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 レオがじっくりと話を聞く姿勢になってくれたので、ボクは落ち着いて、学園で読んだ本のことを話した。

 死に戻りという現象について。


 人の魂は巡る。

 その魂はまれに、死にかけて戻ってくるときに、魂の中にある、古い人生の記憶を引っかけてくることがある。

 死に戻りというその現象は、他人の記憶、知らない知識を与える。


 ときに異なる世界の記憶。

 そしてときに、この世界のことを予言したかのような記憶。

 そうした人が現れたことが、かつてあったと書かれていたこと。


 マリーのことは絡めず、あくまでもそういった本があったという話をした。




 そして、彼女がマリーにぶつけた言葉をなぞる。

『あんたそもそも、なんで魔法を使えるのよ』

『子供の頃の熱で、魔法を使うことができなくなったはずでしょう』


『あの大規模魔獣発生は、国のかなりの範囲に及んで、あんた以外の家族は全滅したはずなのに』

『それで生き残ったあんたを、うちが引き取って、うちの父が領主になるはずだったのよ。なのに実際は、うちが辺境を追い出された』


『あんたはレイモン侯爵の令息と婚約して、優しい彼に依存していくはずだったんじゃないの?』

『彼は、父親が辺境伯領を見捨てた負い目で優しいだけ。負い目だから、苦しくて負担なのよ。だから私が優しくしたら、私に好意を寄せるはずだった』


『それに第二王子も、私に好意を抱くはずだったのよ』

『婚約者との仲に悩んでいるところに、天真爛漫な私に出会い、惹かれるはずなの。それで私との距離が縮まったら、婚約者が私に嫌がらせをするの』


『婚約者の公爵領も、大規模魔獣発生で被害を受けて、第二王子との婚約がなくなったら、悲惨な結婚が待っているから、必死なのよ』

『その嫌がらせで、王子様と私の仲がさらに深まるはずで』




 話がミル嬢のことに及ぶと、レオの眉間がすごいことになった。

 眉間の縦皺が、渓谷クラスだ。


「アルスは、彼女の話にそのまま何も言わず、警戒を向けていたのか」

「そうだね」

 なぜアルスの話が出るのかと思ったけれど、レオはそのまま考え込んでいる。


「他に何か言っていたか」

「馬車の中で確認したけど、うちの母が病で死んだという話も出た」

「辺境伯夫人は今も健在と聞くが」

「そうだね。ミル嬢と同じように、マリーが四歳の頃に魔力をこう、ね」


 ボクの濁した言葉に、レオがなるほどと頷いた。

 ミル嬢を癒やしたように、子供の頃のマリーは母を癒やした。

 マリーが魔力を使えなければ、母の病は治らなかった。


「マリーが魔力を使えない。その一点で、ずいぶんと状況は違っただろうね」

 ボクはなるべく軽く言う。

「ボクたち辺境伯家の男が強いのも、マリーのおかげなんだ」




 ボクの言葉にそうかと頷くものの、レオは納得のいかない顔だ。

 彼の言葉を待っていると、ようやく重い口を開く。

「うちの公爵領が大規模魔獣発生で被害を受けたとして、妹に悲惨な結婚など迫るはずがない。本来そうだったと言われても、納得がいかない」


 自分たちがミル嬢に、そんなことをするはずがないと、レオは言う。

 納得がいかないながらも、彼女は少なくとも嘘を言っていないという前提みたいに、レオは受け止めているようだ。

 マリーという死に戻りの例を知らない彼も、何かを感じ取っているのか。


「どういう状況でそんな話になったのか、説明しろ」

 レオの言葉に、彼女は怯えた顔になった。


「何よ。あんた悪役令嬢の兄なの? 死んだはずじゃない!」

 彼女は追い詰められた顔で喚く。


「なんで、死んだはずの人間が、たくさん生きてるのよ! マロード辺境伯家も、サーリウム公爵家も、セリオス公爵家も」

 おっと、うちとレオの家だけじゃなく、セリオス公爵家まで出て来た。




 彼女に勝手な話をさせると、こちらの聞きたいことが聞けない。

 レオは彼女に今の状況を認識させ、精神的に追い詰めることにした。


 元は貴族でも、今は平民の彼女が、辺境伯家の令嬢に言いがかりをつけた。

 今いるのは公爵家で、悪役令嬢などと妹を罵る言葉を兄に向けた。

 公爵家の令嬢へ侮辱を向ければ、軽くても牢獄で生涯を終える罪。

 それよりも無残な刑罰もありえるのだと、レオは冷たく言い放つ。


 言い訳のように彼女が語ったのは、叔父の死により一家離散となったこと。

 行き場を失い、その憤りをマリーにぶつけに来たらしい。

 自棄になっていたし、親戚の家で酷いことはされないと考えていた。

 あわよくば、保護をしてもらえないかと。


 だが連れてこられたのはサーリウム公爵家。

 そしてミル嬢の兄に、妹への暴言を吐いた。

 その処罰を具体的に突きつけられ、何でも話すからバツを軽くと言い出した。


 まったく、後先考えないくせに、往生際の悪いことだ。




「サーリウム公爵家は、公爵と嫡男が亡くなって、親戚が公爵代理になったのよ」

 大人しく語った彼女の言葉に、レオの顔が険しくなる。

「親戚……あのあたりか」

 どうやらレオの親族にも、厄介なのがいるらしい。


