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 マリーがそろそろ帰ってくる時間になり、表が騒がしいことに気がついた。

 何だろうと思ったところに、邸の護衛が駆け込んで来た。


「怪しい人物を捕らえました。マリー様に邸の前で、奇妙な言いがかりをつける女がおりました」

 その声に、ボクは身体強化で窓から飛び出し、邸のエントランス前へ急いだ。


 マリーたちは学園から帰り、馬車から降りたばかりなのだろう。

 アルスが警戒するように、マリーの肩を抱いている。

 スタンリーもリリアの傍に立ち、警戒を向けている。


 彼らの前には、護衛に取り押さえられた女性。

 マリーと同じくらいの年齢みたいだ。

 何より、辺境伯家特有の赤茶の髪をしている。


 マリーと同年齢の辺境伯家関係者を頭の中で思い浮かべてみる。

 すぐに心当たりは思い浮かばなかったけれど、ひとつ見つけた。

「もしかして、ケイト嬢かな」

 そう声をかけた。




 彼女は例の叔父の娘だ。

 顔を合わせたことは、ほぼないものの、マリーと同年齢の娘がいたはずだ。

 でも彼女はボクを見ず、マリーだけに目を向けている。


「あんたが魔法を使えるから、私たちの計画はメチャクチャよ! あの話では、あんたは地味で暗くて、婚約者に依存した挙げ句に、みっともなく婚約者に縋るような女だったくせに」


 確かに、訳のわからない言いがかりだ。

 マリーは元々魔法を使えるし、あの話とはどの話だ。

 あと婚約者に依存とか縋るとか、マリーはそんなタイプじゃない。

 自力で婿を勧誘するような強者だよ。マリーは逆プロポーズと言ったけれど。


「ねえ、返してよ。あんた第二王子と仲がいいんですってね。それは私の立場よ」


 本当に、どういう妄想の話だろうか。

 カイルリード殿下と叔父の娘に、接点はないはずだ。

 返せとは、どういうことなのか。


「あんたそもそも、なんで魔法を使えるのよ。子供の頃の熱で、魔法を使うことができなくなったはずでしょう」




 子供の頃の熱、という言葉で、ふと思い当たった。

 それは三歳のときの高熱じゃないのか。

 マリーが、死に戻りになるきっかけだった、あの高熱。


 もしかして、死に戻りにならなければ、マリーはあのまま魔法を使えなくなっていたのか。

 いや、それにしても、どういうことだ。

 それが本当だったとして、なぜ彼女はそんなことを知っている。


「それに、あの大規模魔獣発生は、国のかなりの範囲に及んで、あんた以外の家族は全滅したはずなのに」

 マリー以外の家族が、全滅。

 確かにマリーが魔力循環を家族に教えることがなく、マリーの結界魔法がなければ、その可能性は高かった。


 マリーが魔法を使えない前提で、起きたかも知れない未来があった。

 それがもし、叔父が確実に辺境伯領を手に入れられるという、根拠だったなら。


「それで生き残ったあんたを、うちが引き取って、うちの父が領主になるはずだったのよ。なのに実際は、うちが辺境を追い出されるって何よ」




 待て。最初に彼女は何と言った。

 あの話では、と言わなかったか。

 あの話とはどの話だ。そうした予言があったのか。

 まれに特殊なスキル持ちがいて、予言スキルというものが過去にあったと、本で読んだことがある。


「あんたはレイモン侯爵の令息と婚約して、優しい彼に依存していくはずだったんじゃないの?」


 まるで物語の筋をなぞるように、彼女は語る。

 レイモン侯爵家は、我が家の聖銀を狙っていた。

 うちと同じように魔の森に接しながら、聖銀の採掘はできなかった領地。

 マリーを手に入れて、辺境伯家を手に入れようとしていたのか。


「でも彼は、父親が辺境伯領を見捨てた負い目で優しいだけ。負い目だから、苦しくて負担なのよ。だから私が優しくしたら、私に好意を寄せるはずだった」


 何が負い目で好意だ。マリーの身体強化にびびった程度の男のくせに。

 彼女の話の筋では、マリーが依存して縋ったのが、あのレイモン侯爵家の息子ということになる。

 ふざけるな。あの程度の野郎が、マリーにふさわしいはずがない。


「それに第二王子も、私に好意を抱くはずだったのよ。婚約者との仲に悩んでいるところに、天真爛漫な私に出会い、惹かれるはずなの。それで私との距離が縮まったら、婚約者が私に嫌がらせをするの。婚約者の公爵領も、大規模魔獣発生で被害を受けて、第二王子との婚約がなくなったら、悲惨な結婚が待っているから、必死なのよ。その嫌がらせで、王子様と私の仲がさらに深まるはずで」




