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 春期授業もあとひと月ほど。

 夏期休暇に行うロイ兄の結婚式予定について、辺境から手紙が来た頃だ。


 マリーがアルス様の事情を知った。


 いつか知るだろうとは思っていたけれど。

「逆、プロポーズ」

 ボクの頭は、マリーとリリアの報告が理解できなかった。


「だって、アルス様は一方的な被害者じゃないですか! なのに罪悪感を植え付けられて。そんな家にいるより、うちに婿に来てもらった方がいいでしょう!」

「それは同意します。でも、お相手の事情を聞いて、婿に来てもらえそうだと知ったすぐに、自分のお婿にどうかって誘ったのは、行動力があり過ぎますよ。しかもマリー様に好意を向けている人に」

「ああああ、そうだった! やらかした! まさかの逆プロポーズ!」


 マリーが赤くなって頭を抱えている。

 逆プロポーズというのは、女性から男性に求婚したということらしい。

 つまり、アルス様はマリーに想いを寄せていて。

 マリーの婿に来ないかという勧誘に、その想いを口にしたと。




「慕わしく思う女性からとか、今はそれで充分とか」

 そういうことをアルス様から言われて。

 自分に好意を持つ男相手に、婿に来いと言った意味を、ようやく理解したらしい。


 赤い顔で膝をつき、頭を抱えている。

 こんなマリーは珍しいし、面白いけれど、なぜこうなってしまうのか、この妹は。

 なんともマリーらしいと言うか、なんというか。


「セリオス公爵家のことは、何か話が出たのかな」

「そちらはカイル殿下がどうにかすると、仰って下さいました」

 まともに返答できないマリーにかわり、リリアが答えてくれる。


「そうか。殿下が対処して下さるなら、大丈夫だね。じゃあボクは、マリーの婿が決まったって、お父様に報告するからね」


 そうしてボクは辺境へ報告を入れた。

 マリーが背後で待ってとか何とか言っていたけど、無視だ。

 いやあ、めでたい。




 婿予定はマリーとリリアが信頼する上級生で、三学年の首席だと報告をしたら、辺境からはすぐに、両親のサイン入り婚約届けが来た。

 あとはアルス様のサインさえあれば申請できる状態だ。


 手紙には「ただし不埒な男であれば、全力で排除しろ」とある。

 父と祖父、そしてロイ兄の連名だ。言われるまでもない。


 でもマリー本人が気に入って、リリアの信頼もある。

 ボクが認める人物なら、その婿を絶対に逃がすなということだな。

 迅速に対処せよと。


「ねえマリー。速やかに、アルス様をこちらにお招きして欲しいな」

 にっこり笑顔で圧をかけたら、マリーが泣きそうな顔になった。


「可愛い妹が幸せになるように、兄として全力を尽くしたいからね」

 そう続けると、渋々ではあったものの、頷いてくれた。

 家族の気持ちを向けられると、マリーは弱いんだ。




 そうしてアルス様と会って、マリーは意外と面食いなんだと知った。

 辺境の男たちみたいなタイプとは違い、涼しげな美青年だ。

 話してみれば、頭の切れる、いい男だった。


 マリーってば、ボクと似た感じの人を好きになったんだ。

 強さではなく頭脳。戦い方も技巧派タイプ。

 妹の夫候補だなんて腹が立つけど、まあ、いいんじゃないかな。


 辺境でしている施策の問題点などを話してみれば、いろんな角度で考えてくれる。

 幅広い知識と、柔軟な思考で相手や状況に合わせて考えられる人物だ。


「なんだか問題点の解決に向けて話しているときって、パズルが解けるような感覚で楽しいよね」

 昔の賢者が遺した、パズルという頭脳ゲームは、この国で広く知られている。

 その話を向ければ案の定、アルス様もパズルが大好きだった。


「私のことはアルスと。その……ジルお義兄様の義弟になるのですから」

 少し頬を染めて言うあたりが、とても可愛い。

 そうか。義弟か。妹はいても、ボクに弟はいなかった。


 彼ならマリーの夫にいい。

 マリーが危ないことをしたら、諫めてくれるだろうし、ちゃんとマリーを支えてくれそうだ。




「せっかくだから、それじゃ二人でごゆっくり」

 ボクは顔合わせをそんな言葉で切り上げて、マリーと二人の時間を作ってあげた。

 我ながらいい兄っぷりだ。


 マリーはそのあと、庭を案内したらしい。

 ちゃんと貴族令嬢らしい行動をして、マリーも成長したなと思う。


 帰り際には、婚約届にアルスのサインをもらった。

 両親のサインも入った婚約届に、アルスは目を潤ませて喜んでくれる。


「カイル殿下が、私をあの家から自由にすると約束して下さったのです」

