15
レオがじっくりと話を聞く姿勢になってくれたので、ボクは落ち着いて、学園で読んだ本のことを話した。
死に戻りという現象について。
人の魂は巡る。
その魂はまれに、死にかけて戻ってくるときに、魂の中にある、古い人生の記憶を引っかけてくることがある。
死に戻りというその現象は、他人の記憶、知らない知識を与える。
ときに異なる世界の記憶。
そしてときに、この世界のことを予言したかのような記憶。
そうした人が現れたことが、かつてあったと書かれていたこと。
マリーのことは絡めず、あくまでもそういった本があったという話をした。
そして、彼女がマリーにぶつけた言葉をなぞる。
『あんたそもそも、なんで魔法を使えるのよ』
『子供の頃の熱で、魔法を使うことができなくなったはずでしょう』
『あの大規模魔獣発生は、国のかなりの範囲に及んで、あんた以外の家族は全滅したはずなのに』
『それで生き残ったあんたを、うちが引き取って、うちの父が領主になるはずだったのよ。なのに実際は、うちが辺境を追い出された』
『あんたはレイモン侯爵の令息と婚約して、優しい彼に依存していくはずだったんじゃないの?』
『彼は、父親が辺境伯領を見捨てた負い目で優しいだけ。負い目だから、苦しくて負担なのよ。だから私が優しくしたら、私に好意を寄せるはずだった』
『それに第二王子も、私に好意を抱くはずだったのよ』
『婚約者との仲に悩んでいるところに、天真爛漫な私に出会い、惹かれるはずなの。それで私との距離が縮まったら、婚約者が私に嫌がらせをするの』
『婚約者の公爵領も、大規模魔獣発生で被害を受けて、第二王子との婚約がなくなったら、悲惨な結婚が待っているから、必死なのよ』
『その嫌がらせで、王子様と私の仲がさらに深まるはずで』
話がミル嬢のことに及ぶと、レオの眉間がすごいことになった。
眉間の縦皺が、渓谷クラスだ。
「アルスは、彼女の話にそのまま何も言わず、警戒を向けていたのか」
「そうだね」
なぜアルスの話が出るのかと思ったけれど、レオはそのまま考え込んでいる。
「他に何か言っていたか」
「馬車の中で確認したけど、うちの母が病で死んだという話も出た」
「辺境伯夫人は今も健在と聞くが」
「そうだね。ミル嬢と同じように、マリーが四歳の頃に魔力をこう、ね」
ボクの濁した言葉に、レオがなるほどと頷いた。
ミル嬢を癒やしたように、子供の頃のマリーは母を癒やした。
マリーが魔力を使えなければ、母の病は治らなかった。
「マリーが魔力を使えない。その一点で、ずいぶんと状況は違っただろうね」
ボクはなるべく軽く言う。
「ボクたち辺境伯家の男が強いのも、マリーのおかげなんだ」
ボクの言葉にそうかと頷くものの、レオは納得のいかない顔だ。
彼の言葉を待っていると、ようやく重い口を開く。
「うちの公爵領が大規模魔獣発生で被害を受けたとして、妹に悲惨な結婚など迫るはずがない。本来そうだったと言われても、納得がいかない」
自分たちがミル嬢に、そんなことをするはずがないと、レオは言う。
納得がいかないながらも、彼女は少なくとも嘘を言っていないという前提みたいに、レオは受け止めているようだ。
マリーという死に戻りの例を知らない彼も、何かを感じ取っているのか。
「どういう状況でそんな話になったのか、説明しろ」
レオの言葉に、彼女は怯えた顔になった。
「何よ。あんた悪役令嬢の兄なの? 死んだはずじゃない!」
彼女は追い詰められた顔で喚く。
「なんで、死んだはずの人間が、たくさん生きてるのよ! マロード辺境伯家も、サーリウム公爵家も、セリオス公爵家も」
おっと、うちとレオの家だけじゃなく、セリオス公爵家まで出て来た。
彼女に勝手な話をさせると、こちらの聞きたいことが聞けない。
レオは彼女に今の状況を認識させ、精神的に追い詰めることにした。
元は貴族でも、今は平民の彼女が、辺境伯家の令嬢に言いがかりをつけた。
今いるのは公爵家で、悪役令嬢などと妹を罵る言葉を兄に向けた。
公爵家の令嬢へ侮辱を向ければ、軽くても牢獄で生涯を終える罪。
それよりも無残な刑罰もありえるのだと、レオは冷たく言い放つ。
言い訳のように彼女が語ったのは、叔父の死により一家離散となったこと。
行き場を失い、その憤りをマリーにぶつけに来たらしい。
自棄になっていたし、親戚の家で酷いことはされないと考えていた。
あわよくば、保護をしてもらえないかと。
だが連れてこられたのはサーリウム公爵家。
そしてミル嬢の兄に、妹への暴言を吐いた。
その処罰を具体的に突きつけられ、何でも話すからバツを軽くと言い出した。
まったく、後先考えないくせに、往生際の悪いことだ。
「サーリウム公爵家は、公爵と嫡男が亡くなって、親戚が公爵代理になったのよ」
大人しく語った彼女の言葉に、レオの顔が険しくなる。
「親戚……あのあたりか」
どうやらレオの親族にも、厄介なのがいるらしい。
