14
マリーがそろそろ帰ってくる時間になり、表が騒がしいことに気がついた。
何だろうと思ったところに、邸の護衛が駆け込んで来た。
「怪しい人物を捕らえました。マリー様に邸の前で、奇妙な言いがかりをつける女がおりました」
その声に、ボクは身体強化で窓から飛び出し、邸のエントランス前へ急いだ。
マリーたちは学園から帰り、馬車から降りたばかりなのだろう。
アルスが警戒するように、マリーの肩を抱いている。
スタンリーもリリアの傍に立ち、警戒を向けている。
彼らの前には、護衛に取り押さえられた女性。
マリーと同じくらいの年齢みたいだ。
何より、辺境伯家特有の赤茶の髪をしている。
マリーと同年齢の辺境伯家関係者を頭の中で思い浮かべてみる。
すぐに心当たりは思い浮かばなかったけれど、ひとつ見つけた。
「もしかして、ケイト嬢かな」
そう声をかけた。
彼女は例の叔父の娘だ。
顔を合わせたことは、ほぼないものの、マリーと同年齢の娘がいたはずだ。
でも彼女はボクを見ず、マリーだけに目を向けている。
「あんたが魔法を使えるから、私たちの計画はメチャクチャよ! あの話では、あんたは地味で暗くて、婚約者に依存した挙げ句に、みっともなく婚約者に縋るような女だったくせに」
確かに、訳のわからない言いがかりだ。
マリーは元々魔法を使えるし、あの話とはどの話だ。
あと婚約者に依存とか縋るとか、マリーはそんなタイプじゃない。
自力で婿を勧誘するような強者だよ。マリーは逆プロポーズと言ったけれど。
「ねえ、返してよ。あんた第二王子と仲がいいんですってね。それは私の立場よ」
本当に、どういう妄想の話だろうか。
カイルリード殿下と叔父の娘に、接点はないはずだ。
返せとは、どういうことなのか。
「あんたそもそも、なんで魔法を使えるのよ。子供の頃の熱で、魔法を使うことができなくなったはずでしょう」
子供の頃の熱、という言葉で、ふと思い当たった。
それは三歳のときの高熱じゃないのか。
マリーが、死に戻りになるきっかけだった、あの高熱。
もしかして、死に戻りにならなければ、マリーはあのまま魔法を使えなくなっていたのか。
いや、それにしても、どういうことだ。
それが本当だったとして、なぜ彼女はそんなことを知っている。
「それに、あの大規模魔獣発生は、国のかなりの範囲に及んで、あんた以外の家族は全滅したはずなのに」
マリー以外の家族が、全滅。
確かにマリーが魔力循環を家族に教えることがなく、マリーの結界魔法がなければ、その可能性は高かった。
マリーが魔法を使えない前提で、起きたかも知れない未来があった。
それがもし、叔父が確実に辺境伯領を手に入れられるという、根拠だったなら。
「それで生き残ったあんたを、うちが引き取って、うちの父が領主になるはずだったのよ。なのに実際は、うちが辺境を追い出されるって何よ」
待て。最初に彼女は何と言った。
あの話では、と言わなかったか。
あの話とはどの話だ。そうした予言があったのか。
まれに特殊なスキル持ちがいて、予言スキルというものが過去にあったと、本で読んだことがある。
「あんたはレイモン侯爵の令息と婚約して、優しい彼に依存していくはずだったんじゃないの?」
まるで物語の筋をなぞるように、彼女は語る。
レイモン侯爵家は、我が家の聖銀を狙っていた。
うちと同じように魔の森に接しながら、聖銀の採掘はできなかった領地。
マリーを手に入れて、辺境伯家を手に入れようとしていたのか。
「でも彼は、父親が辺境伯領を見捨てた負い目で優しいだけ。負い目だから、苦しくて負担なのよ。だから私が優しくしたら、私に好意を寄せるはずだった」
何が負い目で好意だ。マリーの身体強化にびびった程度の男のくせに。
彼女の話の筋では、マリーが依存して縋ったのが、あのレイモン侯爵家の息子ということになる。
ふざけるな。あの程度の野郎が、マリーにふさわしいはずがない。
「それに第二王子も、私に好意を抱くはずだったのよ。婚約者との仲に悩んでいるところに、天真爛漫な私に出会い、惹かれるはずなの。それで私との距離が縮まったら、婚約者が私に嫌がらせをするの。婚約者の公爵領も、大規模魔獣発生で被害を受けて、第二王子との婚約がなくなったら、悲惨な結婚が待っているから、必死なのよ。その嫌がらせで、王子様と私の仲がさらに深まるはずで」
ボクは護衛に命じて、その女を馬車に積み込ませた。
マリーたちが帰ってきた馬車が、そのままそこにあったので簡単だ。
「この怪しい女については、ひとまずサーリウム公爵家に連れて行って、背後関係を探る相談をして来るよ」