 ボクは護衛に命じて、その女を馬車に積み込ませた。

 マリーたちが帰ってきた馬車が、そのままそこにあったので簡単だ。


「この怪しい女については、ひとまずサーリウム公爵家に連れて行って、背後関係を探る相談をして来るよ」


 レオを頼ろう。これ以上は聞くに堪えない。

 それに、これ以上こんな場所で叫ばせるべきではない。


 ボクの頭に、真相らしきものが思い浮かんでいる。

 たぶん彼女にも、死に戻りの記憶があるんだ。


 死に戻りのことが記されていた本に、他の世界で物語のように書かれた予言書があり、その記憶を持つ者がいたという事例があった。

 もし予言スキルであれば、状況の変化によって予言が変わる。

 彼女の言葉の数々は、ひとつの記憶だけに基づいたものだ。

 それは恐らく、死に戻りの記憶の方だ。


 これ以上、彼女をこの場で叫ばせてはならない。

 マリーの特異性に、死に戻りの記憶を結びつけられても厄介だ。




 彼女を詰め込んだ馬車に自分も乗り込み、ボクはサーリウム公爵邸へ向かった。

 これが真相なのだと、ボクの勘が言っている。


 彼女は死に戻りの記憶で、この世界に似た物語を予言のように知っていた。

 だから大規模魔獣発生が起きることも、予兆より前に知っていた。


 その話によると、マロード辺境伯家のマリー以外の家族が死に絶え、叔父がマリーの後見として辺境伯代理になる。

 彼女は自身の父である叔父に、話したのだろう。


 叔父はそんな彼女の知識を前提に、テレンス公爵家に話を持ちかけた。

 自分が辺境伯領の領主代理になれば、聖銀を融通する。

 だから確実に辺境伯家を全滅させられるように、手を貸せと。




 マリーという死に戻りの実例がいるのなら、他にいても不思議ではない。

 そして確かに、マリーが魔法を使えなければ、どうなっていたのか。

 魔力循環を知らないマリーだったら、本来はどうなっていたのか。


 恐ろしいけれど、聞いてみたいとも思う。

 だってそれは、マリーが覆した運命だ。

 何度も独りで泣いて、何度も立ち上がって、マリーが運命を覆した。


「放してよ!」

 女が喚いている。


 ボクはふと、聞いてみた。

「ねえ、辺境伯夫人は、マリーの母は、君の知る話の中ではどうなったのかな」

 彼女はあの場で、マリーだけを認識していた。

 ボクが辺境伯家の息子だとは、まだ認識できていないみたいだ。

 なので、あえてマリーの母と言ってみた。


「マリーの母……ああ、とっくに死んでたわ。マリーの魔力判定前に、病気で」




 母の病は、あのとき家族だけの場で話したことだ。

 知らないはずのことを知っている彼女。

 やはり、予言のような物語を彼女は知っている。


「まあ、魔力判定といっても、魔力そのものが出せなかったマリーには、意味がなかったけどね」

 バカにしたように笑う彼女。

 お前などにバカにされるマリーじゃない。

 かつての大魔術師と同じ、特別な白の魔力の持ち主だ。


 マリーの無印は、誇るべき無印だ。

 すべてを持つがゆえに、どの色にも属さない白だ。




 先触れもなくサーリウム公爵家に着いたけれど、レオは快く迎えてくれた。

 彼女の扱いに困り、馬車の傍で立ち尽くしたボクを、わざわざ迎えに来てくれた。


 けれど、どう言ったものかわからなくて。

 死に戻りという言葉は、あの本を読んでいなければ、わかりにくいだろう。

 レオに切り出す言葉が見つからない。


「どこよ、ここ!」

 彼女が馬車の中で喚いている。

「サーリウム公爵家だ。……彼女は?」

 彼女の質問に答え、レオの怪訝な声がボクに向いたときだった。

「サーリウム公爵家って、第二王子の婚約者の、悪役令嬢の家じゃない!」


 レオの表情が凍った。

 マリーをバカにされたときのボクと同じだ。

 レオの逆鱗に、彼女は触れた。




 彼女が叔父の娘であること。

 恐らくは事態の鍵を握る人物だと、ボクはレオに説明した。

 なるほどとレオは低く呟いて、護衛に命じて拘束の魔道具を持ってこさせた。


 彼女をそれで拘束して、ボクと共に邸の中へ通される。

 ボクには椅子が勧められ、彼女は床に転がされ。

 使用人に茶の支度だけを命じて、レオは人払いを命じた。


「さて、事態の鍵とは何か、事情を聞こうか」

 レオの目が、ボクを見据えた。


短編と書籍版の違い ④書籍版では乙女ゲームヒロインが叔父の娘です。


短編では、ありえた未来に「私たち、頑張って良かった!」と言うマリーが書きたかっただけの、乙女ゲーム設定でした。

マリー視点の書籍版も似た感じですが、ちゃんと兄視点のこちらと重ねて、矛盾のない描写にしております。

書籍版とこちら、ふたつとも読んだら二度おいしいという話を目指しました。


電子書籍はシーモア様で、予約受付が開始されました!

下のリンクから、書籍にもお付き合い頂けましたら嬉しく思います。


残り2話は明日と明後日更新。それでシーモア様先行発売の25日当日です。

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