12
マリーはある日いきなり、レオの妹と仲良くなったと報告してきた。
カイルリード殿下とレオの妹の行き違いを、解決したと。
うん。わけがわからない。
レオは妹が無理矢理、カイルリード殿下の婚約者にされたみたいに言っていた。
そして政略結婚でしかないから、カイルリード殿下を慕うミルレイア嬢を心配していたけれど。
マリーに聞けば、幼なじみ同士で両想いだったみたいだ。
なんだ、幸せな結婚になりそうじゃないか。
いいことだけど、彼の言った事情とやらが引っかかった。
とはいえ、マリーにとって初めての、貴族令嬢のお友達だ。
辺境伯領関係の人間はノーカウントなので、リリアは含めない。
「仲良くなったのなら、遊びに来てもらえばいいんじゃないかな」
そうマリーに勧めてみた。
男性を邸に招くのは誤解されそうだけど、同性のお友達ならお招きすればいい。
「ありがとう、ジル兄! ミル様をお誘いしてみます!」
マリーは喜んでくれた。
翌日には早速、彼女に伝えたらしい。
そして今日、レオの妹が来た。
迎えた公爵家のお嬢様は、王子妃にふさわしい、とても高貴なご令嬢だ。
それなのに、マリーととても仲良く話してくれている。
こうやって見ると、マリーまでご令嬢らしく見えるから、不思議だ。
レオも一緒に、妹さんを送り届けに来た。
彼の歓待はボクがするからと、マリーたちは部屋へ行く。
「寝室にお料理やお菓子を持ち込むのです!」
なんだかマリーが変な提案をしているけれど、大丈夫かな。
レオも少し困惑した顔だ。
「君の妹は、いつもああなのか」
「あー……まあ、大体?」
変わった提案をすることは、ままある。
相手が嫌がれば引き下がるから、任せておいてもいいだろう。
そう説明すると、レオもそうかと頷いた。
「カイル殿下と妹の誤解を、解いてくれたそうだな」
「ボクもよくわからないうちにね。マリーだからね」
そう、マリーだから。もうそれで片が付く。
レオは苦笑して、またなるほどと頷いた。
「両片想いと言われたそうだ。ミルだけでなく、カイル殿下もミルを想っているのだと」
「マリーなりに色々と観察して、そう感じたのだろうね。うちの妹、意外と色んなことに気がつくから」
まあ、気がつかないことも多いけどね。
カイルリード殿下との噂が収まったせいか、マリーにアプローチをする男子が出てきたらしい。
でもマリーはまったく気づかず、スルーしているそうだ。
リリアが近況として報告してくれた。
レイモン侯爵家の息子は、その中にはいない。
身体強化で本当に心を折ってしまったのか。よくやったマリー。
今日、ミルレイア嬢は我が家に泊まるそうだ。
お泊まり女子会だと、マリーは言っていた。
また不思議言葉が復活しているなと感じたけれど、別にいいだろう。
マリーとリリアは、夕食などを部屋で食べるというので、ボクは孤独に食べることになりそうだ。
ボクが学園に通っていたときは、ずっとそうだった。
今のこの邸は賑やかだ。
レオは妹と侍女たちを置いて、公爵邸へ帰った。
侍女には何かを言い含めていたので、少し心配しているみたいだ。
何かあれば公爵家へ知らせをなんて言うから、えらく仰々しいなと思った。
それが、王子妃に向かない理由に関する心配だとは、思ってもいなかった。
そしてマリーが母のときのように、やらかしてしまうことも。
翌朝はミルレイア嬢とも顔を合わせて、朝食を一緒に頂いた。
友人の兄として愛称で呼んで欲しいと言われ、ボクもミル嬢と呼ぶことになった。
特に違和感もなく、優雅なご令嬢にマリーが影響を受けてくれたらなと、そのときのボクは暢気に思っていた。
問題が発覚したのは後日、公爵家から盛大な礼状が届いたときだ。
手紙を開けようとして、ピリッと何かが走った。
手紙に魔法がかけられている。
魔法分析は高度な魔法だけれど、ボクは使える。
たぶん魔力循環の恩恵だ。
なのでその魔法を分析してみた。
開封の条件を、限定してある魔法みたいだ。
恐らくはマロード辺境伯家の者以外には、開封できないようにしてある。
お泊まりのお礼状にしては厳重だなと思う。
そのあたりで、嫌な予感がした。
外の封筒も、表向きはお泊まりのもてなしに対してみたいに見えるけれど。
我が家の長年の懸念が解消されたことに篤くお礼を。
そんな言葉が書かれていた。
嫌な予感が膨らみきって、急ぎでレオに訪ねるための先触れを出す。
そうして公爵邸に向かえば、レオが苦笑で迎えてくれた。
「規格外の妹を持つ兄は、大変だな」
ボクの慌てた様子に苦笑していたけれど、彼自身の機嫌はいい。とてもいい。
だからこそ嫌な予感が消えない。
「長年の懸念って、何だろうか」
「うちの妹は病を抱えていてね」
膝をついた。
マリー、やっちゃったのか。
母のときみたいなことを、やってしまったのか。
「身体が弱く、王子妃になっても子を望めないだろうと思っていた妹が、健康になって戻ってきた」
やっちゃったかーっ!