レオを頼ろう。これ以上は聞くに堪えない。
それに、これ以上こんな場所で叫ばせるべきではない。
ボクの頭に、真相らしきものが思い浮かんでいる。
たぶん彼女にも、死に戻りの記憶があるんだ。
死に戻りのことが記されていた本に、他の世界で物語のように書かれた予言書があり、その記憶を持つ者がいたという事例があった。
もし予言スキルであれば、状況の変化によって予言が変わる。
彼女の言葉の数々は、ひとつの記憶だけに基づいたものだ。
それは恐らく、死に戻りの記憶の方だ。
これ以上、彼女をこの場で叫ばせてはならない。
マリーの特異性に、死に戻りの記憶を結びつけられても厄介だ。
彼女を詰め込んだ馬車に自分も乗り込み、ボクはサーリウム公爵邸へ向かった。
これが真相なのだと、ボクの勘が言っている。
彼女は死に戻りの記憶で、この世界に似た物語を予言のように知っていた。
だから大規模魔獣発生が起きることも、予兆より前に知っていた。
その話によると、マロード辺境伯家のマリー以外の家族が死に絶え、叔父がマリーの後見として辺境伯代理になる。
彼女は自身の父である叔父に、話したのだろう。
叔父はそんな彼女の知識を前提に、テレンス公爵家に話を持ちかけた。
自分が辺境伯領の領主代理になれば、聖銀を融通する。
だから確実に辺境伯家を全滅させられるように、手を貸せと。
マリーという死に戻りの実例がいるのなら、他にいても不思議ではない。
そして確かに、マリーが魔法を使えなければ、どうなっていたのか。
魔力循環を知らないマリーだったら、本来はどうなっていたのか。
恐ろしいけれど、聞いてみたいとも思う。
だってそれは、マリーが覆した運命だ。
何度も独りで泣いて、何度も立ち上がって、マリーが運命を覆した。
「放してよ!」
女が喚いている。
ボクはふと、聞いてみた。
「ねえ、辺境伯夫人は、マリーの母は、君の知る話の中ではどうなったのかな」
彼女はあの場で、マリーだけを認識していた。
ボクが辺境伯家の息子だとは、まだ認識できていないみたいだ。
なので、あえてマリーの母と言ってみた。
「マリーの母……ああ、とっくに死んでたわ。マリーの魔力判定前に、病気で」
母の病は、あのとき家族だけの場で話したことだ。
知らないはずのことを知っている彼女。
やはり、予言のような物語を彼女は知っている。
「まあ、魔力判定といっても、魔力そのものが出せなかったマリーには、意味がなかったけどね」
バカにしたように笑う彼女。
お前などにバカにされるマリーじゃない。
かつての大魔術師と同じ、特別な白の魔力の持ち主だ。
マリーの無印は、誇るべき無印だ。
すべてを持つがゆえに、どの色にも属さない白だ。
先触れもなくサーリウム公爵家に着いたけれど、レオは快く迎えてくれた。
彼女の扱いに困り、馬車の傍で立ち尽くしたボクを、わざわざ迎えに来てくれた。
けれど、どう言ったものかわからなくて。
死に戻りという言葉は、あの本を読んでいなければ、わかりにくいだろう。
レオに切り出す言葉が見つからない。
「どこよ、ここ!」
彼女が馬車の中で喚いている。
「サーリウム公爵家だ。……彼女は?」
彼女の質問に答え、レオの怪訝な声がボクに向いたときだった。
「サーリウム公爵家って、第二王子の婚約者の、悪役令嬢の家じゃない!」
レオの表情が凍った。
マリーをバカにされたときのボクと同じだ。
レオの逆鱗に、彼女は触れた。
彼女が叔父の娘であること。
恐らくは事態の鍵を握る人物だと、ボクはレオに説明した。
なるほどとレオは低く呟いて、護衛に命じて拘束の魔道具を持ってこさせた。
彼女をそれで拘束して、ボクと共に邸の中へ通される。
ボクには椅子が勧められ、彼女は床に転がされ。
使用人に茶の支度だけを命じて、レオは人払いを命じた。
「さて、事態の鍵とは何か、事情を聞こうか」
レオの目が、ボクを見据えた。
短編と書籍版の違い ④書籍版では乙女ゲームヒロインが叔父の娘です。
短編では、ありえた未来に「私たち、頑張って良かった!」と言うマリーが書きたかっただけの、乙女ゲーム設定でした。
マリー視点の書籍版も似た感じですが、ちゃんと兄視点のこちらと重ねて、矛盾のない描写にしております。
書籍版とこちら、ふたつとも読んだら二度おいしいという話を目指しました。
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下のリンクから、書籍にもお付き合い頂けましたら嬉しく思います。
残り2話は明日と明後日更新。それでシーモア様先行発売の25日当日です。