、すごく強くなったからね。私とジル兄と、みんなで努力したから、大規模魔獣発生も乗り越えられたんだよ。私たち、すごく頑張った!」


 ああ、マリー。

 本当は全部、マリーのおかげなんだよ。


 マリーだって、自分がどれだけ頑張ったかは、ちゃんと意識している。

 なのに、家族みんなで頑張ったって。

 ボクが聖銀の剣のことを考えついたからだって。


 思わず熱くなった目を、手で覆った。

 単なる事後説明で、泣かせてくるなんて思わなかったよ、マリー。




 マリーは話の一部を理解できないアルスに、魔力循環のことを説明し始めた。

「アルス様は、婚約者だからいいですよね」

 そう宣言して彼に魔力を流し始める。


 マリーのあの太陽みたいな魔力に、彼はどう反応するのか。

 そう思いながら見ていると、彼は真っ赤になった。

 だよね。マリーの存在そのものが、自分の中に入ってくるみたいな感覚だ。

 好きな相手にそんなことをされたら、なんだかもう、困るよね。


「待って。マリーは、複数の人に、こんなふうに魔力を流してきたのかい?」

 アルスは慌てたように確認してくる。

「そこは安心してくれていい。家族にだけだよ。正確には両親と祖父と、ボクとロイ兄だけ。あ、ミル嬢もだけど、同性だからいいよね」


 アルスはほっと息を吐いてから、マリーに質問をした。

「逆に魔力を受け入れたことは?」


 そしてマリーに魔力を流していいかと聞いている。

 おや、そう来たか。なるほど。

 アルスは元から魔力の扱いが上手いから、感覚をつかめばすぐだろう。

 マリーも流される側を体験すれば、あの感覚がわかるはずだ。


「はい、どうぞ」

 何も考えてなさそうなマリーが、簡単に了承をした。

 ボクは席を立つ。これは二人きりにしないとダメなやつだ。




 部屋をあとにして、思う。

 謎はたぶん、全部解けた。


 娘の死に戻りの記憶を予言として、叔父がテレンス公爵家に働きかけた。

 予言された大規模魔獣発生の兆候を知り、テレンス公爵家は動いた。

 そして予言が逸れたことで、叔父は始末された。


 テレンス公爵家は弱体化して、叔父は死亡、一家は離散。

 元凶の彼女は、レオに任せてしまった。

 もう世間に出てくることはない。


 カイルリード殿下が次代の王で、ミル嬢が次代の王妃。

 ああ、たぶんもう、ボクらは大丈夫だ。

 マロード辺境伯家を脅かすものは、もういない。


 もうすぐ夏期休暇だ。

 ロイ兄の結婚式があって、父はマリーの結婚は来年だと言っている。

 貴族女性の婚姻は、当主が認めれば十五歳で婚姻が可能だ。

 まだマリーには教えていないから、知ったらきっと驚くだろう。




 夏期休暇に入り、アルスたちも一緒に、ボクたちは辺境伯領へ帰る。

 折良く馬車の中には、ボクとマリーとアルスだけ。

 リリアとスタンリーは、外の空気が吸いたいからと、御者席へ行った。


「ねえマリー。話を聞いて、一緒に考えてもらえないかな。アルスも」

 マリーにも、概要は話しておいた方がいい。

 そう考えたボクは、叔父とテレンス公爵家の企てについて話した。


 辺境伯領の聖銀の鉱脈が狙われたこと。

 うちと同じく魔の森に接していながらも、聖銀の採掘が出来ない、レイモン侯爵家の不満。

 聖銀の採掘に絡みたくて、マロード辺境伯家の力を落とそうと計画した彼ら。


「ケイト嬢が来て、色々と彼女のことを調べただろう」

 それで判明したのだと説明した。

 マロード辺境伯家を狙うテレンス公爵家とレイモン侯爵家に話を持ち込んだのが、叔父であったこと。


「あの叔父!」

 マリーが令嬢らしくない声で叫ぶので、目線で注意をした。

 アルスが笑って流してくれるような人だから、まあいいけれど。


 当時、第一王子の妻の実家であるテレンス公爵家が、絶大な力を持っていた。

 能力も性格も王太子にふさわしい第二王子が、サーリウム公爵家の後ろ盾をもってしても、なかなか立太子されなかったのは、その力関係にあった。




 そんなことを説明したら、マリーは不思議そうな顔になった。

 最初に、一緒に考えて欲しいと言ったからだろう。


「叔父は亡くなっていたんだ。恐らくはテレンス公爵家側に、口封じで殺されたのだろう。ひどい状態の遺体だったそうだ」

 それをどう祖父や父に話すべきか、悩んでいるのだと二人に打ち明ける。


「ある程度は手紙で報告を入れていたから、予想されている部分もあるとは思う。でも、せっかくロイ兄の結婚でお祝いなのに、この話をすると、皆のお祝い気分に水を差してしまいそうで」

「うん。今回はお祝いだし、遺体の状態までは話さなくていいんじゃないかな」

 マリーはボクの悩みに、スパッと答えてきた。

 思わず笑ってしまう。


「もう。ボクはこの調査のために王都へ来たんだから、本来はわかったことを、全部報告しなくちゃいけないんだよ。でも、祖父と父が傷つくだろうなとか、色々と考えていたのに」