「君はそれでいいのかな」

 公爵家から、辺境伯家の分家に婿入りだ。

 与えられる爵位は、せいぜい子爵家程度だ。


「正直、セリオス公爵領の者たちには、申し訳ないとは思います。後継者として育てられたのに、家を捨てることになる」




 彼は使用人に育てられたという。

 あのあとエオナ嬢から聞いた情報では、セリオス公爵家の今の当主は、領地経営を領地の家令などにやらせているそうだ。

 恐らく次代の当主に希望をつなぎ、彼らはアルスを育てたのだろう。


 それを知るアルスとしては、心残りはあるのだろうけれど。


「マリーはね、周りを幸せにしてくれる子だよ」

 妹はいつも、皆で良いようにと考えて、一生懸命に動く子だ。

 自分だけが良くなろうなんて考えず、みんなで良いようにと。


 彼はそんなマリーをちゃんと見ていた。

「初めて会ったときから、彼女はそうでした。解毒の指輪の制作を教師に依頼するときも、その教師にもメリットがあるようにと、提案をしてくれました」




 マリーはそういった交渉を、ボクを真似たのだと言うだろう。

 でも元々のマリーの考え方が、そういうものなんだ。

 相手にもいいようにという基本がなければ、真似ようとも思わないし、どう真似ればいいのかも、よくわからない。


「自慢の妹だよ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 辺境伯家より高位の公爵家嫡男だったのに、彼はとても丁寧だった。

 ボクを義兄として接してくれて、なんだかくすぐったい。




 それから待つほどなく、レオを通してカイルリード殿下からボクは呼び出された。

 会う場所は、サーリウム公爵家。レオの邸だ。


 カイルリード殿下の働きかけで、アルスは無事、セリオス公爵家と縁が切れた。

 廃嫡どころか、除籍になったそうだ。

「下手に縁が続いていると、面倒だろう」

 レオの言い分に、なるほどとボクも頷いた。


「では婚約届はもう提出してよろしいのですね」

 本来は公爵家側の書類も必要だけど、除籍なら、うちの届出書類だけでいい。

「用意してあるなら、私から城へ届ける」

 カイルリード殿下が届け出を引き受けてくれた。


「アルスは大切な幼なじみだ。幸せになって欲しいと思っている」

 殿下の真摯な願いを、ボクは笑顔で請け合う。

「そこはご安心ください。マリーがちゃんと、全力で幸せにしますよ」


 ボクの言葉に殿下が笑った。レオまで笑う。

「なるほど、マリー嬢が幸せにする、か。ああ、なるほど」




 カイルリード殿下の朗らかな笑みに、ちょっとマリーはすごいことになっちゃったなあと思う。

 テレンス公爵家は力を落として、カイルリード殿下の立太子はもう決定した。


 未来の国王と、王妃の友人。

 そして国王と王妃の幼なじみが夫だ。


「マロード辺境伯家は社交が弱いから、アルスはその点で力になれるだろう」

「助かるよ。ボクがやらなきゃと思っていたけど、良い婿を見つけてくれたよ」

「出来るつもりだったのか」

 レオの物言いが冷たい。

 ボクも途中から、社交は無理そうだとは感じていた。


「社交をやろうという人間は、学園であれだけ孤独に過ごさない」

「なんだか周りの話がくだらなくてさ。発展性がないし」

「それが透けて見える状態で、社交はできないだろう」

 いやあ、耳が痛い。


「夏に結婚する嫡男の婚約者も、男爵家出身と言うから、マロード辺境伯家の社交の中心は、アルスとマリー嬢になるだろう」


 マリーに社交は、大丈夫かなと思ったけれど。

 社交面の知識については、サーリウム公爵家がマリーを指導してくれるそうだ。

 学園生活の間に、みっちりと教育してくれるらしい。

 王子妃になるミル様の学友を教育するため、という名目だと言われた。


 何よりアルスが、そのあたりはそつがないというので、安心だ。

 彼ならマリーをしっかりとフォローしてくれそうだ。




 そうしてセリオス公爵家から解放されたアルスとスタンリーは、我がマロード辺境伯家に滞在することになった。

 もう届け出は済んで、アルスはマリーの婚約者だ。

 問題は何もない。


 彼らが来たことで、リリアも嬉しそうなのが意外だった。

 どうやらスタンリー君と、何やらいい雰囲気だ。面白い。


短編「無印辺境伯令嬢の華麗なる日々」の25日シーモア様の先行発行、予約開始です。SS「リリアは見た」が限定特典となっております。

よろしければ電子書籍もお付き合い頂けましたら、大変嬉しく思います。


次回更新は3月23日予定です。

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