「手紙はすべて読んだか?」
「一応、読んだけど」
膝をつくボクに、レオが手を貸して椅子に座らせてくれる。
長年の我が家の懸念が解消した。
何かがあれば必ずご恩返しをいたします。
秘密は固く守る。
そんなご大層な言葉が書き連ねてあったのは、読んだ。
「書いてあったとおり、父は全面的にマロード辺境伯家を守ると決めた。恩があるからと。良かったな」
レオは口元に笑みを浮かべている。
「君とは学園のクラスメイトで、大規模魔獣発生に対する国の対応の裏を、知りたがっていたと報告してある。マロード辺境伯家を守りたがっていることも」
ボクたちの事情を知り、マリーのしたことで全面的に味方になってくれるそうだ。
そこはありがたいけれど、頼むよマリー。何やってんのー!
「秘密にする。絶対にだ。安心しろ」
思わず泣いたボクに、レオが肩を叩いた。
もう、今だってバレたら神殿に連れて行かれる可能性があるんだよ!
気をつけてよマリー!
お兄様に、報告と連絡と相談は密にしてくれないと困るんだよ!
「父の手配した調査でわかったことを、話してもいいだろうか」
こちらの心中を置いて、レオは話を始める。
「君の叔父は遺体で見つかった。かなり残酷な殺され方をしたようだ」
叔父の死亡。
公爵家ならではの情報網で、全力で調べてくれた結果らしい。
遺体は無残な状態で、むごい殺され方をしたのだろうという話だった。
恐らくはテレンス公爵家が、用済みになった叔父を殺したのだろうと。
叔父から持ちかけた話でテレンス公爵家は窮地に立たされている。
その可能性は非常に高い。
父と祖父が叔父の話をしていたとき、昔は可愛い弟であり息子であったというような言葉が出ていた。
これは辺境に報告するのが、気が重い内容だな。
手紙の報告は、まず事実を淡々と記せばいいから、叔父の死だけを報告すればいいだろうけれど。
これで永遠に、叔父の口から真相は聞けなくなった。
レオと話を終え、王都辺境伯邸に帰ったボクは、マリーを待ち構え、問い詰めた。
やはり母にしたように、魔力を流して、滞る場所に魔力を当て続けたらしい。
そうしてミル嬢を癒やしてしまった。
「頼むよ。マリーに何かあったら、ボクは……」
思わず泣き出したら、マリーが慌てた。
ついうっかり、なんてマリーは言っているけれど。
身体が悪いなら治したかったとか、言うけれど。
なんともマリーらしいことだ。
マリーのそういった考え方は、特別な英知のある存在らしくはない。
勢いで色々とやらかしてしまう、可愛い妹だ。
でもボクの妹は、昔からこうだった。
こういう子だから、一途にみんなを救えたんだ。
みんなで頑張って生き残ったんだなんて、マリーは言うけれど。
ボクが手伝ったおかげだとか、家族が強いからとか、色々と言うけれど。
その中心にあったのは、全部マリーだ。
マリーに何かあったら、皆が悲しむ。それはわかっていて欲しい。
ボクが改めて言い聞かせると、神妙な顔で頷いていた。
次回更新は3月21日予定です。




