13
春期授業もあとひと月ほど。
夏期休暇に行うロイ兄の結婚式予定について、辺境から手紙が来た頃だ。
マリーがアルス様の事情を知った。
いつか知るだろうとは思っていたけれど。
「逆、プロポーズ」
ボクの頭は、マリーとリリアの報告が理解できなかった。
「だって、アルス様は一方的な被害者じゃないですか! なのに罪悪感を植え付けられて。そんな家にいるより、うちに婿に来てもらった方がいいでしょう!」
「それは同意します。でも、お相手の事情を聞いて、婿に来てもらえそうだと知ったすぐに、自分のお婿にどうかって誘ったのは、行動力があり過ぎますよ。しかもマリー様に好意を向けている人に」
「ああああ、そうだった! やらかした! まさかの逆プロポーズ!」
マリーが赤くなって頭を抱えている。
逆プロポーズというのは、女性から男性に求婚したということらしい。
つまり、アルス様はマリーに想いを寄せていて。
マリーの婿に来ないかという勧誘に、その想いを口にしたと。
「慕わしく思う女性からとか、今はそれで充分とか」
そういうことをアルス様から言われて。
自分に好意を持つ男相手に、婿に来いと言った意味を、ようやく理解したらしい。
赤い顔で膝をつき、頭を抱えている。
こんなマリーは珍しいし、面白いけれど、なぜこうなってしまうのか、この妹は。
なんともマリーらしいと言うか、なんというか。
「セリオス公爵家のことは、何か話が出たのかな」
「そちらはカイル殿下がどうにかすると、仰って下さいました」
まともに返答できないマリーにかわり、リリアが答えてくれる。
「そうか。殿下が対処して下さるなら、大丈夫だね。じゃあボクは、マリーの婿が決まったって、お父様に報告するからね」
そうしてボクは辺境へ報告を入れた。
マリーが背後で待ってとか何とか言っていたけど、無視だ。
いやあ、めでたい。
婿予定はマリーとリリアが信頼する上級生で、三学年の首席だと報告をしたら、辺境からはすぐに、両親のサイン入り婚約届けが来た。
あとはアルス様のサインさえあれば申請できる状態だ。
手紙には「ただし不埒な男であれば、全力で排除しろ」とある。
父と祖父、そしてロイ兄の連名だ。言われるまでもない。
でもマリー本人が気に入って、リリアの信頼もある。
ボクが認める人物なら、その婿を絶対に逃がすなということだな。
迅速に対処せよと。
「ねえマリー。速やかに、アルス様をこちらにお招きして欲しいな」
にっこり笑顔で圧をかけたら、マリーが泣きそうな顔になった。
「可愛い妹が幸せになるように、兄として全力を尽くしたいからね」
そう続けると、渋々ではあったものの、頷いてくれた。
家族の気持ちを向けられると、マリーは弱いんだ。
そうしてアルス様と会って、マリーは意外と面食いなんだと知った。
辺境の男たちみたいなタイプとは違い、涼しげな美青年だ。
話してみれば、頭の切れる、いい男だった。
マリーってば、ボクと似た感じの人を好きになったんだ。
強さではなく頭脳。戦い方も技巧派タイプ。
妹の夫候補だなんて腹が立つけど、まあ、いいんじゃないかな。
辺境でしている施策の問題点などを話してみれば、いろんな角度で考えてくれる。
幅広い知識と、柔軟な思考で相手や状況に合わせて考えられる人物だ。
「なんだか問題点の解決に向けて話しているときって、パズルが解けるような感覚で楽しいよね」
昔の賢者が遺した、パズルという頭脳ゲームは、この国で広く知られている。
その話を向ければ案の定、アルス様もパズルが大好きだった。
「私のことはアルスと。その……ジルお義兄様の義弟になるのですから」
少し頬を染めて言うあたりが、とても可愛い。
そうか。義弟か。妹はいても、ボクに弟はいなかった。
彼ならマリーの夫にいい。
マリーが危ないことをしたら、諫めてくれるだろうし、ちゃんとマリーを支えてくれそうだ。
「せっかくだから、それじゃ二人でごゆっくり」
ボクは顔合わせをそんな言葉で切り上げて、マリーと二人の時間を作ってあげた。
我ながらいい兄っぷりだ。
マリーはそのあと、庭を案内したらしい。
ちゃんと貴族令嬢らしい行動をして、マリーも成長したなと思う。
帰り際には、婚約届にアルスのサインをもらった。
両親のサインも入った婚約届に、アルスは目を潤ませて喜んでくれる。
「カイル殿下が、私をあの家から自由にすると約束して下さったのです」