「大規模魔獣発生で出たドラゴンの一体が、サーリウム公爵領へ行ったの。それで嫡男が亡くなって、公爵はその一年後、過労のために亡くなったわ」
彼女の言葉に、レオはしばらく考えを巡らせていた。
ボクは補足で言う。
「ちなみにドラゴンは二体出た。祖父とロイ兄がそれぞれ倒した。卒業から一年ほどたった頃かな」
卒業から一年という言葉で、レオは自身の記憶を探る。
「確かにその頃、私は領地にいたな」
卒業後、領地に帰ったのは彼も同じだ。
彼は嫡男なので、学園卒業後は領地経営を学んでいたのだろう。
でもレオのそんな行動を、彼女が確実に知っているはずはない。
でたらめとは違う、知らないはずのことを彼女は知っている。
そうレオも理解したようだ。
「なるほど。その状況なら、妹に変な縁談が持ち込まれかねないとは、理解した」
それからしばらく彼は沈黙をして、ふとボクを見て薄く笑う。
「ミルのこと以外でも、どうやらマリー嬢に相当助けられたということか」
レオが納得したところで、ボクは更なる疑問を彼女にぶつけた。
「なぜテレンス公爵家にそんな話を持ち込んだ」
彼女は当たり前のことを聞かれたみたいに、さらっと答える。
「三大公爵家のうち、最後に力を持っていたのがテレンス公爵家だったからよ」
彼女の話によると、サーリウム公爵家は、領主と嫡男が死亡。
そして領地が壊滅的な被害を受け、弱体化。
もうひとつのセリオス公爵家は、大規模魔獣発生の被害こそなかったものの、嫡男が毒殺されたことにより、領地経営に係わる主要人物らが離反して弱体化。
「私の入学式でひとり、毒による死者が出るの。それが第二王子の幼なじみで」
なんてこったと、ボクは口に出さずに呟いた。
アルス君。本来は入学後の交流会でそのまま死亡してたんだって。
ちょっとマリー、知らないうちに色んな人の運命を覆しちゃってるんだけど。
「なるほど。それでテレンスだけが残る、と」
レオが皮肉な声で言った。
大規模魔獣発生直後は、今のようにテレンス公爵家に風当たりが強かった。
でも結果的に、勢力図はテレンス一強になり、国を牛耳った。
彼女の記憶の物語では、そんな流れになったそうだ。
そこまで話してふと、彼女はボクに目を留めた。
「あんた、なんか見覚えがあるんだけど。あの話に出て来たキャラよね」
あの話がどの話なのかわからないが、彼女の記憶の話だろう。
キャラというのは、登場人物のことか。
「思い出した。あんた辺境伯家の裏切り者じゃない。辺境伯家を裏切って、無様に殺された次男よ!」
裏切り者。
辺境伯家を。
無様に殺された。
固まるボクを前に、彼女は思い出したことに浮かれたみたいな声で続ける。
「サーリウム公爵家の嫡男を恨んで、テレンス公爵家に協力した挙げ句に、無残に殺された奴よね」
レオが怪訝な顔をして、ボクに視線を向けた。
「待て。なぜジルが私を恨む」
「学生時代に、サーリウム公爵家の嫡男の取り巻きが、マロード辺境伯家の次男をひどく虐めたからよ」
ボクはようやく息を吐いた。
ボレス、お前か。お前は彼女の話の中でも、同じだったのか。
確かにボクが身体強化を身につけていなかったら、ボレスにまともに虐められていただろう。
無印と言われることも、堪えたかもしれない。
そしてレオの他の取り巻き連中も、便乗してボクを虐めたとは想像がつく。
今となっては、それがどうしたと思うけれども。
その話の中のボクは、伯爵家令息の手先になっていたそうだ。
ボクを使う伯爵家令息は、テレンス公爵家の配下だった。
学生時代、レオと対立していた奴は、そういえばテレンス公爵家の親戚筋だ。
あああ、まさかボクの学生時代のあの対立が、そんな話に繋がるなんて。
ああ、マリー。
やっぱりボクは、マリーが身体強化を教えてくれたから、今があるんだ。
拗ねず卑屈にならず、辺境伯家の次男だと、胸を張って生きていける今がある。
ボクは彼女に、言ってやった。
「記憶の中の君が、どんな人かは知らないけれど。今の君は最低な女の子だね」
「何よ」
「マリーが魔法を使えていなくても、君は魅力的な女の子じゃないから、君が話したような筋書きにはならないよ」
記憶の話の彼女は、とても魅力的な女の子として愛されていたという。
でも目の前の彼女が、そんな女の子になれるとは、とても思えない。
そんな言葉を放ってやれば、彼女は睨む目をボクに向けてくる。
「君も家族も、辺境を捨てて王都に逃げたよね」
「そうしないと、私が生き残らないと意味ないでしょう」
「だから君は、絶対マリーには勝てないんだよ」
そう彼女を鼻で笑ってやった。
逃げず投げず、すべてを助けようとしたマリーとは、元から格が違うんだよ。
次回、最終話。カウントダウンとして0時更新予定です。
あとは4月20日の他書店発売日に、追加で1話更新しようと思ってます。
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