「事実関係の報告は、きちんとするのでしょう。だったら、叔父が亡くなっていた。その報告だけでいいよ、きっと。訊かれたらそのまま答えればいいけど、訊かれなければ、言わなくていいんじゃないかな」


 マリーの答えはシンプルだ。

 シンプルだけど、意外と的確だ。


「マリーはいつも、ボクの悩みを吹き飛ばしてくれる」

 本当に可愛くて最高の妹だ。

 そう笑いが残った声で言えば、マリーはちょっと心外そうな顔になった。

 単純だと言われたように受け取ったかな。


「本当だよ。ケイト嬢の話は、実際にありそうで怖かったからね。マリーがボクの妹でいてくれて、よかった」


 ボクの言葉に、ふとマリーが目を逸らした。

 もしかしてマリーも、ケイト嬢が自分と同じような死に戻りだと、気がついているのだろうか。


 マリーから続く言葉はなく、馬車の中は静かになった。

 窓の外には、草原が続いている。

 二人で魔獣売却の旅をしたときは、馬車は使っていない。

 直接騎獣に乗って旅をしていた。


 こんなふうに馬車から草原を眺めるのもいいものだと、改めて感じた。




 辺境に帰れば、忙しい日々だった。

 花嫁のお祝いのため、婚礼衣装の刺繍に参加させてもらい。

 自分たちの礼服を確認して。


 ロイ兄の結婚式当日は、慌ただしくやってくる。


 幸せそうな新郎新婦を前に、ふと思った。

 メイシャさんは、彼女の語る話では、どうだったのだろうと。

 辺境伯領の危機に、志願して来てくれた優秀な薬師。


 辺境伯領が壊滅したのなら、彼女も、恐らく。

 そう考えると、この場のどれほどの人が、マリーによって運命が変わったのか。


 マリーのあの頑張りで、マリーが守り切ったものは、意外と多い。

 たぶんマリー本人が知らないほどに。




 せめてそれを、マリーに見せてあげたいな。

 そう考えて、ボクは家族に提案した。

「あのさ、マリーの結婚式にさ」


 家族はボクの提案に、少し驚いた顔になった。

「マリーを感動で泣かせてみたいんだ」

「悪趣味だな」


 ロイ兄が呆れたように言うけれど。

 でもまあいいかと、家族も頷いてくれた。




 マリーには、嫡男のように貴族や街の名士との面識は、それほど必要がない。

 いずれ社交を担ってもらうにしても、今は結婚式にまで招く必要はない。


 だからマリーの結婚式には、マリーが守った人たちを招きたいんだ。

 最前線で戦ってくれた冒険者たち。

 領城の人たち、領兵、街の人たち。


 子供も大人も。

 街門近くの商店のおじいちゃん、パン屋姉妹と母親も。

 みんな、マリーが守ったものだ。

 そんな人たちを、お披露目の場に招けたらいいなと思っている。


 結婚式の準備は、辺境で進める。

 だからマリーに内緒で準備を進めることが出来る。




 結果は、泣かせることに成功したとだけ言っておこう。

 マリーが泣いて、アルスの服が汚れていたけれど、最高の結婚式だ。


 マリー。

 ボクの妹でいてくれて、ありがとう。

 たくさんたくさん、頑張ってくれて、ありがとう。


 これからもよろしくね。




 多くの手がマリーの頭を撫でる中、ボクも手を伸ばした。

 きれいな花嫁の髪が崩れているけれど、それだってマリーらしい。

 可愛い妹の結婚式は、祝福に満ちている。


 祝いの花が、世界を祝福するみたいに舞って、とても綺麗だった。


 さて、カウントダウン完了で、いよいよ電子書籍先行発売です。

 私はやり切った感でいっぱいです!

 ちなみにジル兄の初恋の行方は、ご想像にお任せします。

 いったん拗れた間柄には時間が必要です。この期間では入りませんでした。


 たぶんこの話、本編に入れとけよって部分がいっぱいあると思います。

 でも電子書籍はマリー視点、こちらはジル兄視点。

 同じ時系列でも表と裏で違う話に。ふたつあわせてひとつの話。

 この構成を思いついたら、やってみたくなってしまいました。


 この話にお付き合いくださって、ありがとうございました。

 出来れば電子書籍の方もお読み頂いて、ふたつでひとつの構成がどういうものか、ご覧頂けると嬉しく思います。


 あと電子書籍からこちらをお読みくださった方、ありがとうございます。

 あの話の裏はこうでした。お付き合い頂けて嬉しく思います。


 いったん完結ですが、一般発売の4月18日にオマケの蛇足話を追加予定。

 ジル兄とアルスのちょろっと会話ではありますが。

 よろしければ、そのときもお付き合い頂ければ嬉しく思います。


 電子書籍『無印辺境伯令嬢の華麗なる日々』はリンクが下にあります。

 お付き合い頂けましたら、大変嬉しく思います!

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ランクインしていた他の短編から本編の短編を経てこちらまで辿り着きました。 目も頭も限界でしたが面白くて一時停止出来ずここまで突っ走ってしまいました。 短編版よりも更に過程が細かく描かれてこちらの連載…
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