「君はそれでいいのかな」
公爵家から、辺境伯家の分家に婿入りだ。
与えられる爵位は、せいぜい子爵家程度だ。
「正直、セリオス公爵領の者たちには、申し訳ないとは思います。後継者として育てられたのに、家を捨てることになる」
彼は使用人に育てられたという。
あのあとエオナ嬢から聞いた情報では、セリオス公爵家の今の当主は、領地経営を領地の家令などにやらせているそうだ。
恐らく次代の当主に希望をつなぎ、彼らはアルスを育てたのだろう。
それを知るアルスとしては、心残りはあるのだろうけれど。
「マリーはね、周りを幸せにしてくれる子だよ」
妹はいつも、皆で良いようにと考えて、一生懸命に動く子だ。
自分だけが良くなろうなんて考えず、みんなで良いようにと。
彼はそんなマリーをちゃんと見ていた。
「初めて会ったときから、彼女はそうでした。解毒の指輪の制作を教師に依頼するときも、その教師にもメリットがあるようにと、提案をしてくれました」
マリーはそういった交渉を、ボクを真似たのだと言うだろう。
でも元々のマリーの考え方が、そういうものなんだ。
相手にもいいようにという基本がなければ、真似ようとも思わないし、どう真似ればいいのかも、よくわからない。
「自慢の妹だよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
辺境伯家より高位の公爵家嫡男だったのに、彼はとても丁寧だった。
ボクを義兄として接してくれて、なんだかくすぐったい。
それから待つほどなく、レオを通してカイルリード殿下からボクは呼び出された。
会う場所は、サーリウム公爵家。レオの邸だ。
カイルリード殿下の働きかけで、アルスは無事、セリオス公爵家と縁が切れた。
廃嫡どころか、除籍になったそうだ。
「下手に縁が続いていると、面倒だろう」
レオの言い分に、なるほどとボクも頷いた。
「では婚約届はもう提出してよろしいのですね」
本来は公爵家側の書類も必要だけど、除籍なら、うちの届出書類だけでいい。
「用意してあるなら、私から城へ届ける」
カイルリード殿下が届け出を引き受けてくれた。
「アルスは大切な幼なじみだ。幸せになって欲しいと思っている」
殿下の真摯な願いを、ボクは笑顔で請け合う。
「そこはご安心ください。マリーがちゃんと、全力で幸せにしますよ」
ボクの言葉に殿下が笑った。レオまで笑う。
「なるほど、マリー嬢が幸せにする、か。ああ、なるほど」
カイルリード殿下の朗らかな笑みに、ちょっとマリーはすごいことになっちゃったなあと思う。
テレンス公爵家は力を落として、カイルリード殿下の立太子はもう決定した。
未来の国王と、王妃の友人。
そして国王と王妃の幼なじみが夫だ。
「マロード辺境伯家は社交が弱いから、アルスはその点で力になれるだろう」
「助かるよ。ボクがやらなきゃと思っていたけど、良い婿を見つけてくれたよ」
「出来るつもりだったのか」
レオの物言いが冷たい。
ボクも途中から、社交は無理そうだとは感じていた。
「社交をやろうという人間は、学園であれだけ孤独に過ごさない」
「なんだか周りの話がくだらなくてさ。発展性がないし」
「それが透けて見える状態で、社交はできないだろう」
いやあ、耳が痛い。
「夏に結婚する嫡男の婚約者も、男爵家出身と言うから、マロード辺境伯家の社交の中心は、アルスとマリー嬢になるだろう」
マリーに社交は、大丈夫かなと思ったけれど。
社交面の知識については、サーリウム公爵家がマリーを指導してくれるそうだ。
学園生活の間に、みっちりと教育してくれるらしい。
王子妃になるミル様の学友を教育するため、という名目だと言われた。
何よりアルスが、そのあたりはそつがないというので、安心だ。
彼ならマリーをしっかりとフォローしてくれそうだ。
そうしてセリオス公爵家から解放されたアルスとスタンリーは、我がマロード辺境伯家に滞在することになった。
もう届け出は済んで、アルスはマリーの婚約者だ。
問題は何もない。
彼らが来たことで、リリアも嬉しそうなのが意外だった。
どうやらスタンリー君と、何やらいい雰囲気だ。面白い。
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次回更新は3月23日予定です。