「大規模魔獣発生で出たドラゴンの一体が、サーリウム公爵領へ行ったの。それで嫡男が亡くなって、公爵はその一年後、過労のために亡くなったわ」


 彼女の言葉に、レオはしばらく考えを巡らせていた。

 ボクは補足で言う。

「ちなみにドラゴンは二体出た。祖父とロイ兄がそれぞれ倒した。卒業から一年ほどたった頃かな」


 卒業から一年という言葉で、レオは自身の記憶を探る。

「確かにその頃、私は領地にいたな」

 卒業後、領地に帰ったのは彼も同じだ。

 彼は嫡男なので、学園卒業後は領地経営を学んでいたのだろう。

 でもレオのそんな行動を、彼女が確実に知っているはずはない。


 でたらめとは違う、知らないはずのことを彼女は知っている。

 そうレオも理解したようだ。

「なるほど。その状況なら、妹に変な縁談が持ち込まれかねないとは、理解した」




 それからしばらく彼は沈黙をして、ふとボクを見て薄く笑う。

「ミルのこと以外でも、どうやらマリー嬢に相当助けられたということか」


 レオが納得したところで、ボクは更なる疑問を彼女にぶつけた。

「なぜテレンス公爵家にそんな話を持ち込んだ」

 彼女は当たり前のことを聞かれたみたいに、さらっと答える。

「三大公爵家のうち、最後に力を持っていたのがテレンス公爵家だったからよ」


 彼女の話によると、サーリウム公爵家は、領主と嫡男が死亡。

 そして領地が壊滅的な被害を受け、弱体化。

 もうひとつのセリオス公爵家は、大規模魔獣発生の被害こそなかったものの、嫡男が毒殺されたことにより、領地経営に係わる主要人物らが離反して弱体化。


「私の入学式でひとり、毒による死者が出るの。それが第二王子の幼なじみで」


 なんてこったと、ボクは口に出さずに呟いた。

 アルス君。本来は入学後の交流会でそのまま死亡してたんだって。

 ちょっとマリー、知らないうちに色んな人の運命を覆しちゃってるんだけど。




「なるほど。それでテレンスだけが残る、と」

 レオが皮肉な声で言った。


 大規模魔獣発生直後は、今のようにテレンス公爵家に風当たりが強かった。

 でも結果的に、勢力図はテレンス一強になり、国を牛耳った。

 彼女の記憶の物語では、そんな流れになったそうだ。


 そこまで話してふと、彼女はボクに目を留めた。

「あんた、なんか見覚えがあるんだけど。あの話に出て来たキャラよね」

 あの話がどの話なのかわからないが、彼女の記憶の話だろう。

 キャラというのは、登場人物のことか。


「思い出した。あんた辺境伯家の裏切り者じゃない。辺境伯家を裏切って、無様に殺された次男よ!」


 裏切り者。

 辺境伯家を。

 無様に殺された。


 固まるボクを前に、彼女は思い出したことに浮かれたみたいな声で続ける。

「サーリウム公爵家の嫡男を恨んで、テレンス公爵家に協力した挙げ句に、無残に殺された奴よね」


 レオが怪訝な顔をして、ボクに視線を向けた。

「待て。なぜジルが私を恨む」

「学生時代に、サーリウム公爵家の嫡男の取り巻きが、マロード辺境伯家の次男をひどく虐めたからよ」




 ボクはようやく息を吐いた。

 ボレス、お前か。お前は彼女の話の中でも、同じだったのか。


 確かにボクが身体強化を身につけていなかったら、ボレスにまともに虐められていただろう。

 無印と言われることも、堪えたかもしれない。

 そしてレオの他の取り巻き連中も、便乗してボクを虐めたとは想像がつく。


 今となっては、それがどうしたと思うけれども。


 その話の中のボクは、伯爵家令息の手先になっていたそうだ。

 ボクを使う伯爵家令息は、テレンス公爵家の配下だった。

 学生時代、レオと対立していた奴は、そういえばテレンス公爵家の親戚筋だ。

 あああ、まさかボクの学生時代のあの対立が、そんな話に繋がるなんて。




 ああ、マリー。

 やっぱりボクは、マリーが身体強化を教えてくれたから、今があるんだ。

 拗ねず卑屈にならず、辺境伯家の次男だと、胸を張って生きていける今がある。


 ボクは彼女に、言ってやった。

「記憶の中の君が、どんな人かは知らないけれど。今の君は最低な女の子だね」

「何よ」

「マリーが魔法を使えていなくても、君は魅力的な女の子じゃないから、君が話したような筋書きにはならないよ」


 記憶の話の彼女は、とても魅力的な女の子として愛されていたという。

 でも目の前の彼女が、そんな女の子になれるとは、とても思えない。

 そんな言葉を放ってやれば、彼女は睨む目をボクに向けてくる。


「君も家族も、辺境を捨てて王都に逃げたよね」

「そうしないと、私が生き残らないと意味ないでしょう」

「だから君は、絶対マリーには勝てないんだよ」

 そう彼女を鼻で笑ってやった。


 逃げず投げず、すべてを助けようとしたマリーとは、元から格が違うんだよ。


次回、最終話。カウントダウンとして0時更新予定です。

あとは4月20日の他書店発売日に、追加で1話更新しようと思ってます。


シーモア様の書籍サイトリンクが下にございます。

お付き合い頂けましたら、嬉しく思います。

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